60話 決勝戦、日は翳り
決勝戦。その戦局は、すぐには動かなかった。にじり寄るような足踏みが続き、決してお互いに動こうとしない。間合い読みの段階だ。
「一見この仕掛け待ちと見えるこの間! しかし、戦いはすでに始まっているのです!」
にじり寄りを繰り返しお互いの距離を着実に縮める。東から差し込む光は、イッツローファイを影で黒く染めた。
瞬間、イッツローファイが地を蹴り、相手に足で一撃を入れる。空実さんの錆万装は蹴りをするにも足が覆われていないので腿で蹴ると人間の足が潰れてしまうので、先端を当てる必要があった。
鋭い足の一撃は快音を立て、確かに相手の腰にクリーンヒットした。しかし、紫色のその機体はその攻撃を受け止めるでもなく、通した。足を踏ん張り、弾む紫の機体。機体へのダメージは少ない。
「ボーンインザパープル、やはり落とし難し! 一般利用の安全性を考慮した素晴らしい防御です!」
「サスペンション! それも非常に性能のいい!」
空実さんはこのままの追撃は危険と判断したためか、一旦引こうと後ろ飛びの準備をする。
しかし、甘かった。相手が飛び上がりかねない状況で一番早く出る攻撃、それは拳でも、蹴りでも、ましてや装備のシャベルで掬うでもなかった。
強い衝撃を受けた音がした。ボーンインザパープルは一歩前に出て、肩を突き出した姿勢だ。そして、その目先にはイッツローファイの頼りないボディが空を舞っていた。
しかし、空実さんもぬかってはいなかった。空中で制動を保つと、後ろ受け身の形をとり、上半身を大きく動かすことで転倒の衝撃を抑えた。この一瞬、確実に倒される状況の判断としては最適解だろう。
「トムソン選手、強烈なタックル! 瞬発的な判断で予備動作すら誤魔化しました!」
「ここまで早い動作、戦っている側からすればたまったものではないだろうな」
しかし、先日のこともそうだけど、空実さんがここまでの格闘術をできるとは意外だな、と思う。所謂豪族の中でもデスクワークが主な人だと勝手に思っていた。しかし、見ればこの技捌き。鮮やかな闘いぶりには本人の低い背もありギャップがすごい。
空実さんが背から棍を引っ張り出す。この錆万装舞踏でも幾度となく活躍した、ただの棒、しかしそれ故無数の使い道があるあの棍だ。
「しっかし、あの棒、以前と持ち方が違いやしないデス?」
ゆかりさんは案外観察しているな。わたしは既に気づいていた。今回の空実さんの棍の持ち方は順手持ちではなく、一回戦で鈴木選手が見せたような逆手持ち。破壊的で抉り取る攻撃がやりやすいが、器用さを大きく落とす捨身の構えだ。
イッツローファイはまず相手の大きな肩の付け根を狙った。相手の腕を奪うのは、常勝手段のひとつだ。相手の錆万装は大きな肩が特殊な部位で、それには隙間がある。そこに棒を挟み入れ、テコの原理で腕を奪おうという作戦だろう。
ミドラッシュもそうやすやすと作戦通りにはさせない。振り払った手の頑強さはおそらく空実さんの棍以上。弾き飛ばした棍の先はわずかにひしゃげた。
「ボーンインザパープル、払いのける! 白岩選手早くも手の内がバレたか!」
ボーンインザパープルは払った腕の袂を変形させ格納していたシャベルを出す。前見た時はなんとも思ってなかったが細かな作業は小さな手で、大掛かりな工事や輸送なんかはシャベルで持ち上げるとかんがえると意味のある変形だ。
「しかし、シャベルを格納してまで一台にまとめたのかな。手先型とシャベル型、それぞれ一台でも十分に思えるよ」
アイシャの言い分も分かる。少なくとも街で使うのであれば役割の異なる機体を2台持ちすればいい話だ。これを一台にまとめているのは軍事的な役割も期待しているのか、それとも経営戦略か。ああ、難しい話はわたしにはわからない。
「白岩選手防戦一方! 逆転なるか!」
シャベルを振り払ったボーンインザパープルに空実さんはすかさず飛びのく。リーチこそ決して長くはないが、その分力を入れやすく一撃が重くなりがち。正面から喰らわないようにと相手の動作を近接で読み切り、紙一重でかわしつづけていた。
しかし、避け続けても攻撃と回避の時間差もありじわりじわりとズレが生じ、かわしきれない。空実さんは次の前から飛んできた一撃を、棍で真っ向から受け止めた。重い一撃に後退こそしているが、決して体幹は歪んでいなかった。
「おっと、これは鍔迫り合いだ!」
「こういった戦いの様子、決勝ならではのゆずれなさ。現地で見れてよかったわ!」
2つの武器は、ギリギリと金属音を鳴らし、かち合う。そして、シャベルの凹凸が棍に引っかかり、ボーンインザパープルは上から重くのしかかれる体勢になる。こうなれば、棍は折れてしまいかねない。
鳴りあう金属の音は止んだ。しかし、それは紫の錆万装が重くのしかかる体勢になったからではない。空実さんが棍を相手の脇に向け棍を逸らしながら、腕の下をくぐる。
「白岩選手、いなした!」
滑り込み、相手の背後を取る。そして、また肩のパーツへ棍を引っ掛けると、今度は後ろへ引き倒した。
「イッツローファイ有利な展開だ!」
棍はしっかりと引っかかり、手動で井戸水を汲み上げるように傾く。ギシギシという音は、確かなダメージを感じる。
「ロボターゲンに一般的に使われている人間工学的に……言えば、確かにあれは有利……。関節はあちらには曲がらない……」
錆万装は人間の動きとの齟齬の少なさを目的としている。細かな操縦桿のようなものを極力廃し、自らの肉体で動かせる箇所が大半だ。つまり、関節は致命的な弱点になりうることに変わりはない。
「これは、部品の破壊もあり得るか!」
実況も空実さんに偏り出したその時だった。相手の棒を引っ掛けられていた関節の部位がじわじわありえない方向に曲がっているような気がした。まるで相手の棒を引っ掛けられていた関節の部位がじわじわありえない方向に曲がっているような気がした。最初は、技をかけられたため、曲がっているのかと思った。
しかし、その関節はぐるりと急転すると、背後のイッツローファイの腕を掴むと、地面に自らの重みを乗せ、相手の腕を抑えにかかった。急な状況の変化に、空実さんの顔は驚きを隠せなかったみたいだ。
「完全球体関節……! しかし、それは機械に導入するのは極めて困難なはず……!」
「私にとっても、これは困難な技術だ。しかし、いまやこれを可能にする素晴らしい技術があるのだよ。タネは、いずれ明かそう」
そのまま腕を抑え切ってしまうか、といったところで、あの時と同じようにイッツローファイの腕を切り離す。その腕は外れると同時に潰れて配線が切断された。
「白岩選手、一転して不利だ!」
空実さんは、一見標準的だが大きな紫の機体に向かい合う。向こうからは後光が差し、まるで触れることすらできない高貴さを表しているようだった。
「腕を狙ったけど、無理だった。あの時感じたことは崩すことへの難しさ……となると狙うべきは……」
イッツローファイは大きく姿勢を屈める。そして、まっすぐ、相手のスコップを下ろしても仕留めきれないほどの高さのまま、走り出した。
懐に入り込み、一撃加えたのは相手の足だ。ただ、足は屈強だからか、関節の部位を刺すようにした。
「白岩選手一撃加える! しかし、なおもボーンインザパープル涼しそうだ!」
結局、その一撃は大きな変化をもたらさず、紫の機体は足払いをした。攻撃の後身を固めた空実さんは、錆万装が土埃をあげながらも、滑るだけで済んだ。
「すごい……! まるでこの勝負、一挙一足が逆転の芽になりかねない!」
隣の食い入るように試合を見つめるシドの息遣いは早く、それでいて安定している様、まるで祭りの時の盛り上がりのよう。彼女の本来の姿を取り戻してきた証かもな。
イッツローファイは背を向けないようにしつつも逃げるように去り、姿勢を屈める。そして、また一撃加えに走り出す。あまりダメージがなくとも、またそれを狙いに行く様、無策とは考え難かった。いや、そうか、まさか!
棍は振りかぶられ、刺す体制に入った、いや相手の手にシャベル。けどお互いこの一撃は確実に入れられ……。
信じられないくらい鈍い音がした。とても鈍いってわけじゃない、明らかに異質な、硬い物質がちぎれたような、肝の冷える音だった。
見ると試合はすでに決着がついていたようだ。空実さんのイッツローファイは背の部分を切断されていた。もっとも、本人に大きな怪我はなさげで、手元を動かし、この錆万装を立ち上げようとしていた。しかし、その古臭い機体は動くことはなかった。
「動け、動かなくてもいい! ちょっと、離脱、離脱すら!」
「船なら竜骨と言える部位、そこを折るか……。これは決着かもしれんな」
ンドロード王がこの状況を分析すると、来賓席に指で合図してミドラッシュが付け加える。
「いくら機械とはいえ人型でコクピットがあるならエンジンのある場所は必然コクピットの近く、その近くで回路が纏まっている上機体の体幹も支えている背骨は、致命的な急所さ」
空実さんはいまだに現実を受け止めきれてないらしい。機体を動かそうとも、虚しく空回り。顔には涙をたらし、焦りに満ちている。無理もない。ここまで一年のの努力は僅か一撃で水泡に帰したんだ。
ミドラッシュは期待の手を先ほども驚かれたようにぐるりと上げ、アピールをした。審判もこの無惨な状況、理解をしたらしい。
「決着……! 第16回鉄芯華錆万装舞踏、映えある優勝者は! 各地で救世主とも言われた男! ミドラッシュ・トムソンのボーンインザパープル7nd Editionだー!」
錆万装を降り、ハンドシェイクのため手を差し出すミドラッシュ。空実さんはしばらく錆万装を動かそうとしていたが、ようやくミドラッシュの方を向く。しかし、どうしても正面を見ることはできず、顔を隠す。
「良い戦いだった。その機体も機体性能以上を引き出せていたのではないかな」
空実さんは涙ながらに頷き、差し出された手を強く握りしめた。まるで、自らの不甲斐なさを呪い、相手を握り潰すかのような諦めの悪さを表したように。
「これが、これが熱き機械のぶつかり合い……。握手にこんなに胸の奥が熱くなるのは初めてじゃんね」
シドは興奮冷めやらぬというように、足元手元を動かす。そして、目を瞑ると、おもむろに腕を広げた。
「良き試合を、ありがとう!」
そう言って、手を合わせた。その様子は宴の終わりのお手を拝借のような、感謝の事をひとつの動作で彼女なりに伝えたんだろう。心が離れてしまっていたようなシドがここまで戻る。もう、この祭りの初日ような心配はいらないかもしれない。
「さて、これにて全ての試合が終わりました。それでは閉会式まで今しばらくお待ちください」
会場アナウンスが流れたころ、ふと懐かしのメロディが流れた。わたしのバッグから流れている大元の端末を取り、電話に出る。
「もしもし」
「言わなくてもわかるわ! キーリーでしょ! ちょっとまずい事になったのよ。今からここに奴らが、奴らが攻め込んで……」
「落ち着いて話してくれ、何が……」
すると、会場内にはどよめきが起きた。そして、吹き抜けた屋外内一体型のスタジアムの上空を皆が皆眺めていた。
不思議なものでもあるのか、と思うその目先は北に十数km離れたとこだろうか。何か巨大なものが空に浮いている。飛行機でもない、飛行船でもないそれは、何も知らない人間が空母と言われた時に思い浮かべるような空をも覆うほど巨大な円形の船。いや、船というよりかはまるで……。
明らかな異変に会場にはサイレンがけたたましく鳴り響き、人々の安寧を壊す。心の底からゾッとするその音は、あの時会場が焼き払われた時のパニックとはまた違う、これからなにが起こるか予知できる故の狂乱だった。
「緊急警報! 緊急警報! この地区に星蝕者が侵略してきた模様です! 観客の皆様は、落ち着いて係員に従い、すみやかな避難をお願いします!」
「嘘だろう……? 位置的にもここは国の中枢だ……!」
係員の案内も、この状況では響くともいえない。皆出口には寿司詰めのように人がごった返す。アイシャの反応がこの狂乱の理由を全て表している。係員も避難を促すため、リングの上に降り立った。
「これでは表彰もままなりません。トムソンさんも避難をお願いします」
「何か勘違いをしているのではないかな?」
トムソンさんは自らの頬を撫でると、乗っていたボーンインザパープルの足元に触れた。
「会場の外に出る時は避難ではない。星蝕者を迎え撃って相手しよう」
「……! そんな、選手にそのようなことは!」
すると、スタジアムの壁の大穴が開いた。中から現れたのは、1体、また1体と金属を鳴らし錆万装が現れた。先頭の錆万装からは歯車の巻く音が聞こえ、その隣の錆万装は小柄で、空でも飛べそうなほどだ。次の機体は肩パッドのようなもののついた細身の錆万装だ。そう、これらはこの大会で見た子とのある機体ばかりだった。
「わっしの錆万装は野戦向きではないのだがなあ。けど、避難所を守るくらいならわけないってもんよ」
まさかの半自動操縦、しかもぜんまい式の機体で衝撃を与えた田中巻人は首を座らせるように動かし、機体の細かな調整のためか、真ん中に鎮座した歯車機構ををいじっている。
「言っとくが、おれは見た目通りの聞かん坊だぜ? 作戦が乱れても後悔すんなよ」
軽やかな動きで空実さん相手に粘りを見せたオルバは錆万装に乗ったまま足を伸ばし、ストレッチをする。
「流石に直しきれなくて今は飛べないのだけど……。やれるだけやってみますか」
後部を修理中であるものの足取りはスマートなこの錆万装の持ち主は鈴木美奈萌。空を飛ぶ錆万装の驚きは記憶に新しい。
「いやはや、錆万装だけでも持ってきてよかったね〜」
「星蝕者狩りも数回とはいえ経験はある。危険とはいえ、街を守ることであれば全力で協力します」
あまりに大きく、それでいて球を描くような機体と、カニのような機体に乗っているのはそれぞれ一日目の試合を後ろで見ていた学生たちだ。確か眼鏡の方が本田という名前なのは覚えている。
「ああ、そうだ私も!」
空実さんはボロボロの機体から身を乗り出すが、
「空実、今は引っ込んでいてくれないか」
英二さんがそれを串槍で遮った。空実さんは俯くと、機体から出てきて英二さんの方を見ると、選手の集まりの向こうからこちらを見つめだす。生真面目な彼らしからぬ、不貞腐れているようにも見えた。
「しかし! 選手の皆様は宝です! 無茶をさせるわけには……」
「そうとも限らんな」
実況席から降りてきたスタッフの声を遮るようにしたのは、警備員を侍らせた男だった。一見真面目そうだが、目の奥には黒い何かを抱えた男、種市幕利が取り調べからわざわざ帰ってきたらしい。
「前も言っただろ、この大会で求められるものは何か、戦争のためだと。だが、付け加えて言うならこれは職人どものアピールチャンスでもあるわけだ。そこも考えると、むしろこの危機は好都合ではないか」
しかし、未だ大会スタッフは揉めを起こしている。果たして試合と死すらよぎる実戦を混同して良いのか、ここで被害を出したら責任は誰か、と言った話が聞こえ、やはり易々といかないらしい。
「しかし、ここまで望まれているのであれば、受けてやってもよいのではないか?」
ンドロード王は、一度錆万装らに目を向けると、陛下に尋ねる。
「いいだろう」
陛下はようやく一声上げられた。
「やって見せるがいい、技師たちよ。手始めに世界を救うのだ!」
手を伸ばし号令をされた陛下。それを聞いたが早いか、皆は選手入場口の方へ一斉に駆け出した。わたしも、加勢に行こうとスタジアムのリングへ身を乗り出した。
「ちょっと、キーリーちゃん!?」
ゆかりさんの静止も振り切り選手とともに走る。これは、憲兵としての務めだとわたしは感じていた。横には、槍を持ち出した英二さんが居る。しかしだ。
「桐の字、慎重に行こう」
「あれ、ハール、錆万装は?」
「あんなの枷だろ。身一つの方が動きやすいぜ!」
錆万装の役割は体とともに動く機体らしいことを考えると、どう考えてもおかしいのだけど……今は退治に集中、黙っておいた。




