31話 乙女の魂(ラ・ピュセル)
「お久しゅうございます。キーリーお嬢様」
病的なまでに白い白を基調としたメイド服のスカートの裾を上げ、足を曲げる、いわゆるカーテシーを行う光景に、恐怖で震えた。クオリア・シビリル。その美貌すら兼ね備えた笑顔は、あまりに傑物なものに覚える恐ろしさを帯びていた。
「何の用があってきたのよ、服従の国の元の服従するために生まれた服従女!」
「これはこれは、お情けで保護区に入れてもらった哀れな敗北者がよく鳴きますね。いや、泣きつくというべきでしょうか」
リクリッサの顔が明らかに悪くなる。わたしの知っている限り、リクリッサは彼女に苦手意識を持っている。そもそも、本気のクオリアさんは、苦手か得意かしか居なそうなくらいの恐ろしさを秘めている。そして、得意な奴は大体ネジが飛んでいる。
「うるさいわね、首都が焼けてからカッカしてるんでしょう?」
「閣下してるのはあなたでしょう。冷たい食べ物ばかり食べてるから、冷血になってしまったのですね、かわいそうに」
ほら、まただ。リクリッサが苦手意識を持つ理由は明白だ。クオリアさんとリクリッサは、好敵手だからだ。自分の誇りに思う国柄か対立は絶えず、いろいろな物において論戦という名の罵倒が繰り広げられている。
「しかもカリヤ、なによその格好、白髪に首輪なんかつけてゲームに出てくるメイドのコスプレかしら? 服はより白いのは汚さを隠すために……、ああそういえばあのメイドはカタツムリなんか食べる悪食な奴らじゃなくて、"舌にこだわらない誉れ高い"イギリス出身だった。じゃあ敵のことだったわねごめんねぇぇええ!」
「本当にかわいそう。芋ばっか食べて頭まで芋になってしまったのですね。そんな貴方こそ怪異とかに遭遇してそうな顔と性格しています。ただ、センスは劣劣劣の劣等ですが。舌だけよく回るトーシロです。ほら、モノマネしますよ。レロレロレロレロ」
クオリアさんが口内で舌を回して煽っている様、それは普通の人なら汚らしいものだが、彼女のその動作の小ささと真っ直ぐな清潔さからか、なんとか清廉さを保っていた。その仕草なんかより、大の大人が人前で言い争っていることの方がはるかにみっともないくらいだ。アシェンは相手に気づいたのかリクリッサの手でバイブする。
「こんにぶー! クオリア! 元気してた? またエージェントメイドらしくミッションとか考えてるの?」
「そうでした、不覚です。私の仕事を忘れるところでしたよ。失礼しますっ!」
彼女が左腕を振りかぶると、何かが強い勢いで投げられわたしの内腿に当たる。
「ひゃあっ、冷たい!」
氷を押しつけられたあまりに冷たいその温度は、この蒸す中ではむしろ嬉しい。しかし、すぐにその思いは裏切られた。
「いや、熱い、熱いぞ!」
あまりの冷たさにむしろ熱さと痛みを覚えた。もし、これが全身に広がったら、わたしの体は少しの衝撃でたちまち崩れ去ってしまうだろう。あの時のマルファだったもののように。
足を動かして、冷たさを払おうとするも、動かない。股の辺りを見ると、なんとズボンごと股関節が凍ってしまっていた。もう脱ぐこともできないくらいに広い範囲で。しかも、おそらくは体の表面にまで氷は広まってしまっている。幸い、これ以上は広まりそうになかったが、わたしはもう、袋のネズミだ。
「ふふ、お似合いですよ。私のこしらえた氷のパンツは。股の付け根を封ぜば、動きも止まる。卑小私なりの定石です」
「……っ! よくもやってくれたわね! あたしのケリィに!」
完全に所有しているみたいな言い分だ。そこまで好いてくれていることはわかっていても、やっぱり、ちょっと引いた。
「おひょー、カッコいい。メイドは強キャラ、本当にそうかもしれませんねぇ!」
アシェンは興奮した声が息づかいで、画面越しにすら伝わる。
「これで、キーリーお嬢様を連れ帰る、その任務はなされたようなものです」
「なんだ、シビリル。俺の出る幕はないみたいじゃないか」
遠くからの声の反響。そして足音が聞こえる。カツカツと、わざと大きな音を鳴らすようにブーツの音が聞こえた。現れた赤黒紫の奇抜なスーツ姿のやつは、サンドイッチを齧りながら歩いてきた。なんて、行儀の悪いやつ。知ってるやつだからなおタチの悪い。あいつはウェストヒッポの若き管理職にして、腕利きの仕事人の……。
「……ジョニー!」
「久遠ぶりだな、キーリー! それと、リクもだったな! 刹那なる安楽を愉悦していたかい!」
「なによ、ジョニー、バカにしにきたの?」
「義務たる執行による彼女の体の幽閉さ。その真実たるや解を求めることができるだろう?」
「させるものですか!」
「おいおい、俺にリベリオンの意を抱こうと問題ないぜ? ただ、不可逆なフェイトを恨むんじゃねえよ! 8切り!」
一瞬で飛んできた鋭い板状のそれは、素早くリクリッサに向かう……。
甲高い金属音がする。何かを叩き落とした音だ。そんな硬いものを落とした割に、地面に落ちるものは優しく、はらはらとしていた。これは、トランプ? そして、これを落としたのは!
「おっと! 完全にオレのこと忘れてるんじゃあないか? 鉄家の倅、英二! いざ、尋常に勝負と洒落込もうじゃないか!」
英二さんだった! ずっと倒れてたと思っていたけど、まるで何もなかったかのようにピンピンしている。世界栄鎮という生まれに似つかわしくなく、本当にタフだ。槍を斜めに持ち上げ、肩にかけて、指を振って挑発している。
「おかしいな、8切りのカードはアイアンですら裂するほどに鋭いはずだが」
「そっちもやるじゃないか。そのカードを斜めに投げて真上から叩けなくしたんだろ? まあ、それに合わせて斜め上から叩きつければいい話だけどな!」
「トランプですか、ワタシアシェンも結構使いますよ。企画の練習に友達に付き合ってもらって……ね? しっかし、ジョニーとかいう人イタいですねー」
何の話をしているんだ。わたしの理解はまだそこに届いていなかった。えっと、あのトランプが切れるもので、それを叩き落とされるかもしれないからあらかじめ……。ああ、考えててもしょうがない!
「そんなことどうでもいいわ、あたしは、このバカメイドをギャフンと言わせないと気が済まないのよ!」
「そうですね。見せていただきましょう。今のあなたそのものを!」
クオリアさんは余裕なのか、手を前にかざし、払ってみせた! その動作にも多くのものは慎ましくも強い花の茎のような優雅さを覚えるだろう。
「オレも世界栄鎮として、桐の字のことは放っておけねえ! この槍はちいっとばかし痛いが、覚悟しろよ! ジョニー!」
英二さんは槍を突き出す準備の体制になった。この様子に、ジョニーは冷や汗をかいたように見えた。
「おお、恐ろしい恐ろしい。五体の危惧は誰もが感じ得るものだ。だから、卑怯覚悟でマキア、争いをさせてもらう!」
英二さんが突進を繰り出すために足を踏ん張るその時、ジョニーはトランプを撒き散らす。ただ、それはひとつたりとも当たったりはしなかった。
「穿て! オーデンスピア・グングニル!」
その時、爆発が起きる。爆竹のような音や煙に呑まれ、相手はここから視認できない。終わった時には、壁に大穴が空き、周囲のセメントには爆発の影響か所々ヒビが入る。ジョニーは少し横によけたような位置にいる。しかしだった。その手の甲からは血が滴り落ちた。
「ストライクさせた筈だけどな……。我が9カードトラップを!」
「生憎、そんなやわじゃないんでね!」
串のような槍は一瞬でまた敵に向く。ジョニーは防ぐためかトランプを構え、
「8切り、葉桜!」
そう宣言してカードを3枚、正確に切り投げた。しかし、当然のように英二さんの豪快でありつつも華麗な捌きに全て叩き落とされてしまう。やはり、英二さんは強い!
リクリッサとクオリアさんの戦いも始まっていた。氷の玉が無言で投げられ、リクリッサが避け、最終的に地面に降り注ぐ。あたりはこの世界にあり得ない氷の散らばる景色となった。リクリッサは息を切らしながら姿勢をかがめ、クオリアさんを睨みつつも口元では笑った。
「さすがね。エージェント・ビアンコアクィラ」
「ビアンコアクィラ!?」
英二さんはこの話に聞き耳を立て、よそ見をした。しかし、その間にすら槍を振るっている。
「そうです、ビアンコアクィラです! やっぱすごいですなぁ、クオリア、おっとこれも偽名かもね!」
「アシェン、少々静粛にお願いします。リクリーシャ、貴方も、箱入りの割には素晴らしいお手前ですね」
にっこりとしたクオリアさんにリクリッサはさらに睨む。
「嫌味のつもり? それに、貴方も箱入りでしょう!?」
「確かに仰る通りです。ご主人様の元で育てられ、世間知らずであったことは認めます。しかし、エージェントとして、私は世界を見てきました。僭越ながら、私、伊達のメイドではありません!」
リクリッサがツルを伸ばしてクオリアさんに巻きつけようとする。けど、その先はクオリアが手に持ちっぱなしの氷の白万が触れるだけで脆く崩れ落ちる。
「リクリーシャ、なぜ貴方は戦うのでしょうか? 私の目はご主人様に対し、贔屓の目であると承知しております。しかし、なぜ貴方はキーリーお嬢様の味方をするのでしょうか?」
クオリアのその反応は本当に純粋に疑問、という感じであった。皮肉のつもりは何もない、真剣に諭していると言った冷徹な感じだ。しかし、今のわたしにとって味方、その言はどうにもひっかかってしまう。
リクリッサは、それを聞いて鼻で笑った。
「はっ、そんな事も分からないなんて、カリヤ、あなたも鈍ったわね! いい、教えてあげるわ」
右を向いた向こうでは英二さんがもうほぼひっ捕らえたと言える距離まで近寄り、決着と言ったところだろう。ジョニーのカードを持った手首を強く握っている。
「さあ、もう降参したらどうだ? 俺も正当防衛でいたい。過剰にはしたくないんだ」
槍は一応は持っているが、先端を向けておらず、いざというときは殴打で対抗する構えだ。
「ああ、まことあんたは強えよ。いかなるデリュージョンでさえもその霹靂の如き強さを挫くことは不能だろうな。だから、こうさせてもらう!」
何やら手首を返し、上から数枚のカードを見せたかと思うと、強く抵抗し、英二さんを引き剥がした。その時点で、違和感を覚える。その予想外の力に驚くも英二さんはすかさず槍で熾烈に一撃! その風切る音の大きいこと当たった音の強いこと。間違いなく外れて地面にぶつかればセメントは粉砕されていただろう。そして、これを受ければ脳震盪は確実、ヘタをすると死にかねない威力に見えた。英二さんの人なりを考えると、頭には打ってないだろうけど。
串槍もきっとひん曲がってるに違いない……。ふと見るとひん曲がってない。それどころかジョニーは槍を肩の上で訓練用のロープのように掴み、完全に受け止めていた。同じく握っていたカードデッキが下からパラパラ落ちる。
「なぜ、なぜ防げたんだ!?」
「宣言したはずだろ? 卑怯な手だって使ってみせるって。これのレヴォリューション、これにより起きたミラクルだ!」
手札から上の4枚を見せつける。しかしそれが何かはこちらからでは読み取れなかった。だけど、それはすぐにわかった。
「4枚同じ数……、革命!」
「レヴォリューション、強さをひっくり返す白万! これからあんたは俺に対して、余裕綽々としか争えないぜ」
「くっ!」
素早く英二さんはまた槍を棍のように振るう。しかし、それは当たる寸前に急に遅くなるようだった。まるで、ヒーローごっこをする子供に手加減をする大人の怪獣のように。
「無駄無駄ァ! 俺の弱さを舐めるんじゃあないぜ?」
リクリッサが話し出したようだ。そちらに気を寄せる。
「そうね、説明するのも野暮だけど……つまりはケリィ、彼女に聖女の面影を見たのよ。彼女は間違いない、現代のジャンヌダルクよ!」
この瞬間、クオリアさんは攻撃をやめ、その顔から余裕が消えた。なんとか平常を保とうとはしているけど、真剣に見つめ、興味深いと言った顔だ。
「ジャンヌ……ダルク……? 詳しく話していただけますか」
リクリッサもそれを聞いて呆れ返ったようだ。
「まだわからない? 彼女は熱心な信仰を持っているわ。彼女、今でも祈りは忘れないもの。それに農業への理解も深い。ケリィがしばしば言う『パパ』は農家らしいわ。そこでの農業の話は耳穴が塞がるほど聞いたもの。そして、誰にでも啖呵を切る勇気、身内への思いの深さ、男装の似合う顔つき、そして何よりも今を変えようとする革命の意志を持っているわ。これを美しきあの乙女と言わずになんと言うわけ?」
随分とわたしのことを話す。しかし、今のわたしはこそばゆい思いじゃない。行き過ぎた愛に絶句しているんだよ。わかってくれ。
黙って聞いていたクオリアさんは、微笑んだ。リクリッサの思いを感じ取ったのだろうか。笑いのこぼれた彼女は、そうして、返歌をした。
「ふふ、ふふふ、何かと思えば随分とお戯れが過ぎませんか、リクリーシャ? 彼女がラ・ピュセル? キーリーお嬢様の背は158cm前後ではなく、はるかに小さな体をしています。それに、彼女は処女信仰でもしていますか? 同性愛にに励むことはありませんか? 否、そのようなことはないでしょう」
クオリアさんは、いきなり距離を詰めると、小型のナイフをリクリッサの喉元に突きつけた。
「論外です。今の彼女は、ラ・ピュセルとは到底申し上げられません!」
子供に思い入れのない大人がわがままな子供をあしらうような冷徹な反応で、クオリアさんはリクリッサをバッサリ言葉で切り捨てた。
「あなたは、ラ・ピュセルではなく、ヒトラーでも信仰しているのがお似合いかと思われますよ」
クオリアさんのなじり、けど、この言葉をリクリッサは涼しい顔して聞いている。
「ふふ、捨て置くわ」
そして、ナイフを喉から出た肉片で掴むと、放り捨てたんだ。
しかし、クオリアさんの顔は、状況に似つかわず、急に憐れんだような憂いを帯びた。
「しかし、リクリーシャ。私は貴方の言葉を信じていました。確かに私はラ・ピュセルの影を感じていたのですよ。そう、淫魔に聖女がたぶらかされる前までは……」
瞬間、つるはクオリアさんの腕を絡め取り、拳は素早くクオリアさんの顔を狙っていた。しかし、クオリアさんは、横にずれて回避する。
「てめぇ、言っていいことと悪いことがあるぞ……」
わたしですら聞いたこともない言葉遣い。怒りだ。リクリッサは今まで見たことのないような怒りに囚われている。淫魔と聖女、難しい例えはよくわからないけど、とにかくリクリッサの癇に障ったらしい。
さらにつるのムチを左腕に一発入れる。しかし、クオリアは筋肉で止め、勝ち誇ったように興奮した。
「やはり図星ですか。貴方が淫れるから、家中は乱れるのです!」
「てめぇええええええ!」
「おー、リク、ほらほら、図星も笑い飛ばしちゃいましょう! 誰かの不幸も過ぎれば笑い話ですよ!」
ダメだ。アシェンの言すら聞けないほどにリクリッサは冷静じゃない。クオリアは左腕を押さえて右腕を振るい、氷を投げ続ける。今のリクリッサには魔法が解けたようにどうにも好けない、けど、リクリッサの興奮を鎮めなくては、どうなるかもわからない。……助かるために、仕方なくだからな。
「落ち着いて! フィボナッチ数列! 0、1、次は?」
「1……」
「次は?」
「2……そして3……」
リクリッサは数え続け、その瞬間、先ほどの喧騒より、一層凄まじい音が鳴った。壁が崩壊してしまいそうな音。見ると、壁には人がはまってしまいそうなほどの大穴が空いていた。それを作ったのは、紛れもない、英二さんだ。
「くそう、この一撃すら喰らわないか!」
対するジョニーは、どこにいる? 英二さんも探しているように見えた。いや、わたしにはすぐ見つかったのだけど。言わずとも英二さんも気づいた。
「後ろか……!」
ジョニーは腕を使い英二さんを羽交締めにしている。その拘束は固くなく、わたしでも解けそうだったけど、白万の影響か、腕ももう動かなそうなくらいだ。
「どうだい、もう抗うフォースすら持たないか? チェックメイトってとこだな!」
「ぐぐぐ」
「あ、兄貴!」
エンキュリスが叫び、走って自分の兄貴分を助けに行くが、
「邪魔だ!」
ジョニーの強烈なビンタの前に吹き飛んでしまった。逆説的に言えば、ジョニーはエンキュリスより弱いということもわかった。
しかし、そんな弱い相手に強い英二さんも苦戦している。しかし、その拘束はするりと抜けた。
「何だって? 力では俺が負けてるから解放なぞされんはずだ!」
「全身の力を一気に抜いた。これなら力は関係ないな!」
英二さんは相手に指差して得意げだが、余裕はない。体力的には余裕でも、勝てない勝負に気圧されていた。
向こうではリクリッサが落ち着こうと必死だ。
「233、377次は……」
「賢哲な思考ですリクリーシャ。けど、体が鈍っていますよ!」
鋭く氷がリクリッサの足元に飛ぶ。氷は彼女の無慈悲を精算するように足元を覆う。どうすれば、いや、この状況、わたしが変えるんだ!
アイスミッドが生まれて間もない頃(この1ヶ月後には中学生と変わらなかった)
クオリア「アイスミッドお嬢様、指人形でお遊戯ですか?」
幼氷中「ちがうよ! この子たちはいきてるの! ターフィは鈍感だけど勇気があって、フリーマはおくびょうだけど、あたまのさえる子! そして、ジャネットはお転婆で……」
クオリア「ジャンヌは気は強くともお転婆ではありませんよ(真顔)」
幼氷中「!?」振り向く
クオリア(ニコニコ)




