56話 タケウマライダー
その風貌は冗談のようだった。金属の棒が高く伸び、足を引っ掛けられるように足元には輪がついている。エンジンもあり電子回路は組んではいるが、剥き出しであまりに頼りない。手元には結びつけられただけの腕だった鉄棒が握られており、多少は軽減されてそうだけど、振り回すのにも苦労するくらいで重そうではある。
戦うどころか動くだけでも不安定で、千鳥足になりそうなその姿はまさしく、竹馬、電子竹馬というのにふさわしかった。
「そんな、それは錆万装じゃない!」
「じゃないわけじゃない! これはエンジンで発電して外装よりこだわったタンタル合金の機体の上に乗り、電子的に動かす機体、間違いなく錆万装の一種です」
空実さんは戸惑いを隠せないレアに強く宣言したが、戸惑いを隠せないのは周囲も同じようだ。
「こんな錆万装、今まであったか?」
「失格だろこんなん」
「いや、でも定義上はこれでもよしでは……」
混乱の最中、空実さんは素早く、本当に馬の手綱でも引くかのように鋭く左に逸れた。長い棒には関節もなく、サーカスの足を長くしたピエロのようだ。
「どうしたんだいシド……」
アイシャの腕を握っていたシドはふと手を離した。そして、目を背けることなく、じっとこの戦いに目を向けた。空実さんの機体の姿はあまりに滑稽に見える。しかし走り続ける手元足元力が入り動かす様。それにはブレがなく、倒れる様子もない。当人は真剣だ。そのエンタメ性と勇気に感化されたか、この戦いから目を背けるわけにはいかないと、思ったのかもしれない。
けど、空実さん、完璧に使いこなせたとして、この錆万装には攻撃手段はあるんだろうか? この手足は関節もなし、伸び縮みはしないだろう。攻撃にスナップをつけることもできない、絞め技もできない。これでは大した破壊力も出ないんじゃないか?
「でも、負けない! この試合、落とすわけにはいかないんだ!」
レアは意気込んで突っ込んでくる。重い機体でもあっという間に距離を詰めた。しかし、近づいたと同時に何かおそるべき物を感じ取ったらしく、バックステップを取る。
「ねじが、ない!」
「そう、この機体は球体関節。内部の電子構造も留めることをせず、溶接のみで接着しています。おっと、これ以上喋るとネタバラシがすぎるかもしれません」
空実さんはあえて近づく。相手に威圧感を与えるつもりなんだろう。地面を蹴り、先程までは考えられないほどに攻勢に出る。そして、なんと、正面から蹴りを入れた。狙ったのはレアがいるスレスレの足元。
「白岩、プレイヤーキルすら恐れない気か!」
ンドロード王の驚きを、ベイリント卿は分からないようだ。
「プレイヤーキル、聞いたこともないルールです。どのようなものでしょうか」
「ええーっと、不束実況の私が説明させていただきます! プレイヤーキル、かいつまんで言うとプレイヤーこと操縦者のみを執拗に狙った攻撃を取り締まるルールです! そのような悪質な攻撃を一試合につき3ポイント分行ってしまうと強制敗北になります。とはいえのルールが適応されることは稀! 大体は操縦者と同時に機体にも攻撃を行っているからです!」
「例えば鈴木VSトムソンのような戦いは、一見致命打だが、機体の攻撃が主なので適応されない。そもそもあれは決着の一打であったしな」
ンドロード王はその上で実況に説明を加える。二つ隣では、もう試合を見ることもせずビジネスのためかノートパソコンのキーを叩く鉄英雄の姿が見えた。ベイリント卿はさらに疑問を加える。
「しかし、鉄英二VS種市幕利の試合は明らかな操縦者狙いでは……」
「あれは審判も慌てていたからな。本来であれば2カウント分カウントされてもおかしくない」
「逆に言えば死を誘発した攻撃であっても、それまでに悪質な攻撃がなければ2カウント止まり。死人が出ても試合に勝利し、次の戦いに挑むことができる」
今まで静かにされていた陛下まで話に入られた。よほどこの話題は興味をそそられたらしい。
「とにかく、プレイヤーキルを続けると失格になる。試合はどう運ぶ、見ものだ」
陛下は腕を顎につけられ、この試合を遠くから俯瞰して再度、見られた。
強く相手の足を蹴り跳ね返るイッツローファイの骨組み。2機の間は、また読み合いだ。一度足元を崩せば、すぐにでも倒れてしまいそうな骨組み。この勝負は、もはや勝負とも言えないほど有利不利がはっきりしている。
また、空実さんは地を蹴ってレアーマシンの足元を狙った。この飛び上がった瞬間を狙われた場合も、おそらくは脆いだろう。
しかし、そこをレアは狙わず、イッツローファイの蹴りが決まる……。
「あいたっ!」
蹴りを放った空実さんの顔は少し焦りが見える。一撃が当たったのは足元でなかった。操縦席のレアの足に強烈な蹴りが炸裂したのだ。この金属を叩きつけられれば当然、大きなあざが残り、腫れはりんごのように大きくなり、内出血を起こした。
「おっと、空実選手1カウント、プレイヤーキル判定です!」
「うわっ、これ皿割れるデス!」
痛々しい光景。ゆかりさんは自分のことでもないのに膝を抑えた。わたしはふとアイシャに尋ねる。
「わたしにはレアがわざと当たりに行くとは思えないんだけど」
「いや、案外そうとも言えないかもね。レア、あの子は本気だよ」
アイシャははっきりと断言した。隣ではシドが目を覆いそうになる。けど、湧き返る人並みの隙間に陣取ると、
「が、頑張れー! レア! 白岩さんも、ま、負けるなー!」
口に手を当て大きな声で応援を送った。その声はブレてはいたけど、彼女ができる今最大限の応援だったはずだ。勝ち負け身内敵じゃない、一つの熱い戦いに、彼女の応援団の血が蘇ったみたいだ。
また、空実さんが攻撃にかかる。今度は飛び蹴りではなく、足に地をつけ股を割った、円錐蹴りだ。風を切るその金属の棒は、照りつけた太陽を反射し、フラッシュを焚かれたかのように瞬いた。
「よし、捉えたもん!」
しかしその鋭い攻撃を、レアは直に受け止めた。そして、上から強く締め上げて見せる。元々機体の大きさはレアの方が圧倒的に上。すぐに引き離したが、まっすぐ立とうとすると、よろける。イッツローファイの足は歪んでしまっていた。
しかし、この状況でも、果敢に攻撃を仕掛けにかかるイッツローファイ。レアは決めにかかるか、足払いの構えに出る。
「だりゃあ!」
残り2メートル、助走をつけるイッツローファイにレアは渾身の足払い。しかし、空実さんの機体は今度は宙を舞った。そして、勢いのまま空中から地面に向けて放つように蹴り飛ばす。それは空中から斜めにスライディングするような、華麗な足捌きだった。
レアーマシンの腿の上を狙い続けた空実さん。すると、確かな変化が起き始めていた。レアが機体を動かすため足を上げる。
「……あれぇ?」
妙に動きがぎこちない。具体的に言えば、足の前側はしっかり駆動しているのに、裏側が遅いせいで、足を動かすと、バネのように伸びた後、反動で戻ってくる。つまり、勢いがつきすぎてしまっている。
「……配線の切断!」
「理解が早くて助かります。錆万装は手足の動きを忠実に伝える機械装置。そのためには動きを伝えるための配線は必須です。なれば、ここを突けば、というわけです!」
レアはこれを聞いて勝ち誇った顔をしてみせた。
「たねあかしか! けど、わかったら勝ち目は」
「勝ち目はない、と言いたいのですね?」
空実さんは、ここぞとばかりに地を蹴り、一旦横方向に飛ぶ。そして、正面から、小細工なしに、大きく飛んでみせた。
レアはそれを掴むとばかりに待ち構える。一歩、前に出たその時、それは起きた。レアの一歩が明らかにぐらつき、大きくなっていた。
「そんな、ここまで!」
「跳ね返った!」
アイシャはこれに思わず反応を漏らす。周りも皆息を呑んだ。
このわずかなズレ、これが決定打になった。レアーマシンは大きく前斜し、空を掴んだ。そして、その隙間を針通しかのように、電子竹馬はレアーマシンの左足に一撃加える。すると、レアーマシンは足を挫いたように、座り込んでしまった。
レアは何とか右足を動かそうと、地に力を入れるも、大きな機体が仇となり、右足の力だけでは立ち上がれない。対してイッツローファイは電子竹馬というふざけた見た目をしていて、自立も困難であれど、立つことはできている。もはや、お互いに決め手なしだった。しかし、仮に勝ちを決めるとしたら。
「審判、カウントを取ってください」
「はい、10、9」
「終わってない、終わってないぞ……」
レアは立ち上がることだけを考え、機体を浮き上がらせるも、すぐに沈んでしまう。レアの機体は砲台を積んでいるようには見えない。ここからの逆転は困難だろう。
「くっそー、こんなん、反則だもん……!」
「2、1!」
審判は無常にも鐘を鳴らす。この鐘はカウント終了の時に鳴らされる、勝ちの音色であった。
「勝負あり! 会場の皆様、賛否あるとは思います。ただし、審判の判断では! ただいまの試合の勝者! 白岩空実選手! 抵抗不能に追い込んでカウント勝ちです!」
レアは呆然とするしかできなかった。あまりにも理不尽すぎる勝利は、会場にもどよめきを生んだ。
「私としても、くさいところを攻めたつもりでした。どのように罵っていただいても、結構です」
放心している対戦相手を背に、空実さんは電子竹馬に乗ったまま、コツコツと去っていってしまった。
*
ひとときの休憩の時間になった。今は昼を周り、お腹も空く頃だ。このスタジアムは開放的に作られていることも相まって、室内でさえ蒸し暑い。
わたしはサンドイッチでも買って帰ろうかと、アイシャとシド、あとモニーも連れて店を回っていた。起きていたモニーからは、白万使いから目を離すな、そう言われたけれど、キエロに話を通したから大丈夫だろう。
「キーリー、さっきのあれはデリカシーがないよ」
「一体何の話? アイシャ」
「キエロにさ! あれは気弱で反論できないことをいいことに、無理やりこっちの意見を通しただけに見えたよ」
「いいよなー、ネガティヴ。被害者ぶれて」
今のは口から漏れたけど、自分でも最悪なことを言っている自信は情けないがある。アイシャからも、笑顔は崩さずとも、無言で見つめられているくらいには。
「ふふ、ねがてぃぶ、ねがてぃぶ」
何が面白いのか、モニーはこれを恍惚として復唱していた。
「しかし、あれは勝ちにカウントしてよいものか」
「ありゃあ、ちゃんと人力だけじゃないからいいんだよ」
周囲では先程の試合の話で持ちきりだ。あまりに異例なあの戦いは、今後の大会のルールを変えてしまいそうなほど、揉める存在だった。
「しっかし、あんな竹馬に敗北したんじゃあ、かっこもつかないなぁ! はは!」
そう言って面白おかしく伝えている若い男は、手を上下に動かし、竹馬を表現している。その連れは大笑いだ。けど、一人、苦笑いをする女性が見えた。その目線の先を追うと、先程の試合で惜敗を喫してしまったレアが、周りに気づかれまいと、縮こまっている様子があった。あんなに熱い戦いを繰り広げたのに、今やその存在は道ゆく観客より目立たない。その顔は、洗面台に顔を沈められたかのように、濡れていた。
わたしは、彼女を呼ぼうとしたが、指を立てて口に寄せ、アイシャが無言で伝える。声に出すなってことだろう。仕方なく気配を断ち、こそりとレアの隣に歩み寄る。わたしは、周囲に聞こえないよう小声でレアの肩を抱き寄せ、声をかけた。
「よくやったじゃないか。レアが今まで開発で頑張っていたのはミラから聞いた。あんな高度なものを作れるなんて、なかなかできるもんじゃない。それに最初の大会だったんだろ? それで、正々堂々やって、ここまでやってこれたんだ。勲章ものだよ」
「でも……白万の力を使っても……ここまで……」
わたしはその発言に急に冷めるのを感じた。レア、まさか正々堂々ではなく、白万を使って……。
「あれ、また眠っ……」
本当に突然、アイシャはまた、うつらうつらとして、あっという間に立ったまま眠りについてしまった。そして、隣でぼうっと立っていただけのモニーの目に、光が灯った。そして、レアの側により、レアの頭の上に右手を乗せて、鳥の巣のようにくしゃっとした髪を、さらにくしゃっとして見せた。
「よくやった、ナイスファイト」
モニーのその言葉は淡々としていても優しく、単刀直入な褒章だった。レアはさっきとはまた違った、涙を流し、安堵の声が漏れだした。
「うぅ〜、モニー……!」
「これだけ伝えたかったんだ。アイシャには無茶をさせたかな」
そんな暖かい空気を見ていると、わたしが卑怯なことを責めたてようとしたのも、バカらしくなってきてしまったじゃないか。わたしは息をついて、彼女らの様子を見届けた。
「さて、無理やり起きたわけだが、これだとアイシャに悪いな。かと言って今から無理やり眠るのも負担がかかる。自然な形で眠るには……」
モニーはレアに向かって手に握った何かを回すようなジェスチャーをして見せた。
「レア、お願いできるかな」
「もちろん、もちろんだもん!」
わたしは、レアの能力を知っている。確かに、レアの白万は、安らぎを与えることもできなくはない。アイシャのことを考えて、レアのそれをモニーは使いたいんだろう。
「ただ、ここは人が多い。少し散歩ついでに、どこかでやってくれないか」
「ふぇ、なんで?」
わたしは、彼女の刹那に見た先を見て察した。モニーは、近くで警備をしている、澪を警戒しているんだろう。昨日も警戒しろだのどうのって、言ってたしな。
モニーは眠ってしまったアイシャを背負うと、レアと一緒に、外に向かって、歩き出した。その様子は何か、ノスタルジックな思いにさせられた。
「こんな中で、声をかけるのも、悪いかな」
うわっ、びっくり。急に声をかけられた。目の前には空実さんが申し訳なさげに立っていた。今来たのか? いや、まあ空実さんはわたしくらいしか身長がないから、気付きにくいのかもしれない。わたしはむりに気づかなかった自分を正当化した。
「空実さん、何用でしょうか?」
「迷惑にならなければいいんだけど、決勝前の景気付け会に参加してくれないかな?」




