44話 それぞれの真実
「使えるって何がだよ!」
わたしは、まだアイシャの悪巧みの理由がわからなかった。
「まあ、見てみてよ」
アイシャは、ウォルフラムに顔を寄せ、急にシャツの胸元を掴み、それを使って仰ぎ始めた。
「あー、暑いねぇ」
彼は目を逸らしたが、その彼の目をじっとみて話を続ける。
「ねぇ、ウォルフラムさーん? 最近はさぁ、教会の教え以外で何かハマってるものとかあるかい?」
「いや、その、えっとですね……」
ウォルフラムは落ち着きがみられず、ソワソワとしているようだった。
するとアイシャ、彼女は義手で真ん中に据えてあった伝票入れをいじる。それは子供があの竹筒のような形を気になるように。
「へぇ、やっぱり、トマトとレタスのサンドイッチなんて草食なもの食べてるんだ」
ウォルフは、キョロキョロと見渡して、ジョニーの方を見た。
「ああ、それ、俺のだわ。というか、こいつはミルクしか頼んでない」
ジョニーは片手を上げ首を突っ込んだ。予想を裏切られた、いや予想以上の引っ込みがちなウォルフに、アイシャは刹那苦い顔をした。
そして、またポーカーが始まった。最初の番はモニーが10、アイシャが20、ディーラーボタンの影響で賭け、手番が回る。そのまま手番が終わる頃には、みな20を賭けていた。これでわたしはもう賭けられない。心配してアイシャが問いかける。
「キーリー!」
「大丈夫だ、勝てよ」
次の番、カードが開けられる。♦︎の6、♦︎の8、❤︎のKだった。手番が回り、モニーはなにかわからずパスだが、アイシャは違った。
「ベット、40!」
まさかの声にジョニーは、
「随分とやるようじゃないか。だが、ふつふつと湧き上がる高ぶりはこっちも不変だ! コール!」
と、賭けをした。
ウォルフラムはジョニーに目配せし、降りようとカードを伏せる、しかし、アイシャは彼の首に手を伸ばしてかけると、カードがわかってしまうんじゃ、というくらいに顔を近寄せ、吐息を吹きかけた。
急な彼女の行動に、正気を失ったか、ウォルフラムは降りるのをやめて、
「コ、コール!」
と、賭けをした。モニーはアイシャに耳打ちされ降りた。
次のカード公開、♠︎の10! これは全員チェックだ。
そして、最後のカード! ♠︎の9! これでストレートの可能性が少し上がった。今のわたしの手札は♠︎の3と❤︎の6、ペアは成立してるけど……正攻法で勝つのは無理かな……。あとは、皆に賭けるしかない。
「さらに20、ベットだっ!」
まさか、そんな、賭けにしては厳しすぎないか、実質オールインみたいなものだ、無謀が過ぎる。
「なるほど、受けてやろうじゃないか」
ジョニーは自信を持ってこちらを見つめた。その横でまごまごとしているのはウォルフラムだ。それを好機と見たか、アイシャが一押し加える。
「ウォルフラムさん?」
「え、え、は」
「確かさ、昔ラミィに聞いたんだ。夢があって、世界の子供たちがこういったゲームをできるくらいに余裕を持たせてあげたいって。そういった福祉、どれだけうまくいってる?」
これを聞いたウォルフラムは俯いて、ぼそぼそと。
「……てない」
「え?」
「実は、あれ以降何もできてない……んです」
「え?」
この聞き返すような返答を聞き、心の器が壊されてしまいそうなほど追い詰められたウォルフに代わりジョニーが、
「ああ、偽りなく言おう、この輩はそんな目標、ろくに進めちゃあいない。所詮、ムジナのカワサンヨーってやつだ」
と、代弁する。
これを聞いたウォルフラムは冷や汗かきますますしぼみ、
「フォールドです……」
あっさり降りてしまった。
「どうした、ウォルフらしくもない。賭け続けて途中で降りるのはよほどの緊急事態以外避けた方がいい悪手だ。さぁ、見せようじゃないか、手を!」
ジョニーとアイシャは手を見せる。ジョニーは♣︎の9と♣︎の7、ストレート。一方、アイシャは♦︎のAと、♦︎の7。ストレート、だけども!
「確か、昔言ってたよね、同じ役ならば上の数字のスートが強い方がいいって!」
「なるほど、よく覚えてたな」
そう、ジョニーの持ち札9と7は♣︎、♠︎や♦︎よりは強くない。そして7が♦︎のアイシャの方が役は強い!
これで、アイシャのチップは260、勢いに乗っていたジョニーは140だ。油断できないとはいえ、逆転した。しかし、まあ、わたしはもうチップもないのでおしまいだ。
しかし、好風は吹いてきた。これはいけるかもしれない!
*
これ以降、アイシャとモニーの有利な状況は依然続いた。
「ここで、降りようモニー!」
「うん、わかった」
お互いフォールドし、ジョニーが一人残った。ジョニーは自らのカードを覗く。
「4枚までめくってこの手札なら、悦に浸れると思ったんだけどな」
ジョニーの公開した手札、場と合わせると、フラッシュが成立していた。こちらは皆、これより強い役ではない。つまり、モニーたちは降りれるべきな場面で降りれたことになる。
「すごい、アイシャ! こんなに有利になるなんて!」
「いや、まだ油断できないよ」
ジョニーの目も、こちらの腹の中を探るため本気だ。今のモニーは220、アイシャは120のチップを持っている。ここからは、一瞬の油断が命取りだ。
カードが配られた時、ふとアイシャが口火を切った。
「なぁ、ジョニキ」
「なんだ?」
「モニー、いや、モーンレッドというのは、どんな人なりだったんだ?」
「ビデオレターだけじゃ信用はないか?」
「本心を、知りたい」
すると、ジョニーは手を膝につけ、ためらいの後、口を開いた。
「天邪鬼、かな」
「そんなのは知ってる。悪魔の代弁者と、呼ばれるくらいに」
「だけどな、冷静に考えてほしい。本物の悪魔はその代弁者になれないんだ。理由は至極単純、悪魔は堕落させようとするからだ」
「つまり?」
「画面の向こうのモニーは灰髪の悪魔なんて言われるほど、リアリストで、冷徹に見えたかもしれない。けど、その実心に秘めた熱に蓋をして、冷えた風を演じ続けていた、天邪鬼、だと思った」
サンドイッチを頬張りながらもなおもジョニーは話し続ける。行儀悪いなとは思ったけどな。
「実際、あの家って、女社会だろ? だから、モニーは男になる、とか言い出して男装したりとかしたんだよな。けど、それも組織が腐敗しない為、感情を抑えて自ら役を買って出たんだ。彼女は、本当に家族を思った存在だよ。そして、今も」
そうだ、アイシャも知っているはずだ。モニーは今もあの頃のままここにいる。ただ、それがアイシャとすれ違い続けているだけだ。
「さて、もう俺のチップもなんとか維持しているとはいえ80まで毟られてしまったわけだが、生憎敗北の酒は、うまくないんでね!」
今回の賭け始めはジョニー。そしてウォルフも80のチップから20のチップを出した。そして、最終的に全員が賭け続けてこの番は終わりだ。
カードが公開される。❤︎の4、♦︎の4、♠︎のJだ。これだけでペアが成立している。
「ベット20だ!」
ジョニーはこんな中でも強めに攻めている。こんなことをするのも、よほどいい手札か、勝負師の勘か、だろう。
「レイズ、40」
しかし、ウォルフも容赦しない、これは協力戦だってのに、これだ。もしかしたら、慣れない環境で混乱しているのかもしれない。モニーは威圧されたか、自分で降りた。
そして、アイシャは、
「降りる!」
意志を持って降りた。
これにジョニーは怪訝な視線を向ける。そして、机を上から覗き込んだ。どうしたんだろう。
最後の手札の公開の時になった。見せたジョニーの手札は、♣︎の4、♠︎の4だ。最初の3枚とは、フォーカードを構築している。しかし、その顔はあまり嬉しくないように見えた。
そして、ジョニーは机の上に手をやると、伝票入れをひっくり返し、
「凍てつく真似しやがって」
こちらに向けてその伝票入れの穴を見せた。
「この真実を映す写像はなんだ?」
これは、鏡? 底に鏡がついている。
「ケイオスの時、こんなものは存在していなかった。しかし、おそらくはアイシャが、世を乱すようにこの写像を仕込んだ。全く度し難い」
そうか、つまりこれはイカサマだ。配った時にこの上で配られたカードが反射して見えるように細工してたのか。それに、刺さっている伝票が邪魔で向こう岸からは見えにくい。アイシャ、そんなことしなくても……。
「白けたな。もはや勝負師失格。この勝負も禁呪を犯したものには相応の対応、強制敗北すら俺の白万には通るぞ」
ジョニーは自分の白万、トランプに向けて語りかけた。しかし、それをアイシャは身を乗り出し手を掴み引き止める。
「頼む、あたしは失格だ。擁護の余地もない。けど、モニー。彼女はあたしにそそのかされただけなんだ。彼女に今一度、チャンスをくれ!」
その思いの必死さに、ジョニーは目を見て気付いたみたいだ。彼は手を叩くと、
「この誘い、俺は享受させてもらおう。わずかなチップでの勝負、燃えるじゃないか」
そうやって、この願いを受け入れた。
しかし、わたしの心は穏やかではなかった。相手するのは、モニーだぞ? しかも聡明な夜のモニーじゃなく、今のモニーだぞ? 不安の霧にわたしの心臓は締められる思いだった。
「大丈夫だ。モニーを信じてくれ」
カードが配られる。そして、モニーが20チップを賭け、全員でそれに乗る。これで、ウォルフのチップはゼロだ。しかし、手札は皆上々のようだ。
次に、場が3枚捲られる。♠︎の7、❤︎の8、❤︎のA。モニーが180賭ければ、ジョニーもオールイン状態になる。自分が強い手札なら、これで相手を確実に降ろせる。こうなると、チップ数だけでも大幅に有利なことがわかる。しかし、だ。
「たーんをわたすよ」
モニーが選んだのはチェックだった。ターンをそのまま、渡すというのだ。
「まだ、混沌の内だ。様子を見るか」
ジョニーもチェックのため机を軽く叩く。
新たなカードが捲られる。♦︎のA。これでワンペアは捲られたカードだけで確実だ。その役からスリーカードやツーペアなどの派生にも繋がる。
「このままでいい」
モニーはまたチェックだ。義手の左とそうでない右手で、カードをしっかりホールドしている。
「試してみるか、ベット、40だ」
挑発のように大金を賭ける。モニーの選択は。
「こーる、かな」
これにゾッとしたような表情を見せたのはジョニーだ。彼の額の冷や汗からもそれが伝わる。
最後のカード。♣︎のJ。
「ぱす」
モニーのその行動は、ジョニーの認識をさらに乱した。もはや、顔には興奮の赤みすら見られた。
「落ち着け、落ち着くんだジョニー! モニーはきっと無意味なことをしているんだ。今の彼女にそんな判断はできるはずない。しかし、本当に罠か? 相手は本当に勝てないんじゃないか? 勝てないなんて猿でもわかる。だからそうして……」
頭をフル回転させるために、手札をパチパチと小気味よく鳴らし、その2枚に額を近づけている。どうなんだ、どうなんだモニー、本当のところは!
「やってやろうじゃないかこの愚妹! 140枚、全賭けだ!」
ジョニーは力強くチップを机に叩きつけた。相手は完全に乗ってくれた。しかし、モニーのその顔からは動揺の『ど』の字も伺えない。しかし、それでもわたしには勝てるビジョンが見えなかった。ジョニーの言う通り、そこまで考えているはずがない、そう考えずにはいられなかった。
2人がカードが公開する。息を強く飲む。心臓は強大な酸素の塊が詰まったかのように、苦しくなる。見せられたカードは、ウォルフが♣︎の2と♠︎の2、とジョニーが❤︎の10と♣︎のA。対するモニーは……❤︎の9と♦︎の10だった。
「ストレートだっ!」
アイシャの言う通り、これはAのスリーカードや2のペアなんかより強い、7、8、9、10、J、ストレートに違いない。これは、つまり、
「勝った……勝ったぞ!」
ということだ。
「モニー、勝因は?」
アイシャが問いかけると、
「なに、かったの」
ととぼけていた。しかし、空な目の色を見るに、どうやら本当に無策らしい。アイシャは勝利に酔い、ジョニー、ではなくウォルフの肩に身を寄せ、ジョニーの方向いて捲し立てる。
「ほら、ジョニキ、あたしたちの勝利だ! 何か情報を吐いてもらおうじゃないか。さて、何がいいか。あたしとしては、このウェストウッド家の重要機密を一つ、探らせてくれるとか……」
ウォルフの少し身を捩る様には落ち着きが見られず、目もどこか遠くを見つめていたが、緊張している中、一言呟いた。
「ジョニー、まだチップあるでしょう? うああ……」
そういうとウォルフは突然気絶してしまった。どうしたんだろう、そんな緊張することだったかな。いや、そうじゃない。まだチップがある、それはどういうことだ!
ジョニーの手元を見る。足元から出してきたのはなんとチップ数枚だった。まだ、チップを隠し持っていたんだ!
「いや、しかし、なんで」
「タネあかしといこうか。実はこの賭けは『続き』なんだ」
「つづ……き?」
「チップが均衡を保つよう頑張ろうと、ウォルフと睦むための道楽だった。はじまりに一人、今はいないがサクラを使って調整をしてな。そして、最後にこちらが少しだけ多くなるようにあえてしていた。この禁忌を行えるように」
「そんな……真剣勝負だぞ!」
わたしは、彼に怒りを覚えた。自分ではイカサマを注意しておいて、こんなイカサマに手を出すなど!
「真剣勝負だからこそだよ。ここはカジノじゃない。あくまでも公の場だ。いくら汚い手を使おうと問題ない! それに、これも厳密にはイカサマじゃない。情報の誤伝達にすぎない」
「だけど! まだ勝負は終わってないってことだろ!? モニー、やるぞ。こっちがすごい有利だ!」
モニーの方を見るが、もう興味を示さないのか、カードをぐしゃぐしゃに混ぜていた。しかし、また伝えればいい。あと一回、そうとは言わずとももう少しで終わる。この勝負、相手には後がないはずだ!
「確かにな、こっちがとても不利だ。だから俺は更なる禁忌に手を染める。8切り!」
すると、彼は肩にかけたカバンからから新たなカードを引き抜くと、なんと、それで先ほどまで使っていたカードを裂いてしまった。固そうなカードを、同じ材質に見えるもので切ったんだ。
空気の変容に驚いたのはわたしたちだけじゃない。後ろにいて白万の情報を無言でメモしていた東老も、これには驚いたみたいだ。
「バカな、白万の契約破棄じゃと? そんなことをすればどうなるかわかってやったのか! 祟られるぞ!」
「やってみないことにはわからない。それが真の勝負師さ」
その時、店のドアを突き破り、何かが突っ込んできた。トラックか何かと思えば、それは何とトロッコだった。そのトロッコがこの席の前に急ブレーキを掛けると、ジョニーはウォルフを放り投げ、自分も車体を跨ぎ、素早く乗り込み、瞬く間に去っていった。最後にはこちらに手を振って。
「さらばだ、ウェストウッド家の息女諸君! またあおー!」
後始末はどうするんだ。残されたわたしはただ、呆然とするしかできなかった。
「……空っ風めー!」
わたしは、空いた穴に向けて思い切り舌ベロを出した。
*
一泡ふかされた悔しい思いを胸に、足元をふらつかせながらわたしは帰り道を歩んでいた。
なんで、わたしはこんなにもゲームが弱いのか、思えばパイパーのときもそうだった。あれもイカサマ込みとはいえ、ボロ負けだったなあ。
家の扉に触れるとパイパーがちょうど家の鍵を開けるため、鍵穴に鍵を差し込む。あまりに気が立っていて、気づかなかった。
「おお、帰ってきたのかパイパー」
「何がおおっ、なの、おっかしー」
手を口に添え、こちらをからかう姿も、もはや慣れっこだ。けど、最近は特に上機嫌に感じる。
「何か、いいことでもあったのか?」
「そりゃあ、リクリッサのいな……」
「それ以外にもあるだろ?」
すると、彼女は目線を逸らす。その顔は、子供であることを加味しても、どこか赤く感じた。
「実はさぁ、最近、ちょっと、学校がさ……楽しくて……。最初こそ猿と同じって見下してたけど……。意外と話のわかるやつらばかりでさ……」
「……そうか!」
わたしは自分のことでもないのに、彼女の適応を誇らしげに思い、胸を張った。
おまけ
サンドイッチ店店主「はいこれお連れの方の損害賠償ね」
とてつもない金額
桐の字「ほげっ」
氷中「とりあえずウェストヒッポにつけとこう……モニーならそうするから」
桐の字「なんか癪ー」




