58話 魔法少女(成人済み)の闇払い
足代わりのレンタサイクルに乗り、40数分といった所。鉄沓公園はあった。郊外らしくあまり人通りのない寂れた公園。自転車を駐輪場に停めると響いてきた侘しく鳴くキジバトの声は、夜闇の恐ろしさを一層際立てる。
入口は封鎖されていた。ただ黄色いテープで貼っただけの粗雑なものだけど。
「何奴だ」
警備の男は随分と古風な喋りだ。今時こんな喋りをする奴がいることに、感銘を受けた。わたしは、証明の憲兵手帳を見せる。
「キーリー・ウェストウッド。此岸ヶ原で憲兵として勤務している者です」
「承知した。ワタクシはザキュントスというものだ。よろしく頼む」
帽子の下は目の小さい割に口元がイカつい、原住民の壮年と思わしき男だった。どうやら、彼の本業は警備ではないらしく、ただ、援護を待っていただけらしい。彼に案内されるまま、先の暗い公園の石張りを、踏みしめて歩いて行った。
ふと遠くまで歩むと、せせらぎが見えた。しかし、様子がおかしい。このせせらぎは浄水の終わった水を流した人口の川で、自然の大きな河川へと繋がっているらしいが、工場の排水そのものかと言える程に汚く見えた。
「この川は、いつもこんなに汚いのですか?」
「いや、ワタクシの知る限りでは、これほどまでに汚いことはない。ヘドロと言うには生ぬるいほど黒く、魚の死骸がほとりに多く打ち上がっているだろう。これこそが、奴のしわざだ」
黒いせせらぎの上流に向けて歩を進める。高くに上るにつれ、多くの憲兵が道にまばらに立ち、何かを警戒していた。
やがて道は一際高くなり、行き止まりだ。山の奥に閉められた柵は、普段なら暗に入るなと伝えているはずだ。しかし、誘い込んでいるかの様に開けられたその先、闇夜に似つかわぬ明るい薄桃色が見えた。
その色をした長い髪を伸ばし、頭を覆うほど大きなリボンでそれを停め、セーラー服ともワンピースとも言いきれない風変わりな服をした一般的な男と同じほど背の高い女性が、待っていたと言わんばかりに柵の枠に寄りかかり腕を組む。
「メグ!」
「ようやく、来たわね! 魔法少女メグの仕事、協力してくれるわよね?」
「あんまりピンと来てないんだけど……」
「見ればわかるわ!」
しかし、隣のザキュントスはわたしの前に出ると要件を伝えてくれた。
「はっきり言おう、星蝕者の退治だ」
「ちょっと!」
ネタバレされたメグは膨れて見せたが、そもそもネタバレがどうこう言う問題ではない。
「彼女を呼んだのはワタクシだが……。貴官の姉妹だと聞いたが、いつもこんな調子なのか? 仕事中も?」
「いや、仕事中はあまり知らないのですが……」
すると、メグの肩からひょっこりリスが現れた。
「メグは正義の魔法少女マギからねぇ。いつだって正義の心の持ち主マギ!」
「うおっ、リスが喋った!」
ザキュントスはあくまで一般人だ。これを見て驚くのも無理はない。
「紹介するわ! この子はスラッシュ。ちょっとお調子者だけど、真面目に仕事を頑張るマジックフェアリーよ! クルミが大好物だから、持っていたらあげてもいいわ!」
メグはこういった荒仕事を行なっているとは思えないほど、やわらかな手つきでスラッシュを撫でた。
山の谷間を電子式カンテラを持ちながら歩く。懐中電灯と比べると、真っ直ぐ照らす力は弱いが周囲を照らすには長けているからこの形状をしているらしい。
草木の陰に、より一層暗い塊を見つけた。近づくとぼんやりとするほど強い、悪臭とも違った感覚が頭に残る。それは除光液のような刺激物を吸った時のような不快なものだ。
「近くに星蝕者がいるわね。少し下がってて!」
言われるがままに下がると、メグは腕を振りかぶり力を溜めている。すると、手に粘体の白万が動き出し、みるみるうちに赤くなった。そして、それを大きく振りかざす。
「メギドフレア!」
あっという間に真っ黒な星蝕者は焼失し、周囲にはよりいっそう頭を惑乱させるようなきつい匂いが漂った。
「すごい火力だな。どんな技かは知らないが」
この技を知らぬザキュントスが驚き、考察をする暇も今はない。前からは数珠なりに近づく星蝕者の影。周囲を取り囲む者も含めたら、ざっと見て20はいるだろう。
背後からは規則正しい足踏みが聞こえる。多くの援護が駆けつける音だ。その援護兵が持っていたものは、所謂火炎放射器、その目の前だけ燃やせるようにした小型版だ。ザキュントスも、これを持っていたらしく、懐から出して見せる。大きさは本当に、隠し持てるレベルで、恐らく可燃性ガスを使用している。けど、そのガスのタンクの大きさは、家庭用ガスボンベ以下だろう。
それを見て、ふとわたしは気がつき、メグに訊ねる。
「これ、わたしは何をすればいいんだ?」
「何か、取物とかは持ってる?」
小さいカバンの中から、取り押さえにいつも使用している二つの取物を出した。
「トンファーと縛手……」
「それじゃダメよ! 物理攻撃は効かないわけじゃないけど、Tバトンのようなギリギリまで接近する武器は毒性のある体に接触する恐れがあるし、縛手は軟体の相手には効力が薄いわ!」
「じゃあ、救護にでも回ろうか」
「ちょっと待って、これを! ウェストヒッポの支給品で」
げ、あいつの会社が作った装備か。できれば使いたくないんだけど。しかし、じわりじわりと近寄る黒い塊に対抗するには仕方ない。やむなしだやむなし。
怪訝に見たその装備は長く黒い棒に見えた。イメージとしてはシドの所持していたバチを黒く染めて、剣の様に柄を作ったものって感じだ。触れると冷たく、素材は金属でできていることがわかる。
「おおっ、火焔笏か。こんな装備が実用的だなんて、先祖は思いもしなかっただろうな」
「そちらではそう呼ばれているのね。こっちでは残忍な枝って名前で売られてるのよ。まぁ、単に灼熱杖と呼ばれるのが一般的なのだけど」
話を聞いてみた限りだと、その触感とはまた違った、熱に関係するワードが多い。星蝕者に有効なものもまた熱だし、これを使って焼けということだろう。
しかし、いきなりポッと渡されただけでは使い方も分からない。イクスマグナのことだし、やたら複雑な機構にしてそうな気がする。柄の一部はロックを解除して捻ることができそうだったので、回してみる。
すると、その刀身は暖色に染まった。顔を近づけると、陽の光を浴びるより肌が焼けるのを感じる。これは、確かに効きそうだ。
もうあと数歩というところまで夥しい星蝕者が近づいている。イクスマグナに頼るのは癪だけど、振るしかない!
意を決し灼熱杖を振り切り、切り裂いた一体の星蝕者は、禍々しいゼリーの切った真ん中から見事に燃え始める。その様はアルコールジェルに火をつけ、一瞬で消え去るような苛烈な光景だった。
しかし、気を取られている場合ではない。周囲には未だ星蝕者が山のようにいる。わたしは灼熱杖を振り、先陣を切り開く。後から湧いてきた相手は他の兵が火炎放射で倒していった。
しかし、星蝕者は山のように現れる。改めてメグに確認をしてみた。
「メグ! 最終目標は何!?」
「この山は聞いた話によるとまっすぐ一本道に、ずっと続いているらしいわ!」
すると、肩に乗ったリスのスラッシュも前傾姿勢にして話す。
「その一番奥、前も伝えた鉄沓公園下水処理場を根城にしているマギ! とても大きな闇のオーラを感じるマギよ」
すると、目の前にはとても急な坂が現れた。傾斜は自転車で登ると疲れてしまいそうなほどで、その見た目は壁といっても差し支えない。
その反りあがる坂の上から黒い塊がなだれ込んでくる。星蝕者がまるで三方の上に乗った餅のように固まり、降り注いでくる光景だった。
「避け……」
最も前で先陣を切っていた私は、退散も出来ぬままどす黒い塊に周囲を囲まれてしまった。まずい、と思うまもなく、先ほどから感じていた除光液臭よりきつい香りに頭が眩んだ。少しでも油断すると、意識が遠のくのを感じる。しばしば星蝕者に触れるとその部分がじわじわと黒く侵食していく。これが内部まで至ったら……。
「まずいな、援軍、救出の準備を!」
「メギドフレア……いやこんな近くじゃ危ないわよね。キーリー!」
音はほとんど遮断された空間の外から、微かにメグたちの声が聞こえた。次に軽い物が放られた音が聞こえると、真上にぽっかり開いた星蝕者のカバーしきれない穴から何かが投げ込まれた。軽くて、ざらざらとしているが水気が多く、有機的だ。これは、葉っぱのマント?
「けど、これじゃあ毒までは防ぎようも」
「防ぐのは毒じゃないわ! とにかく羽織って!」
わけもわからぬまま頭からこれを覆って、ちまきのようになる。しかし、なおも星蝕者は取り囲み毒を垂らす。垂れた場所はあっという間に黒く染まり、溶け出した。やはりこれじゃだめだ!
「バケット・バシャット・スプラッシュ!」
水温が聞こえて、ふと空を見ると、あまりに大きな水の雫が夜空を舞ったかと思うと、こちらに勢いよく降り注いできた。感じた衝撃は、滝に打たれたかのようだったが、脆そうなこのマントは意外にも破れていない。
「そして、受けなさい! メギドフレア・サラマンダーリボン!」
わたしはマントを被っていたので、何が起きたのか見ることはできなかった。けど燃え盛る火の音が、星蝕者の後ろから聞こえてくる。外からは破裂音さえ聞こえ、こちらも、もはやせいろのように蒸されているはずだけど、不思議と熱いというよりは暑いに近く火傷すらしそうになかった。
「今なら外に出れる! キーリー、トドメを!」
覆い被さったマントを外して見渡すと、ザキュントスが森の中からも来る星蝕者に火炎を浴びせている光景がはっきり見える。視界を遮っているはずのわたしを取り囲んでいた星蝕者は皆小さくなっていた。よく見ると星蝕者には一筋の焼け跡が見え、中には散らばって破裂した星蝕者もいるらしい。
とにかく、わたしは灼熱杖を振り、無残にも焼けた星蝕者の残りを散らした。よし、後ろで戦う憲兵の援軍に行こうか、手が、さっき毒のかかった所か!
「これはもう皮膚ごと抉るしか……」
「待って! キーリー!」
メグが女子にしては大きな体を揺らしてこちらに近づき、薄いピンクの髪が、空になびく。そして、わたしの腕に手を数センチ離してかざした。
「まずは、洗い流すんだっけ。セイクリッドオブウォーター!」
メグの手から流れた、それはただの水に見えた。もっとも、人の手から水が出る時点でおかしいけど。しかし、触れた感触は温度とは違う意味で暖かい。一部だけど、それはやわらかな羽毛に包まれているように感じた。黒くこびりついていたそれはあっという間に洗い流される。ただ、皮膚は未だ黒い。やはり侵食していた分まではどうにも……。
「星蝕毒が奥まで染みてる……間に合えばいいけど。吸い上げる豆の根!」
メグが袂から出したものは細長い糸のようなものが幾つも絡まっていた。根の放られた植物の苗だ。これをわたしの患部にそっと当てると、まるで自分の血管と遜色ないかのように根を張った。
「うっ……」
根の先から血を吸われているような脱力感を感じる。すると、根から始まり茎を通り少しずつ植物の苗は黒く染まっていき、やがて全てが黒くなってしまった。しかし、それと同時に、黒かった腕の皮膚は完全に元の通りに回復した。
「ありがとう、メグ」
メグは星蝕毒を吸った黒い植物だったものをまじまじと見つめる。
「これは、もうダメね」
「すばらしいな、これほどの技術、看護にどれだけ活かせるであろうか」
火炎放射を一旦やめ、物珍しげに集まってきた憲兵たちに見つめられている、白万で出来た植物の残骸をメグはそこらに放り捨てた。黒い液体は土に少し染みたがそれだけで、広がりはしなかった。
「さて、休んでいる暇はないわ! なんとしても源泉を叩くわよ!」
あの時烏窟城で会った時は白万を得て強くはなったけど、精神的には成長していないと思っていた。けど、今日の危機的な状況も冷静に対応できている所を見たら成長してないなんて到底言えないな。心強いメグの意気込みに、治った腕を上げて協調した。




