3章A 医者
取引所の突入から2週間。太郎、セレナ、稲垣は広山の入院する病院に来ていた。
「足はほぼ完治しているね。明日にでも退院できそうだねえ。」
禿げ頭に中年腹の医者は、笑ってそう言った。この医者、数回この病院に通い詰めてわかったのだが、非常にふざけた男だ。1個数万円もする薬の瓶を、お手玉のように投げてはキャッチしている様子からも、そのことがよくわかる。
しかし、医者の腕は確からしく、看護師によればこの医者のおかげで広山の完治が早まったらしい。
「そうですか、よかった。」
何はともあれ、広山が復帰できることはとても喜ばしいことだ。彼の五感は非常に役に立つ。
「ところでだね。芽里太郎君。」
唐突に顔を近づける医者。どうやら、太郎にだけ伝えたいことがあるらしい。
「何でしょうか。」
太郎は訝しげに思いながらも耳を傾ける。医者は聞き取れるかどうかの小さい声で太郎に囁いた。
「ピンチになったらあのスイッチ、忘れずに使ってほしいのだねえ。」
その言葉に太郎は衝撃を受ける。ピンチになったら使うスイッチ。あの怪しい仮面の男が太郎に渡してきた物の事を、彼は知っているのか。
太郎は少しでも情報が欲しく、質問を返した。
「どういうつもりだ、お前はあの仮面の男の仲間なのか!?」
「そんなにあせらなくてもいいねえ。いずれわかることだからねえ。」
医者はそうはぐらかし、席を立った。あくまでも答えるつもりはないらしい。
「お前らは一体、何が目的なんだ。」
「目的はないねえ。気の向くまま、心の赴くままに行動しているに過ぎないねえ。」
医者は、明確な答えを何一つ残さず、部屋を去って行った。
「彼らは何者なんだ。」
太郎には、謎が深まるばかりであった。




