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ウェストウッド家に栄光あれ!――君に家督を譲りたいっ!  作者: 青瑪瑙ナマリィ
序章 この辺境の街で暮らしたいっ!
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8話 生生き(なまいき)

「……というわけで、この町に住むことになったのよ」


 いつもの店、リリーフリーフ、ここで働き出したリクがゆかりさんに話す。ちなみにウエイトレスとして即日採用だったらしい。今日は休みらしいけど。


「そうなんデスね。歓迎しマスよ。よろしくお願いしマス、リクリッサちゃん」

「気安くリクリッサって呼ばないでもらえるかしら? ミスシャハトって呼んだ方があなたにはお似合いよ」


 リクは、ファーストネームで呼ばれることが気に食わないみたいで、睨みながらそう言った。そのあとは顔を緩め、


「それにしても、ここは英語が通じてよかったわ。常任理事の努力の賜物ね。インド・ヨーロッパ語族の伝わらなかった蛮族がここまで話せるなんて」


そう差別的な発言をした。ゆかりさんはその発言に黙っていられないようだ。


「ほうほう、よく口が回るんデスね。蛮族ですか、ほぉ蛮族」


 日本人代表として、少し嫌味ったらしい口調で話した。リクはそれを受け流すかのように頬杖をしたような格好で舐め回すように話す。


「あら、蛮族と言ってもらえただけありがたいと思いなさいよ。だってあなたたちはフェアベッセルングとアウフヘーベンが得意なだけの猿真似する猿じゃない」

「もうっ、怒りマスよ! フェアベッセルングとかアウフヘーベンとか分からない言葉で話さないでデス! 」


 わたしも一応フォローを入れないと。このままだと完全にリクは嫌な奴だ。


「ゆかりさん、落ち着いて! リクは本当にまっすぐで純粋な人なんだ。ただ、ちょっと気が強いだけなんだ……」


 リクはあまり反省していない声色で


「そうね、今日はケリィに免じて許してあげるわ」


と言い、それに対しゆかりさんは


「なんっでそう上からものを言うんデスか! 一応年上デスよ!」


 まだご立腹のようだ。ゆかりさんは、強きに媚びるタイプだけど、自分と同等以下には割とはっきりした印象だ。


「しかし、ケリィ、一緒に住めるなんてうれしいわ。けど、ここは居心地が悪いわよ。動物小屋って感じでやになっちゃうもの。しかも、イクスマグナさんも近くにいるし、こうして抵抗しているうちにまたいつ安息が奪われるかわからないわ」


リクリッサがピンと指を伸ばし、一息の休息の後に話続ける。


「そうよ、あたしの一族の故郷、ドイツに引っ越しましょうよ。そこで、あなたとあたしで店を持つのはどうかしら。色々なものを取り扱う雑貨店、あなたの几帳面さを生かしてわたしに経営を助言してもらう関係。そうすればきっとうまくいくわ。それに、この仕事なら、あなたにはある程度余裕がある。子供たちにスポーツ、例えばあなたの好きなバスケとかを教えてあげることだってできるのよ。それってとっても素敵じゃない?」


 わたしは肘をついて考え込んだ。確かにこの国には恩がある。そうやすやすと出て行くわけにはいかない。けれどその恩がいつ返るか、そんなものの具体的な指標なんてない。それならリクの言う通り、遠い国で生きていた方がいいかもしれない。けど、わたしの夢が、いや、そんなものは永遠に叶うはずもないんだ。諦めなくてはいけないこともある。


 リクリッサは最後に溜めたように話す。


「そして、いつしかは子供にも恵まれるといいわね」

「子供……」


 わたしは少しだけ顔をうつむく。顔が赤くなっていくのを感じる。彼女との子供を想像する、活発的な子か、落ち着いた子か、顔立ちはどちらに似るのか、なんかこそばゆい気持ちだ。


 ゆかりさんはその言葉が引っかかったようだった。そして、揚げ足をとるかのように、


「いやはや、あなたのことを誤解してマシタよ。随分とメルヘンチックデスね。子供っていうのは男と女が両方いて初めて生まれるんデスよ」


とあざけるようにいった。


 その態度にリクは勝ち誇ったような顔をして、


「あなたこそ誤解しているわ」


そういうと、声を少しだけ小さくする。


「あたしは生えてるから問題ないのよ」

「フェっ? 生えてるって何がデス?」

「できる限り卑猥にならないようにいうわ。あなたが持っていない生殖に必要なもう一つの方よ」


 この声を聞いてか聞かずか、席に座る他のお客さんたちが少しざわめきたった。しかし、何よりざわめいた、いやざわめいたを通り越して騒いだのはゆかりさんだ。


「はぁあああ!? それニューハーフじゃないデスか! キーリーちゃん、考え直した方がいいデスよ!」


リクは睨むようにゆかりさんを見るて言い返す。


「失敬ね、あたしは生まれた時からXX染色体よ!」


そしてリクはため息をつく。


「あなたみたいなスクールカースト底辺みたいな見た目してる凝り固まった奴には分からないでしょうけど」

「もう知らないデス! お代は払うんで2人で仲良く食べてくだサイ!」


 ゆかりさんは、完全に怒って席を離れようとしていた。なんとか引き止めようと声をかける。


「ああっ、ゆかりさん、ごめんなさい、わたしの恋人が」


 ゆかりさんは怒りながらも、優しく話した。


「キーリーちゃんが謝ることじゃないデスよ」


 それと同時に、リクも話し出した。

「大丈夫よ、ケリィが謝ることじゃないわ」

 そして、少しのズレはあれどほぼ同じタイミングで、

「「だって悪いのは」」

「レイシストな彼女じゃないデスか」

「キーキー騒ぐメガネザルじゃない」


 ゆかりさんは、自分で頼んだ分のお代を置くと、無言でさっさと店を出て行ってしまった。流石にリクも言い過ぎだろう。私は彼女にできる限り厳しい声で忠告する。


「やめろ、これ以上わたしの友人を侮辱するな」


 これに、リクは体をのけぞらせ、たじろいだようだった。顔には、突然のことへの怯えが見える。


「わ、悪かったわよ」

「それはわたしに言うことじゃないよな」


 そうだ。これはゆかりさんに対して言うことだ。リクは言い直すように、


「わかった、次会ったら、そのことも考えておくわ」


 その反応を見て、わたしは顔の緊張を解いた。


「それに、スクールカーストって言ったって、リクも昔はそんな感じだったじゃないか。わたしは、あのころの眼鏡をかけたリクも嫌いじゃないから、ゆかりさんのことを悪く思ったりはしてないよ」


 リクはわたしの口元に手を添え、


「やめて」


ただ一言発した。どうやら当時のことに恥ずかしさがあったような照れ具合だ。


「ところでさ、このイナゴ、食べないのか?」


 わたしたちの目の前には焼いたイナゴがそのまま乱雑に並べられていた。とはいえ、あと数匹だけど。


「食べないわよ」

「食わず嫌いか?」

「気持ち悪いじゃない。そういうもの食べてるから蛮族なのよ」

「何をいうんだ、この辺りではこれも食べられない人もいてだな、とにかく食べてみないことにはわからないぞ」


 今時十字教内でも、わたしたちの生まれた国連保護区ゼノン支部で広まっている虫食を禁ずる宗派なんて他じゃ流行らないってパパも言ってたからな。だからわたしも虫食に抵抗はない。


 虫は苦手なリクは何か計算でもして頭をひねっているかのように考えた。そして、覚悟を決め、


「……じゃあ、目をつぶるから、食べさせて」


 そういって早々に目を閉じてしまった。わたしは、ようやくまともに使えるようになった箸でイナゴをつかみ、彼女の口に近づける。その口の中は、餌を誘うウツボカズラのごとく蠱惑的で、わたしも、緊張と妖艶さに息を飲んだ。


「それじゃあ、入れるよ」


 そのどうあがいても残る湿っぽさとべたつきのツボの中へイナゴは吸い込まれた。正確に言えば押し込んだ、のだけど。


「ん、悪くはないわね」


 その固さゆえ、咀嚼の様が見てとれる。縦に動く彼女の顎の動きは、安全な国連民族保護区ゼノン支部からきていても変わらぬ本能を感じさせる。彼女は悪くないと言ったが、これは気に入った、と受け取っておこう。



 それから十数分かけ、全ての皿を空にし、会計をして外に出た。しかし、ゆかりさんはどこに行ったのだろう。リクに謝らせなきゃなのに。わたしはまず近くの裏路地を探すことにした。


 そこで見た光景は随分と特異なものだった。先程まで一緒に話していたゆかりさんが、本当に幼年と言っていいほどの一人の少女の靴を舐める様だった。正直な話、わたしは正直引いた。


「……なにしてるのゆかりさん」

「ち、違うんデス! これはゲームに負けたからこうなってて」


 慌てふためくゆかりさんを、上の少女は踏みつけて、


「お姉さぁん、ちょおっーと黙ってもらえなーい?」

と生意気なアクセントで嘲った。その見た目、高くに止めた幼なげなツインテール、まだあどけなさの残る、わたしが前知っていた時よりかは成長した顔つきを見て、彼女が誰かを理解した。


「パイパー、パイパーか?」

「そぉーう、当たり♡」


 パイパー、パイパー・ウェストウッド、わたしの妹、今までのようにもちろん義妹だけれど、妹の一人だ。先ほどから言っているように、生意気な妹で、ことあるごとに人をからかわずにはいられない性分のようだ。また、どこか妖艶というか媚びたような雰囲気も醸し出していて、彼女は生意気だけど少し年上のあざとさを持った子供といった印象だろう。


「このお姉さんとゲームしてたんだけどねぇ、すっごーいよわっちーいから、簡単に手下になったのぉ。ほんと雑魚すぎ♡ 笑っちゃーう♡」


 そう言ってパイパーは先ほどより足の力を強めて、ゆかりさんを踏みつける。


「だめデス! この子に絶対に挑んじゃだめデス! 負けたあと言うこと聞かないと殺され……」


ゆかりさんは顔を歪めながらも抵抗のためにわたしたちにヒントを授けた。しかし、ゆかりさんがその言葉を言い切る前に、


「ダメよ〜ダメダメ♡ ぜーんぶあたしが説明するからね」


そう言って、二の句を告げさせなかった。


「キーリーと彼女さぁん、二人ともゲームで遊ばなぁい? ゲームはゲームでも闇のゲーム、バックギャモンで勝負、3点先取。イカサマはバレたら負け♪ 負けた方は勝った方に絶対服従♪ もし破ったら首ちょっきーん、なんだから♡」


 パイパーの前には簡易テーブルと椅子、その上にバックギャモンボードがある。これで勝負しようと言うのだ。先程の話で大体状況は理解した。ゆかりさんはパイパーとのゲームに負け、今のように無様になっているんだ。つまり、わたしが勝てばゆかりさんを取り返せる、と言うことでもある。


「どうしようかしら? ケリィ」

「よーしよし、パイパー、わたしが大人の怖さを教えちゃうぞ」


 わたしはバックギャモンボードの前に陣取り、勝負の狼煙をあげた。



「嘘……だろ!?」


 なんと、わたしはあっさり敗北してしまった。それも1点も取ることができず、まさにボロボロの大敗だった。


「雑〜魚♡ それじゃあ、犬のように這いつくばってもらえる?」

「くっ、言うことなんて聞いてやるか!」


 わたしは、パイパーに掴みかかろうとした。こんなの無効にして、捕らえてしまえばいいだろうと思っていた。先程まで盤面をのぞいていたリクは何か考え事をしているように手を遊ばせていた。


「だめデス! 絶対に命令に逆らっちゃだめデス!」


ゆかりさんは、慌てきった声で手を伸ばし、静止した。


 その時、わたしは首元にぬるい感触を感じた。わたしはこれが何かわからない。そっと、首元を見る。そこには、死そのもののような形をとった白万と思わしき生物が生体で作った鎌を手に持ち、その鎌をわたしの首元に添えている様子だった。それは、まさしくデッドオアアライブの証明、生き死にを握られた状態だった。


 くっ! と悔しそうに一言もらし、わたしは犬のように這いつくばった。そうするしかないと、本能と理性で理解していた。パイパーはわたしの顔を鷲掴みにし、自身は顔を近づけて、笑みを浮かべた。


「アハハ、面白ー♡ 周りに人もいるのにねぇ!」


 屈辱、あまりに屈辱。幼い子供に負けることが屈辱なんじゃない。幼い子供に煽られ、命令に逆らえないことが屈辱で仕方ない。パイパーの高笑いが聴こえてくるようだ。


 しかし、わかっている。こういう状況、彼女は絶対黙って見てられない。そう、リクリッサ・シャハトという女は! 


「ねぇ、今度はあたしと勝負してくれないかしら? あたし、バックギャモンはそこそこ自信があるのよ」


リクのその声は温和そうでも、目は気合が入っている。まさに勝負師の目だ。


 それを、余裕の目で見るパイパーは当然、貴族の義務かのように余裕綽々で受けてたち、ゲーム台に座る。


「あはっ、いいよ♡ また、手下が増えると思うと楽しみー♡」

「ミスシャハト、まあミスって言ってもあの人は複雑デスけど、大丈夫デスかね」


 ゆかりさんは心配そうだ。


 しかし、リクはゲーム台に座ろうとせず、パイパーに要求をした。


「あたしはちょっと出かけてくる。十数分もすれば帰ってくるつもりよ。そうして帰ってきたら、ちょっとそのサイコロを貸してもらえるかしら」


 その言葉にパイパーは、今日は見たこともない不快そうな顔をした。


「何に使うつもり? 場合によっちゃ貸せないよ」

「あら、イカサマしてないなら貸せるわよね、ねえ?」


 リクはパイパーへ威圧するように、ずずいと迫る。パイパーは、どうやら堪忍したのか、


「ま、まぁ、特別にねぇ」


と、冷や汗をかき、そう、言った、というより言わされた。


「それじゃあ、失礼するわ」


そうこんな状況でいたって落ち着いて言うと、リクリッサは、遠くへ遠くへ行ってしまった。

おまけ

ゆかり「アレが生えてたら履けなくないデスか? パンツ」

リク「履けるもの履いてるに決まってるじゃない」

ゆかり「履けるもの履いてる? つまり男物かそれに近いものってことデスか。プッ、ダッサァァアアアデス!(ユビサシー)」

リク「(こいつ……故郷のあいつを思い出すわね……)」

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