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ウェストウッド家に栄光あれ!――君に家督を譲りたいっ!  作者: 青瑪瑙ナマリィ
第4章 魔界を廻ろうと気圧されないっ!
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39話 謝肉祭の終焉

 今の状況を理解するよりも早く、痛みが体を伝った。ミラの最後の切り札、その正体はわからない。しかし、その拳を受けた時、机椅子を薙ぎ倒しながら、床を滑った。悲鳴を上げようとするも、


「……あ」


空気が吸えず、声すら出なかった。


「水……ヨシ! さあ、膨らみなさい! フレッシュ・ウォール!」


 後頭部の衝撃。しかし、それほど痛くない。振り向けばそこには巨大でグロテスクに赤い肉の塊が蠢いていた。


「うわっ!」

「よかった、怪我はない?」


 その肉に付属していたのは果音さんその人だった。まったく、驚かされたよ。


「ああ、大丈夫。っ……! また来る!」


 風を切り、全力で突進してきたミラ。その様子は、滑空する吸血鬼の如く、恐ろしく勢い込んで見えた。


「任せて、フレッシュ・ドーム!」


 すると、肉壁は人一人分くらいにちぎれると、空に飛びミラを大波のようにして飲み込んでしまった。もっとも、大波などあまり見たこともない伝説の存在だけど。


「ああっ、ミラ!」

「これで、しばらくは大丈夫のはず」


 果音さんは、そのドームに目を向けたままパイパーの喉を撫でた。もう、だいぶ治っていて、その治り口は大変きれいだ。


 果音さんはわたしに目くばせをするため、振り返ろうとする。しかし、それは中断された。なぜだろうと考えたけど、目の前を見て、察した。


「あ、こんにちは。ようやっとりますか?」


 そこにいたのは、ニノベー・ビショップだった。彼女はのんきに、慌てない口調でわたしたちに、話しかけてきたんだ。


「あ、ようやっとります……」


 果音さんと二人でそう快く返事はしたが、心の内には邪な心があった。


「ちょっと失礼、レイ・ジ・アーム!」


 果音さんは、早速行動に移した。肉壁がしゅるしゅると薮の蛇のように細まると、腕のような組織になった。そして、ニノベーの腰に手をやって、力を入れる。


「なるほど、同類ね」


 しかし、その少女は微動しかしなかった。多少は持ち上がったが、すぐに床についてしまう。やがて、果音さんは別の方法を考えたみたいだ。


「ごめん、ちょっと痛くするよ! ステーキハンマー!」


 持ち上げていたその腕は元に引っ込むと、こんどは元の肉の塊ごとニノベーに近づく。そして、肉が飛び出ると軽いジャブをした。


「痛っ、お姉さん、乱暴はよくないわー。うちも激おこやでー」


 ニノベーは、両腕を上げ、怒ったようなジェスチャーだ。しかし、根が柔らかいからか、あまり怒った感じがしない。完全に冗談みたいだ。しかし、すぐにまたジャブをすると、彼女に何発も肉弾を入れた。しかしそれは、暴力的というよりかは、マッサージのように柔らかく、揉みほぐすように見えた。まぁ、受ける本人は痛いと言ったのは事実だろうし、当人からしてみればたまったもんではないだろうけどな。


「……おかしいな」


 果音さんがふとつぶやいた。


「おかしいって?」

「この肉塊には神経は通ってないけど、中身がどうなってるかくらいは外見からでも少しはわかるの。けど、彼女、明らかに抵抗していない。キーリーさん、ここからは覚悟しておいて」


 わたしは息を呑んだ。万が一のこと、いや、そんなことも考えるのも嫌だけど、死は軍にいるから、血の繋がった身内以外のものには嫌でも慣れてしまった。けど、やっぱりこの時は心臓が脈打つ。肉壁はゆっくり解かれていく。


 そこには、未だ怒ったようなポーズを維持したニノベーが立っていた。全く、芯もブレずに。


「うちの白万さんはなぁ、こわがりさんなんや。せやから、うちがちっとでもしばかれると、怯えてちぢこんでまう。けどな、こわがりなりにな、考えたやり方があんのやー」

「くっ!」


 果音さんが、引っ込めた肉塊には、メビウスの輪の紋章がついていた。そして、それは彼女の髪飾りと同じだと、今気づいた。


「ヒリヒリする。これは……知りすぎた罠ってこと? 一体何をしたの」


 果音さんが問いかけるけど、


「ああ、罠っちゅうそないなこすいことやあらへんわぁ。けどな、タネかー。それをいったらなー、おしまいやもんなぁ。口が裂けても言えんわぁ」


ニノベーは受け流した解答をした。そして、妙に自信のある笑みを浮かべた。


「それに、うちはミラちゃんとは仲がええから、知っとるさかい。ミラちゃんはな、こないなことで諦める子やぁないっちゅうことをなぁ!」


 ぼこっと、蠢きの音が聞こえた。聞こえたのは肉壁の方だ。そこには大きな深淵から、目だけが覗いていた。


「いやぁ、重かった。サパにしちゃあ豪勢だったかな。これでは、勝利の美酒も、飲めやしない!」


 穴に腕がかかると、肉のドームは、脆く、ボロボロと砂糖菓子のように崩れ落ちた。そして、中から姿を現したのは、口元に溢れた血を拭う、吸血族の姿だった。


 矢が射られ続ける音がする。隣ではアイシャが縛手を打ち続けるも、避け続ける男、エンブリオが見える。しかし、それはボヤけて、どんな姿か、果ては何人にも見える。


「残像、か? そんなに目は酷使していないはずなのにこんなにぼやけるなんて!」

「なんだ、随分と当たらない縄じゃないか。さてはお前はオレを軽んじているんだろう。だから、お前にはオレがどこにいるかも、わからないんだろうな!」


 一発、矢が彼女の横に垂らした髪を切る。その髪が芝のように散った。


 それと共に、わたしの腕も強く掴まれた。そして、あっという間に重力に逆らう感覚を味わった。ミラはまっすぐ、机の上を飛ぶように走る。わたしは、流れるリボンのように、彼女に付属して、空に溺れていた。


「あぶぶぶふぶぶぶ」


 息もつかない中、彼女の結んだ後ろ髪がほうきのようにわたしに触れ、こそばゆい。バイトくんと呼ばれる青年は、ミラを引き留めようとしたが、強く弾き飛ばされた。なんて、強い力。いったい、セイメイタイムとは、どんな能力なんだ。謎は深まる。


 しかし、この能力には代償が伴うらしい。彼女は長い戦いと、出血により、息がきれていた。体力はまだ有り余っても、体がついていかないのだろう。その様子は、普段ならなんとも色気を感じただろうが、今は、捕まることへの焦りと恐怖、そして、彼女の無茶への心配の気持ちでいっぱいいっぱいだった。


 しかし、彼女はそんな中、恐るべき行動をとっていた。なんと、左腕に抱えたわたしを引っ張りながら、もう片腕で手首を切った! それも、さっきより速く、深く! 


「やめろ、ミラ! これ以上は危ない!」

「知ってる? 手首からの出血ってそうそう死なないのよ。心配してくれるのは嬉しいけど、あたしにはリーダーとしての使命があるの!」


 まさか、これが能力!? 血を出せば出すほど強くなる。これが、彼女の新たな力の本質か。


「冗談じゃない、わたしをさらってもいいから……」

「そこまでだ!」


 その時、統制の取れた多くの声が響く。見ると、そこにいたのは、沢山の軍部の人であった。それも、ただの一兵卒ではない、その肩につけられた紋章からわかった。彼らは、近衛兵だ!


「陛下きっての願いで、姉王様の護衛のため、並びに治安の維持の為参上した! 随分と荒らしまわってくれたみたいではないか! 無駄な抵抗はよして、投降しろ!」


 姉王こと果音さんは、彼らを見て一瞬安堵の表情を見せた。しかし、また体に刻まれた紋章を押さえる。まさかの援軍。これにより、形成は逆転したと言っても過言じゃない。


 彼らがミラに向けているのは脅しの縛手ではない。本物の、銃だ。これを撃たれれば、白万使いだってタダではすまない。しかも、わたしとしては、この銃を撃たれたまま動かれると、流れ弾を受けて、最悪死ぬかもしれないんだ。誰から見ても、これは不利だ。頼む、ミラ、投降してくれ。


「ダメ、まだ退けない……! だって、あたしは、ウェストウッド家の娘の、リーダーなんだから……!」


 奥歯で軽く舌を噛んだミラ。その姿を闇夜に隠すように、マントにくるまって、立っていた。次の瞬間、そのマントから鮮血が溢れ出す。赤い液体は、地を流れ、入口前の土に吸収され、それを赤く染めた。ふと、わたしの脇腹を見ると、そこにはかたいとげが、まるで、オナモミのようになったマントを貫いていた。まるで月に一度の現象を、一夜にしてしまった如くだった。


 わたしは、理解を超えた現実に呆けていた我を引き戻した。そうだ、あのマントの中は赤い色をしているところまで知っている。こんなギミックはなかった。つまり、これは白万。それも、自傷をするためだけの!


「ミラ! もうやめてくれ! こんなの、おかしいにきまってる!」

「止めないでキーリー、もう、あたしにはこれしか、ないの」


 ミラは足を踏み切ると、空を舞う。重力がまるでなくなったかのように心臓が浮く。


 そして、彼女は火に入る虫のように、相手の陣に着地した。しかし、虫は舐めると死ぬ。彼女は次々とその兵を、服の上から、手で貫く。それは、本当に手刀という言葉が似合うだろう。わたしはそれを確認するのが精一杯で、目の潤いは振り回されて空を切るたびに擦れていった。


 この荒れた場、陣の後ろから叱咤の声が聞こえた。見上げてその正体を確認すると、車の上に乗った声の主は、間違いなく偉い存在だった。


「狼狽えるな! 王直々に命ず、自陣だろうと構わん撃て!」


 そう、おられたのはこの国の陛下その人だった。


 鬨の声に、銃が乱れ撃たれた。ミラは、それをひらりとかわす。しかし、よく聞くと、皮膚を弾の貫いた時に聞こえる、残酷な音がしばしば響いていた。


 ミラは、未だ諦めず、右腕を水平に伸ばし、兵にに向かって走ると、回転する機械に巻き込むかのように腕の中に捉え、まとめて地面に叩き落とした。その後も、ばたりばたりと、近衛兵ですら虚弱な草のように倒れていく。もはや、最初の陣は、完全に崩壊していた。


 見上げると、ミラは口から血を吐き、息の音すら、微かだった。マントの上の穴からは、血が絶えなく漏れ、池を作っていた。


「もう、やめてくれ! 頼むから!」

「ど……う? き……リー……。マジェ……ス……に、かお、かおむ……け……」


 急に、わたしは面で感じる衝撃を受けた。見れば、わたしはミラ、彼女を下敷きにし、地面に伏していた。うそ、だろ、こんな、こんなことって、あるわけ、血を血を止めなくては、マントの切れ端でいいか、ミラ! 


「大丈夫、じゃないな。ミラ!」

「おい、どうしちまったんだ!?」

「そりゃあ、あんなに血を出したんだ、無理もねぇ」

「これが……戦場……」

「なあ……桐の字ぃ……こいつの血液型分かるかぁ……? 死なれると困るのはこっちなんでなぁ……!」

「ええっと、山城士官、AB、ABのRH-です!」

「RH-かぁ……。それはまじぃなぁ。おい、探せ、町中かけてなぁ……」

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