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ウェストウッド家に栄光あれ!――君に家督を譲りたいっ!  作者: 青瑪瑙ナマリィ
序章 この辺境の街で暮らしたいっ!
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5話 白万

「で、用ってなんだよ、桐の字」


 わたしは、東佐官の元を訪ねた。だいぶ上の上官に当たる人物で、本来こうした私用で会いに行くのは、タイヘンシツレイなことだろう。何せ佐官とは随分なエリートだからだ。しかし、彼は随分と優しく、慣れた態度で対等に接してくれる人物だ。それ故か、彼は随分と舐められている気がする。誤ってぶつかっても、謝らないでそそくさと離れてしまう人も多いくらいだ。それでも、彼はそう簡単に責めたりしない。それ故に甘く、舐められ、愛される人だ。


 閑話休題。わたしは彼のとある趣味を知っている。そのために失礼を承知で来たんだ。


「はい、東佐官は妖怪への造詣が深いと耳に挟みましたため、協力を願いたく存じます!」

「厳密に言えば白万しらよろず、な」

「白万とはどんなものでしょうか」

「おっと、桐の字にはまだ話してなかったか。桐の字、確か今妖怪と言ったな」

「はい、確かに妖怪と」

「白万ってのを説明するにはそれではまだ足りない。一部の土着神、妖精、付喪神、その他もろもろを含んだ中の、アメーバのような軟体生物の姿を本性とするもの、それが白万だ」

「しかし、わたしが見たものは、犬の形をしていて……」

「おっ、白万を見たことあるのか。そう、白万のアメーバ状というのはあくまでも本性で、実際はさまざまな姿をとる。桐の字が見たように犬のような姿をしていたり、道具に憑いてきたり、中には人間の姿をした奴もいるな」


 なるほど、確かにこれは白万に詳しそうだ。あの犬が白万なら、ゆかりさんも自分の異変への理解を深められるかもしれないな。


「しかし、形を持っていた、か。それはある意味タチが悪いかもしれないな」


東佐官はそう小さく呟いた。



「で、この人を勝手に上がらせて、なんなんデスか、キーリーちゃん」


 ゆかりさんは呆れたような怒ったような声色でわたしたちをなじった。無理もない。まさか年下の人生の後輩を家に泊めたその日にまた別の人を、しかも異性を呼ぶなんて思いもしないだろう。


「キーリーちゃん、人は異性の目があるからカッコつけたがるんデスよ。まだ心の準備もないのにいきなり男を人の部屋にあげるとかどうかしてマスよ!」

「落ち着いてくれよレディ。えーと、確かこの人はにのまえゆかりちゃんって言うんだっけ?」

「ファー! 名前まで筒抜けじゃないデスか! もしかして、アレデスか、ハニートラップデスか、いやこの場合はフレンドトラップと言うべきデスか」


 相当お怒りの様子である。東佐官はなんとか取り入る隙を見つけるためか人良さげに振る舞う。


「はじめまして、かな。俺は東福三。桐の字のいる軍部の上官だ。よろしく頼みますよゆかりちゃん。」

「いやいきなりそんな親しげにされても困るんデスよ、馴れ馴れしい」


 ゆかりさんはまだ信頼できないらしい。それに東佐官は右手を頭に乗せ前屈みになり、


「いやー、傷つくなあ。女の子にそんなこと言われちゃ」


と飄々としつつも嘆いた。


「東さん、そろそろ本題の件を……」


 わたしは佐官に耳打ちをした。そう、彼はこういうプライベートな場では堅苦しい呼び方は嫌いなようだけれど、最低限の尊敬のラインとして、このように東さんと呼ばせていた。


「で、なんデスか。ナンパしようってんならそうはいきませんよ」


 東佐官は用を思い出したかのようにハッとめを開くと、


「おっと悪い、そういえば白万の件だっけ、まあ長くなりそうだし、菓子でも食べて話しましょうや」


 そう言って、ひどく用意のいいことに、お盆の上にカバンから出した乱雑に色々なお菓子の入れられた袋から、これまた乱雑にお盆の上に出した。お盆は小さく、このそこまで多く入っていない袋の中身を全部入れただけで山のようだ。


 これは一見すると本題に入っていないかもしれない。しかし、わたしにはわかる。これは試している。白万は人間と融合することがある。そうなった人間は獣のようなものだ。人間に食べられるものが食べられなくなることだってある。その食べられないものを手に取るか、試しているんだ。


「おお、ありがとうございマス。じゃあ遠慮なく」


 そう言って手に取ったお菓子は、よく軍用レーションとしても使われるあのお菓子、チョコバーだった。その瞬間、東佐官の目が何かに気づいたかのように光った。もちろん比喩だけど。ほうほう、へぇ、なるほどねと何かを探求するものがついに探していたものを見つけたかのような純粋な声で呟いているのがわかる。


「ところで桐の字、たしかゆかりちゃんの家に泊まったんだよな」

「はい、確かに」

「裸……とか見たか?」


 わたしはこの言葉の意味はすぐにわかった。しかし、ゆかりさんはきっとこんなこと言われたら、


「わあああ、やっぱ変態じゃないデスか! セクハラデスよセクハラ!」


取り乱すに決まってる。わたしはなんとかなだめようと説明する。


「落ち着いてよゆかりさん、これは怪しいものを身につけていないか、手術跡や義肢とかがないかっていう確認のためだ! 大丈夫、ゆかりさんにはあの犬以外多分そういうものはない!」

「そ、そうデスか。まあ裸見られなかっただけマシデスね」


 東佐官は、考え込むように顔を落とし、すぐに戻すと、


「それじゃあ、最後の確認だ。これは念の為、なんだが」


そういうと、東佐官は声のトーンを少し落とした。


「銃を撃ってもらう」



「ちょーっと待ってください東さんとやら」


 ゆかりさんは、どこか不服そう、そして何かに怯えるようにそわそわと周りを見渡した。


「どうした、何か問題か?」


東佐官は特になんともなく言葉を返した。


「いや、そうも何も、ここ、スラム街じゃないデスか!」

「だからこそ秘密裏に銃を使えるだろ?」


 ゆかりさんは相変わらずきょろきょろと周りを見回す。無理もない。ここは本当にスラム街。この国の下部。とはいえ、一部の国と比べると本当に平和でルールを守る街だ。治安の悪い所は狭い街で5分に1回犯罪が起きると言われているほどの国のスラム街もある。


「それなら射撃場でも貸してくれたっていいじゃないデスか!」


 一見するとゆかりさんの意見は正論に見える。しかし、


「いや、無断で一般人が軍の施設を使うのは軍法的にいかがなものなんだ。」


そう返されてしまう。もっとも無断でなく、しっかり許可を取ればいいとはわたしも思う。


 ゆかりさんは卒倒しそうなくらいゾッとした顔した。


「でもこの国は一般人は銃を撃てないじゃないデスか! ゆかりさんに犯罪を犯させる気デスか!」


「落ち着いてくれ、ゆかりさん。この銃で人を撃つわけじゃない。軍はよく壁に向かって銃を撃っている。ゆかりさんも、銃を撃つ許可があれば後からなんとかなる」

「ああもう、スラム街なんて怖いデスよ。後ろ見てくださいよ、ギランギランと鋭い目が睨んでるようデスよ」


 実際、どんなに治安がいいとはいえ、荒れた街は怖いものだろう。わたしは、おそらく一人でもいけるだろう。わたしたち軍部はこういった場所よりもひどいところを見ている。わたしたちは危地に慣れ過ぎているのかもしれない。


 ゆかりさんのスラム街における心配をよそに東佐官はゆかりさんに銃を持たせた。せいぜい拳銃、それも、手のひらより少し大きいかくらいの単発であった。今の時代からすれば少し時代遅れな雰囲気は漂う。しかし、銃なんてものはまず撃たない。しかも、この国は銃社会ではないのだからなおさらだ。銃を撃つこと自体が社会問題になるかもしれないくらい、この国は銃を撃つことが夢物語のようで、現実に撃つことを悪と見ているんだ。それだから、この単発銃でも全然問題ない。撃つこと自体が異常だからだ。


 ゆかりさんは、正気だからこそ錯乱した状態で、


「ええい、もういいデス。撃てばいいんデスよね。これで何か分かるってんなら撃ってやりマスよ!」


と、覚悟を決めた様子だ。


 次の瞬間。もうわたしには慣れ親しんだ、破裂するような音がした。わたしはゆかりさんの目の先にある壁を見る。銃痕だ。銃弾が埋まっている。これがゆかりさんの目の先にあると言うことは他でもない、ゆかりさんが撃った痕跡だ。


「ほら、撃ったデスよ。もう帰りましょうよ」


 ゆかりさんは、本当にこの場所の殺伐とした空気が嫌なようだった。


 東佐官に疑問をぶつける。


「こんなので分かるんですか?」

「いや、まあ大体分かった」



「で、分かったことだが」


 ゆかりさんの部屋で東佐官は語る。他のところでもできるじゃないか、とわたしは疑問に思ったけれど、彼曰く、やっぱり自分の部屋の方が安心できるだろ、とのことである。どういうことなのだろうか。


「これは間違いなく白万だ。まあ、わかりやすくいえばヨーワカランクリーチャーだな」


 そこからはわたしに語った内容とほとんど変わりない。しかし、その後に犬の形をしたあの白万のタチの悪さについて説明した。


「この白万っていうのも色々種類があるんだが、今回の憑依系ってのはちとたちの悪い部類でね、まず、白万は融合することで人間が自分の意思で自由に使えるようになる。しかし、その場合は、一部の食物が食べられなくなってしまう。例えばにんにくと……、あとテオブロミン、カフェインなどが人間と比べて代謝が遅いかな」

「なるほど、あれはそういうことだったんですね」

「それだけじゃない、桐の字。あの時銃の引き金を引くことができた、それも白万にはできないんだ。これに関しては理屈が未だにわからないけどな。」


 こんな側からみたら与太話も、わたしには信じ込むことができる。なにせ実際に見たからだ。なるほど、白万もこの国では随分と研究が進んでいるらしい。しかし、その割には白万の存在を噂する話は聞かないけど……、やはり、現実からして不可解なものは隠したいのだろうか。


「こうなると何か隠し持っている道具が白万、いわゆる付喪神のようなものかと思いきや、そうではないらしい。そして、わんこみたいな怪物、それが肌を這っている。そりゃもう憑依系の特徴にドンピシャよ」

「東さんっ、結論からおっしゃってくださいっ」


 そうも言いたくなる。知識をひけらかすように恍惚と話されては長くなり、要点がわからなくなる。例え上官でもこういうことは、ましてやプライベートなら指摘してしかるべきだ。


「そうか、はっきり言おう。憑依系は白万そのものが命を狙ってくる。他の白万は体質的なもんだが、これはまさに白万との利害の一致により生かされ、価値がなくなれば肉体を乗っ取られたり、喰い殺されたり、とにかく白万自体が爆弾だ」

「そ、そうなんデスね。今まで大丈夫だったんデスけど」


 ゆかりさんはどこか悲しそうにうつむいた。


「本当にそうか?」


 なぜか、わたしには見当もつかず、それにもかかわらず東佐官は問う。


「本当は何か隠してるんじゃないか?」

「そ、そんな訳ないじゃないデスか。あれは本当」

「その張り付いた面の皮を外せって事だよ」


 なぜ、そんな強い言葉で話せる。今までの会話に何を見抜いた。


「東さん、いくらなんでも言い過ぎです。彼女は、苦しんで、」

「……大丈夫だ、辛いことがあるなら、どんなことでも、俺は秘密にする。桐の字、できるか」

「……ゆかりさんがもし、もしもだよ。悪いことをしていたとしても、それが仕方のないこと、避けようがないことなら許せるかもしれない。だけど、ただいたずらに悪に手を染めたなら、それは友人で人生の先輩のゆかりさんでも許せない」


 わたしもそういったが、すっかりゆかりさんが悪者扱いだ。これで冤罪なら怒っても仕方ない。最悪、縁を切られるだろう。


 しかし、ゆかりさんは、意外にも泣きそうな声で話しだした。


「本当に、わかってくれマスか?」

「ああ、そのつもりだ」


 そうして、ゆかりさんはわたしに話したことをまたつらつらと述べた。お守りから犬の白万が出てきた話も混ぜて。しかし、その話にはどうやら続きがあったらしい。


「で、あのあのお守りに書いてあったことはわかったデスね」


 そう、確か母親に死ねとまで言われた話だ。しかし、それをポジティブにとらえたゆかりさんに感嘆した話でもある。


「その時、寄ってたかってお守り開けて、つまらなかったら嵐のようにすぐ去って、そんな男子生徒たちの中に一人、残った人がいるんデス。日本人の、尖った所のない、ごくふつうな男子デス。彼は、この手紙を見て、きっと決心したんだと思うんデス。そして、こう言いマシタ。お母さんにもこんなこと言われて、こんなのあんまりだ。それなら俺が守る。一さんのことは俺が守る、と。その言葉には、ワタシはむしろ涙が止まらなくなったんデス。多分、安心できる人を見つけた喜び、デショウか。随分と彼には心配かけたな、って思いマス。その人とは、付き合い続けて、ついにアベックになったんデス」

「アベック……」


 わたしは死語を喋るゆかりさんに、むず痒い、微妙な気持ちになった。なんというか、背伸びして最近の言葉を使おうとするベテランと雰囲気だ。ゆかりさんはまだアラサーとも言えないくらいの歳なのに。やっぱり、日本語素人目に見ても、ゆかりさんは買ってきたばかりのジーパンのようにちょっと固い。というよりも不思議な言葉遣いだ。


「……そんだけか?」


どうも、東佐官はまだ引っかかっているようだ。


「その話は隠しておくには随分と美談すぎる。なにか、あるのか」

「そう、そうなんデス。そうしてワタシたちはずっと、恋人同士で過ごしてきたんデス。けれど、お守りから出てきたあの子が、あの犬が随分な悪さをするなんて、考えてもいませんデシタ」


そういうと、ゆかりさんは片手で顔を覆い、うなだれて話した。


「そう、たしか付き合って一年半という時、ワタシに、あの犬が、食べようとして、そして、あの人が、庇って、ウゥッ」


 その内容は断片的、かつ繋がりが曖昧で、泣きそうだった状態から完全に決壊した涙を流しすすり泣く声色をしていた。けれどわたしも、東佐官も理解できた。


「あの子は、犬の白万は、求めているんです、人間を、人間の肉を、テロリストと協力してまでも、手に入れないと」


そういうと、ゆかりさんはもう、何も喋れないようだった。彼女は勇気を振り絞り、自らが何でできていたのかを話してくれたんだ。


「だ、駄目だ。もし、テロリストと協力しているというのなら、何としても捕まえないと、けれど」


 わたしはもう、この選択以外考えられなかった。


「どうしても、ゆかりさんに、その境遇を考えると冷酷になれないんだ」


少し間を置き、東佐官が片足を支えて立ち上がり口を開く。


「なるほど、理解した。今日のことは話さないようにする。最後に質問いいか?」

「はい、なんデスか?」

「その白万はどこから来た? 俺には君のおふくろさんが白万に詳しいとは思えないし、もし、詳しかったらなおさら娘に白万を押し付けようなんて思わない」


 わたしは東佐官がそこまで見抜く慧眼であることに驚いた。いや、当てずっぽうで言っただけかもしれないが。それでも、彼が興味の化身であることは揺るがない。きっと、わたしならそんなこと考えもしなかっただろう。


「……これ、言っていいんデスかね」

「何を今更、もう辛いことは言っちまっただろ」

「いや、これは事件性がありそうで……。そう、ワタシがこの犬に憑依されたしばらくあとの話デス。その日、ワタシは母の遺品を片付けていマシタ。滅多に撮らなかった写真を見つけたりして思いに馳せたりしていると、ふと、手紙を見つけたんデス。それにはこう、書かれていマシタ。

――あなたの、娘さんに対する思い、十分に伝わった! わたしのことを引きずらないで生きてほしい、素晴らしいよ! 私も感動しちゃったなあ! でもきっと彼女の人生、一人じゃ心細い……。だから私からとっておきのプレゼントを送るよ! いつまでもそばにいてくれる、人が大好きな子さ! 辛い時に見つけるようにしてあげるといいと思うよ! では娘さんの人生に至福の在らんことを! good luck!

萬屋河童 ――」

「……萬屋河童」


 この言葉を聞くと、急に部屋はしんと静まった。そう、わたしたちは知っている。

 萬屋河童。今もヤツによって人生を狂わされた人は数知れず。そして、わたしは確信を持っていた。これには白万が絡んでいる、と。萬屋河童に関係する有名な話。

 ある所に、金が欲しいという男がいた。彼の話に感銘を受けた河童は白万を授けた。これにより男はお札を偽造防止までつけて自在に作れるようになった。

 しかし、そうして富豪の暮らしをするうちに、周囲は妙なことに気がつく。番号が全く同じお札が見つかったのだ。しかも同じ街で。人々は不審に思ったけれど、気にするものは少なかった。

 しかし、警察、この国では軍も兼ねている組織は、これを見逃さなかった。なんとか出どころを探そうと指紋を始め捜査に尽力した。

 その終わりは突然だった。最後は向こうがボロを出したんだ。

 ある日、例の男は300ドルを現金支払いした。しかし、そのうちの2枚が同じ番号だったんだ。しかも、どこをどう見ても全て同じ。こうして、彼はお縄についた。

 これだけなら笑い話かもしれない。しかし、もしこれが意図的に起こされたものなら? 犯罪幇助なら偽造防止までできているのに番号が被ると怪しまれる紙幣に手を出すはずがない。これは人が破滅させたかったのでは、と考えるものもいる。実際今回の事例がそうだ。

 ゆかりさんに、悪の道に手を染めねばならないほどのひどい呪縛を強いた。一体萬屋河童は誰なのだろうか。


「なるほどわかった。とりあえずゆかりちゃんには白万をある程度手懐ける練習を自主的にしてもらう。どうするかは教えるから」

「それができたら苦労しないデスよ」

「言ったろ、ある程度って。手懐け方は、とにかく反復だな。憑依系なら具体的な指示を覚える。例えば言葉で教える。この言葉でこうすればいいと染み込ませる。そして、それに成功したら褒めたり、ご飯とか与えたりすればいいさ。あ、あと名前をつけるってのも効果的だな。この白万の種族名は犬魔いぬっまというんだが、なんてつける?」


 ゆかりさんは渋った顔した。そりゃそうだ。自分のことを苦しめてきた相手に名前をつけてしつけろなんて、そう受け入れられるものではない。


「ゆかりさん、こういうのは気持ちが大事だ。名前をつけたら、きっと、その名前にふさわしい存在になるから」

「そうですか、じゃあマッキマルで」

「それって、漢字?」

「はい、終わりかけという意味で末期丸デス」

「なんかネガティヴだね……」

「これが吉と出るか、凶と出るか。少なくとも名前みたいにはなったんじゃないか」


 東佐官は肯定的な反応を見せた。わたしの日本語歴ではついていけない世界なのかもしれない。


「ところで桐の字、聞いていいか?」

「なんですか?」


 わたしにはこの瞬間、よくわからなかった。わたしは、ごく普通の反応をしただけのはずだった。しかし、周りからの目線は周りから見ないとわからないようだ。


「本当にこれは見当違いかもしれないんだが、桐の字はなぜ白万を見て犬の形だなんて正確に把握できた?」


 迂闊だった。普通の反応というものがまだわたしにはわかっていなかった。しかし、これくらいなら反論もできる。


「なぜって、東さん達が教えてくれたんじゃないですか。何を見ても落ち着いてみろって、そうして正確に観察しろって。それに実際に見た時は本当にびっくりしたんですよ」

「ゆかりちゃんには無数の噛み跡があったんだろ? 自分も噛まれるとかは考えてなかったのか?」

「噛まれただけで彼女は生きている。それだけでも安全な証拠です」

「ううむ、やはり見当違いか」


 彼は諦めきれない様子で悩んでいるようだ。いつまで誤魔化せるだろうか。


「ところで、東佐官、東佐官は白万と共存していないのですか?」

わたしは東佐官に素朴な疑問をぶつけた。

「いや、俺が思うに白万を体内に入れたり、憑依させたりっていうのは深淵に足を踏み入れることだと思っている。道具に憑く白万ならまだしも、俺には、自ら深淵に歩み寄る勇気なんてないよ」


 東佐官は、何かが悔しいのか悲しいのか、憂げな表情を見せた。

おまけ

同僚子「先日から彼氏と険悪でさ。その原因がパパが、娘はそんなちゃらんぽらんなやつにやらん! って怒鳴りつけたからなの。まったく、娘のこと守るのもいいけど、娘の将来も考えてほしいものよね。行き遅れたらどうすんのさ」

ゆかり「ふーん、ゆかりさんは、彼氏が出来ても怒る父も母もいませんデシタけどね。叔父夫婦とは高校入るなり追い出される程度には険悪デスし」

同僚子「……なんかごめん」

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