47話 箱庭の上で
「まず、今の小世界の特に近しい国の詳しい情勢について語らおうではないか」
魔王の言葉に、わたしは改めて思い出した。そうか、この辺は小世界って言われてるんだな。隣では英二さんが見かけによらず真剣に聞いている。この人はこういう人だからな。そして、見かけによっているのは空実さんだ。興奮してとにかくメモでもしようと書記を始めた。
「まず我が国、アルケーズの現状を語ろう。我が国は白万の厚遇を引き続き行なっている……。白万についてはご存知かな」
「はい! 白万という生物に関しては興味をそそられています!」
果音さんはこれを聞くと得意げな顔でそう答えた。
「生物ということまで知っているか。ふふっ、掃き溜めの中にも鶴はいるものだな」
やはり魔王はこの国を侮蔑しつつも、気持ちとしてはわたしたちに寄っているように思える。なるほど、恐ろしい存在と聞いたけど、案外話の通じる相手かも。
「小世界では争いも絶えない。我としても戦力は研究している。最近は、軍事部と共同開発し、このようなものを作った」
そうして側近の影賽が出したのは大きな板だった。その形状も相まってまるで盾のように見える。
「これは?」
「もう一つ、手の内を見せるとしよう」
そうして持ってきたのは小さな飛行機の模型だった。そして、それを盾の上に乗せると、助走をつけ、闇空に飛び立った。
「すばらしい! これで偵察や捜査などが行えるわけですね!」
「……まあそんなものだ」
コンパクトな飛行機、そんなものも開発していたらしい。これは、実際相手にしてみると厄介そうだ。空中から一方的に攻められることを想像すると、すこし冷や汗が出た。
「他にも、簡易溶接機などが最近の技術の進捗だ。しかし、我が国の現キルケーは素晴らしい。真っ直ぐに技術に取り組んでくれている。ルイボスティーを量産できるようにしたと考えた時には驚嘆したよ。さて、鉄芯華国も、何かあるか」
「はい、最近は錆万装の研究が盛んでして……そうだ! 明日は錆万装舞踏の開催日なんですよ! 一目、見てみませんか?」
それを聞き、魔王は仮面に頬杖をつく。
「それだけじゃないだろう、粋世教への対処はどうしている」
「粋世教は……私としてもいけすかない相手です」
「その言葉が聞ける……それだけで充分だ」
ふと、魔王は空を仰いだ。
「良い天気だな。闇夜に星の生死もわからぬ光が生える。ところで、ここらで雨はあるか」
「雨……ですか?」
「最近はレインメイカーがこの辺りを彷徨いていると耳にした」
「レインメイカー!」
その瞬間、果音さんの目の色が変わった。無理もない。この地域の雨は恵そのもの。日照りは行いの悪さ、雨は良い天気と言われるほどに。生憎の雨、なんてこの地域にはありえない言葉だ。
「運が良ければ、雨を降らしてくれるかもしれんな」
「すごいですねぇ。見たらタネはわかりますかねぇ」
違う、果音さんの態度は明らかに好奇心といった感じだ。その晴れやかな顔は雨がどうこうは副産物としてしか見てないように見える。この人、ほんとに三十路過ぎか?
「好奇心猫を殺す、か。しかし、三味線の流行りために猫を虐殺するが如くに勢いを増す近隣の国がある。劉喝菜国だ」
「劉喝菜国ですか。確かに私としても懸念材料です。今現在も軍としばしば衝突を起こし……」
劉喝菜国、人口は鉄芯華の10倍を超える巨大国家だ。華の意味は果音さんの家柄の苗字でしかない鉄芯華国と違い、本当の華の一族、つまり中華の、それも国連民族保護区に入れなかったあぶれものが建国した所だ。街の一つは、食い倒れ街として国外からも人気が高い。しかしなぜ今……。
「その劉喝菜国が、よく噂にも聞くメテルツベツェク国と同盟を組んだとの話だ」
メテルツベツェク、その通り噂によく聞く国だ。
噂にはその国には雪、というものが降り積もると聞く。そして、砂漠の冬よりも寒い気候をしているらしい。
そして、その周囲はその反動を受けるように、地獄のように凄惨な、酷く熱せられているらしい。それはもう、世界的にも非常に暑い地域として注目されるほどに。そんな夢物語が現実に存在しているとは思えないけどさ。
「人ごとではない話ですね、メテルツベツェク。彼の国もまた、教義に乗っ取られた国といえるでしょう。最も、あちらは本当に、宗教ではないですが」
そう呟いた果音さんは、急に思い出したかのように、自らの髪を撫でると、新たな話を切り出した。
「ところで歪鬼宿の心配はどうでしょうか。ええ、星蝕者の国です。貴方の国も、苦しめられていることでしょう」
この国にとっても、非常に重要な話を。
星蝕者にはどの国も苦しめられている。あの漆黒よりも黒い、生物とも言えないような粘体の怪物はしばしば他国にいたずらに侵蝕する。いくら蝕もうと満ちない、その恐ろしき貪食から身を守ろうとすることが、この小世界が戦乱に満ちている理由の一片を担っているといっていい。
しかし、それを聞いた魔王は口を開けた。そして、毅然として言い放つ。
「まさか、調べてすらいないとはな。貴公の弟であれば、嫌と言うほど身に染みているだろうに。我と歪鬼宿は、同盟を組んでいる」
その瞬間、ぞっとするほどの静寂が走った。そのほとんどは、理解の困難のためだった。まさか! あの生物とも思えぬ黒き塊はどう見ても意思を持っているようには思えなかった。侵略そのものしかいえない存在と同盟を組むなんて!
「浅学で、申し訳ございません……」
「いや、いい。我らの傘下に降れば、必然危機は去るだろうが……その選択は我にとってもとても不快だ」
夜もふけだし、星々がこちらを見つめる。星の光は何光年も先から届くという。そんな遠くから来た光が、この国の運命を決める会談をを彩っている。そんな中、先ほどの言葉の端に、果音さんは引っかかったらしい。
「不快とは、一体何故でしょうか」
魔王はそれに答える。
「何者かに誇りもなく降り、結果今までついてきた者は信頼を裏切られ、何も成せなかったことに自らを呪うのは……あまりにも辛いだろう?」
魔王はうつむき、その指は頭を隅をかいた。そして、果音さんをしっかりと見つめ直した。
「我のルーツを語ろうか。我が心を今も動かす、魔王の話だ」
物語を語ってくれそうな様に空実さんは気を緩め、肩を落としかけたが、すぐに気をつけをやり直した。そして、魔王は語り出す。
――
むかしむかし、世界を支配しようとする魔王がいた。魔王は、世界を敵に回し、数々の国を侵略していった。
しかし、ツケは回るもの。反撃に出た勇敢な軍によって巻き返され、今や魔王の持つ土地はごくわずかになってしまった。侵略に勤しんでいた魔王は遠くの土地でそれを知った。そして、今やその魔王は勇敢なる軍勢に袋の鼠にされていた。
しかし、魔王は未来を考えていた。この土地は我が国を維持するのにあまりに重要な土地だ。絶対に落としてはならない。そう思った魔王は伝達をした。我自らが犠牲になる。我が囮としての役目を遂行した後こそ、捲土重来の時だ。そうして、魔王は最後の戦いに赴き、まさに恐ろしきほどの力で抵抗した。そして、命を落としたのだった。
死に伏す中、消えゆく意識、魔王はきっと満足だっただろう。きっと、こうすることで我が国は強くならずとも、独立した力を持つ国として続いていけるだろう、そのための希望を繋いだのだ、と。
しかし、その望みを受けた将は、戦わなかった。ただ、死地を抜けると、自らが指導者の立場につき、降伏をしたのだった。理由はごく単純だろう。争いは良くないことだ、それは魔王もきっと何処かでわかっていたはずだ、という理由だろう。民を守るのに国にこだわる必要はないと考えたのだろう。
しかし、魔王は命途切れ、霧のように消える時、これを知ってしまった。これを知った魔王は将のあまりに脆弱な意志、臆病さに酷く絶望した。そして、怒りに打ち震え、また新たに肉体を作り出した。そして、もはや形も無くなった元の場所に向かった。
民は結果的に苦しい思いをした。降参は実質の権利の放棄。民は勝者の法の下にむしられていた。
しかし、それはいまやすべて終わった。魔王が全てを滅ぼしたからだ。魔王はもはや止まらない。すべての恨みを晴らすまで、すべての国を滅するまで……。
――
「という話だ。何か思う所はあるか」
一つの物語の聞くうちに、空気はしんとしていた。そして、感想は果音さんから述べられた。
「……馬鹿じゃないですか?」
「……何……だと?」
その反応は相手にとってあまりに予想していなかったようだ。
「だって! もうすでに追い詰められているんですよ! この魔王の軍の規模はわかりませんが、この状態で死地に挑もうものなら今よりもひどいことになるかもしれません! それを逃げたことを逆恨みして、死んだ後も死に切れないとか、馬鹿みたいじゃないですか?」
ああ、果音さん! それは明らかにダメだよ! けど、魔王は好きなものを愚弄された怒りか肘を震わせたが、すぐにそれを抑えた。
「ああ、そう見えるか」
「そうですよ! 酩歩さん! 貴方のような聡明な方がそんな方には見えません! 白万だって、いい文化です! ただ殺すために作られた無機的なものではなく、日々に役立つ有機の白万は、良い文化です」
魔王は首を硬らせた。仮面の下がどうなっているかはわからないが、喜ばしいと思っていないことだけは確かだろう。さっきのは明らかに果音さんのポカだ。けど、改めて何が気に障ったんだ!
「それに、ほら、私も白万使いなんですよ。ほら!」
そうして果音さんはむくむくとその腕を膨らませてみせた。巨大な肉塊は不気味に樹木のように立ちあがり、空気を大きく熱した。魔王はそれに素早く立ち上がり、手を足下に向け、何かを出した。
「殺す!」
あまりに強い一言。次の瞬間、果音さんの首には刀が触れていた。あまりに鋭い一閃。しかし、その首が飛ばなかったのはいままでじっとしていただけで、話にも絡まなかった英二さんが、持っていた巨大な串槍を姉王を傷つけないよう逆さに持ち、素早く刀に引っ掛けたからに他ならない。これに、空実さんは衝撃的なものを見たような唖然とした態度を隠せない。
「いや、そんなまさかこんなことが!」
「警戒しておいてよかったぜ。うちの果音さんに、手出しはさせねえよ!」
槍にかかった刀は、競り合い、弾き返された。しかし、よく見ると串槍の方にも深めの傷がついている。
「今のうちに逃げるぞ果音さん! お前らも! もう話の通じる状態じゃない!」
皆果音さんの身を守るよう傍を固めながら、を 素早く去り、わたしもそれに習うようにして逃げの姿勢をとる。結局こんなことになるなんて、相手も短絡的だけど、果音さんも大概だ! とにかく、被害の出ないように……。
ふとわたしを影が覆った。わたしの背よりは高い魔王は、まさかのわたしの真横を走り、立ち塞がった。前からは英二さんが走り帰る。
「桐の字!」
果音さんたちのことの都合、逃げるわけにもいかない。わたしは警戒しながらも、腰からトンファーを抜いた。
しかし、魔王はこれを脅威とも思わずか、わたしを一瞥すると、こちらの虹彩をじっと見つめた。
けど、警戒は解けない。だけど、どうしても相手のその様には油断を誘われる。次の瞬間、わたしのその顎には魔王の手が添えられそっと、珠でも磨くように撫でられた。そして、魔王酩歩は一言。
「また、会えるといいな。ウェストウッド家の希望の星の、キーリー!」
それは、こちらを嘲笑うか、はたまたからかっているのか、そんなふうに聞こえた。
「皆のもの、帰還せよ」
そして、魔王は配下の者に命令を下す。
「しゃあないな。じゃあな! 鉄芯華の阿呆ども!」
知っている顔、影賽もこう捨て台詞を残したが、わたしにはぎりぎりまで目を背けなかった。それは、どうにも名残惜しそうにも見える。
英二さんは、ようやくわたしの傍に追いついたみたいだ。
「桐の字! なんともないか!」
「ダメじゃないか……護衛が護衛を護衛しちゃあ」
「果音さんについて行ってないことが心配か? あの人は……まあ大丈夫だろ。自前の戦闘力がないわけではないし、なにより思った以上に芯の強い人だ」
そうかもしれない。果音さんに何かあるとすれば、実力で上回るか、それとも実力度外視の闇討ちしかない。後者ともなれば、英二さんがいてもどうにかなるものか、といったとこだろう。
魔王酩歩、どのような存在なのかは底の知れない。しかし、わたしは最後別れる時、何か思うものがあった。その吐息、手の鍛えられているながらも感じる繊細さ、そして、よく聞くとやはり感じる声の麗しさ。細かな要素を辿ると、どうしても魔王という恐ろしき存在であるはずの酩歩に女性的なイメージを抱いてしまう。もし、そうであるとすれば、なおさら底の知れない。そして、わたしのことを希望の星と言った……。一体魔王、いや、仮定だけどあえて、彼女は何を思い、何を目論んでいるんだ?
これで一区切り。
徐々に話のストックが無くなってきたので溜め期間……。




