53話 竜はそこに"いた"
引っ張られてきた先はそこまで遠くはなかった。大きな看板によって仕切られた小さな道の端、目にはつくが誰も気に留めないような所で手を引いた本人はこちらを向いて壁にもたれた。
彼は肌濃色でありながら、髪は丸くは巻いておらず、天然パーマに近い感じだった。いわゆるアフリカ系のテンプレイメージとは異なり、思ったよりは線が細く背も高くはないが、ひ弱というほどではなく、夜道に隣にいればそれなりに頼れそうだ。
そして、何より驚くのは上腕の外側や手の甲についた鱗だ。肘もまた尖った形状をしており、尻尾のようなものも隠せるほどの大きさとはいえ確認できる。人間とは異なる生物であることが窺える。
「まず、聞きたいことがある」
相手はいきなり尋ねてきた。
「あんたの妹が竜種を狩っていたというのは本当か?」
マルファは時折だが狩人としての側面も見せていた。けど、わたしの知る限りでは……。
「確かにそう見えるかもしれない。けど、決して竜種の命を奪ったりしたことはないはずだ! それに、わたしの知る限りでは向こうの攻撃に対する正当防衛の時しか、お前たち竜種と戦ったことはない!」
「信用ならないな。妹を庇ってるんじゃないのか?」
ぐっ、まあ初対面だしな。
「けど、そっちも名前くらい教えてくれたっていいじゃないか! わたしはキーリー・ウェストウッド!」
「ブレスタだ。今はそれだけでいい」
なんか信頼してくれてないみたいだな。
「ところで、あんたは竜種について詳しく知っているか?」
「いや、あんまり……」
何回か妹たちが三銃士を組んでいた時は相手したんだけど、わざわざどんな相手かなんて考えてもない。
「そもそも竜種は爬虫類人間、いわゆるレプティリアンに近くて、万竜胆、ワャームメダリオン、色々いうけど、こちらでは竜魂という、それを持つもので、あくまでも人間とそう変わりないんだ。なんなら人間が竜魂を内臓を宿せば、後天的にも竜種になれる」
「なるほど。けどさ、竜種は好戦的で侵略ばかりしているイメージはあるかも」
「それは偏見だ!」
すると、食い気味にブレスタは突っかかった。ああ、弁明、弁明!
「武人的なイメージで、だよ」
「まあ、そういう意味なら間違いはないな。喧嘩好きなのは事実だ」
そもそも昔も今も毒撒いて自我なく進む星蝕者と比べれば、正々堂々と挑んでくるだけマシだろう。そう、それはあのイクスマグナの狂気的な精神と比べても。
「けど、最近はひどいじゃないか! 昔はもっと戦いそのものを楽しんでいた感じだったのに、今はもう徹底的に国を落としているみたいで」
「ひどい?」
急に相手の顔は曇った。そして、カチカチと歯の奥を鳴らしている。まずっ、変なこと言ったかな。
ああ間違いなく怒ってる。ブレスタは口から比喩ではなく本当に炎を焚き出した。
「ひどいのは、どっちだよ!」
「ああ、落ち着いて! 詳しく話を聞かせてくれない?」
相手はふと我に帰ったか、消火してこちらを向き直し、悪かったと手をかざした。思ったよりは話の分かるやつでよかった。けど、そんな話せばわかるやつが怒るほど一部の人間に恨みを抱いているらしい。よほどの、ことがあったんだな。改めて話を聞こう。
「おれら竜種は、確かに勝負ばかり挑む喧嘩っ早い国民性の集まりだった。けど、さっきも言った通り、あくまでも心は人間とそう変わらない。普段は隠れ里で獣狩りでもしてのどかに暮らしていたんだ。けど!」
そこでブレスタは語気を強め、嗚咽しながら訴えた。
「あいつが! あの心のない怪物が! 竜種の隠れ里を血の海に変えたんだ! それはもう、ああそれは酷くて、おれのおっかあ、おっとう、妹は……臓物を抜かれてっ、命を落とした! 友達は果敢に戦った、けど、鱗は剥ぎ取られ、尾は3枚におろされ、ああ、くそ、喉笛は潰され、目玉は、くり抜かれた。こうなる前、こうなる前は人間と友好的だったんだ。何されても怒らなかったやつが、もうすっかり、地下に籠りきりで……」
なるほど、人の狩人を憎んでいるのもわからなくもない。
「かくいう俺も……」
ようやく、感情のピークは過ぎたのか、彼は自分の頭の後ろを指差した。わたしは裏に回って燕の巣のようなその髪を見つめる。すると、何やら奥に塊があった。
「ここ、石みたいのあるだろ? ここには角があったんだ。一本だけだけどさ。あんまりにも下に向かって生えてるもんだから、しょんべん垂れ角へたれ角って、からかわれたもんだ。今じゃ挙句ちょん切れた角をからかってくれるやつもいない」
「で、その憎い相手ってどんな奴だったんだ?」
鼻啜りながらも、ブレスタは話してくれた。
「忘れもしない。肌は生気を感じられないほど白く、髪は山姥のよう、身を守る鎧に身を固め、刺の多い姿は……認めたくはないけど竜みたいだった。牛刀のような大きな剣で腹を裂き、そして、ひどく虚な瞳で死ぬ間際まで語りかけてくるんだ。肝をくれ、肝をくれ、よければ角も肉もくれって。あああ、あの声が今も頭に響く……」
*
ブレスタと別れ、また会場に戻ってきた。彼がここに来た目的は、その恐ろしい狩人の手がかりを掴みたいかららしい。そいつの名前はわからないけど、この国に身を置いているらしいとのことだ。わたしは何か力になれるならとだけは言っておいた。実際、また会えるかはわからないけど、憲兵をしている以上、関係を持つかもしれない。
「お手洗いにしては長かったな」
多分、モニーのそれは、意味なくここを離れたわけではないことは分かっているんだろう。わたしは適当に誤魔化して、元の場所に戻った。
そうだ、気になってたんだ。来賓! 来賓のベイリント卿は。よかった、手に包帯を巻き、しきりに擦りながらもなんとか会場には戻っていそうだ。そこまで大事ではなかったんだな。隣には目に見えて興奮が止まらなそうな鉄家の当主、鉄英雄の姿があった。
「それでは、第四試合! 世界栄鎮鉄家の豪胆! 本業の錆万装、操縦を任せられるのは彼しかいない! 鉄英二のハール2nd fe-47vs実戦的な機体を自負する種市幕利のバイエン・D!」
「鉄家の次男坊、ミスター英二は破壊力の化身! あの直線全て貫くグングニルを生で見れるとは、光栄だ! 種市という男は、キャタピラ装甲か。戦いでどう出るかだな」
「いや、こりゃあ圧勝かにゃ? よゆーってやっさ!」
やはり、英雄さんは弟贔屓のようだ。
前に立った二人の男。改めて見ると英二さんの山のような大きさが目立つ。世界栄鎮の奴らって温室育ちでひ弱なイメージだけど、あれはえげつないほどに仕上がってるな。対するゴーグルの男が頼りなく見えるほどだ。
「悪いな、私の機体は戦いに打ち震えているんだ。見てみろ!」
確かに、バイエンという機体はゆらゆらとしているように見えた。キャタピラで足は安定しているはずなのに、上だけがだ。
「まぁ、やるからにはこちらも、真っ直ぐ、勝利だけだ!」
英二さんは決して侮らず、脇を引き締めて拳を突き出した。
やがて、機体に乗り出し、お互い準備ができたようだ。こう見ると、英二さんは肉体を重視した軽装だけど、種市は顔だけ出して顔も透明なシールドで覆う全身武装、対照的だ。
「それでは、試合開始!」
最初から英二さんは全開だった。自身の持ち物に似た串槍を裏に構え、強烈な一撃を打ち込む準備だ。相手は不幸か小回りの効かないキャタピラだ。この攻撃は多少溜めても入る! わたしは確信した。
「オーデンスピア・グングニル!」
「ひゅおー! かっこいいよーエイジー!」
出た! あの全てを貫く直進の一撃! これを種市は軽度な被害に抑えるため、下がりながら機体の上半身を横に避けた。それでも、肩を壊すほど、致命打になった。
「速攻で決着をつける気か! これは向こうの切札も拝めんかもしれん」
来賓ンドロードは槍捌きに惚れ惚れしつつも、少し不満げな顔をしていた。
なおも英二さんは攻撃を緩めない。連続して突き続ける串槍は、瞬く間に相手を端まで追いやった。
すると、何やら種市が話し始めた。なんだ、テーブルトークか?
「その程度か?」
「何っ?」
「本気というのはその程度か?」
「そうかもしれん!」
槍を突いて破壊されていく足元や骨格。けど、種市は妙に余裕だった。
「本気というのは」
種市は見切ったか相手の串槍を掴む。
「殺す気でいるか」
不思議なことがあった。なんと奴はその槍をわざわざ足に突き刺した。それも、機械のではなく、本当の足にだ!
「なんで……わざわざ!」
英二さんの困惑と引いた表情を予想していたかのように、槍を引き抜かせず、その間足から血を流しながら話し出した。
「よく考えても見ろ。この大会は何のために行われていると思う? そう! 戦争のためだな! 祖国の防衛、警備、作業の人員確保いろいろくっちゃべってるが結局は戦いのための道具が欲しいんだ。星蝕者の雑兵散らしから劉喝采に一泡吹かせ、やがては、国連民族保護区入りまで、目指してんだろ?」
「あんまり喋るな、舌を噛む!」
「だから私は、実戦的な兵器を作った。これなら、ガムでも噛んでる間に制圧できる。清潔で理想的な兵器だ」
「今聞くのは面倒だ! 後で聞かせてくれ!」
英二さんは最後に大きく振りかぶる。これはどうやっても一撃で終わる!
しかし、その槍がいざ突く時。なんだ、相手は、後ろから柱を片手で持ち出して、中身出して、構えた……。
ボウっと酷い熱が周囲を覆い、空は赤い。一瞬だ、なんだ、何が起きた。熱帯以上、火事場のような焼けつく温度が皮膚を焼く。毛先はひどく痛み、目は瞑りたくなるほど痛みを伴う。
「南蛮制圧砲。これが必殺だよボウイ」
勇気を振り絞り目を開けると、あまりに酷い、まさしく地獄絵図という光景だった。そこにはただ焼かれたバリケードがあった。バイエン・Dの向かいにいた観客席にも飛び火し、中には全身を黒く焼け焦げたひどい火傷の観客を看病する人の姿も見えた。
「とんでもないことが起きました! 会場が、会場が焼けています! 救急、この試合を放棄して、至急救急を!」
「そんな! こんな、こんなことがあっていいんデスか!」
「ひどい……」
あまりに現実味のない光景は、先ほどのボヤとは比べ物にならないほどの混乱を呼んだ。もはや観客席は今すぐここから去ろうと出口に殺到するものばかりだ。ゆかりさんは信じられないという光景でワナワナと立ちすくんでいる。キエロも杖を握り、俯いて戦慄していた。当たり前だ、こんな光景、あっていいわけがない!
中でも取り乱したのはシドだ。常に何やらうめき、よろめき、モニーの前に行くと気持ち悪いのか、何度もえずいた。
「気持ちはわかる。今は、泣いていい……!」
「大丈夫、わたしは憲兵だ。万が一の時は絶対……守るから……」
モニーと共にわたしも何とか彼女を宥めた。
その時、ふとおかしなことに気づいた。焼け跡がV字に分散していたのだ。それは、何かがあって、その後ろは焼けなかったということ。それも、看板よりよほど火を通さないもの……。
その奥、煙から朧げに見えてきたのは巨大な羽、いや、羽のように大きな腕だ! その腕は鱗に覆われ、生物ではないかのようにその鱗を展開し、盾のような形を作る。その間から顔を見せたのは、紛れもない。先ほど会ったブレスタだ!
「火を吐く機構、ふざけてるな。火力は高いけど、臆病だ!」
臆病、そうだ、これは試合だった。英二さん、これは流石に助からない。何せあんなに離れた対岸の客席にすら助からない相手がいるくらいだ。あんな真正面から受けたら……。
「大丈夫っブ! 英二は、そんなやわじゃない!」
そんなわけない。英雄さんはそうおっしゃるけど……。
「試合放棄……か? その必要はないぜ!」
焼けて金属すら焦げ目がつくハール2ndfe-47。しかし、その上に立ち、手を払ったその大丈夫、確かに英二さんだ! そんな、これで生きてるとかありえない!
「おいおい、まさか火炎放射器で良い気になってるのか? それも、こんなとばっちりだらけの欠陥兵器で? 今まで見てきた必死に大会のために努力してきた奴らと比べちゃあ、薄っぺらい! そのくせ現実主義にも徹せないただのチンピラだ!」
口から黒い煤を吐きながらも、平気で挑発するその様。種市も見事癪に触ったみたいだ。余裕綽々、こりゃあ青天の霹靂に打たれても死にそうにないなぁ。
「ヒューヒュー! 世界一かっこいいよー!」
来賓席からはうるさいくらいの歓声が溢れた。主に、一人から。
「ああ、見せてやるよ。これで終わらせるつもりだったが、元より格闘も苦手じゃない!」
すると、あの憎きこの会場を焼き尽くした砲は入っていた容器にすっぽりと収まった。そして、一つの巨大な大黒柱みたいになった。
「レプリカ・御柱。これで殴って黙らせてやるよ」
これに、来賓ンドロードは目を光らせた。
「むっ、あの容器、ただの鉄ではないな。テカリが違う。それに密閉性もシンプル故抜群だ。おそらく、相当頑丈だぞ」
種市のバイエンはキャタピラに角度をつけて回し、なんとか距離をとった。その背にはあの焼けた会場があった。
そして、バイエンは柱で相手の脳天を打ち付ける。機械の部分に打たれてなければ、その頭かち割られていたところだろう。
英二さんも槍で対抗しようとするも、柱が斜めに動くものだから刺そうにも遮られ、払っても受け止められ、なかなか有利にならない。
「なかなかまずいな。バイエンは槍の先端に当てて受け流しを行っている。かと言って距離をとってグングニルしようにも守りが硬い……。案外馬鹿にならんかもしれん」
英二さんのハールはまさに槍を突き続けて柱と撃ち合う。崩せない城をなんとかこじ開けようとする兵のようで、扉は破れないように思えた。
ふと、英二さんのハールが消えた。いや、消えたんじゃない、しゃがんだんだ。
そして、仕掛けたのは滑り込みだった。柱を潜り抜け、相手のキャタピラに乗っかるような形になった。不利を覆すには、このままインファイト、これしかない!
「天に向かって……燕立ち!」
立ち上がったハールは空に向かって一筋の槍を突いた。掲げたその槍は、まるで栄光を証明するかのような、高潔さがあった。
「ああぁしゅごいぃぃ! エイジ、オシャレ指数が指数関数的に上がってるぅううう!」
来賓席で騒ぐ彼の兄はほんと年甲斐もなくはしゃいでた。まるで、一般の人が芸能人にでもあったかのような。
種市は柱で串槍を防いだが、防ぎきれないか、本体のど真ん中に致命的なダメージを受けた。
「装甲にはそこまで割いてないか……。しかし、これは選手も危なくはないか?」
種市の前を覆っていた装甲は割れた。人としての肌を露出することの多い錆万装としては異質の装甲の厚さのバイエン・D。果たしてどんな備えでもしているものか……。
それをはっきりと見て理解まで及んだのは何人もいない。その中に現れたのは人の身体ではなかった。種市自身は先程わかりきったように人の体を持っている。けど、その手前に、明らかに機械として異質な液体が内部を満たしていた。蠢くその姿、まるで幼い頃顕微鏡を除いた時に見えた世界のような、原始的な不気味さだ。そして、わたしはこの蠢くそれの正体を想像しまった。わたしにとっては身近で、このようなあわれな姿で会うことのない存在。
「そいつぁ……」
「どうだ、まさしく清廉で人道的だろう。この機体の制御は白万によって行われているんだ。あの南蛮制圧砲もこいつが自分の意思で撃った。決して手を汚さぬ最高の兵器じゃないか」
英二さんは少し躊躇ったように見えたが、曲げずに槍を持ち直すと、改めてエンジンといえる白万を貫いた。生命を奪われた液体は、この世のものとも思えぬ断末魔をあげると、その肉体を崩壊させていった。
「オレは別に生物がどうこう言う主義じゃない。けど、いささか受動的じゃないか? オレは好かないな」
もはや軋みすら見せず動かなくなったバイエン・Dは、静かに空を見上げた。
「決着ー! ただいまの試合の勝者、世界栄鎮、鉄家のエース、鉄英二選手! 桁違いのタフさを見せつけました!」
英二さんは頭を掻きながらも、操縦席を降りた。相手の種市は苦々しい顔で渋々手を出し、英二さんと手を繋ぐ。この夕暮れの中重い空気、二人の選手はお互い声を掛けることはなかった。
ここから出してくれと言う怒声、泣き叫ぶ人々、なんとか入り口の前で通行の整理を行う警備のもの。乱雑に散らかったこの床のように、会場のパニックはまだ収まりそうにない……。




