54話 灰髪の悪魔の経過報告
都市部というものは少なくとも辺境に比べれば高い建物も多い。争いに巻き込まれることは少なく、少なくとも地上から危険が迫ることはない。そのため、絢爛とした街は中々に輝いて見えた。もっとも、ゼノン支部はこれが普通の光景だったけど。
「ふーん♡ いいご身分じゃあーん♪」
パイパーは自分よりも遥かに高いその無機質に並べられた窓の建物を見てご満悦だ。
ここはわたしが泊まる予定のホテルだ。先日までは別の所に泊まっていたのだけど、今日からはゆかりさんに連れてきてもらったパイパーたちも泊まるからこうやって新たな所にしたんだ。
受付でチェックインを済ませると、9階まで上がって部屋に入る。パイパーとわたしは自分たちの部屋、908号室に入る。
「……しょっぱ♪」
パイパーが開口一番放ったのはあまりに粗末な部屋への抵抗だった。
「テレビがなんとかついてるくらいじゃーん! バスはユニットバス、しかもせっま♡ ベッド2つと足の踏み場だけ♡ 壁殺風景♡」
「あんまり無駄遣いもできないからさ」
「QOLひっく♪ そこ最優先」
だって、泊まるだけじゃないか。わたしにしてみれば雨風凌げるだけありがたいんだ。そもそも、テレビはこの辺では贅沢品だぞ。
早速だけど、テレビをつけた。写っていたのはやはりあの会場で起きた凄惨な事件についてだった。やはり、客ごと巻き込んだあの惨劇は、人死にが出やすいこの大会でもNGだったらしい。種市は事件の現行犯となり、今は事情聴取中で、この大会が終わり次第身柄が拘束されるとのことだ。
それと共に大会の感想を述べる来賓の映像も流れた。ンディリの国王にして、この大会のファン、ンドロードは宵の土の上、満足に腕を組んでいた。
「やはり、躍動する錆万装はひとつの美学だな! 我が国も、もっとこの分野でも精進せねば!」
メテルツベツェクの外交官、ベイリント卿はうるさいくらいのエアコンの音のする部屋の中で涼しげな瞳を流しながらも、手を押さえ、やや不機嫌な口調だった。
「本日もあのボヤ騒ぎがなければ、もっと気持ちよかったのでしょうが……」
うーん、ボヤ騒ぎはあの惨劇のことではなく、おそらく私怨の方だ。
そして、鉄英雄は、忙しさからかビデオメッセージという形だった。ガタイの良さに似つかぬ、ファンシーな英二さんをモチーフにしたと思えるぬいぐるみがあり、布団にくるまり、英二♡と、こっち見て♡と書かれたファンでも持たなそうなうちわを持っていた。そして、ただ一言。
「英二、愛してるぜベイベー」
こんなこと言ってグーサインだけしてメッセージは終わった。これじゃあ芸人の秒速コントだ。
さて、ちょっとモニーとアイシャの部屋でも覗いてみるかな。わたしは隣の部屋へ足を運んだ。
中ではノートパソコンのキーを弾き、画面を睨んでいるモニーが見えた。鼻の上をつまみ、目をかっ開いた姿を見るに、わたしたちが来る前からずっとここでパソコンを前にしていたんだろう。一見、モニーやアイシャの義手ではキーボードを打つのに不便と思うが、あれは特別製で、ある程度なら手先を動かすことができるから大丈夫なんだ。
「なーにしてんのさ!」
「ああ、まあ私用だ」
わたしが声をかけたのに気づいた彼女は手を挙げたが、振り向きすらしない。感じ悪っ。
仕方ないから画面を覗き込んでやろう。パソコンの前に顔を近づける。すると、いやでも画面が見えた。
画面上には何やら長い英語の列がずらずら。時折よくわからない数字の組み合わせも混じってたりする。わたしだったら、こんなん見続けてたら目眩確実だ。
「プログラミング? 何に使うのそんなの……」
「スクリプトだ。もう少し改良しようと思ってな……」
「改良?」
「以前からウェストヒッポのデータベースに攻めてはいるんだが、いまいち情報が得られなくて」
それって! つまりハッキングじゃないか!
「ハッキングはよくないぞ! 半分犯罪だ!」
「半分じゃなくて全部犯罪だろう。それにキーリー、まだ気づいていないのか」
わたしには何の心当たりもない。モニーは正面に向きなおり、立ってわたしより背の分少し高い目線になる。そして、義手である左手を器のようにしてみせた。
「あなたはマジェストの手のひらの上のラットだ。その気になればいつでも潰せるところを、情けだけで生かされている。最近のキーリーはそれに甘えて現状をよしとしてしまっているだろう。今為すべきは情けを嘲り、相手を欺くことのほかにない」
く、こう言われるとぐうの音もでない。確かにこの国にどこか安住の思いすら抱いてたのはのは事実だ。
「けど、もっと正々堂々と!」
「正々堂々やって勝てる相手だと思うか?」
この時、ようやく寒気に思い出した。相手はイクスマグナだ。白万をいとも容易く扱い、性別による生殖の概念を取り払い、擬似的な独裁国家まで作り出した恐ろしい家系、ウェストウッド家の当主。相手は本当に舐めてかかっていたんだ。
「クオリアさんから何度か聞いたよ。戦力が互角なら避けるべきだが死力を尽くせば勝機はある。だけど、もし戦力が足りないなら戦は避けるべき。幸い相手もアウェーだ。すぐには大量の戦力は連れて来れないし、この国に逃げ籠るのは良策だろう。だけど、それでは勝てない。負けもしないが、この少数精鋭ではじわじわと嬲られるがオチだ」
「じゃあ、どうすればいい!」
「キーリー、ワタシはあなたのその無鉄砲さに惚れたんだ。ウェストウッド家という一国に相当すると言っていい相手、そんな相手に要求を呑ますどころか、考えまで改めろと言い張る大一番、素晴らしかったよ」
いや、そんなこと言われても、人として当然の感想だ。
「だって、あまりにも家族として歪で」
「愛ってやつだな。キーリーがしばしば言う教えが沁みているよ。そのためには、できる限り戦わず話を進めたいとワタシは考える。どのような汚い手でも、ワタシらは勝てば官軍負ければ賊軍だ。だから……」
すると、急にモニーは跪くと、義手でない右腕の甲を差し出した。
「こんな汚れた手でしか話せないワタシを、どうか赦してくれないか」
その声は真剣で、その目はこちらを見上げている。その肌は綺麗に見えたが、それは実際に綺麗ってだけじゃない。ここまで本気になってくれる彼女の覚悟が表れて見えたからだ。わたしも、それに応えなくちゃ。わたしは頭をかがめ、顔に彼女の手を引き寄せると、そっとキスをした。リップは塗ってないけど、僅かに唇跡が残る。
「赦す赦さないじゃない! わたしが臆病だった。それなのにモニーは頑張っていてさ。わたしが頑張らなくてどうすんだ!」
モニーはわたしの宣言を聞いてか、綻んだ笑顔を見せた。
「ありがとう。少しは楽になった」
モニーは改めてパソコンの前にわたしを招いた。一方アイシャはベットの上、未だに目を覚まさず、ぐっすりだ。
「とりあえず、ワタシの進捗報告だ。先ほども言ったみたいに、ハッキングの成果はほぼ出ていない。しかし、それと並行して奇妙なことが分かった」
「奇妙?」
「ワタシがハッキングをせずとも、ネットの掲示板にウェストウッド家の内部データが一部漏れ出していた。それには、ウェストヒッポの、例えば自社ペンの特殊インクの配合などの特許にすらできない極秘技術や、あまり表沙汰にされないウェストウッド家の姉妹の情報すらあった」
コーヒーを飲みながら、モニーは語る。姉妹の情報、それをもしかしたら利用されているってことか。それも、見ず知らずの誰かに!
「しかし、その相手は凄腕のクラッカーじゃないか」
「どうやらそうでもないらしい。この情報を出した相手のIPアドレスなんかを調べていたんだが、どうにもこのIP、ウェストウッド家が仕事に限り使用できるパソコンから行われているらしい。つまりだ」
カップを置いたモニーはキーボードの上に四角を指で描き、その中を突いた。
「これは悪意あるハックで手に入れたものじゃない。自らが情報を直に探し出し、機密情報を漏らしたスパイがウェストウッド家に居ることになる」
わたしはゾッとするもすぐ疑問をぶつける。
「でも、それだと履歴とか残っちゃったりしない?」
「それどころかパソコンはどの機能をどう動かしたかまでわかるぞ。ただ、少しでも技術がある人間なら、それらの機能の無効化の仕方もわかる。ワタシもできるくらいだからな、ウェストウッド家の使用人、ウェストヒッポの会社員なら造作もなし、姉妹の中にも詳しいのも居るかもしれない」
わたしはふと姉妹たちの顔を思い出したけと、すぐ振り払った。まさかな、いくら現状が気に入らないからって直接的に自分の生活が悪くなりかねないことやるだろうか、いやない。ないだろう。
「それと、漏れていると言えばもう一つ」
すると、モニーはわたしを指差した。
「あんまり、そういうのよくないぞ」
「キーリー、多分あなたの居場所はバレている」
「そんなまさか!」
「おかしいと思わなかったか? 単に居住している周囲に刺客が来るならまだしも、烏窟城、それも立体的な座標まで正確に当てて来た。これはただことじゃない」
よくよく考えて見れば確かにおかしい。例えばサンドイッチを食べに行った時だって、ここに来ることが予測されているかのようにウェストヒッポの会社員が待ち構えていた。そもそもわたしが烏窟城に行くことはどうやって漏れた? 謎は深まる。
「むしろバレるといえばこれまで偽名を使っていないことに驚いたよ。バカ正直というか清廉というか……。とにかく、ワタシはこれからウェストヒッポのデータベースへの侵入を続ける。それと並行して他の勢力とのアクセスも考えている。誰か後ろ盾になってくれるような相手がいたら、是非とも掴んでおいて欲しい」
「ああ、わかった」
*
と、自信もって言ったはいいけど、実際どうだろう。わたしはヤシの多いホテル前をぶらつきながら、考えた。空実さんにはだいぶお世話になっている。英二さんもあくまで中立とは言えこちらに味方してくれることも多い。しかし、他の協力が得られるかと言うと……。
ふと頭の中に二つの顔がよぎった。この数日の間に出会った顔だった。
つい先程会った竜種ブレスタ。わたしに最初に声かけたと言うことは信頼してくれていると見て……いやダメだ。彼を頼りにしてはいけない。あちらも、恐ろしい狩人を探しに奔走しているんだ。むやみには巻き込めない。
そしてもう一人、朧げながら顔が浮かんできた。魔王酩歩。魔王は鉄芯華国を嫌っていて、果音さんとの仲も決裂した。けど去り際、キーリー、確かにそう呼んでいた。そして、わたしを希望とまで称した。ウェストウッド家に何かしら思うところはあるのかもしれない。しかし、そうなると、
「一国かぁ……」
アルケーズという大国一国を動かすことになる。想像もつかない大きな話だ。
そもそも、どうやってアルケーズと関係を持つんだ。一般人には到底できない夢物語だ。けど、もしわずかにもチャンスがあるなら、わたしはそれを逃したくない。
*
ところで、キエロとシドニーが何をしていたか。わたしが覗いてみるとこちらにも気づかず部屋の床でじっと天井を見つめていた。
「これが、ゴミの気分……」
「確かに、こうしてると少しは楽に……。いやこのまま無駄に時間を過ごすことが……ああ」
何をしているのかわからないが、引っ込みがちなキエロにしては案外うまくやれてそうだ。けど、シドの目はどこかウロウロと這う虫を追うような、そんなふうに動いていた。まだ、安心してくれないか。わたしは少しわだかまりを抱えながらも扉を閉めた。




