42話 わたしの 好きな あなたへ
4年前……
「おっ、なんかいい雰囲気ぃ?」
放課後の校門前。ミラは今、待たされていた彼女を影からからかった。マルファは同じ壁の影から、じっと彼女を見つめている。
「ラミィは、見る目がないからな。心配だ」
わたしは、マルファのこの言葉の意味を、なんとなく翻訳した。意味としては、ラミィはなにか情熱的なことになると、相手の悪さを見失いがち、と言いたいのだろう。
うちは女子校だ。つまり、わざわざ別の学校から来てそこに立っていたのは、赤みがかった茶色髪に、なかなか鍛えてある体とは反する可愛らしい顔つきの少年だった。しかし、ミラ曰く、彼はラミィより年下だと言う。そんな彼が、気恥ずかしくも、勇気を出して一言放った。
「好きです。付き合ってほしいっす!」
わたしは経験していたが、ラミィは、今まで、こういった経験を知らない。しかも、決して美人でないと言うわけではないが、少々人の選ぶ見た目からか、一目惚れからも縁遠い。そんな初心さからか、ちょっと気圧されたけど、
「どういうところが?」
と、話を続けることができた。
「おっ、よしよし、いい感じジャーン」
ミラがにやりと口角を上げた。この手紙を知るが早く、わたしたちに伝えた彼女としても、同級生の妹がモテるのは嬉しい思いなんだろう。
「昔から、ラミエリー先輩、いやラミエリーちゃんには、何度も遊んでもらってたっす。オレには、オレには遊べる兄弟がいなかったから。子供の頃にラミエリーちゃんがいたから、今のオレがあるようなもんなんすよ。あなたの人への優しさ、目標に向かって一生懸命なところ。燃えるような情熱で人の事も自分のように思い、協力し、そして、へこたれてたら叱咤して背を押してくれるような、そんな所が好きっす。よければ、よければ、オレと、相棒として過ごしてくれませんか?」
彼の話は、なんとかまとめたと言うみたいで、所々詰まっていた。けど、だからこそ、本当に芯から愛していそうだった。そんな彼に、ラミィは問いかける。
「じゃあさ、君、将来の夢ってあるかい?」
「はいっす! オレはウェストヒッポで仕事させてもらうのが夢っす!」
「どういう仕事に就きたい?」
「そりゃあ、まあ安定したポストっすね」
それを聞き、ラミィは笑顔のまま、ちょっと首をかしげた。その行動には、返答への納得のいかなさが伝わる。
「うん、気持ちはうれしいんだけどね。ごめんね」
やはり。ラミィはそう言い放つと、ゆっくりと歩き去ってしまった。相手が、本当に大切に思ってるから、彼女の自由のため追ってこない。そんな思いを利用していて、わざとか否か、ちょっとずるいと思った。
「待って!」
「何?」
呼び止めにラミィは立ち止まる。返事したその声は決して不機嫌ではなかった。
「それだけじゃ……ないっすよね?」
カマをかけたか、本当に鋭いのか、少年はそう質問した。そうだ、わたしは知っている。ラミィには断らなくてはいけない理由がまだあることを。
「そうだね……」
ラミィは、想いを乗せた相手にとって、重い圧となる言葉を返した。
「好きな人がいるんだ。……昔からさ」
そういって彼女は、いつも通りの帰路についたのだった。
*
わたしたちはあの後、ラミィを追いかけた。告白とかの思いもなく、姉妹の関係だから、ああいった遠慮はしなかった。
「なんでさー! 正直に言っちゃうけど、ラミィのことあんなに思ってくれる人、そうそういないよ?」
ミラは将来を心配したのかもしれないけど、ラミィはそんなにモテないんだから妥協しときなって風に、ちょっと嫌味ったらしく聞こえた。
「価値観を押し付ける相手は苦手だ。妥当だろう」
マルファのその言葉が、何を、誰を指しているのか、一瞬わからなかった。マルファにはこういうところがある。
すると、ラミィが振り返り、
「ミラと喧嘩するのもそのくらいにしときなよ、マルファ」
と、補足した。マルファも、反論はなかった。なる、これはミラに対して言ってたんだな。
「ミラ、そうかもしれないけど、わたしは、堅実な夢も悪くはないけどさ、もっと、大きな夢を応援したいんだ」
見ればラミィの帰路は、わざわざ遠回りになっていた。そして、その理由は明確だった。彼女は、そばを通りかかった教会の前で止まり、その扉を開ける。中には、バイブルを読む軟弱そうだけど真面目そうな牧師がいた。彼は、軽く会釈をして、目配せした。
「こんにちは、グナイゼナウ牧師!」
「こんにちは、今日もご加護のあらんことを」
彼へのラミィの目線は熱く、足元を見ても落ち着きなく動かしていた。彼女と彼との因縁は、さらに3年前に遡る……。
*
この教会、ゼノン支部・グナイゼナウ教会の牧師の子、ウォルフラム・グナイゼナウは決して主張する性格じゃなかった。けど、ただ一つ主張することがあった。ボードゲーム等のアナログゲームの類いだった。
教会の教えで、賭け事はむやみにすべきでないとはよく言われるけど、彼はこのことに関しては絶対に譲れず、そう言ったアナログゲームで遊んでいる光景をわたしもよく見かけた。
特に、ラミィの父親違いの兄、ジョニー・フライデイとは、長きにわたる遊び友達だった。彼らがチェスのような実力で戦うゲームをすると、いつも白熱し、パーティでするようなゲームなら、その展開に一喜一憂をしていたらしい。
その様子を、わたしがどう思っていたかというと、正直気に入らなかった。牧師は、神父ほど厳重な役職でないにしろ、求道の義務をほっぽり出して、賭け事に熱な様に、いつも教会に通っていたわたしは、心中穏やかではない思いだった。
とにかく、ジョニー・フライデイと仲の良かったことは事実。そうなると、必然ジョニーの姉妹たちとの交流も、なくはなかった。特に、モニーはかなり筋がよく、対面ではよくギリギリの闘いを繰り広げたという。そのためか、ウォルフラムも彼女には気引きせず、対等に接せた、と、あの頃のモニーは言っていた。
こうなると、黙っていられないのがラミィだ。彼女は、とにかく人懐っこく、人と共にいるのが好きな子だった。モニーに仲の良い相手がいると聞き、それが町の牧師と聞くと、彼のところによく行くようになった。多分、下心なしの仲良くなりたい思いだろう。わたしも、教会にはよく行くので、教会に行くときは彼女について行くこともあった。
そんなある日。ジョニーはウォルフラムとボードゲーム会を行うことになった。ジョニーにかかれば、人数はその気になれば集められそうだったが、なぜかわたしが引っ張り出された。ラミィも、わたしにひっ付くようにして、一緒だった。扉を開けて、挨拶を始めると、
「こんにち……」
「こんにちは! ジョニキの計らいで、来ました!」
先にラミィに挨拶をされてしまった。そして、ボードゲームのコンポーネント、要は付属物を触るウォルフラムの顔を、急に覗き込んだ。
「何見てるんですか? ちょっと、興味があります」
彼は、あまりの突然さに、呆然として、目を逸らした。
しばらく後、ボードゲームが始まった。どんなゲームだったか? 確か、カードを出していくゲームだったんだけど、名前までは覚えてない。外見を見れば、思い出せるとは思うけど。
しかし、ラミィが肩を寄せている、牧師ウォルフラムは噂に聞いたほどのものには見えなかった。出すカード一枚一枚に戸惑って出しているように見えた。それはジョニーも気づいていたみたいだった。
「どうしたウォルフ、調子が悪いようだけど」
「ははは……」
ウォルフラムの笑いは乾いていた。
「けど、素人目に見たら、とってもうまく見えるよ。さっきから、ずっと有利じゃないですか。本当にすごいなぁ」
ラミィは感心したように頷くと、また、横からウォルフラムの顔を覗き込む。
「ねぇ、グナイゼナウ牧師、グナイゼナウ牧師は、何か、夢はありますか?」
一瞬身をひいたけど、ウォルフラムは、
「はい、この世に教えを広めること、これ以上のことはありませんよ」
と、定型を返した。ラミィは、膨れて露骨に不機嫌になった。
「そうじゃありません! 何か、教義とは関係なしに、成し遂げたいことはあるかって聞いてるんです!」
すると、牧師ウォルフラムは目を伏せ、小声で何やら言っていた。
「世界の……いや、なんだ。世界の子供達を、こういったゲームができる余裕があるくらいに、支援、してあげたい……」
「え? なんだって?」
それは、ジョニーには聞こえてないみたいだったけど、ラミィはどうだろう、震えているのはわかるけど。すると、彼女は、手をデンプシーロールでも行うみたいに前に構えると、興奮した様子で牧師に捲し立てた。
「すごい、すごいよグナイゼナウ牧師! そんな壮大な夢があったなんて!」
そういうとすかさず彼に抱きつくと、ゆらゆらと震わした。こんな大きな夢を語ってくれたことが、よほど、嬉しいみたいだ。
けど、ウォルフラムの方は、なーんにも反応やしなかった。なんたる朴念仁、と思ったけど、ジョニーはその様子に対し、声を発した。
「あー、やめてやってくれないかラミィ。ウォルフは、あんまり、ベタベタされるのは苦手なんだ」
ラミィが抱えている彼を見ると、気絶していた。潔癖、なんだろうか、と当時は思った。
とにかく、これがきっかけで、ラミィの彼を見る目は変わった。前以上に彼のいる教会に通い、挨拶も忘れず、教典を見るのにも熱心だった。そして、その目は尊敬だけでなく、恋と下心に満ちていたんだ。
*
そして、ついにこの日が来た。わたしも、いずれはそうなると思ってたんだ。
いつものように教会に通うと、その教壇の傍らで、ラミィがウォルフラム牧師に話しかけていた。そして、その言葉はラミィの口から出でた。
「牧師の夢を聞いて、その夢をいつまでも隣で見ていたい、そう思いました。好きです! 恋人から始めさせてください!」
勇気を出した、まっすぐな思いだった。
しかし、その思いは鋭すぎた。ウォルフラム牧師は、声も出さず、後ずさってしまった。そんなウォルフラムの返事を聞きたいか、待ちきれないのかラミィは後ろ足の彼に向かって一歩一歩近づいていく。
「どうしたんですか? やっぱり、ダメですか? 返事だけでもお願いします!」
牧師は下がりに下がり、壁まで来てしまった。そして、迫るラミィに、
「何なんですかあなたは! もう金輪際関わらないでください!」
と言い捨て、仕事も投げ出し、裏に逃げ出してしまった。
なんて非道な、とわたしも思ったけど、もっと効いていたのはラミィだ。ただ、呆然と立ち尽くす彼女は、呆けた面をしていた。本当に辛い時、最初は受け入れられないもの。わたしは、椅子に座ると、
「ラミィ……」
と、名前だけ呼んだ。これ以上の言葉を述べるなんて、残酷で出来なかった。
すると、ラミィはわたしの膝の上に、倒れかかるようにして身を寄せた。近くで見てみると、ようやく涙が出ていることに気がついた。
「キーリー、わたしって、まだ未熟なのかな。未だに切り替えられないよ。わたしだって、わたしだって、夢に向かって明るくいたい。けど、今、今だけは、ここで泣かさせて欲しい……」
啜り泣くラミィの肩をはたき、涙を受け入れるしか、わたしはしてやれなかった。




