3章C 知る必要のないこと
「なぜだろう。すごく疲れた。」
色々あったが、とりあえず事態は収拾した。ギンルとセレナは、仕事の都合で帰ってしまい、広山の病室には太郎だけが残った。
病室に、赤い夕焼けが差し込む。映画のワンシーンを彷彿とさせる雰囲気。太郎は先日の麻薬取引所の事を思い出していた。
「少し前に麻薬取引所の取り締まりを行ったこと、聞いているか?」
「聞いているよ太郎。お前が指揮を執ったんだろう。お疲れ様。」
「本当に疲れたよ。特定するまでに時間かかったし、突入したら突入したで襲い掛かってくる奴の対処だし。」
太郎はいつも、広山に愚痴を言っていた。太郎にとって唯一、気兼ねなくはなせる相手だからだ。
「お前こうして話していると落ち着くよ。ほかの奴じゃだめだ、お前じゃないと。」
太郎は少なからず、彼に依存している部分があったのかもしれない。それが、仲間を守るために戦っている意識を彼に刻み付けている。
「そうか、俺はお前にだけは必要とされていたんだな。みんなから頼られるお前が。」
広山はどこか、悲しそうな寂しそうな顔をしていた。
「お前は本当にすごいよ。手の届く限り、仲間を守り抜くヒーローじゃないか。俺はお前が羨ましいよ。」
気づけば広山は、今まで閉じ込めていた本音を口にしていた。憧れ、そういえば聞こえはいいが、これは似て非なる感情。嫉妬に近い。
「ヒーローか、なんか美化されているな俺。」
太郎は気にも留めない。広山の本心に。人とは、時に大事な事実を見失うことがある。
自分を大切に思ってくれている家族や友人も、時に自分に対して何かしらの不満を持っていることを。そのことに気が付かず、全てを肯定してもらったつもりになっているのだ。
「いいや、美化なんかされているものか。お前は本当にヒーローなんだよ。俺がなれなかった。」
この日、太郎は広山の思いを理解することはなかった。
いや、理解してはいけないのだ。それを理解したとき、太郎は己の精神に深い傷を負うことになる。知らなくていいのだ。




