40話 吐露――West sider――
あの日から2日、ミラが目を覚ましたと聞いた。わたしは、彼女のいる病室に向け、一目散に走り出した。
「ああっ、病院内では走らないでください!」
手を引っ掛け引き止める看護師すら、無視をして、病室の前についた。505号室。ここだ。わたしは扉を勢いよく引き開けた。
「……あ。キーリ……」
ミラは病院服を来ていたけど、思ったより元気そうだ。そして、わたしはベッドの上でこちらを向いたミラの顔めがけて強烈な平手打ちをかましてやった。小気味よいおとが静かな部屋に響く。ぶった右手には間違いなく感触が残る。それには、心から安堵した。
「ああっ、ダメです、怪我人相手に!」
看護師の驚きも気にせず、啖呵を切った。
「バカっ! みんな心配してたんだぞ!」
「ここは? あの作戦はどうなったの……?」
「ミラが倒れたから、身の安全のため、お互い休戦したんだ。あの後、ミラの血液型、ABのRH-の血を探すのは一苦労だった。けど、たまたまストックがあったために、なんとか助かったんだぞ。ミラの仲間とわたしたちの優しさに感謝してくれ!」
「そう、なんだ……」
ミラは俯くと、
「余計なことを……」
と呟いた。すかさずわたしは平手をもう一発くれてやった。
「バカっ! 反省しろ!」
「やめてください! これ以上はひっとらえますよ!」
「頼む、二人で話させてくれ!」
「今のあなたでは安心できません!」
後ろから看護師に取り押さえられても、話を止める気にはなれなかった。
「いや、いいよ、通して」
こちらをそわそわ見ながら看護師は去り、部屋は二人きりだけになった。
「ミラ、どうして、どうしたあんなことしたんだ? 話してくれ!」
わたしには、半狂乱になりながら、自傷をしてまで戦ったミラの気持ちが理解できなかった。確かに決死の思いでやらなくてはいけないこともある。けど、今回の作戦はそこまで気負いすることなんだろうか。
「……マジェストは、歪んだ結果至上主義だから。確かに彼女は我が子であるあたしたちを愛してくれている」
「いや、そんなわけ」
「わかってる、キーリーの言うことも。マジェストの愛は、本物。けど、それはモルモットを愛でるような愛だよ。いわば、愛らしい存在だけど、結果を出せなければ、猫可愛がりしてようが切り捨てる。キーリーのことは、マジェストの中でも別格みたいだけど、いつまでも特別な存在と思わない方がいい……」
「なぁ、ミラ、本当に大切なものはなんだ?」
わたしは疑問を投げかけた。何か、ミラが勘違いしていそうに聞こえたからだ。
「それは、今回の作戦を達成すること……」
「違うだろ?」
やっぱりだ。ミラはちょっとおかしいんだ。普段なら、こんな回答は出てこない。けど、わたしは信じている。ミラなら、少し刺激してやれば、本当の気持ちを吐露できると。
「家の誇りなんて関係ない。自分の矜持なんてもってのほかだ。ミラはわかっているだろ?」
ミラは一時、口を開いたままだったけど、ついにその口からは言葉が漏れた。
「家族……」
「そう、家族のみんなそのものだよ。ミラが五体満足健康そのものなのが一番だ。みんなもきっとミラを大切に思っている、いや、思わなくちゃいけない。だから、もう、あんなことをしちゃいけない」
けど、ミラはわたしから目を逸らして、呟き始めた。
「だからこそ……家族の思いは裏切れないよ」
「それは、自分の意見か?」
わたしの問い詰める姿勢に対して、ミラは空元気を絞り出していた。けど、辛そうなのは隠せない。
「……誓って」
「……飲み込まれるなよ」
わたしはミラにお土産の果物缶とデーツを渡すと、
「それじゃあ。元気な姿、待ってるぞ」
と言って、病室を去ろうとした。しかし、
「待って!」
ミラに呼び止められた。わたしは、振り返り彼女の目を見る。
「ねぇ、あたしたちって今はちょっと揉めてるけど、家族っしょ?」
「ああ」
「家族だからこそ、伝えておくよ。クオリア・シビリルは信用ならない。あいつはエージェントとしての柄か人殺しを楽しんでいる。現に、マルファを殺したことを嬉々として話したしさ。あいつは、お互いにとって共通の敵だ」
確かに、とどめを刺したのはクオリアさんかもしれない。けど、実際に致命の一撃を加えたのはあの彼女ヅラしてたやつじゃなかっただろうか。妙な齟齬を感じた。それに、今のわたしにはこれを批評する資格はない。
「わたしも、軍部の防衛の時とか、考えたくもないけど侵略とかの時には、人を殺して過ごしている。現に、そんな経験だってある。けど、それを見て見ぬ振りして暮らしているんだ。それよりかは、話してくれた方がよっぽど有情じゃないか。わたしが見た限り彼女は、きっと介錯をしてやっただけだ」
「それでもっ……助かる命だったでしょ……!」
「戦場ではそうもいかない。助かる命も、物資少なさに見捨てなくてはいけないことだってあるんだ」
「でもっ……!」
考えると、泣けてくる。ミラにも、こんなことまで考えさせてしまった今の状況は、わたしの心にとっても只事ではない。
「辛いんだよ戦場は。わざわざ家族ぐるみで敵対しなくても、いいじゃないか。これは、わたしとイクスマグナの問題だ」
「……わかった、帰ったらマジェストと話し合ってみる。キーリー、クオリアには気をつけてね」
ああと、わたしは、軽く頷いた。
「そうだ、これも持っていって」
ミラは、なにやら懐から何かを取り出そうとする。それは、ジャラジャラと鈴鳴るような音を立てて擦れ合い、手のひらに握られ、わたしの前で開かれた。ネジのようなものが大きく目立つ、指先程度の大きさの機械だった。
「これは?」
「キーリー、抑圧滴って、覚えてる?」
「まあ、使ったことはないけど」
抑圧滴。白万使い、力こそ素晴らしいものがあるが、場合によっては、日常で能力を暴発してしまい、余計に体力を使ってしまうこともある。そもそも、スポーツの場など人間として公正な記録を求めたい時なんかは、白万で強化した肉体は良くも悪くも不便だ。
そこで抑圧滴を飲むことで、白万としての力をほぼ無くし、本人は他の人間と変わらなくなるってウェストウッド家にいる時聞いた。例外もあるらしいけど。
「その抑圧滴を、小さく、使い回しの効くように加工したのが、この機械。名前は万脈断ちネジ!」
……なんか安直な名前な気がする。
「しかし、一体どうやって使うんだ?」
「試しにやってみようか。といっても、あたしは白万な伸手、苦手だから……ちょっと失礼」
彼女はそう言って口元を拭うと、いきなり差し出した腕の筋に噛み付いてきた。腕からは血の気が引き、気のせいか寒くなる。
「うわ、なんだよいきなり!」
あまりに突然の出来事に動揺している最中も、彼女は血を吸い続けた。
しかし、すぐにそれをやめ、口を離す。そして、指で吸い跡を拭うと、一瞬で止血された。
「こうやって、血を吸うと、ほら」
みるとミラの腕の先には、小さな縫い針が三本あった。しかし、それは赤く、マグマのような血染め色をしていて、金属の質感はまるでなかった。
「これ、引っ張ってみると、ほら、くっついているでしょ。これは、血の武装の簡易版で、こういうのは手から離しては扱えない。だから、こう!」
彼女は右手に持ったネジを手の甲に押し込むと、捩じ切ってしまいそうな勢いでネジを捻り出した。ネジは皮膚を破り、どんどん手の筋を侵略していく。わたしは思わず彼女を止めにかかる。
「うわっ、何してるんだよ!」
「大丈夫、痛くはないから」
そうは言っても、こんな痛々しそうな光景、心中は穏やかではない。
すると、どうだろうか。先程の血の針は、ふと見ぬ間に溶けてなくなってしまった。まるで、先ほどまで見ていたのは幻だったかのように。
「……手品とかじゃないよね?」
「どう? 信じてもらえた?」
確かに、こんなものは当人しか影響はわからない。いくらでも誤魔化しが効く。本当に効果を示すなら、何も知らない白万使いに使ってみるしかない……。けど、わたしはそんなことしなくても。
「……ミラを信じる」
「その気持ちだけでも、ありがたいよ」
「けど、これを作ったのは誰なんだ? 相当な技術者じゃないか」
わたしには、どうしても疑問だった。
「名前は、キーリーも聞いたことあるんじゃないかな。万脈断ちネジ、これを作ったのは、レア。稀代の技術者、レア・ジェンキンス」
レア! ミラたちと同い年の子じゃないか! しかも、昔からウェストウッド家の屋敷に暮らしていた、ちょっと変わった子だ。まさか、ここまでの技術者になっていたとは。
「そりゃあすごい! また、会える機会が会ったら会いたいな。その時は、盛大に抱きしめてやりたい気持ちだ」
「ふふっ、レアも嬉しいんじゃない」
ミラは、ネジを手の甲から引き抜いている。
わたしは、ミラとの姉妹の絆を再確認できたことに、微笑みが溢れ、そのままの顔で病室を出た。
*
病院のホールは、誰も騒ごうとするもののいない、体感気温の冷たい空間だった。それでいて、妙に湿る空気が鼻をつく。
「キーリーちゃん、ここに用事でもあったんデスか?」
席に座っていたゆかりさんと待ち合わせをしていた。
「ああ、ちょっと見舞いに……ゆかりさんの用は?」
「実は特に病院には用がなくてデスね……。キーリーちゃんに聞きたいことがあったんデス」
「話せることならなんでも聞いてくれ」
実はこの時、ちょっと覚悟はしていた。先日の夜、明かされた、ウェストウッド家が秘密技術を使い、女性同士で血を紡いでいく家系であることはまだ話していない。けど、誰かが、例えば果音さんなんかがこっそり話していたって不思議じゃない。それに、いずれは言わなくてはいけないことだ。けど、わたしは、まだ壊したくない友情への恐れに口をつぐんでいた。
「あの夜……ゆかりさんが幼児退行して迷惑かけたって本当デスか? 記憶にないんデスけど……」
安堵のため息が漏れた。なんだ、そのことか。
「うん、本当だ。大丈夫、ゆかりさんのせいじゃない」
「え、ちょっと待ってください。ってことは、キーリーちゃんどころか、あそこにいた全員に見られたってことデスよね」
「ああ」
「……どんなデシタ?」
「……端的に言うと赤ちゃんみたいだった」
すると、ゆかりさんの顔が赤くなり、見せたくないために覆う。けど、指の先からはこちらを伺う未だ不健康の影残る目が見えた。
「はぁあああああ! そんなの見られてたんデスか! 恥ずかしいったらありゃしないデスよ! キーリーちゃん、どうか、密に、密に!」
そう言ったゆかりさんは手を合わせ、お願いをしていた。
「まあ、わたしは、秘密にするけど……」
そうだ、あの話。今言わないで、いつ言うんだ。逃げてる場合じゃあ、ないだろ? 唇を弾き、言葉を紡ぐ。
「……わたしからは、秘密にしていたことを言う」
「……は?」
ゆかりさんは、不意をつかれたみたいだ。そうして、どうしていいかわからないような顔をしている。
「実は、ウェストウッド家は、その、なんだ、女性同士で結婚して、血を紡いでいく家系なんだ!」
すると、ゆかりさんは、ふと顔が緩む。難しい問題を解く時、うまく考えれば知っている情報だった時のような安心が見える。
「……っ! ああ! なるほど、そうデスか。シャハトさんは確か特例だって……」
「特例じゃないんだっ……!」
わたしは、ゆかりさんを遮ってまでそう、言い切った。ゆかりさんは、再度たじろいだ。
「ウェストウッド家の異端は、白万だけじゃない。今現在、生殖細胞を自在に作れる技術を使っている。そうして、一見不可能に見える女性のみでの家系の相続をしたから、ウェストウッド家は今もあるんだ!」
「じゃあ、ウェストウッド家が女養子ばかりとっているってのは」
「嘘。本当はほぼ全員養子という体の実の子」
「キーリーちゃんとシャハトさんが付き合ったのは」
「それは勘違いしてもらっちゃ困るな。あの頃のそれは本心だった。けど、ラミィ、彼女は、きっと、望まれない相手と結ばれたことを隠しているんだろうな」
ゆかりさんは、情報の整理に手間取っていた。あたふたとしている様子が言葉にせずともわかる。しかし、唾を飲み、ゆっくりとこちらを見据えると、
「うすうす、わかってたんデスよ。キーリーちゃんの姉妹が来るたび、あっこれはキーリーちゃんが何か隠していることがあるなって。そして、今こうやって、キーリーちゃんが話すのは、とても勇気のいることだったと思うデス。だから、ワタシにここまでの信頼をおいてくれて、嬉しいデスよ」
と、こちらを見ながら優しく微笑んだ。
「ゆかりさん……!」
わたしも、彼女に対して微笑みを返した。思ったよりわだかまりを作らなかったのは、ひとえにゆかりさんとの仲が深まっていた故だろう。いい友人を持てて、幸せに思う。
さて、話終わり、待合の椅子を見るとあの時ミラと共にいたエンブリオと魔女帽の彼女、あとヴァネッサとが、騒がないように小さな声で話していた。
「あの人……明日には退院できるみたい……」
「思わぬ泊まりになってしまいましたね、お嬢」
「ニノべーは仕事で帰ったのです。ロマーネも趣味の漫画で帰るとか言わず、見習ってほしいです」
「けど……あの人の絵……結構好きかな……」
愚痴を垂れていたヴァネッサの方なんて向けないまま、魔女帽の子が呟いていた。
黒髪のエンブリオは、ため息をつくと、
「しかし、エドウィナさんが捕まったのは痛いな」
声を落としてそう話した。
これを聞くと、魔女帽の子も心配そうに手を重ねた。
今現在、モニーたちの実母であるエドウィナ・フライデイは、国の管理の元軟禁されている。外出も監視下なら自由だし、彼女自身は、他の家族に会えないのは寂しいけど、間近でモニーやアイシャの成長を見れて嬉しいと言っていたけれど、やはり、無理をさせているのは事実だ。血にもほとんど関係のないわたしとしても、世話になった彼女にこんなことを迫るのは、心の締まるものがある。
すると、一瞬、魔女帽の少女と目があった。彼女は恥ずかしくなったみたいで、目を逸らしたものの、ゆっくりこちらを見つめ、なんとか目を見ようとする。
「決めた……!」
そして、手に持っていた杖を握りしめると、
「キ、キーリ、キーリーさん、だったよね……? あの、僕を、ちょっと、この街に、住まわせてくれる……? 協力もするから……」
と上目に懇願した。
ショックを受けていたのはエンブリオだ。顔面が氷のようになると、彼女に、
「正気ですかお嬢!? 相手は敵ですよ!?」
と、問いかける。それに対して、震えながら身を引いた彼女は、
「ごめんね……。けど、こっちの方が、勉強になりそうだから……。キーリーさんには、昔、お世話になったし……蓄えも……多少はあるから……」
と言うと、背を伸ばし、こちらにゆっくり歩み寄ってきた。そうすると、わたしたちに対し、紹介を始めた。
「キーリーさん……僕のこと、覚えてる……? 隣の人も、はじめまして……キエロ・アホカスっていいます……」
「ぷっ」
すると、どうだろう、ゆかりさんはいきなり、腿に手を叩いて、病院にもかかわらず声を出して大笑いしだしてしまった。
「はっはっは! 本当にいたんデスか! こんな名前の子が! 消えろに、アホカスだなんて! 面白すぎるデス! キーリーちゃん、あの時の噂の時は、疑って悪かったデスよ! はっは!」
「ちょっと! ゆかりさん!」
あまりに失礼な態度に、ロマーネは呆れはて、キエロを大事に思っているエンブリオは、ゆかりさんを睨みつけた。けど、意外にもキエロは冷静だった。
「いいよ……何回も言われてきたことだし……」
伏目がちながらも、彼女の覚悟は決まっているようだ。それなら、わたしも答えなくては。
「わかった、よろしく! キエロ!」
「うん……よろしく……ね……」
キエロは杖を強く握りつつも顔を上げた。その顔は、少しは緩んでいた。
エンブリオは、その様子を見て、納得のいかない様子で、わたしに対し、
「キーリー嬢、お嬢が言うにはあんたは随分と信頼のおける存在らしい。だが、もし、お嬢の思いを踏みにじるようなことがあれば、その時はどこにいても安置はないと思え」
そう、釘を刺して、孤独に去っていった。大丈夫、きっと、大丈夫だ。わたしと彼女の思いに相違のないのなら。
ミラは、少し、売店に寄ってるみたいだ。もう、こんなに歩けるようになって。
しかし、その近くの受付には、いかにも苦しそうに手を押さえた長い髪の女性の姿が見えた。周りには護衛もいたが、それらは皆女性で、心配そうに見守っている。近くの護衛が、受付に声をかけようとしたが、中心の女性は、痛々しい腕で遮り、自ら説明した。
「私から、直々にお願いします。これは、どのような症状かは、王室のかかりつけ医の診察でわかっています。この、刻印のある場所の切除、いえ、タトゥーではなく……」
「果音さん……」
わたしには分かっていた。あの日以降、立場すら気にせず、わたしにもしばしば端末を通して、あの血の刻印が痛むだの話をしてくれたが、まさか、ここまでとは。そう、その腕は目で見て明らかにおかしく、血管が妙に太く、腕全体が腫れてしまっていた。
それをふと、ミラは見つけた。そして、飛ぶように彼女に近寄ると、血の刻印のあるところを見つけて、口で吸った。
「き、貴様!」
「待って」
護衛はそれを取り押さえようとしたが、果音さんの方からそれをまた止めた。
「こうされてると、意外と気持ちいい……」
彼女の顔は爽やかになっていく。すると、刻印はついに、ゆっくり吸われて、消えた。腕の腫れも、目に見えてましになった。
「ありがとう。これで、後腐れなし、かな」
「迷惑かけましたね。これで償えたとは、到底思えませんけど」
果音さんの会釈の前に、ミラは口を拭い、一礼すると、何も買わず、歩んで病室に戻っていった。




