59話 あとしまつ
「くそっ、燃えぬ!」
ザキュントスは左手で持った機械から火炎放射を星蝕者にここ数分は浴びせるも、なかなか倒すことはできない。大きめの個体なので、水分量の問題だろうか。
「ザキュントスさん、ウォッカ!」
後ろで待機していた憲兵は何故か手元に持っていたウォッカ瓶を投げ渡し、ザキュントスはそのまま流れで星蝕者に瓶の中身をぶちまけた。
アルコールに引火した火炎は瞬く間に燃え広がり、星蝕者にまで引火して爆発を起こした。派手に爆散した星蝕者は広く液体を撒き散らす。これを防ぐために皆、木陰に隠れやり過ごした。
「もう、大丈夫か。皆のもの、慎重にゆくぞ」
爆発が収まったので件の下水処理場まで歩く。とはいえ、もはやここは平地なので疲れるようなことはない。
あれから、星蝕者の防壁は順調に破られた。大量の群勢が来ようと、わたしが灼熱杖で焼き切り、万が一取りこぼしてもメグのメギドフレアと憲兵の火炎放射器で一網打尽にできる。メグの現場慣れした指揮もあり、混乱もほとんど起きずこの山の上まで来たのだった。
ただ、途中で猪が現れ、星蝕者との交戦中だったようで暴れ回っていた時だけはどうしようと思ったが、なんとか乗り切ることができた。
茂みをかき分け、けもの道を進む。ここまでほとんど遠隔で動いている。それでもここまで毎日来なくてはいけない人もいると考えると、あまりに無造作な場所にあるなと思う。
扉を開け施設の中にお邪魔する。内部には人もちらほらいたけど、皆星蝕者の対応に追われていて、せわしなかった。
そして、おそらくこの発生源である沈殿池を覗く。この周りは禍々しい空気が周囲に漂っており、人は皆はけている。直接の対応はこちらにおまかせということだろう。
「メグとやら。さすがにここでメギドフレア? とかいう爆薬で発破をかけるのはやめてくれはせんか」
「爆薬じゃなくて、魔法マギよ!」
睨むスラッシュをメグはなだめる。そして、自分の白万の液体を軽く発火させて様子を見た。
「そうね。ここでメギドフレアは火力を抑えても危ないかも。どうすれば……」
「あの!」
皆がわたしに注目する。
「この灼熱杖で根元から切ってしまえば、爆発を軽減できると思うのだけど」
「確かに、それなら良いかもしれない。任せられるか」
そう、わたしにはこの灼熱杖がある。これは剣のような形をしていて、星蝕者の切断に長けている。イクスマグナの会社のものを使うのは癪だけど、この状況には確かにピッタリだ。
許可も得たのでセメントの足場を渡っていく。狭い足場だけど、このくらいなら訓練で慣れたものだ。
やがて、足元に星蝕者の塊が見える。鼻には除光液の臭いだけでなく、卵の腐ったような、牛乳のかかった服のような、他よりも一段と嫌な臭いが鼻を蹂躙する。正直、吐きたいくらいだ。
早めに片付けてしまおう、わたしは根元に灼熱杖を入れると、牡蠣を剥がすかのような手つきでじわりじわりと、硬いところは強く叩いて切り裂く。伝わる感触は有象無象の星蝕者よりも固く、ねちゃりとした感触。例えるなら密度の高い泥沼を切っているかのようだった。
ようやく切断が終わると、ぐらりと星蝕者の体が揺らぐ。おそらく、このまま落ちるだろう。
「しばし待て、これはこのまま流して大丈夫か?」
「えっ?」
いや、大丈夫だろ。いくら星蝕者が毒だらけだからって、ここは下水処理場だぞ。濃度の高い毒の一つや二つ、処理できるはず……。
「詰まったりしないか、ということだ」
詰まるかもしれない! そう聞くと急に不安になってきた。確かにこいつは液体だ。しかし、固体のような振る舞いもする。確かにこの沈殿池はどんなに泥水でも分離させられるだろう。けど、海外では貝がダムを詰まらせた話も聞く。仮にも生き物を、それも生きたまま流して大丈夫だろうか。
そんなこんなしてると剥がれ落ちた星蝕者は汚れた飛沫をあげて着水した。水はせっかく綺麗する仕事なのに、あわれにも黒く染まっていく。これは処理できると思うので問題ないが、固体は全く崩れなかった。
「まずいかも……」
何もできず、呆然と見つめていると、何処かともなく、液体が黒い塊に向け噴射されたのが見えた。そして、瞬く間に何やら赤い光線が前をよぎると、その光線は塊に向かって固定された。
どんぶらこ、どんぶらこと流れる塊にしばしばその光が当てられていると、当て続けた部分から煙が上がった。そして、その煙が複数箇所から出るのを確認すると、間もなく塊は爆発四散した。幸い、水中だったので爆発力は抑えめで、軽くなった破片のほとんどがバラバラに水の中に沈められていった。
「かっこいいな、シャレオツだ!」
ザキュントスは仕事中だけど、その未知の光線に興味をそそられているみたいだ。かくいうわたしも、こんな物語の中にしかないような装備が実際にあった事実に少なからず興奮している。
「レーザー光線!? そんなもの技術的にまだ出来てないんじゃ!」
メグの驚きも無理もない。当てたら焼けるような即効性のあるレーザー光線はウェストウッド家でもまだまだだ。誰がこんな物を、目でレーザーの発射元を辿ってみる。やや濃色ではあるが、現地人とは異なり日本よりの風貌をした男が、真っ黒なヘルメットを被っていた。その目元には赤い四角形のグラスをかけ、光を目に浴びるのを避けている。確か以前もあった気がした……烏窟城に向かう時の運転手だったと思う。名前は忘れてしまったけど。
「この液体はウォッカだ」
グラスの根元の部分から、レーザーの当たったセメントに液体がまた飛ばされた。セメントは湿り、黒い跡が残る。
「こうして、液体をぶっかけた所にレーザーを当ててやると、燃焼しやすいものなら発火する仕組みになっている。しかし、星蝕者退治の専門家と職業軍人が随分とまあ雑な仕事なんだな」
呆れたようにその男は語った。遅れてきたくせに、ずいぶんないいようだ。
「私はこれでも全力を尽くしたつもりです」
「まあいい。これで大元の星蝕者は潰えたというわけだ。お前ら、残党狩りの準備はできているか」
「残党狩り? それは、いつまで行えばよいのでしょう?」
正直、もう大仕事は終わったと思っていた。祈りの時間も含めて、今夜は早めに帰りたい。しかし、メグは予想外といった驚きに首を傾げた。
「それはもう、星蝕者を見かけなくなるまでよ。夜中まで余裕を持ってと言ったじゃない」
絶句した。まさか夜中までというのが、深夜までで終了ではなく、夜の中すべてということだったのか。
「……わかりました」
わたしは心の中で祈りを捧げて、腿を叩き、気を引き締めた。人々の平穏のためだ、仕方ない。
*
あの後は、夜通し見張りと戦いの繰り返しだった。星蝕者を見かければ、潰し、見かければ、潰し。時折他に見張りを任せて仮眠もとったが、とても眠った気はしない。
やがて、星蝕者を見かけなくなった時には朝日が登っていた。メグはイクスマグナからの伝言で灼熱杖を親としてのよしみで無償かつ無期限に貸すと言っていたけど、イクスマグナの物を使い続けて、イクスマグナに楯突くなんて、とんだ道化だ。けど、星蝕者退治だけに使うならこれは優秀。とりあえず保留ということでアタッシュケースごと持ち帰ってきた。
ホテルに戻った時にはもう他の皆は朝食を済ませていたほどの遅帰りだった。
「えらく遅かったじゃんね」
「いや、ちょっと朝まで飲み明かしてて」
シドたちにわたしはとっさに思いついた言い訳をするが、キエロは訝しげな目線を送る。
「そんな遅いわけないじゃないか。キーリーは、酒は人を惑わせるといい、あまり進んで飲まないだろう。かくいうあたしも嗜む程度、なのだけどね」
アイシャもはにかんでこちらに笑いかけた。こんなに見透かされていると、小っ恥ずかしくなってきた。
「ああ、ほら、まあ、色々あったんだよ! はいこの話はおしまい!」
間に入って、無理やり話を終わらせる。怪しんだ視線もこうやっておけば、案外早く切り上げられるものだ。
さて、今日はついに錆万装舞踏も最終日だ。空実さんもレアとの激戦に機体をボロボロにされてしまったが、おそらくもう直してあるはずだ。
対する相手は、ミドラッシュという名前だった。何やら他の小世界の国で、救世主と崇められるほどの誉を受けたものと聞いた。そこまで言われるほどの実力、最初の試合でもほとんど動かず最小限の動きで勝利した事実、もしかしたら一方的に、いや、そうはならないと信じてる。
*
所変わって鉄芯華の辺境、此岸ヶ原……
伊藤元将はいつもと変わらぬ鍛錬に励んでいた。
「……なんだありゃあ?」
しかし、その北の方向、劉喝菜国や国連保護区ゼノン支部のある方面から、何かが飛来してくるのを彼は視認した。それはフリスビーのようであったが、大きさはここから30kmは離れているように見えたが、動いていることがはっきりわかるほどの速さでこちらに近づいていた。
「おい、伊藤ぅ……。周りが鍛錬してる中サボるのは楽しいかぁ……」
「いや、山城士官、これは明らかな異常事態ですよ。あれはまさしく、映像の中にしかいないような、UFOです!」
山城士官もそれを手で日を遮って確認すると、まやかしや蜃気楼の類いではないも理解したのか、軍用の端末を所持し、どこかに連絡をかけた。
「軍の本部ですかぁ。こちら山城ぉ。暗号は列、前、闘、闘、臨。対空砲の使用の許可を要請します……」
連絡が終わると、一部の兵卒は異常事態があったらしい事実に必要以上に強張った。そして、訓練はもはや訓練と機能しなくなるほどの混乱が生じた。
しばらくすると、目に見える範囲にあった対空砲が斜めに立ち上がる姿を見た。その威圧感は、これが只事でないことを嫌でも伝える。
円盤はもう数km圏内というところだ。それを狙い対空砲からは耳を裂くような爆音と共に砲撃がなされた。速さは音速をも超える速度で円盤に当たる。しかし、円盤はまるで蚊に刺されたかのようになんの影響も受けていないようだった。
やがて、円盤はこの訓練場の空を覆う。比喩でもなんでもない、本当に空一帯を覆うほどでこの世のどのような飛行機よりも大きかった。円盤の表面は幾何学な模様で覆われており、隙間からは黒い線が禍々しく漏れ出ている。円盤はプロペラで飛んでいるのだろうか、所々にそれが見える。武装もあるらしいが、スタイリッシュに円盤に収容されたそれは、外部からの視認が難しく、それが武装か模様かもわからなかった。
「もう、打ち込むしかねぇかぁ……」
山城士官は袂から小さな筒を突き出した。それから間も無く煙がそれから出たと思うと、ソニックブームが発生し、周囲は風圧を覚える。そして空砲のようなそれは円盤に当たり、鈍い音を立てた。
だが、それだけだった。せいぜいいくつかの部品が壊れるだけのもので、円盤にとっては猫に引っ掻かれた程度の怪我でしかないらしい。
「これでもぉ……無理かぁ」
山城士官は腰が抜けたように、その場に座り込んだ。対空砲もそう無限に連続して撃てるものではない。辺境を守る彼らは、異音をたてて飛行する円盤が国の中心に向かうことに精一杯の抵抗をしつつも、ただ、見送るしか出来なかった。
*
「思ったよりは閑散としているんだね」
「今日は平日だからな。わざわざ現地で見に行くのは物好きってことなんだろう」
会場の階段を歩み、決められた席に向かう。人の量は席に座ってみると会場の閑散さの割に意外と多いものだ。会場ではゆかりさんがすでに、まだ人のいない土の上を見つめている。
「いやー、次の試合はトムソンさんですか。空実豪士も有名どころと戦うことになるとはデス」
「ゆかりさん、聞きたいんだけどさ、ミドラッシュ・トムソンさんって誰?」
わたしには彼の功績というものが今ひとつわかっていなかった。それに興味もなかったけど、ただ、救世主は大言壮語ではないか、確認してみたかっただけだ。
ゆかりさんはいざ聞かれると、最初、こちらが何を言っているのかわからないという間があった。やがて、わたしが知らなかったことにやれやれという風な感じで両手の平を見せるように返す。
「そうデスよね。キーリーちゃんは生まれは国連保護区。生活に困ってなければ知るはずもなしデス。けど、世界栄鎮なら耳にしてもおかしくはないデスよ」
そう言って、わたしに彼の功績を語ってくれた。どうやら彼は生まれは国連保護区クリプトン支部で生まれたものの、裕福ではない家庭だったらしい。しかし、自慢の発明を持って貧しい地域に赴き、毎度その地域を開発し、発展させ、感謝の言葉をもらっているらしい。
その結果一代にして世界栄鎮の名を欲しいままにしたけれど、本人はあくまで一般人の立ち位置を守っているらしく、宵越しの金は持たずにすべて貧しい地域への援助に使い、牛耳印という絶対命令を使うことも稀らしい。
「とにかく、小世界にとってはありがたい人なんデス!」
「ふぅん……」
やがて会場に二人の選手が入ってきた。身長体格機体の見た目に差はあれど、その目はともに真っ直ぐに、相手を見つめてる。
空実さんのイッツローファイだけど、よかった、しっかり直ってる。あの時となんら変わりないパフォーマンスが発揮できそうだ。対するミドラッシュは……今のところ前情報はない。どんな戦い方かも不明だ。
「やはり歴戦の猛者、ただでは返してくれそうにないな」
「私も、救世主と呼ばれるほどの存在の錆万装、非常に興味があります」
この一言一言にすら、深い意味を込めていそうな探り合い。決勝戦に相応しい空気はひりつくというより、むしろ澄んでいた。
「それでは、決勝戦を開始します! 決勝の舞台に上がるのはイッツローファイホワイトロックモデルに乗ります白岩空実! 対するはボーンインザパープル7nd Editionに乗りますミドラッシュ・トムソン! 共に素晴らしき戦いを繰り広げ、鉄芯華錆万装舞踏を盛り上げてきました」
実況席は今にも泣きそうだ。なんて感情豊かな実況だろう。
「その軌跡も今、大団円を迎えます! それでは、決勝戦、3、2、1、試合……開始!」




