61話 蟹工船
――鉄芯華中心街 花丸通り前――
「ホイ、そらぁ!」
オルバは自らの運動能力の高さを生かし、回し蹴り、上段蹴り、連続攻撃をしている。いくら物理攻撃に強い星蝕者といえど、ここまでメタメタにされてしまうと、ダメージは相当のようだ。
「こちらです、こちらへ避難をお願いします!」
カニのような多脚の錆万装に乗った本田という学生は、悪路もものともしない脚を生かし、瓦礫の上を乗り越え、被災者を集めている。ちょうど背中の部位にトラックの荷台のようなスペースがあり、そこにひょいと人を乗せることができ、これで歩ける場所まで運搬している。
街はだいぶ人も減って、活気はまさにどこへやら。ただの黒い塊の蔓延る魔境と化していた。しかし、襲撃ということで側から見たら意外に見えるのは不運にも亡くなった遺体が少ないことだ。これは星蝕者が何もかも黒に還してしまう、とてつもない貪食なものだからだろう。
槍が貫いたことが空切る音で伝わった。英二さんは星蝕者の群れの中をまさしく得意の田楽刺しというように一直線に走り抜いた。しかし、何度も貫く時鳴る音はまるでヤスリで強く磨いたような、マッチを擦ったような、不思議な音がした。
「ありゃあ、摩擦で燃えてんのか? いずれにしろとんでもねぇ奴だな」
オルバはその類稀なる技術に感嘆したみたいではあるが、戦いの手を緩めず、手を挙げて功夫のような構えをとって見せていた。
「灼熱杖切り裂け!」
かくいうわたしも星蝕者を切っては焼き、切っては焼きの繰り返しだった。油断していると囲われてしまうこともあるけど、この取り回しのいい杖は、振り回すだけで乱戦を解消できる。
見通しのいい建物の向こう岸には、レアが錆万装にも乗らずぼうっとしていた。そして、その顔は何か興味のあるものを見つけたかのような好奇心の笑顔に満ちた。
「ちょっと、行ってくる!」
「レア!」
わたしは呼ぼうとしたが、星蝕者は顔面に飛びかかってきた。まずい、と星蝕者を切りつけると黒い塊は瘴気を出して二手に割れる。そしてまた建物の向こうを見ると、レアはもう通りのもっと奥まで走って行ってしまっていた。
*
――鉄芯華中心街 スタジアム付近 避難所――
スタジアム付近は比較的安全、と思われていた。しかし、国の中枢に直接攻撃を仕掛けてきた歪鬼宿の輩たち。そうそう甘くはいかないらしい。
田中巻人の里見式絡繰人形乙三式が反復するように駆けている。自動で行動できる強さを生かし、進路を妨害した星蝕者を次々と追い返した。
「這うのが遅い星蝕者。大半はまあこれで問題ないわな」
巻人はわざわざ近くでこれを観察している。そして、万が一に備えてと器具を足元に置き、パイプ椅子に座っていた。
しかし、その隙間をすり抜けて星蝕者が数体避難所に向かい出した。その星蝕者のリーダーと言える奴はまるで錆万装を模したような、二足歩行の身体をしていた。
奴らの小さい塊は人が群がるのを見かけると、地を這って襲いかかる。速度は遅いながらも、恐怖は現実に存在してることに変わりなく、人々はこれだけでパニックを起こす。
その人混みに揉まれながらも、一人の女性がわざわざ星蝕者の前まで出でる。この国の王の姉、深華果音だった。
「あんまり皆に近寄ってほしくないんだよね」
果音は自らの手を白万で膿ませると、水をふっかけて、地に手をつける。
「フレッシュ・ウェーブ・リフレクション!」
その地につけた手についた塊は非常に大きく、薄く広くなり、肉の塊となってあっという間に地を洗い流した。大きな機体を模した星蝕者にとっては、少し揺らす程度のものでしかなかったが、低級な星蝕者は肉にまとめて洗い流されてしまった。
その後ろから一人の少年が肉の上を走り、機体を模した奴に向け手を振りかざした。
「果音! これは折レに任せてくれ!」
その手の先からは赤黒い液体が一瞬にして現れたかと思えば、手を振り払うと同時に暗紅の飛沫が舞う。そして、それと同時に錆万装を模していたリーダーらしき奴は、本体の真ん中から千切れ、上半身だけ床に打ち捨てられた。
果音は急に苦悩の表情を浮かべる。肉の一部が黒く変色してしまっていたのだ。顔色は悪くなり、喘ぐ呼吸の中、黒い場所の近くだけが異常に、まるで胎動のように蠢くと、黒い液体を吹き出し、同時に近くの肉を肉片にする。どうにか、果音は肉塊を引き戻し、自分の周りに漂わせて壁を作るまでできた。
「やっぱり星蝕者は生物に有害、無茶は、できないか」
未だ毒物の拒絶を示す肉塊を見て、果音はそう呟いた。
「おっ、これは案外進捗ではないか。よきかな、だな」
巻人はそういって侵入を許した区域を眺める。
「その錆万装モドキだが、皇子様が切ってしまわれた、その部位、再生してないだろう。これはこいつを倒す分には、再生の警戒をしなくて良いということじゃあないか」
「それは良い進歩でございますね……」
この様を見て、空実は拳を握った。自らが何もできず、守られるべき被災者でしかない事実に、震えているようだった。
「私もこれでも豪族、何かしらの役に立ちたいのですが」
「いいじゃないか、避難者の点呼や救援物資を届けてくれたりしてくれれば、大仕事だぞ」
「しかしですね……」
どうにも空実は納得していないらしい。そう判断してか、見かねた正典陛下は避難所の特等席から降り立つ。
「空実よ」
「は、はいっ!」
あまりに突然、雲の上の存在から声をかけられた空実はいつもよりも声が上擦る。もとよりとある事情により男にしては高い声、それは萌え声のようになってしまっていた。
「お前は、待ちかねているであろう。チャンスを与えよう」
「チャンス、とはいかがなものでしょうか」
「俺の錆万装を貸そう」
「え、ええ?」
まだ状況の飲み込めない空実は、目を瞬く。
「しかし、それは余りにも恐れ多く……」
「性能に不満はないだろう。俺の拘りの錆万装、動く重要文化財・攻足を貸そうと言ってるのだ。断るなら、理由から聞かせてくれないか?」
空実は、なおもその恩寵を受けようとはしなかった。しかし、周囲の防衛は未だ激しい。
「まずいぞ、錆万装もどきが増えてきたな」
「折れの鎌も相当広範囲に当てられるが、生憎、だな」
激化する状況の中、しばらくの長考の末、
「……有難く」
空実は縦に頷き、避難所の奥のスタジアムへ歩き去った。
*
――鉄芯華スタジアム付近 スタジアム前大通り――
「慌てず! 決して慌てず避難をお願いします!」
「これが落ち着いてられますか! 周りには死を呼ぶ害獣がわんさかのこの状況で!」
「一列に避難しろなんて死ぬだけだろーが!」
会場スタッフにとって、余りに気の毒であっただろう。避難所が満杯な今、どうにかして誘導しなくてはならないが、避難列の周囲には黒々と、奴らがなめくじのように這っていた。そして、なめくじのように這った場所を汚染してしまっていた。
「こんな状況でなければ、異端を退治も出来たのに……」
澪は混乱する人だかりを誘導するしか出来ない状況に唇を噛んだ。その誘導に従っているのは、ゆかりとキエロ、それとシドニーだった。
「まったく、最悪な日デス! なんかアイスミッドちゃんもかわいこちゃんが呼んでる、なんて言ってどっか行っちゃったデスし」
危機的な状況でも憤るゆかりに、聞こえないようにとなにやらキエロは反復して呟いていた。
「あの人本当は違うはず、けど、行くよう後押ししたのは僕……。大丈夫、絶対大丈夫……」
自分の選択を迷っているようだった。選択をするということは、難しいことである。
列に並ぶ避難者も大体捌けつつあった。人の列は決して拮抗を乱させず、歩く様。道ゆくものの心配の通り、それは奴らにとって格好の標的であった。
「キャアアア!」
叫び声が聞こえる。家族連れの近くに、星蝕者があと数mというところまで近寄っている。それはじわりじわりと近寄り、恐怖の感覚を楽しんでいるようだった。父親は石ころをぶつけたりして対抗しようとするも、むしろ挑発してしまっていた。
やがて、星蝕者は何やら溜めるような動作を見せた。この状況、ろくなことにならないことだけはわかっていた。その辺りの人らは人混みを離れ、列は右側にたわんだ。
星蝕者は逃げる相手に標準をつけて追いかける。しかし、その速度は牛歩だった先ほどと比べて、草むらを走る蛇の如く明らかに速い。人の速さではいずれは追いつかれてしまいそうな雰囲気だった。
「大丈夫だよ、シドニー。貴方自身の力なら……!」
その時、突然シドニーが列の右側のたわんだところまで走り出した。人のいないところを突っ切ったその姿は余りに悪目立ちし、周囲は彼女に異端の目を向ける。
「ちょっと! シドちゃん!」
ゆかりの声も振り切り、シドニーはバッグから素早く攻撃のためにバチを取り出す。一人の子供が自ら死地に向かう様に周囲は視線を集め、声を上げるものもいた。
星蝕者はその無謀に焦ったか、それとものんきしてるのか、あらかじめ狙っていた家族連れ目がけて飛びかかった。
しかし、その瞬間、シドニーはバチを投げる。縦回転しながら飛んでいくそのバチは、空中の星蝕者に見事命中する。
ただ、奴らは貪食で軟体の毒の塊。物理攻撃はあまり効果的ではなく、むしろバチごと消化されてしまう可能性すらあった。しかし、その塊は衝撃を逃すようなこともせず、真正面からダメージを受けると、その場で爆散した。飛んできた毒液に当たった父の靴は、表面が溶け、ビターケーキのようになった。
「あ、ありがとうございます」
飛んだバチが手元に縦回転のまま戻る。感謝も束の間、星蝕者を倒したことで周りの星蝕者が完全にシドニーに攻撃対象を定めた。這い寄るその様はおしくらまんじゅうを作ろうとするが如く。瘴気は集まり、ツンとした匂いが鼻をついた。
「泣きたい時こそ笑え……。今が正念場じゃんね!」
シドニーは走り、次々とバチ投げては、星蝕者を散らして駆ける。その光景を見て周囲の人々の声は様々に聞こえる。
「あんな小さい子に任せて、いいわけ?」
「でも、あっという間に奴らを潰したぞ……」
こうして信頼を失うのは澪のような警備だ。自分たちは精一杯なのに、こういう時ばかり責められる歯がゆい思い。澪はその態度に平静を装うもの、口内で苦虫を噛んだ。
「シドちゃんがちょっと心配デスね。マッキマルゾンザンボウス(末期丸頼めるデス?)」
ゆかりは自らの肩から末期丸を呼び出した。犬の影が服の首元から出ると、舌を出して何かを吐き出す動作をした。
「何なに、あれは、まずい、また人肉を食べたい、デスって?」
ゆかりはその欲張りさに呆れたようだったが、掌を前に出し、念ずるようにして約束をした。
「リカス、ギルヨローズガブリバワンド(わかったデス。人工万肉で良ければ、あとでたっぷり食べさせてやるデスよ)」
その憑依言葉を聞くや、末期丸はやる気を出し、肉体から離れると一目散に星蝕者を追いかけ始めた。星蝕者を見るやいなや噛みちぎり、不味そうな顔をしてそれを食い荒らすと、黒い塊は本当に黒い液体だけになり、再生などしなかった。
星蝕者は犬に狩られ続ける味方の様に、犬を操る元凶を辿り出した。そして、ゆかりやキエロの方に狙いを定める。集めればゴミ貯めのようになりそうなほど多くの黒い塊に、
「マッキマル、ヴァタヘルウ!(戻ってきて末期丸)」
ゆかりは末期丸を呼び戻そうとする。しかし、狩りに夢中な末期丸には届いていない。彼女は近寄る恐ろしい存在に目を瞑った。
次の瞬間、近寄った星蝕者はゆっくり、ゆっくりと溶けるだけになった。ゆかりが隣を見ると、キエロが何やら杖に力を込め、眉間に皺よせ集中しているように見える。
すると、半径3メートルほどの間で、星蝕者は次々と黒い液体と化す。赤血球のように真中がへっこみ潰れたそれは、自重に潰れてしまったかのように見えた。
「僕も、出来る限りは頑張る。だから、頑張って……シドニー」
答えを聞くまでもなく、シドニーは周囲の相手をすれ違うと倒れるが如くに、見事なバチ捌きで倒し続ける……。
*
――鉄沓公園――
「まったく、たまのたまには公園でこいつの練習でもと思ったらなんなのだ!」
公園の広場では、以前空実にコテンパンにやられたガストンに乗った江沢が星蝕者に取り囲まれる。流石の江沢の機体。あの時の防御はボロボロだったが、案外馬力は舐められたもんじゃない。たった一人で広場に散りばめられた星蝕者を相手どった。
しかし、それは攻撃を受けるまでのこと。一体の星蝕者に腕に一撃受けると、その腕の装甲はボロボロに落ちてしまう。足に一発受けると、配線が剥き出しだ。そうなると能率は大きく落ちる。
「こんの、これでもかよ!」
対策に手を煩わしている間に、星蝕者はどんどん集まる。その数、約100はゆうに超える。そんな数に囲まれてしまったら、どうなるかは推して知るべし。江沢のガストンは混み合いに飲み込まれ袋叩きだ。
「なぁあああ! まずいのだ、手先にも!」
「ちょっと待ってて!」
黒い機械を飲み込む塊の外から、声が聞こえた。それは広場の外から、全力で駆けてきた一人のリボンをつけて少女ぶった淑女だった。
「離れなさーい!」
土煙の様子から速度を落とす様子も見せずに黒い塊に突っ込む。通常であれば、毒の塊に生身で入るなんて自殺行為だ。
しかしその淑女、魔法少女メグはそれをものともせず、内部に取り込まれた機体にまで辿り着いた。
「大丈夫? 機体はあとで何とかしますから、今すぐ脱出の準備を!」
「いや、なんで、こんな所まで来てるのだ。しかも、こんな腕を出して」
疑問はそのままにして彼を腕に抱えたメグは何かまじないのように肌を撫でる。そして、黒い塊に内側から身を乗り出し、自重の力で背中から地に落ちた。
「大丈夫マギ! メグの『一方通行な愛』は、中から出しやすく、外から取り入れにくいバリアを張れるマギ! これなら毒も、なんのそのマギね!」
リスのスラッシュは、懐から肩に乗り、頬を寄せる。胸を張って言うその態度はとても自慢げだ。
メグは星蝕者の塊に向き直ると、指を2本囲碁を打つようにして腰に持ってくると、素早く振り払った。
「メギドフレア・鼠花火!」
指の先からチャクラムほどの火の輪が現れると、地を這い星蝕者の隙間に混ざり込む。星蝕者は内部から異音を立てて崩れる音がする。
「これだけじゃない、ミント・シャワー!」
メグはさらに袂から白万の塊を出すと、そこから霧を星蝕者の周囲に噴射した。地は湿り、星蝕者もまた湿り、それで爆発力を抑えるようだ。
やがて、爆裂していった星蝕者はほとんど消え去り、内部からガストンを取り返す。しかし、その装甲は全身ボロボロで、骨組みだけ、といった風貌だった。
「ああ、全身ボロボロのボロなのだ」
唖然とする江沢をよそ目に、近寄る影。現地の警備、ザキュントスが小型の火炎放射器を持ってメグに付いてきた所だった。
「星蝕者の残党狩りであったはずだが、まさかここまで本格的な戦いになるとはな」
ザキュントスはため息をつくと、空を見上げる。空には大きな飛行し巡回をする円盤、黒黒と空を覆い尽くすそれは、相手の強大さ、侵略の本気具合を想像させた。地を翳させ、空を覆うその様は、まるでこの国を闇に染め上げる様子を暗に示しているようだった。
しかし、その様子は明らかにおかしくなった。円盤から人型の何かが空へ放出された。それは、他の星蝕者のようにべちゃりと器から溢れるゼリーのように落ちたりせず、高速で降り立ったそれは、星蝕者の細胞を噴射し、威力を殺した上でクッションにする一石二鳥の方法で地に足をつけた。
その姿は、まるで黒曜石のような質感を持った鎧を身につけた騎士。その仮面の下には光明が怪しく瞬く。
恐怖が場を支配するこの空間、緊張の走る中奴は、メグらのいる方に向き直った。そして、その鎧の一部分にアリジゴクの住むような穴が空いたと思うと、中からとても大きな濃色の無骨な盾を二つ取り出し、自らの両腕に装着する。斜めに持ち構えたそれは顔を隠しておらず、身を守っているというよりはボクサーが拳を構えるような、攻め気のある姿勢だった。
「ディラガエッセ、闇騎士たる我が名だ。侵略だ、目的は。我は考える、障害に成りうると、お前を。申し込ませてもらおう、戦いを一方的に」
「なんたる威圧感、こやつがあの星蝕者と同じというのか!」
ザキュントスはその恐ろしい存在感に引け腰になる。しかし、メグはこの明らかに異質な敵を見てもなお、意気揚々とした態度だった。
「確かにあなたは強そうだわ。けど、自慢じゃないけどわたしは星蝕者に負けたことないのよ。この魔法少女メグがいる限り、悪が栄えるとは思わないでよね!」
指を向け、挑発するその様に、黒騎士の鎧は揺れた。まるでこれから行われる戦いを知り、笑っているかのように。
「答えよう、ならばその意気に、うら若き猛者よ」




