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ウェストウッド家に栄光あれ!――君に家督を譲りたいっ!  作者: 青瑪瑙ナマリィ
序章 この辺境の街で暮らしたいっ!
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4話 泊まりの流儀

「ゆかりさん、都合のつく時でいいんだけど、いつか、家に泊まれないか?」


 夕方ごろ、ゆかりさんが街で軽食に並んでいるのを見たわたしは、お泊まりの誘いをすることにした。もちろん、ただ泊まるだけじゃない。これは潜入調査だ。あの時、死体を運んでいたゆかりさん。それになんの意味があったのか、彼女の家には隠しておきたいことが見つかるかもしれない。それを探すためだ。それに、あの犬も不可解だ。なぜ、共犯の男は犬に感謝したのか、それにゆかりさんが犬に噛まれたという噛み跡、ゆかりさんの近くに犬の影があることは明確だった。


 ゆかりさんからの返事は慎重なものだった。


「いや、まあキーリーちゃんにそう言われましてもデスね、人を泊めるってのはちょっと抵抗あるんデスよ。悪いデスけど」


 あまり手応えがない。けれども、わたしは諦めるつもりはない。そういえばわたしのパパ、あの恰幅のいい父はたしかこう言っていた気がするな。


――


「キーリー、テフという穀物を知っているかい?」

「この辺りで昔から栽培されている穀物だよね。収穫量の効率があまりにも悪いから、うちでも植えていないのは知ってる」

「キーリー、お前は本当に勤勉だな」

「へへ、こういうのは得意でね」

「でも、実はこの穀物はすごく栄養価が高いんだ。鉄分やカルシウムが詰まったスーパーフード、それがテフ。彼らはそれを知ってか知らずか発展した現代でも育てている。それは素晴らしいことだよ。苦手なところは素直に認めて受け入れ、得意なところを活かす。この穀物を育てる人のその心は、見習わなくちゃいけないのではないかな」


――


 そうだ、ゆかりさんの良いところを活かす。となると、わたしが本心からゆかりさんをどう思っているか。そう、これだ。


「お願いしますよ、頼れる先輩!」


 この言葉に偽りはない。そして、ゆかりさんの良さだ。実際、ここまで親しみやすい人生の先輩はいない。


 すると、これにゆかりさんは気を良くしたようだった。


「せ、先輩デスかぁ!? いや〜可愛い年下を持つと困っちゃいマスねぇ!ゆかりさん、ちょっと考えてみマスよ」


 とても嬉しかったのか、にまにまと口角が上がっている。なんか、悪い人に騙されちゃいそうな人で、前日のことも、誰かにそそのかされたんじゃないかって邪推してしまう。


「そうデスね、明後日とかどうデス?」


 うん、その日なら問題ない。ここまで来たら、外泊許可を取らなくちゃな。


「お待たせしゃーした! 手持ちコンビーフです!」


軽食屋の店員はゆかりさんに四角い、角の空いた真ん中に膨らみのある紙袋を渡した。覗いてみると、中にはコンビーフがそのまま、かぶりつけるように入っている。


「いや〜これ好きなんデスよね〜」


そう言って、ゆかりさんは中身のコンビーフにかぶりつこうとした。これは看過できないな。


「ちょっと待って、ゆかりさん。何にでもいいから、感謝の気持ちは? 声に出さなくてもいいから」


 もちろん、人には信仰の自由がある。わたしに祈らない何かに祈る人もいるだろう。それはおそらく真実ではないけれど、十字教でも教派があるくらいだ、無理に改宗させるのも酷だろう。しかし、いかなる祈りも終着点は同じと解釈しているわたしにとって、何にも祈らないというのは、許せないことだ。


 ゆかりさんは、それを聞くと少したじろいだ様子で、


「そ、そうですね。では、いただきます」


と言い、その肉を食んだ。そう、それでいいんだ。


 後ろから棒で小突かれた。振り返ると、一緒に巡回をしていた伊藤がいた。わたしと比べても大きな差のない体力の男だ。流石に腕相撲ではあっちに分があるかもしれない。けれど、先日のように、持久走ではあっさりバテちゃうような人で、彼がなんで軍にいるのか疑問に思う人も多いだろう。彼はわたしにこう、甘めに警告をした。


「あんまり油売りすぎもよろしくないですぜ、桐の字」


 あの日、わたしは外泊許可を取ることができた。そうして2日後の今日、ついにゆかりさんの家に泊まることになった訳だ。もちろんだけど、これは潜入だからな、潜入。全然楽しみなんかじゃ……、いややっぱり楽しみだ。今住んでいるのは寮舎での共同生活。一人暮らしの女性の家なんて気になるに決まってる。友達の家っていうのはそれだけワクワクとドキドキの詰まったパンドラの箱だ。ゆかりさんの家、一体どんな家なんだろう。


 荷物をまとめ、ゆかりさんの家に共に向かっている。私服でゆかりさんにあった時は、


「な、なんデスか、その服……ッ! ダッセェデスよそれ!」


と、思いっきり笑われてしまった。わたしはこの服を気に入っていたので、どこがダサいか聞くと、


「何デスかそのコートなんなんデスか。赤いジャージみたいな色合いして、メチャダサな感じデスよ!」


そう、正直に言われた。ううむ、カッコいいと思ってたんだけどな。


 ゆかりさんは野暮ったいコートにマフラー、マスクまでして、極力肌を出さないような服装をしていた。いつも思っていたんだけど、どうしてこんなに肌を見せないんだろう。日に焼けたくないのか、それとも宗教的な問題か。答えはわからない。


「ここデス、ここ。このアパートデス」


そう言い、ゆかりさんは決して新しくはないアパートを指さした。しかし、この広さ。外のドアの間隔を見るだけで相当一部屋が広いアパートとよくわかる。


「広い部屋だなあ。で、実際どうなのさ、ゆかりさん。前、議員見習いしているって聞いたけど、実際そういう所って儲かってるの?」


 わたしは何気なくこう聞いた。こういう話はどうしても気になっちゃう性分だ。

 ゆかりさんが答えるには、


「そんなに儲かってないデスよ〜。公務員としては下も下デス」

「いや、でもこの部屋広いなーって」

「ああ、そういえば、キーリーちゃんは寮住みだからこの辺のことわかんないんデスね。じゃあ質問デスけど、ここの辺りはどんな場所デスか? 」


わたしは、すぐに思いついたことを反射的に話した。


「……僻地?」

「そう、それなんデスよ。この辺は僻地、つまり、火薬庫のように非常に危うい場所なんデス。他の国と争いが起きると真っ先に危ない、つまりこの辺は広い部屋でもお安い家賃なんデスよ」


 なるほどね、わたしの生まれた場所も、今住んでいる場所もそういったものとは無縁だったからわからなかった。いや、わたしのパパの家は確かだいぶ僻地だったかな。


 ゆかりさんが鍵を回す。鍵は劣化してなさそうで、するすると回った。


 扉を開け、部屋の中に入った。部屋は意外にも整理されていた。物自体は多かったが、そのほとんどが上の板に手を乗せることができるような高さの棚に収納されていた。小さな置き鏡も置いてある。ここで化粧をするのだろう。何より、この部屋には儚げな香りが空気を漂っていた。そうだよな、こういうのが女の子の部屋ってやつだよな。わたしが住む寮は、妙に殺風景で物も少なく、長らく忘れていた感触だ。



 つい一分弱前、ゆかりさんはシャワーを浴びにいった。ゆかりさんは、


「キーリーちゃんの方が汗かいてるマスよね? 先に浴びてくださいよ。」


と言ったが、わたしが、先に寮で浴びたというと、遠慮なく浴びに行ったんだ。


 今、この部屋はわたし一人だ。部屋の中の怪しいものを探すことだってできるだろう。しかし、そんなことは深夜、ゆかりさんが寝た後にもできる。それより、今、ゆかりさんとの仲を深めるためにすることはあれしかないだろう。そう、ジャパニーズバスの伝統のアレだ。わたしはゆかりさんの入っているバスルームの外で、こっそりと服を脱いだ。足の噛み跡はもう随分と治っている。さあ、突入だ。


「ゆかりさーん! お背中お流ししますぜー!」

「ひゃっ、勝手に入ってこないで、デスよ!」


 わたしは、シャワーを浴びているゆかりさんの身体を見た。濡れた髪は下ろしていて、普段の一つ結びとは印象が違う。身長は普通くらい、しかし、随分なスレンダーボディだ。しなやかな曲線を描いたその身体には、随分と似つかわしくない噛み跡がたくさんあって痛々しい。


 しかし、わたしは気づいてしまった。その身体の周りに、何かがいる。何かがゆかりさんに噛み付いている。それは手のひらほどの大きさで、頭は犬の形をしているように見えた。


「まさか、そんなことが本当に……!」


 わたしは現実を受け止められなかった。その犬には足はなく、根があり、ゆかりさんの体に根を張っていた。だけど、それは植物というよりも霊、幽霊が取り憑いているように見えたんだ。


 ゆかりさんは、噛みつかれてもせいぜい小声でイタっという程度で、すっかり慣れっこのようだった。ゆかりさんは、わたしがその犬の霊に気がついたと察すると、


「バレて……しまいましたか」


と、今までの少し変な声とは思えないほど真剣な声でつぶやいた。


「そうデスよ。ゆかりさんにはこの犬の実体を持った霊が憑いてるんデス。嫌いになりマスよね。こんな体質で……」


 随分と落ち込んでいるようだった。傷つけないようにしたい、けれど、今は少しでも力になりたい。そんな気持ちが出てきた。


「それは、いつから?」


 わたしは、聞かなければならないと思い、腐った患部を取り除くような心持ちで聞いた。ゆかりさんは、思ったよりあっさり答えた。


「あのお守りを開けた時デスよ。誰がこんなことしたかは知りませんが、この子が取り憑いてしまったんデス」

「そう……か」


 わたしは何かやるせない気持ちになった。なぜゆかりさんが厚着を常に着ていたのか、その答えは随分と辛い空想のような現実だった。


 そして、わたしは、どうしても答えを返さなくてはいけない。そう、


「でも、嫌いになんてなるわけないじゃないか。ゆかりさんはゆかりさんだ」


先程の問いへの答えを。


 布団の上、窓からこの地特有の強い日差しが差し込む。あの夜、わたしはゆかりさんの家の怪しいものを探そうとしていたはずだ。そのために、寝たふりをしようとしていたけれど、そのまま眠ってしまったらしい。


「あ、起きたんデスか、おはようございマス」


ゆかりさんは炊事をしているようだった。そうだ、そういえば今日はわたしも、ゆかりさんも休みだから安心しきれる朝日だ。しかし、あの犬のこと、わたしにはそのようなことに詳しそうな人を知っている。ゆかりさんがすがれそうな藁、なんとか考えついたものがある。


「ゆかりさん、今日予定とかはない?」

「あー、大丈夫デスけど……」

おまけ

ゆかり「そういえば『君に家督を譲りたいっ!』って、サブタイトルデスよね」

桐の字「この時点ではな」

ゆかり「で、メインタイトルが『ウェストウッド家に栄光あれ!』デス」

桐の字「ウェストウッド家っていうほど崇高なものでもないけどな」

ゆかり「長くないデス?」

桐の字「そうかも……」

ゆかり「なんか略称考えようデスよ!」

桐の字「うーん、サブタイトルから『君かと』とか?」

ゆかり「ゆかりさんは『ウェエイっ!』を推すデス」

桐の字「こ れ は ひ ど い」

『ウェエイっ!』よろしくお願いします。

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