55話 ひりつく準決勝!
ついに鉄芯華錆万装舞踏の2日目の朝を迎えた。朝食を食べ、外に出ると日は暑く、それでいて湿気を感じさせなかった。でも、どうせ会場は蒸し焼きだ。だから水分もばっちり準備した。足元にはパイパーがいたずらでも企みそうな顔して歩いている。手は繋ごうとしても、器用に手をほどかれてしまった。
後ろを振り向くと、アイシャがモニーの肩を持ち、支えてこちらへ重い足を動かしていた。昨日の夜はあんなにも話したのに、彼女を今見ると夢幻のようだ。
そして、その後ろにマイペースに動いているのは、キエロのヘタレた三角帽子。その隣にシドが足取りも不確かに歩んでいた。けど、帽子を目深に被ったキエロと似たように、どうにもシドは顔を上げようとしない。
ふと、轟音が鳴った。その音の元を辿ると、工事現場の鉄骨を下ろした時に鳴った音だったらしい。シドはこれに縮こまってしまった。わたしは、日頃訓練で銃の音なんかの爆音はよく聞いてるからなんともないが、今敏感になっている彼女にとってなんて怖かったことだろう。わたしは、彼女の手を取った。けど、こちらを見つめてばかりで、中々立ち上がりはしなかった。
「怖くてもいいさ。あそこにほら、石造りの建物があるだろう」
アイシャの声に、シドは頷いたけど、まだ安心し切れてはないみたい。
「次の建物はセメントだ。あの下の店、不思議な雑貨を扱っているね。あの赤い生き物みたいな奴、あれは加湿器だ! ほらこの軒下には花が咲いている。ほのかに染まってひっそりと咲く姿、美しいなぁ。シドは何か思うかい?」
「そんな全て言われると……」
「どんなことでもいいさ」
「花の根っこ、強そう。私とは大違いで……」
「いい感想だ。こうやって何気ないことを気にして見ると少しは気も変わったりしないかな」
「そんなんで変われば苦労しないよ」
それでも、つい先ほどと比べれば多少気は楽になったみたいだ。
*
「さて、鉄芯華錆万装舞踏も2日目になりました! 気になる準決勝のカードは! 堅牢! 白岩空実のイッツローファイホワイトロックモデルVSエネルギッシュ! レア・ジェンキンスのレアーマシン・メイルストゥム対決です!」
「空実の堅実さはいわずもがなだが、レア・ジェンキンス、あれは相当なキレものだ。おそらく、前の試合のものは本来の戦い方ではないな」
いや、まさかとは思った。レアがまさか勝ち抜いてしまうとは。わたしは改めて機体を見る。重そうな装備からするに、やはり一撃で仕留めるパワー型と言う風に素人目には見える。
「よし、今日もソッコーで片付ける!」
レアが空実さんを指差すと、相手はそれを短い手で盾のようにして受け止めた。
「礼儀がなってませんよ。紳士でなくとも淑女たれ。それが紳士協定です」
と、空実さんはあえて強い覇気を持って諌めて見せた。しかし、先日の試合のあんな無礼を通り越した無礼を見たからには紳士協定の効力を疑ってしまう。
レアは何か言い返すのかと思ったら、そんなこともなく目を逸らし出し、よたよた機体に向かってしまった。足跡を見ると、彼女らしく自由にぶれている。
両者が機体の上相見える。鉄の人型に被さるように乗った二人の姿は、錆万装は人の強化と改めて思う。
軋む機体の関節、緊迫は今も変わらず。準決勝らしい熱を帯びる。
「それでは、3、2、1、試合開始!」
始まって間もなかった。レアの機体は変形を始める。煙が立ちのぼる間も、何が起こったかも分からないまま、わずか10秒で変形を完了させた。
空実さんもその隙を見逃すわけはない。イッツローファイは5秒目から地を蹴り、あっという間に距離を詰めてあと一歩、と言うところになった。
それをレアは受け流そうと、半歩横にズレる。しかし、空実さんは棍を取り出すと、その右半歩先に突き出した。左肩を擦ったレアーマシンは、大きな鉄板に歪みが生じた。
「おっと、あまり近づいてはいけないな」
空実さんは何かを察したようで、そう呟いた瞬間後ろに幅跳びして距離を取った。見ると、やや左腕の先がぐらついているように見えた。
「空実選手、慎重な攻めだ!」
「レア・ジェンキンス、昨日の試合での貴方の勝利はあまりに出来すぎているように思えた。まるで、意図してネジが外れたように。ネジをあのように外せる技術は想像もつかないが、私なりに結論は出た」
空実さんはネジが外れたことを何かしらの理由付けをしたいらしい。そして、手の平で仰向けに球を握るような手ではっきりと宣言した。
「高温硫化腐食だ。熱された金属は硫化ガスの影響を受けやすく、濃度の高いものであれば1時間もあれば錆びてしまうという。15分かそこらで腐食するガスは考え難いが、それを吹き出し、超高熱を加えておけば、多少の傷から錆が広がり、欠け、ひとりでにネジが外れることもありえなくはないだろう」
わたしには随分もっともらしく聞こえた。それと共にそれをレアがやるのはらしくないという反対の想いもあった。レアはもっと、変形とかそういったことをやってそうと考えていたからだ。
「わっ、まったく的外れ♡」
パイパーもそう思っていたらしい。後ろでじっとしていたキエロも頷いた。その目は彼女にしてははっきりと意見を述べるようだった。
「本当に錆びてるなら、パーツにも跡があるはずじゃん♪ 昨日の落ちたパーツには錆の一つも見えなかったしぃ」
「それにさ、高濃度の硫化ガスなら、操縦者や相手に毒の被害があってもおかしくない……。けど、お互い平気そうだよ……」
空実さんは棍をやや距離をとって打ち続ける。その距離が非常にもどかしい。レアにとっては腕がギリギリ届くか否かといった距離で攻撃を受け続けていた。
「おおーっと、鋭い一撃が決まったー!」
不意に、一発壊れた音が響いた。レアの足元に向け、空実さんのイッツローファイが強烈な突きを放ったからだ。足元はぐらつき、大きなレアの機体は少しだけ不安定になったようだ。
来賓席ではンドロード王が空実さんの機体を不思議そうに見つめる。何か、不備でもあるかのように。
「しかし、吾輩は疑問だ。やや間を保ったこの距離での突きは破壊力に欠ける。尖った所のない棍ならなおさらだろう。ジェンキンスの近距離で無敵のカラクリが何かは分からないが、少々のリスクを負っても振り払いに切り替えた方が、ダメージを狙えるのではないか?」
その心配をよそに、空実さんは突きでレアーマシンの接近を退けている。しゃがめば足元に、回り込もうとするとこちらも円を描くように回る、と絶対にこの間合いを崩そうとはしない。
この地味な読み合いが5分以上に及んで続いた。早期決着の試合ならもうとっくに終わっているといった時間だ。派手さのないゆるやかな展開に会場からはヤジが飛び、空き缶や紙ゴミなんかも舞台に投げつけられた。
「試合は一向に進まず! こう着状態です!」
「はぁっ、次、次の拳っ!」
しかし、変わったことはある。レアのどう動く、どう攻撃するの判断が少しずつ鈍くなっていることだ。つい先程までは息もつかせぬ連打をかますことも辞さなかったが、今は一つ行動する、反撃される、少し休む、また行動というループになっていた。レアは休憩中、喘ぐようにして疲れを逃す。
「ジェンキンス、貴方は強い。それゆえに勝つため弱点も探しましたよ。そして、2つの弱点を見つけた。一つは、貴方はどうにも長期戦を避けてるように見えた。そこにあるのではということです。そして、もう一つは!」
空実さんは立ち止まった姿勢から強く、正面からレアーマシンに棍を突きつける。
「のわぁあっ!」
レアはそれを避けるため、大きく横に逸れてみせた。すると、体勢を崩したか、足元がよろめき、一歩、二歩と意に反した後退をした。
「ジェンキンス、貴方は勇敢です。払いのような攻撃では受け止めるのも恐れないでしょう。けど、それは所詮窮鼠の蛮勇。だからでしょうか、前から来る攻撃らしい攻撃が!」
空実さんはまた正面をとって、一閃を加える。また、大袈裟に回避した。しかし、そこに燕返しの要領で初めて払いを入れた。
「怖くて怖くて仕方ないんじゃないですか!」
「そんなわけ、そんなわけ!」
大きな音が鳴った。レアは機体に守られるも、防ぎきれない衝撃に顔を歪ませた。膝をつき、すぐには動けない状態になった。
「ジェンキンス選手、遂に体勢を崩した! 空実選手としてはこれ以上ない好機!」
「レア!」
叫んでるまもなく、すかさず空実さんのイッツローファイは背後を取り、日影がレアーマシンを覆いつくす。
「貴方のガスは正面しか撒けないのでしょう? これでどうです!」
空実さんは大きなレアーマシンの腕についた羽のような部品を掴むように脇を差した。
「うそー! 無茶でしょ♡」
パイパーは明らかに舐めていた。けど、実際わたしも相当無理をしていると分かる。空実さんは絞めでの判定勝ちを狙っているのだろう。けど、ここから、あれほど大きい相手を絞めるなんて!
「不可能ではない、空実はそれくらいのことなぞやってのける!」
興味のなさそうな鉄家の英雄さん、無理と笑うベイリント卿、来賓で唯一信頼していたのはンドロード王だった。
空実さんは拳をレアーマシンの頂点にぶつける。重心が前に傾く、倒れ込んだレアーマシンを受け止めると、体を拗らせて上から機体の骨組みを抑え込み、腕には腕を絡ませた。
「なんということでしょう! 小柄な機体が、大柄な機体を抑え込む。さながら猛禽への烏の下剋上です!」
小さな機体が大きな機体を抑え込む。出力次第ではあっさりと引き剥がされてしまいそうだが、しっかり対策はしてある。立ち上がるのに重要な足のバネに棍を絡ませた。先日と変わらぬ戦術だけど、打開策ではなく詰ませに今回は使っている。これで立ち上がるにも出力が落ち、なかなか体勢を直せないということだ。
「ぐぬぬ、うぬー!」
レアはなんとか引き剥がそうと歯を食いしばる。期待に力を込めた分を増幅して動力になる錆万装。しかし、力ではどうしようもない重さには無力だ。上に引っ張っても機体の重さがむしろ邪魔をしてしまっている。
「これはもう決着デス。あの娘も頑張ったけど、空実豪士には敵わなかったってことデスね!」
ゆかりさんはそう見えたらしい。けど、わたしはどこかで引っかかっていた。レアはなんで羽を展開したんだ? 変形する意味はどこに……。まさか、かっこいいからとかじゃあ。
「なんと! 不思議なことが起きました! 空実選手のイッツローファイの腕が相手の羽に添い、スルスルと抜けていきます!」
いや、まさか! しかし、それは確かに起きている。空実さんのイッツローファイとレアのレアーマシンはだいぶレアの方が大きい。それを抑え込むのは力だけでは不足。機体が力を入れられないようにし、相手の重さを活かして抑え込む必要がある。レアの機体を逆手に取られたということだ。しかし、格闘技も重さで階級が分けられているだろう。力では重い方が有利。抑え込まれた体勢でも少しだけど持ち上がる。そこに曲線を描く羽にずらせば、力を入れにくくなる。冗談みたいな方法だけど、レア、やはり柔らかい頭で無意識に策士だ!
何かが破裂した音がした。レアの機体の左の羽だけが壊れてしまったのだ。いや、これはむしろ彼女にとって好都合だ。
「ふんす!」
力を入れていた左側に重心を崩したイッツローファイは斜めに倒れる。そこをレアーマシンは腕の力で体勢を整え、足の棍を器用に外し、すかさず蹴り上げた。横になってイッツローファイに対し、レアが仁王立ちの体勢で正面をとった。
レアはおもちゃを我慢してた犬のように無我夢中で飛びかかり、連打を仕掛ける。すると、どうだろうか。レアが掴み取るとその部品が外れ、鉄板は地面にホットプレートかのように置かれ、軽く蹴っただけでイッツローファイの頑丈な足先ですら外れる。それはまるで手羽先の骨と肉を分つかのように楽に見えた。その余りにコミカルな残酷さに、シドは目を逸らした。
「おりゃおりゃおりゃ!」
「おお、つぎつぎに部品を外していく! これが、空実選手の語る部品を劣化させるガスというものでしょうか!」
わずかな間に多くの部品が辺りに散らばる。しかし、空実さんもやられてばかりではない。遂にレアーマシンを振り払うと、子鹿のような足で立ち上がった。
「空実選手意地を見せる! しかし、これでは戦闘も不可能か!」
実況の言うことも無理はない。もはや空実さんのイッツローファイは骨組みに配線と外れかけの装甲がついているだけの剥き出しの状態になっていた。これでは戦う所か動くことすら不可能じゃないか……。
何かが外れた音がした。イッツローファイの装甲と手首より前のパーツが外れたんだ。しかし、それは劣化で外れた訳ではないことに気がつくと、あまりにもゾッとする何かを憶えた。
「まさか! 空実さん自らが!」
「私のイッツローファイはホワイトロックモデルの特性でしてね。基本はシンプルな本来のモデルを踏襲しています。しかし、ただ一つ、こだわった所があるのです」
そう、彼はパーツを自分で外していた。自ら死線を描いていたんだ。
「機体の骨組み、これにはこだわりがありましてね」
肩の関節も外し、ただの棒だけのその姿はロボットやマシンというより、あるいは!
*
かつて、空実さんは義理の母、小詩達にこだわった錆万装を見せていた。
「見てくれ母さん、それに皆も、これがこだわったホワイトロックモデルの成果だよ!」
その機体は側から見ても棒が電子的に動いているようにしか見えなかった。外装を外すと、ここまで軽くなる。力も、見かけよりはパワフルだ。しかしその最悪なデザインに真慈は閉口し、引いた顔を隠せなかった。
「なんかあの遊具みたい。なんだったっけ……」
母はこの機体に対し、一つの身も蓋もない感想を述べた。いや、しかしこれはこの機体、ひいては錆万装のあり方として正鵠を射ていたのかもしれない。曰く、
「電子竹馬」
と。




