49話 Warming up!
「異常なし……よし、万全だよ」
錆万装の関節を屈伸し、腕パーツを右左に動かし空実さんの鋼色のイッツローファイは前にウェストウッド家と一悶着した時よりもよく動く。その人間より一回り二回り大きい体躯は遠目にもよく見える。
「空実さーん!」
「やあ、ウェストウッドさん。この機体、私としても随分と良い仕上がりだよ」
空実さんの声は年甲斐もなく見た目には寄った、はしゃいだ声だった。
「兄貴は今まで何度も出場したベテラン操縦士さ! 経験を積み重ねた今回こそは優勝だな!」
先も鼻高々のようだ。しかし、空実さんが以前から大会に出るほどの実力者だったなんてな。
「ところで先」
ふと、空実さんは彼に問いかける。
「なんだ?」
「見ていたんでしょう、会場。先的に私以外の注目株はいますか?」
「そうだな……あのゴツい方の青い機体……」
青い機体? ミナモという人のコメッツバスタードナイトは線の細い機体だったし……いや、レアの機体は水色と灰色に近いけど青みがかってたかな。その機体か。
「……ああ! トムソンさんのボーンインザパープルのこと? 昔から言っていたじゃないか。あの機体は名前の通り紫だって!」
「……ああ、悪い」
なんだ、紫を青と見間違えたのか。逆光が眩しかったり、遠目で見たりしていればわからないかもしれないしな。いろいろ考えて損した。
「あの人は機体性能だけじゃない。本人の錆万装への理解も深いんだ。だからこそたどり着いた結論、基本は扱いやすく、強化パーツで強化できる。それを理想としているみたいだね。思ったより考えは一致しそうだな」
そして、今まで使っていなかった棍を背中から出し、上から一振りした。
「けど! 今回は私が優勝させてもらうよ!」
すごいな、空実さん。随分と偉大な存在に見える。背の低さなんて関係ないってことだなあ。
「おっ、空実! うまくやってるみたいじゃないか!」
手を振っていたのはこの大会の選手でもある英二さんだった。
「なんですか、英二。偵察のつもりです?」
「いや、まあ、ちょっと挨拶に来ただけだ。しかし、この機体は素晴らしいな。量産機の改造でここまで仕上げるとは。さぞかし予算もかかったんだろう、な?」
「そうだね、全部で1万ドルはかかっちゃったかな」
「その予算でここまでのものをか! よく切り詰めたな」
驚嘆する英二さんに、空実さんは真面目だった。
「……これに賭けてるからね。英二の機体はどんなものなんだい?」
「オレも家のプライド問題それなりのものは作らなくてはならないからな。うちの社員任せとはいえな。けどまぁ」
英二さんは、いきなり拳を空に振り、飛び、地を駆けた。
「オレは自分自身の力で闘う方が好みだな! 正直錆万装なんて工学科の学生の方が絶対詳しいほど無知だ!」
「……そうだったね」
いやいやいや、確かに英二さんに錆万装の印象はなかった。スポンサー枠、だとしてもだ。心配にはなる。
「そんな知識で大丈夫なのか!?」
「大丈夫だ。鉄脈重工の社員は優秀だぜ?」
自信をのぞかせたその顔には、あまりにやけっぱち。けど不思議と信頼がおける。なにせ鉄家は世界栄鎮。それも、錆万装の技術で世界一までのし上がってきた怪物企業だからな。
空実さんも機体の最終チェックが終わり、人休みしようとマグカップを鉄板の上に、そしてコーヒー袋の封を開けた。その瞬間。
「ちょーっと待った!」
ふと何やら猪豚のように突っ込んできた影がある。それが、機体の前で止まったところを見るに、わたしや男にしては異様に背の低い空実さんより、多少高いかという背の男だった。まだ若いが、けして少年やキャンパスライフを送る青年というほどではない。しかし、空実さんにも似た童顔をしている。ただ、その顎には、モノホン無精髭がやすりのようにチラチラ、としていた。
「悪いな白岩! お前の大会は棄権で終わる! なぜなら!」
なにやら状況が飲み込めないが、彼が怒っている、ということだけは理解できた。そんな彼は自信ありげに自らを指差す。
「このおで! 江沢寒太が完膚なきまでに叩きのめしてやるからなのだ!」
多分彼は自分をおれ、と言っているつもりなのだけど、ハキハキした口調の割には滑舌のあやしい部分がある。どうにも抜けたイメージだ。
「おう、のだすけまだ諦めてなかったのか。予選落ち、だろ?」
「のだすけってなんだ! そんな名前じゃないのだ!」
地団駄を踏み鳴らす。今どき子供でもそんな怒り方しないぞ。
「ほら、また言った。語尾にのだってついてるぞ」
「そんなこと言ってないのだ!」
この語尾は本当に無自覚らしい。寒太は平然と怒り、気づく様子もない。
「とにかく! そこの白岩に用があるのだ! お前さんの出る幕はなーい!」
空実さんも、こんなに騒がれては無視もできないか、作っていたコーヒーを置く。そして、厳かに立ち上がった。
「全く、江沢さん。コーヒーが冷めないうちに、ですよ」
「さてはなめてるのだ!」
寒太は唇を噛むと、簡易工場の壁の裏からやたら金色で装甲の厚い鎧で固めた錆万装に乗って出てきた。
「こいつはガストンmk-Ⅱっていう機体なのだ! 昨年の全然動かないガストンとは別物だぞ!」
機体は歩くたび止まる、いかにも機械的であれども、道を違わずこちらに向かってくる。空実はしっかりとその足並みを見つめる。話のよるとどうやら木偶の坊らしい前年度に比べれば、動くことに関してはしっかりしているみたいだ。
「しかもこれだけじゃない。昨年度、大会で敗北してのは、肝心な時に動かなかったからだけじゃない。手数が足りなかった。動けずとも手数さえあれば対抗できるのだ!」
随分と自慢げに熱弁している。手数を増やす、動作を速くするとかかな。
「まさか、手の数を増やすなんて言わないだろうな」
わたしはふとつぶやいた。いや、さすがにそんなわけ……。
「その通り! なかなか筋がいいのだ!」
ふと、後ろの機体を見ると、普通の腕が2本、しかし、その上に腕が2本生え、さらに小さな精密に動かせそうなアームが2本新芽のように伸び出した。いや、これは、流石に……。
「しかも、装甲は堅牢。それにしてメンテナンス性も両立! こんなことなかなかできることじゃない。最高傑作なのだ!」
確かに、装甲は空実さんの錆万装と異なり厚めだ。それは金ピカで、それでいて硬そうに鈍い輝きを見せている。歪みなく、正確な金属板だ。
「さあ、かかってこないならこちらからいかせてもらうのだ!」
寒太と名乗ったやつはその機体にひょいと飛び乗ると、素早く操縦を握った。手早く、瞬く間の出来事だった。
そして、金ピカの機体は足で地を蹴り、まっすぐに直進する。先程までぎこちなかった動きは嘘のようだ。そして、袂から小型の球を挨拶がわりと言わんばかりに撃ち込んだ。
それは空実さんの錆万装、イッツローファイは左腕で払い除けられる。土に当たった球は虚しく跳ねた。
「まだ! これからなのだぞ!」
瞬く間に懐に潜り込んだガストンは、至近距離で球を撃ち込もうとした。しかし、即座に察した空実さんは分身したかのような勢いでズれて、それを避ける。
空実さんはその勢いを殺さず、棍を振りかぶり、抉り込むようにして逆に懐に入る。
そして、相手の肩に入れるパッドのように肥大した鎧に、一撃加えた。すると、その鎧は見た目に反し、ぐらりと揺れるとポロポロと肩から落ちていった。
「な!」
「もう決まりだな。兄貴の勝ちだ」
空実さんのイッツローファイは、何度も何度も棍で擦る。あくまでも強く打ち付けるという風ではなく、擦るように叩いていた。しかし、その強くない攻撃ですら、かの鎧は防げていない、ハリボテのようだった。
「全然問題ない、このくらいじゃあ!」
そうやって嘯くも、もう遅い。ボロボロと剥がれ落ちた鎧はもはやなく、ほぼ骨組みと変わりないくらいにまで痩せこけた。空実さんはその機体の中心にいた寒太の後ろ、伸びた脊椎の位置の骨組みに触れると、
「終わりだ」
手で強く握り、その骨組みを歪ませた。
すると、ガストン、寒太の機体ははもはや形勢を保てなくなったか、ふらふらと揺れる。それを必死に制動しようと機械腕につけた手を強く握るも、もはやぐらりと揺れ、倒れる他はなかった。
「こんな、こんなはずは……ありえるはずはないのだ!」
寒太は、倒れた機体の上で現実を受け入れられず戦慄いていた。それに空実さんは機体から飛び降りると、その手をとった。
「ナイスファイト。その想い、確かに受け継ぐ」
寒太は、そっぽをむき、そのままそそくさと去ってしまったが、ふと見えたその口元は妙な安堵を湛えていた気がした。気のせいかもだけど。
これが、これが錆万装同士の闘い! 今回は相手のミスもあり、結果の決まりきった闘いだったけど、それでも熱く、感情をそれぞれに入れ込んでしまった。これを、いろいろな人の機体で他にも見られるなんて!
「さて、そろそろオレも準備体操でもしようかな」
英二さんが肩を回すと、近くにこの大会のスタッフが来た。しかし、その顔はどこかで見覚えがある。妙に筋張った頬、そうだ、確か城であったゆかりさんを連れ去った人だ。
「英二選手、こんなところで何を油売っているのですか」
「おお、椎じゃないか。随分と他人行儀じゃないか。元気してるか?」
それに対して、椎は髪を触り、
「今時そんな他人行儀じゃない家族の方が貴重でしょう。別居もしていますし」
と冷徹に言い放った。
けど、英二さんは気にも留めず、
「今や他にいない年下の兄妹なんだ。可愛がらせてくれよ」
そう言ってその髪を撫でた。
「しかし、確かに長居も悪いしそろそろ……」
英二さんは東に去ろうとした、しかし、すぐのその踵を返した。それを空実さんは不思議そうに見つめる。
「どうしたんだ、英二……」
英二さんの引き返した方向、そちらから走って来たのは巨大な男、それでいて厳格に見えるはずだった存在、あの時来賓席で熱烈に愛を語っていた鉄英雄だった。
「英じーん! 久々なんだからさぁ、ハグの一つや二つくらいいいんじゃないかにゃあー?」
もはや、その豪胆な姿で走る様はいわば懐いた熊のようだ。ハグをされては人間にとっては洒落にならない。
砂埃を上げ、大男二人はどこかへ去っていった。そこに、ふと顔を覗かせたのが果音さんだった。
「ありゃ、随分と騒がしいなあ」
「果音さんじゃないですか。お疲れ様です」
「いやいや、そんな。けどまあ、息抜きは必要だからね!」
わたしと彼女はそんな他愛無い会話をしていた。すると、懐から小さな影が見えた。
「あんたはキーリーさん、だっけ? あんたこそ油売ってる場合ですか楽天家め」
「どうしてさ!」
「あんたは仮にも世界栄鎮、それも世界栄鎮の親にに噛み付く立場だって聞いたからな」
「ちょっと、尹士! ごめんねキーリーさん」
その生意気にも噛みついてきた奴。果音さんの腰にしがみついて、距離はあまりに近い。こんな近くにいれるなんて。
「この人、どんな関係なんです? 果音さんと」
「ふふ、落胤♡」
「え」
わたしは一瞬凍りついた。えーっと、つまり……結婚してないとはいえ果音さんの……。
「か、かかか、か、隠し子ぉおおおー!?」
驚いて、すくんで下がってしまった。擦った足から土埃が空を舞う。
「いや、誤解しないで! 詳しく話すから! これは前のマサの奥さんの子で……」
なんだ、ちょっと落ち着いた。てっきり果音さんの子かと。アイドルの恋愛禁止の気持ちを信仰する奴のことも少しわかった気もする。
「あ、ああ、そうなんだ。ど、どんな奥さんだったの?」
「すごくわたしに似てたかな」
陛下、まさかとは思われましたが、そんな趣味を……。側から見たら変態ですよ。
「それでその人はなんかわたしのこともしばしば補助してくれたいい人だったんだけどさ」
「都合のいいことばかり捉えないでよ、ノーテンキ。親父が言うには嫌がらせばっかだったってよ」
どういうことだろうと思ったが、多分これ、果音さん本人が嫌がらせに気づいてないんだな。
「でも、急にストレスからか自害されて、悔やんでも悔やみきれない」
そういった果音は俯き、先程よりも少しだけ顔が暗くなった。けど、その瞳はすぐ前を向いた。
「けど! 彼女白万使いで、それもわたしと同じ混沌女って名前の。その白万を自分に刺したからか生まれた、いや、生まれ変わった、かな? とにかくそうなったのが、尹士なんだよ!」
「それにしては性別まで変わってんのはおかしいと思うけどな。折レは折レだ」
それを話すと、果音さんは手をそっと彼の後ろに回した。背がわたしと変わらないくらいで、ちょっと生意気でひねてるが、彼女にとってはきっと守りたい存在なんだろう。
わたしも、教義に反するからとかだけじゃなくて、きっと妹たちの、幸せのために……。
*
レア・ジェンキンスの仮作業場(こういったものは時にアトリエともいう)は、この会場の隅っこ、小さく構えられたボロ布横幕の中にあった。しかし、工具の類や、持ち出してきた備品の数々は夥しいほどであり、わずか一日で山脈のようになっていた。
その山を一つ、二つと乗り越えたのは、キーリーの妹である、アイスミッド・ウェストウッドだった。隣には眠ったままのモーンレッド・ウェストウッドを抱えて。
「やあ、レア」
「モニー! あと、アイシャ! 元気にしてた?」
そこらじゅうにネジナットの類いを散らしながらも、熱心に腕パーツの内部配線を調整している。腕のパーツだけが分離されていて、内部構造も剥き出しでもはや腕と認識することが困難なほどバラバラだ。
「すこぶる元気さ。愛せるものに心入れ込んだ君に会いに行くから、なおさらね。ところで」
アイシャは一言吐くために、一息を呑む。
「まさか、あの白万を使う気なのかい?」
対するその答えはシンプルだった。
「もちろん!」
そう言った瞬間、腕のパーツの周りをネジが蚊柱のように飛び交い、正確にパーツの一部一部にハマっていく。
「やるからには徹底的に、勝ってやるんだもん!」
振り返ったその目つきは曇りなくまっすぐだ。けど、アイシャはこの瞳とにこやかにすると共に輝くギザギザとした歯に、恐怖を端に覚えた。




