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50話 豪胆と矜持

「始まりました錆万装舞踏! 第1試合目は!」


 果音さんからバトンを渡された司会者の声に対戦カードが電光掲示板に表示される。わたしの手元にあるパンフレットにも1回戦の対戦カードは記されていた。


「白岩空実のイッツローファイ・ホワイトロックモデルVSオルバ・ムニ・マニのケリケロ!」

「吾輩、ンドロードとしてはオルバは推しているワイルドファイターだ。しかし、長らく慣れ親しんだ白岩の堅実な戦術も捨てがたい……。吾輩、どちらも応援しよう」


 土の舞台の上では二つの機体が睨み合いをしている。一つは白く、平均的な印象を持った機体。もう一つはそれよりかは骨抜きのされた、身軽そうな印象の機体だ。ただ、だからと言って身軽そうな方が脆いというわけではなく、装甲に関してはむしろ急所を守るように局所的に厚い。肩パッドのようなパーツを見れば一目瞭然だ。


「随分と華奢なパイロットもいたもんじゃねぇか」


 身軽そうな方といったケリケロのパイロット、オルバが手をこまねいて煽る。しかし、これに空実さんは虫を通した。


「それでは、3、2、1」


 息を呑むような瞬間だ。隣でもパイパーが手を握りしめている。けど、空実さんの方を見てもこれと言った緊張は見られない。


「試合開始!」


 最初は睨み合いがまだ続いた。始まって数秒、お互いに中腰になり様子を見る。


「なあ」


 そんな中、オルバは火蓋を切った。


「サンバのリズムを知ってるか?」


 相手はスライディングのような速度で足を広げて、威嚇する。しかし、意味のわからない言葉だ。なぜ急にサンバ?


「ホイソラ!」


 真っ直ぐその路を開いたオルバは、走りながら一撃錆万装の平手を浴びせた。金属の骨は甲高い響きをあげて火花を出す。


「おーっと、ケリケロの連続攻撃だ!」

「これだ、オルバとケリケロは格闘術に置いて無類の強さだ!」

「ほいほいほい!」


 相手はそれからさらに拳を突きつづけ、ラッシュをかけた。空実さんは手をクロスさせて守りを固めるも、防戦一方だ。


 しかし、わたしは見逃さなかった。空実さんのイッツローファイが足を大きく振りかぶっていたことを。


 一撃、空実さんは体を屈ませ、相手の横をとると装甲の弱い足の裏を蹴り飛ばした。ケリケロの足はぐにゃりと関節が曲がった。そうなると立て直しには一動作必要になる。それに、錆万装にダメージが入ればこれほど痛いところはない。


「イッツローファイ、難なく凌ぎ切りました!」


 実況はそう言ったが、ギリギリにも見える。


「おっと、少しはやるみたいじゃないか」

「……ありがとうございます」


 空実さんのイッツローファイはかくして危機を脱した。その僅かな隙に棍を抜き取る。そして、後ろに飛び退いて距離を取った。


「やはり燃えるねえ、実際の試合は!」


 来賓席ではンドロードが喉の奥から湧き上がる興奮を堪えているような笑いを浮かべていた。


 ケリケロはじわりじわりと距離を詰める。イッツローファイはそれを警戒して棍を構え、いつでも振り回せるようにする。


 頃合いを見計らったケリケロは素早く地を蹴り飛びかかる。空実さんは警戒を強め、棍を前に攻撃を受け止める構えを取る。


 しかし、相手は空実さんの読みを大きく外した。ケリケロは走りながら姿勢を屈めると刀のように足を動かすと、イッツローファイの肩甲骨やや下をハイキックで蹴り飛ばした。うぉ、なんだ、まるでムエタイだ!


「ここで手痛い一撃が炸裂ーッ!」


 これは予想以上の致命打だった。椅子を強く揺さぶられた空実さんは呻き声を上げ、頭を動かす。いわゆる打撲による混乱が入っているんだろう。


 この隙をとって裏に回った奴はイッツローファイを羽交い締めした。機体はもはや動かすこともままならない。


 けど、大丈夫だ。わたしはきっと根拠なくも信じてる。空実さんはこんなところでは終わらない! 


「これで終わりとは随分と呆気ないもんだなぁ」


 口笛を吹いているオルバに対して空実さんは僅かな糸口を切り開こうと攻撃を受けながらも考え続けている。


 何やら外れる音がした。イッツローファイの片腕が一人でに脱落したじゃないか。そうして、するりと抜けた肩の方を引き、鋭く後ろのケリケロにぶつけた。盤面は覆り、衝撃にケリケロは大きくのけぞる。その隙にイッツローファイは体制を立て直した。


「なんと! イッツローファイ腕を外した! 錆万装ならではの戦術だ!」

「当主ならではの複数視点、やはり白岩城は簡単には崩せんか!」

「可愛くない奴だなぁ」


 ケリケロは取れた腕を地面に滑らせる。空実さんのイッツローファイはもはや隻腕だ。確かに状況は良くなったが、自ら不利を作りだしている。


「厄介だねぇありゃあ。まさに格闘家だなぁ」


 後ろのミナモと言われる参加者の学生と同じサークルのやや恰幅のよい方がそう感嘆した。


「あの盾……弱いところを守ってる訳じゃない……強い所をより強くしてる……」


 急にキエロが杖を握りながら呟いた。


「そうなのか?」

「いや、やっぱそうじゃないかも……ごめん……」


 わたしが問い直すとまた彼女は萎縮してしまった。

 黒光りする腕を輝かせながら手を振りあげるオルバはふと話す。


「しかし、お前随分と華奢じゃあないか。そうだ、お前、おれの愛人にならないか?」


 空実さんは目を丸くした。理解が追いつかないと言った顔だ。


「何……言っているのです?」

「わからん奴だな。ならば、力でわからせるのみだ!」


 遠くにわざわざ走り距離を取ると、オルバのケリケロは真っ直ぐに突進し、また上半身を狙い定めた。


「ケリケロ、素早く距離を詰めてきた!」


 近づきあと数メートルというところで空実さんは棍を振るったが、ケリケロはなんとも身軽な身のこなしで飛び退いた。それは空実さんの飛び退きとは瞬発力が段違いだ。なにせ、走って慣性が働いているなか、急ブレーキすらかけずに飛び退いたのだから。


 しかし、空実さんは棍を一旦振り回した後、正面で振り払うのをやめた。あれ、ミスかな。それとも、片腕じゃあやっぱり力不足か。


 けど、空実には考えがあったみたいだ。中心で止めた棍は鋭い一閃を繰り出した。それは、まさしく田楽刺し。英二さんの串槍、オーデンスピアのようだった。


 ただ、この一撃は空中で構えたケリケロの腕についた盾に防がれてしまった。それは盾というより、膨張した筋肉のような重さを感じさせない、我が身同然の立ち回りだった。


「惜しい! 突きは通らず! しかし、長年培ったその技術は確かです!」


 ようやくこの短い時間の割に長い空中戦は終わりを迎え、地に砂埃が舞った。空実さんは、ようやく落ち着きを取り戻してきた。


「少し尋ねたいのだけど、貴方は、今まで出会った女性にもそんなことを?」


 空実さんが聞く。オルバは何食わぬ顔で口を開いた。


「そうさ、こうやって拳でわからせてきたのさ。ティシューカンパークっていうんだっけか? けど、そういうのが理想のカタチだろ?」

「愛人は何人?」

「クレカの審査か? しつこいな。んなもん数えきれねえよ!」


 こんどはあえて回り込む形で盾で固めた格闘家が動く。まるで、不意をつくかのような行動。しかし、空実さんはこれにいまだ動かない。


「何してるんですか! 空実さん!」


 この声が届いたかはわからない。本当に無心のように見えるからだ。そしてケリケロは相手の横をとった。


「もらった!」

「と言いたいのかな?」


 オルバの勝利宣言に空実さんは嘲笑った。まるで、むしろこちらが勝利したようなものだというように。

 すると、ケリケロは突然大きく体勢を崩した。ローテクなイッツローファイはケリケロに残った右腕をかざし、ひらりと鞍馬でも飛ぶかのように身をかわす。ケリケロは勢いそのままに転げ、地面に突っ伏してしまった。


「なんとー! ケリケロ、地面に倒れ込む!」

「一体、何を!」


 これに、この競技のファンのンドロードは勘が鋭いみたいだ、


「足元を見ろ! 助言かもしれんが、まぁ、過ぎたことだ!」


 下敷きになったオルバはなんとか機体の足元を見ようと身を捩る。そして、そこにはその答えがあった。


「棒っきれ……!」


 よく見ると、空実さんのイッツローファイの手には何も握られていない。さっきまで、大活躍だった棍を右手に持っていたはずだ。しかし、それをケリケロの足元の盾と足の間に無理やり挟み込んだのだ。それは、先ほどの田楽刺しみたいに例えると、おでんがもうすでに皿の上に提供されたように刺さっていた。


「なんの!」


 立ちあがろうとするオルバの錆万装だったが、足のつっかえがなかなか取れない。足を上に乗せた空実さんを見るに、勝負はついたものと思われた。


 その時、オルバは両足を並べ、大きく振り回した! 空実さんの肩に一撃喰らわすも、あの時ほど致命打ではなく、かすっただけに見える。


 そして、機械の手を地べたにつけ、逆さまになって立ち上がった。まるで曲芸か何かのように。


「ケリケロのパイロットオルバ! 素晴らしい体感をこれでもかと見せつけるー!」

「やはり恐ろしいパワーだ! 我ら現地の血統の運動力はこれだから舐められない!」


 足は鉄の棒が未だ突きっぱなし。外すこともなく、足を揺らし、余裕をアピールする。


「おいおい、まだまだ戦えるぜ! この程度か嬢ちゃんは!」


 一手動き出し、安定感の悪いケリケロの足、いや手元。しかし、空実さんはあえてそこを無視して、わずか、ほんのわずかに飛び上がった。


 そして、残った右腕を暖簾に腕押しするように、相手の棍の挟まった足を強く押さえつけた。なくなった左腕の分まで体重を乗せて。


「いやまさか、その程度の攻撃、通じねぇ!」


 オルバの言にも無理はない。小さな体に巨大な体格の相手。しかし、錆万装の上なら話は違った。それを、学生も理解している。


「初心忘るべからず、ってやつかなぁ?」

「機体において器用さを上げるためには硬い装甲を諦めなくてはならない。それを諦めきれずに盾をつけたみたいだけど、それでも細い手足だけはカバーしきれない……ってとこかな」


 やがて、オルバのケリケロは体勢を崩した。その金属のパイプのような腕はぐにゃりと曲がり、立ち上がるにはあまりに不安定だ。


「ムニ・マニ、あなたがどれほど人に迷惑かけても、私はなにも言いません。けど、もし結婚するなら、その人だけは裏切らないでいてくださいね」

「何を急に……」

「それが私の男としての矜持です」


 オルバは急に面食らい、そのままダウンを取られた。そして、数秒が経過する。


「3、2、1、勝負あり! ただいまの試合の勝者は、この大会の上位常連白岩空実! 意地を見せました!」

「吾輩には聞こえた。あのメッセージ。伊達男じゃあないか。フハッハ!」


 ンドロードはそう呟くと音声にのせて高らかに大きく笑った。


 オルバは機体の下からゆっくり姿を見せると、悔しそうに地を蹴るも、すぐに気を緩めた顔で空実さんの方を見つめた。


「そんな男もいるんだな。肉とか食ってきたのか?」

「そういう趣味はないでしょう?」


 お互いに会釈を済ませ、試合を終わろうとした時、柵を飛び越え客席から飛び出してきたのは同じ肌色の一人の女性だった。オルバに駆け寄ると、その頭を平手でポカポカと叩く。


「オルバー! アタイは知っているよ! また浮気したんだろう? それも3人も!」

「はっはっは、一番愛してるのはお前だよ」

「そういう問題じゃないよ! 全員分の責任くらい、取れるのかい?」


 こう言いつつも困っているように見えないオルバを見て、空実さんはほころんだ笑みを浮かべた。


「なんだ、幸せそうじゃないか」


 空実さんのそんな声を聞いた後、わたしたちは来賓席の試合の感想を聞いた。


「いい試合だったな! お互い泥臭くも、どこか高貴な良い試合だ!」

「お互い技量が高い。一試合目でこれだと目が肥えてしまって次からが心配だけど……」


 わたしもいい試合の思い返しに耽っていたけど、


「見つけた……」


ふと目の前に一人の少女が現れた。わたしと同じ西洋系で、背丈はすでに平均的な大人のものと変わらない。しかし、目に光がなく、なんとか立ち上がる気力があるというようだ。周囲の目をやたら気にしているのか、震え、他所によく目をやる。いや、こんな少女と知り合っていたっけ?


「キーリー……」


 いや、名前まで覚えられてる! いや、本当に記憶には……。


 いや、まて、この声、昔身近で聞いていた気がする。それも、友人とかじゃない、もっと近い関係の……。


「あ、シドニーじゃーん! なっつ♡」


 パイパーの声にハッとした。嘘だろ、シドニーはもっと元気で、人の応援にも駆けつけるような熱い娘だったはずだ。これが、こんな、やつれて……。


「助けて……」


 振り絞るような声だった。

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