3章E 取り調べ
「脱獄の常習犯と面会ですか。わざわざ稲垣さんが出向く必要もないんじゃないですか。」
流山拘置所。小菅にあった東京拘置所の機能を40年前に移転したものである。警察の権力が弱まったとはいえ、組織に属さない犯罪者ならば容赦なく逮捕されここに送られる。
しかし、日本一の暴力団、暗殺団に所属しながら何度も何度も捕まえられる男もいる。
「ボーグ・カッター。いかにも悪人面の男ですね。」
「よく脱獄を成功させるが、同じくらいよく捕まる。大して頭の回る人間でもないから、狙ってやっているわけでもないだろう。」
今日、稲垣と太郎はこのボーグという男と面会を行う。ボーグは組織から大して信用されていないため、機密情報をほとんど持っていない。そのため、稲垣がわざわざ面会しに来る理由がわからなかった。
太郎と稲垣は面会室へと入る。窓一枚隔てた向こうには、写真で見たあの悪人面の男が座っていた。
「稲垣じゃねえか。面会したい奴がいるからと来てみれば、お前とはな。」
ボーグは意外そうな顔をしている。太郎と同じように、何か聞き出すべき内容に心当たりがないのだろう。
稲垣はボーグと向き合う形で配置された椅子に、腰を下ろす。そして、口を開いた。
「久しぶりだな、ボーグ。今日聞きたいことは二つだ。」
稲垣の言葉をボーグは鼻で笑って見せる。
「誰が人の質問に素直に答えるか。」
普通に考えれば、稲垣とボーグは敵同士だ。いくらボーグが、暗殺団に信頼されていなくても、簡単に口を割るはずはなかった。
しかし、稲垣はうろたえる様子を見せず、話を続けた。
「もし君が口を割れば、こちらも相応の見返りを考えている。少々段取りはあるが、数週間後には君は、ここにいる必要はなくなるだろう。」
「ほう、なるほど。」
稲垣は、取引を持ち掛けた。捕まえてもすぐに逃げられるぐらいなら、取引をしてでも情報だけもらっておこうというわけだ。
「組織から信頼されていない俺の情報なんか、大して役には立たないだろうが。応じてやるぜ、その取引。」
ボーグの言葉に、稲垣は首肯で返す。そして本題に入った。
「まず、最近、君がいた組織内で何か大規模な作戦が行われる予兆はなかったかい?」
「暗殺団が指導する作戦なんてどれも大規模だろ!ただ、巨大ロボットが、あーだこーだとは言っていたな。」
暴力団組織が、大型兵器の開発を行うことは珍しくはない。巨大ロボットもその大型兵器に相当するのだろう。稲垣はさらに質問を続ける。
「なら、この顔に見覚えはないか?」
稲垣はそういって、左手に装着しているスマートウォッチからホログラム画像を起動した。そこには一人の少女が映っていた。
「ああ。市ヶ谷彩矢か。知っているぞこいつ。なんか知らないが、副長が調べていたからな。金持ちなんだってこの子の母親。」
市ヶ谷彩矢。大企業サイフィル社の社長、市ヶ谷政子の一人娘である。
暗殺団は資金繰りに困るような組織ではない。彩矢のことを調べて暗殺団に何の利益があるのか、太郎には理解できなかった。
「そうか、やはり。」
稲垣は勝手に一人で納得したようにうなずく。太郎もボーグも稲垣の真意が理解できず、首をひねる。
「もう一つ、ボーグ、君は暗殺団に不満があるんじゃないのかい?」
稲垣の目は何か企みを感じさせるものだった。ボーグはため息をつく。
「当たり前だ!あんな人を人として扱わないクソ組織なんかやめてやりたいに決まっているだろう。最も、他に受け入れ先もないがな。だからせめてもの抵抗としてここで情報をペラペラしゃべっているだろう?まあ、大した情報じゃないが。」
ボーグは自嘲して肩をすくめていた。なるほど、内面では暗殺団の事を嫌っているからこそ、組織から信用されていないのか。太郎はボーグを見て妙に納得した。
「なるほど。よくわかった。では今日はこれで失礼するよ。」
稲垣はそういって、席を立った。
「お、本当にこれだけか。まあいいや。次会う時は戦場か、この部屋か、どちらだろうな。」
ボーグの言葉に稲垣は振り向く。
「どちらであったとしても、君の道は決まっている。」
意味深な言葉を残し、稲垣は部屋を後にする。
「最後まで意味わかんねえ、ジジイだな。そう思わないか、そこの後輩。」
「太郎だ。お前の言う通り、俺も稲垣さんの真意がわからないよ。」
頭にクエスチョンマークを浮かべたまま、太郎は稲垣を追って、部屋を出た。




