幼馴染はなぜか僕に襲われたいようだ
ここ2、3年常々思っていたことがある。隣に住む幼馴染が、出会った時と比べ、別人のようになってしまったと。
昔の彼女は今よりもっとキャラが濃かった。……いや、キャラの濃さが別の方向に行ったというべきか。
僕の幼馴染――梅澤一葉は、まだ僕が幼稚園に通っていた頃に隣に引っ越してきた。
彼女の生まれは関西、今僕達が住んでいる地域から遠く離れている。そんなこともあってか、一葉は幼稚園に馴染めずにいた。
何せ話す言葉が違うのだ。同じ日本語でも、喋り方もイントネーションも異なっている。
いじめるつもりはなくても、どうしても色眼鏡で見てしまう。僕も含め、周りの幼い子供達がもの珍しさを感じてしまうのは無理のないことだった。
皆一葉とは遊ぼうとはしなかった。遠巻きに眺めているだけで、誰も話しかけようとはしなかった。
「あそぼ」
「なんやあんた?」
そこで最初に声をかけたのが僕。
家も近くにあるわけだし、彼女と遊べるようになれば退屈しないだろうと、幼いながらも計算があった。
「ぼくのぶゆき。よろしく」
「うち、しらんひととはあそばれへん」
覚えている。確かあの時の一葉はムッとしていた。
「そんなこといわないでよ」
「いやや」
彼女のガードは固かった――というよりは意地になっていたのだと思う。
皆他人行儀、仲良くしてくれない。話しかけても、自分から距離を取ろうとする。そんな奴らと遊んでなんてやるものか。
恐らくそんなことを考えていたのだろう。当時の一葉は頑固なところがあって、一度決めたことは簡単に曲げなかった。
僕が何度も何度も遊びに誘っても、彼女は乗ってくることがなかった。
「あそんでもえーよ」
「やったー」
流石に寂しかったのか、それともしつこい僕に根負けしたのか、それはわからない。
だけど一葉が引っ越してきて1、2ヶ月が経ったある日、ようやく僕は彼女と遊ぶことができた。
その時から僕と一葉はよく遊ぶようになった。つんけんな態度は変わらなかったけど、僕は嬉しかった。
さて、そんな彼女に変化が訪れたのは中学の時。
成長期なのだから、年を重ねる毎に身体が少女から大人の女性のものへと近づいて、色っぽくなったというのはある。
一葉が男子から急にモテだしたのもこの時期だ。けど、それ以上に――。
「ノブく~ん! クッキー作ったから食べて?」
「え……どうしたの? 急に」
「いいから食べてよぉ」
「…………しょっぱい」
「はわわわわ、砂糖とお塩間違えちゃった!」
彼女は突然、天然ドシッ娘キャラに豹変した。
刺々しかった態度は一変し、ラブコメに出てくるキャラクターのような甘ったるい感じの性格になった。
アイデンティティーとも言える関西弁は鳴りを潜め、一葉は子猫みたいに僕に甘えてくるようになった。
彼女は僕のことを君づけで呼ぶことなどなかった。それまでは単純に“ノブ”と呼び捨て。
僕としては困惑の極みだ。正直違和感しかなかったのだけれど、止めてほしいとは思わなかった。
一葉にとって僕は特別な存在であるような気がして、なんだか嬉しかった。
――でも、少しだけ嫌なこともある。
「すぅ……」
あまりにも無防備すぎるのだ。彼女は今、ベッドの上であられもない姿を晒している。
スカートの中が見え隠れして気が気じゃない。あ、今日は黒の下着なんだ……。
一葉は最近、毎日のように僕の部屋に来て、僕のベッドで寝る。
自分の部屋で寝ることを勧めるも、彼女は「ノブくんの匂いがしないと落ち着かない」と言って聞かない。
一応僕も男だ。異性に対して興味はある。いくら幼馴染だからと言って、全く警戒しないのはどうかと思う。
何かするつもりはないけれど、万が一魔が差してしまうことだってあり得る。
むしろ今まで何もなかったことが奇跡に近い。上下に揺れる彼女の胸に、何度も手が伸びそうになった。
一葉は綺麗だ。彼女のプルりとした唇に自分の唇を押し付けたくなる。
「一葉、起きてる?」
「むにゃむにゃ……」
理性が飛びそうだ。
静かに寝息を立てている幼馴染の顔は、僕の気持ちを知ってか知らずか、どこかにこやかで誘っているかのようにも見える。
「ノブくん……すき……」
!!!!!!
って何を考えてるんだ僕は!
一葉のガードが緩いのは、僕を信頼してくれているからだ。それを台無しにするようなことはしちゃいけない。
そういうことをするなら正々堂々と。寝首を掻くなんて卑怯者のすることだ。
彼女が目を覚ましたら、僕の気持ちを伝えよう。それまでは我慢、我慢だ……。
そうだ、毛布をとってこよう。何も掛けないと寒いだろうし、風邪を引くかもしれない。
「……」
一葉を起こさないように、忍び足で部屋を後にしようとすると――。
「ああもう! しゃらくさい!」
「!?」
ぐっすり眠っていたはずの幼馴染が、急に起き上がった――。
★☆★☆★☆
ウチの幼馴染、花房信行――ノブは意外にモテる。狙ってる女も少なくない。
中学くらいの時やったと思う。
見てしまったんや。ノブの下駄箱にラブレターが入れられるところを。
後ろ姿でも分かる。可愛い子やった。ウチとええ勝負できるくらい。
ノブに読まれる前にウチが破り捨てたからその時はなんとかなったものの、オチオチしてられへんと思った。
好きやで、ノブ。ウチが寂しい思いをしなかったのはノブのおかげや。
ウチはノブを取られたくない。取られへんようにするためには既成事実が必要や。
恋人なんて甘っちょろい関係やのうて、もっと深いものにならなあかん。ウチから逃げられんようにせな。
やからウチはノブの好みの女になることにした。ノブがベッドの下にようさん隠してる本を参考にしてな。
ノブが持ってる本に出てくる登場人物は全部、天然キャラやった。わざとらしく隙を見せて、男に襲わせるやつばっかや。
ウチの幼馴染は奥手や。前々からそういう子が好きなんやろうと、なんとなく気付いとったんやけど、確信はなかった。
作戦はそれなりに上手くいった。ウチはノブの部屋に頻繁に出入りできるようになった。
その反面、よう分からん男達から言い寄られるようになってしもうたけどな。
「……」
やけど肝心のノブが一向に手を出してこうへんねん。中学の時からずっとそういう雰囲気作ってんのに。
「一葉、起きてる?」
「むにゃむにゃ……」
いつまで待たせんねん! はよ手だせや!
据え膳食わぬは男の恥、据え膳食われぬは女の恥や! 何ウチにまで恥かかせとんねん!
手はわきわきさせんやのうて、ウチの胸をもみもみせや。そういうの好きやろ、ノブ。
それができへんのやったらチューや! チュー!
ウチの唇は今無防備やねん。そのままノブが唇をくっ付ければいいんや。……なんやったらそのまま舌を入れてくれてもええんやで?
「……」
あ、ノブが固まってもうてる。アカン、このままやと今日も何もないパターンや。
がっつり下着見ておいてそれはないやろ。せっかく勝負下着履いてきたのに。
しゃーない。ウチが助け船出すさかい、勇気出してな、ノブ。
「ノブくん……すき……」
これでええやろ。
ノブ、あとはやるだけや。ウチは準備万端、いつでもOKや。欲望に身を任せても問題ないんやで?
「……」
ちょっ! 何部屋から出ていこうとしとんねん!
こちとら何年もお預けくらっとるんや! またお預けかいな!
もう……我慢できへん!!
「ああもう! しゃらくさい!」
「!?」
こうなったら実力行使や。ノブに襲ってもらうつもりやったけど、ウチがノブを襲ったる!
「か、かかか一葉、起きてたの?」
ノブがパニックになってる今のウチや。そら!
「え、ちょっ! 一葉!」
「やっぱりノブはええ匂いするなぁ……」
華奢なノブは、思いの外簡単にベッドに押し倒される。
なんや、最初からこうしておけばよかったんや。
「え、え、え?」
「ノブが悪いねん」
せや、全部ノブが悪い。ウチにここまでさせたのはノブがヘタレやからや。ま、そんなとこが好きなんやけどな。
「大人しゅうしといてな。これから2人で大人になるんや。あ、今の洒落やないで」
「ちょっと待って一葉! 話が全然見えないよ!」
「大丈夫、すぐ終わるさかい」
「うわあああああああ!」
ごっつぉさん。
最後まで読んでいただきありがとうございました