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63話 淘汰する強者

――鉄芯華スタジアム付近 スタジアム前大通り――


 星蝕者だらけだったこの大通りも、随分とスカスカになった。しかし、人々は未だ避難をしていなかった。とある光景に目を奪われていたからだ。ビルの陰にバチを構えたシドニーが身を潜めている。


 大通りから大きな機体が現れた。錆万装の姿をした黒いものの滴り落ちる機体だった。


「これで仕留める!」


 シドニーは奴の足元目掛け玉ねぎを切るチョッパーのように回転するバチを投げつける。足に引っかかり転倒する偽錆万装の正面にもう一つのバチを当てる。強烈な打撲音と共にその機体は大きくゆらめき、倒れる。その機体はしばらくしても動き出す様子を見せなかった。


 そして、星蝕者はこの周囲から目を凝らし眺めてみても、その姿を確認することはできなくなっていた。まとめて星蝕者の大半を蹴散らす、あまりに頼もしき小さな背を見た大衆は、大いに湧き上がった。


「おい、ありゃあ、相当すげぇぞ」

「ありがとう、小さな勇者さん!」


 しかし、シドニーの顔は俯きながら不満げだった。そして、周囲の様子を探るように見渡すと、北の花丸通りの方向へ走り出していた。


 これを見逃さなかったのは一台のカメラだ。肩に背負うほどの大きさはあるが、地面に設置する型に比べると取りまわしやすいサイズではある。


「おい、見たかあの少女を。星蝕者という災害を倒し続ける少女! 漫画か何かの世界のようだ」


 カメラの前で目を見張っていた服装はパリッとした服の中年は、カメラマンに向かって檄を飛ばす。


「車でもなんでも使え、今からでも追いかけてスクープにするぞ! 位置情報で俺を追ってこい!」


 そうして、中年のテレビスタッフは彼女を歳をとるも、決して悪くはない足並みで追いかけ、カメラマンはこの場を去るも、わずか1分で車を用意し、煙が吹き出るほど強くエンジンをふかし、その後を追っていった。


「ちょっと、待って。あれ、なにデス?」


 それとほぼ変わらぬ時、一つの大きな影がゆかりたちの居る人だかりに近づいてきた。大きなドラム缶を背負い、それをぐるりぐるりと回し続け、巨大な機械の兵がこちらに近寄る。得体の知れない相手がシドニーの何処かへ向かった矢先にやってくる。皆が身震いするのも当然だろう。キエロは恐怖に強くバッグを抑えた。


 澪は咄嗟にスタジアムの備品を漁りに行き、縛手を倉庫から持ち出してきた。その間、わずか1分とかからず。おそらく通常サイズでは捕まえられないと考え、一際大きな縛手を抱えて向けると、その機体に向け打ち出す。縄に絡まった機体はそのまま倒れそうになるも、腰を屈めて姿勢を立て直す。


「いきなり縛手を打ち込むなんて酷いじゃないですか」


 その返事を聞き、ようやく大衆は彼が敵ではないことに気がついた。そして、ゆかりさんは周りの勝手にしたことの恐ろしさにわなわなと震えている。


「あ、空実豪士ー! ご無事デス!?」

 よく見ればその機体は混濁の色をしておらず、白銀に光っている。しかし、その所々には、おできのような出っ張りが見え、無理やり上から塗装しているようだ。今までのイッツローファイとは違う機体にゆかりは目を見開いた。


「あ、その機体は……」

「いやいや大丈夫ではあります。ただ、この状況に少しでも加勢できればと思いまして、陛下直々のこの機体、攻足でここまで足を運んだ、というわけです」


 攻足という機体に絡まる縛手を、澪は手早く解いてみせる。この縛手は、縛られたまま解くことはおろか、第三者が外すことも難しいのだが、いとも容易い解き様だった。


「さてと、攻足の性能を発揮したいわけですが、どうしたものでしょう」


 その通りである。いくら星蝕者が多いとはいえ、あらかたの奴らはシドニーがわずか30分で片付けてしまっていた。星蝕者も本能でここに恐ろしい存在が居て、軍勢が集まるまでは近寄るなかれということを理解し始めている。いずれ大群か、或いは強敵か現れることはあろうが、少なくとも雑魚ちらしという意味での援軍は完全に無意味になってしまった。


「あの時のお嬢さんが大体狩りきってしまったからなぁ。白岩さん」


 しかし、右奥の建物の隅に、一つの影が見えた。これは、地面に染み込んだ星蝕者の残骸か、はたまたただのネズミか、わからない。しかし、練習もなしにここに来た空実にとって、これは絶好の仮想敵だった。


「えっと、確かこのボタンで発射できるのでしたよね。それ!」


 空実は地を這う影に向けて塊を打ち出した。それは二段階に分けて打ち出され、どちらも正確に落ちて、平べったくなった。地についたそれはひどく粘るか、影の動きは激しく、しかし移動はできず捕らわれる。

 すかさず空実が回り込む。それにつれ一部の人も野次馬精神に覗きに行った。すると、小さな、本当にひよこ程度の大きさの星蝕者が、もがき苦しんでいた。その地面には灰色と、粉を吹いた灰のようなもの。キエロはその灰に触れないように、わざわざ杖ではない木の棒っきれで突く。それは、まるで死を連想させる……。


「墓のよう……。いや、セメントだね……」

「そう、この攻足はセメントを打ち出すことが出来る! こうして足止めして」


 空実は攻足の頑強な足で哀れな塊を踏み潰した。


「安全にとどめを刺すのがこの機体の使い方さ」


 得意げになっているが、当然先程の救世主を見た後では、気まずい盛り上がりしか起きない。本当に気を遣ってくれた歓声は、妙に痛々しく見えた。


「でもね、これも、真の使い方じゃないはず……」


 しかし、キエロはまだ言いたいことがあるのか、こんなことをわりと聞こえる声で呟いた。


「星蝕者を倒すだけなら、焼いたり、化学的に分解してしまうほうが予算もかからず、ずっと楽なはず……。それは、つまり本来の敵は……」


「どういうことかな、ウェストウッドさんのお連れのお嬢さん」


 空実はこれに聞き耳を立てた。すると、急な話しかけに、彼女はやっぱり縮こまってそっぽを向いた。


「な、なんでもないよ……。考えすぎだったかも……」



――工業地帯鉄囲炉裏地域――


「しかし、やはりすごいな、レア。ここまでの機体を分解し尽くすなんて」


 機械の部品の散らばる中、アイスミッドは拾ったネジをまじまじと眺め見ていたが、レアの視線に気がつくと、わざわざ彼女の方向いてウインクを送る。


「そりゃあネジには白万抜きでも相当触れてきたからな! 自信ありだよ!」


 自慢げなレアも眺めるその部品は色も普通の金属色で、決して妖しい黒のように光ったりはしていなかった。


「あとは、この状況を記録しておけば、レアにも弁償は行かないだろう。むしろ、感謝されるかもしれないな。はは」


 そうやってレアを揶揄うアイスミッドだったが、レアがふと得意げな顔をやめると、その目線を追った。


「……また来るのか!」

「いや、そうじゃない。機械の作動音が、かけらもしないんだ」


 ふと、空を影がよぎった。


「あれは、コウモリかい?」

「コウモリにしたら大きすぎる! それに、飛行機にしたら近すぎるぞ!」


 多くの黒い液体を消防士の放水ように撒き散らすそれは、確かにこちらに近づいていた。その放水を、推進力にしてるかのように。当然、こんなことをしては人間の体はGに耐えきれないだろうし、そもそも水量的に物理的に無理だ。恐ろしい飛行者に、未知への恐怖が彼女らの額を伝った。


 やがて、それは工場の屋根に降り立つと、こちらに向かい、ドロップキックのように飛び込んできた。その速度は、先程の放水のように、明らかに何かで強化されている。レアの方向に飛んできたので、彼女は驚き飛び退いた。


 スライディングのように土埃をあげて現れたのは、黒い男だった。しかし、いわゆる現地人のような人種的な黒さとも、日焼けしたビルダーのような後発の黒さとも、また異なる。まさに赤さや黄色さなどない、無彩の黒だった。髪のようなものも生えてはいるが、それはもはや光を反射すらせず、髪の隙間も見えないような、黒々とした闇がそのまま頭に乗っているように見える。


 奴は、まるでボクサーかのようにファイティングスタイルを取ると、その腕の隙間から赤一色の目で睨みつけた。


「大きいな、被害が。狩らせてもらおう、貴様を、妨げにならぬよう、侵略の」

「アイシャ、あいつ……」

「分かってる……」


 真剣に奴を見つめ続けながら、少しだけ後退りをする。そして、あえて奴向けて手を大きく動かしておどけてみせた。


「レディへのお誘いとしちゃあ、あんまりなんじゃないか。せめて、名前くらいは聞かせてもらわなくては」


 当然、それへの返答など期待できない。アイスミッドは、ただなんとなく話の通じる相手か、確認したかっただけだろう。


「ビースデイ・ガイテイル……!」


 ただ、奴はあえて語った。腰を下げ、今にも獲物を狩るようにして。



――鉄沓公園――


 メグはまさに黒騎士といった姿をした星蝕者、ディラガエッセが殴りつけるようにした盾を、植物を絡めさせて正面から受け止める。しかし、盾の中心部が開き、中から瘴気が湧き上がると、植物もあっという間に枯れ落ちてしまった。そして、真正面から来た盾の勢いは殺されていたが、わずかに掠っただけでも、メグは大きく吹き飛び、身体が地を擦った。


「ぐっ……」

「なんて恐ろしいのだ、これが真の星蝕者とでも……」


 恐れはまるでこの世に具現化したようだ。もはや、飛ぶ鳥は力無く空を墜ち、地面に擦り切れる。ゆっくりと歩み寄るその災害に、なすすべなんてなかった。


「大丈夫、これさえ撃てば!」


 メグは手元で何かを練る。練った焔は粘性で、その掌にまとわりつくようだった。


「メギドフレア!」


 そして、不用意に近づいたディラガエッセにその焔を、パイ投げのように投げつける。奴は大盾を構えるも、間に合わず、その焔をもろに受ける。奴の仮面は焼け付くように音を立て、全身がその焔の赤さで染まっていた。


「よくやったのだ!」


 喜ぶ江沢に対し、ザキュントスは顔を顰め、唇を突き出した。


「いや、あまりにも呆気なく終わりすぎだ。警戒せよ」


 次の瞬間、俊敏な影が炎から出たと思えば、メグの左頬は大きく陥没し、勢いよく飛ばされ、また地面に擦られた。


 何が起きた、皆これを呑み込めないまま、奴は地面にメグを押し倒す。双方の盾を使って殴り、また彼女を吹き飛ばすようにしたその様子を見れば、実力などもはや歴然だ。ディラガエッセは呆れたようにして相手を罵り始めた。


「なんだ、その炎は効かぬぞ、浄水ほども。引けたか、腰も。驕るな、この程度で強いなどと、哀れな少女よ!」


 何度も吹き飛ばされ、綺麗な肌が痛々しくなったメグ。彼女は未だこの状況を飲み込み切れていなかった。ただ、わかることは目の前にいるのは、長年の歴史を経て文明の火を得ても、人間ごときのかなう相手ではない。本当の災害そのものを前にして、身体は震えるばかりだ。


 彼女は、それでも立ち上がり、一歩頼りなく踏み出して見せた。これには、ディラガエッセも感心の様子を見せる。


「見事だ、値するだろう、尊敬に、心意気は。しかしせぬぞ、容赦を女子供であろうと、本気でかかるなれば」


 その鎧の向こうに光る目は彼女の強がりを見透かしているようだった。そして、その強がりを自覚すらしていなかったメグは、それに気づき、ついに決壊した。


「いやぁあああああ!」


 泣きじゃくり、敵から背を向け、一目散に公園の出口へ走るメグには、戦意どころではない。もはや嫌なことに嫌悪の反応を見せる幼子と変わりはなかった。


 ディラガエッセもあまりに哀れな彼女をわざわざ深追いはしなかった。残された者は、さらに力が開いたこの状態に、絶句した。


「戦うか、まだ。叩き潰そう、阻害を為せるなら、侵略の」


 盾を双方構えたその姿まるで要塞の如し。崩すことすらままならないその恐ろしさ。もし、逆らえば、または服従した場合も、奴らは何をするかわからない。深くそこの見えぬ深淵に、ゴミを投げ捨てるが如し、彼らの一挙一足の違いが、致命的になりかねない状況だ。


「全力で引きつけるとなれば吉と出るか……?」

「なんとか、なんとかならないのだ?」

「少なくとも此方こなたから星蝕者を追い出すというのは厳しいだろう……」


 周囲の光景はどんどんと黒く染まりだしている。あまりに濃い毒の霧に、ザキュントスは咳き込む。すると、掌が赤い。血痰だ。


「もう、立っているのも限界なのだぞ……!」


 彼らの意識の朦朧となり、やがて消え去っていく。徐々に大きくなる何やらエレキトリカルでサイバーパンクなアニメソングのような音楽は、彼らは今際の幻聴だと思っただろう。しかし、正気の怪物の耳には、紛れもなく現実だった。

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