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ウェストウッド家に栄光あれ!――君に家督を譲りたいっ!  作者: 青瑪瑙ナマリィ
第3章 烏の目からは逃れられないっ!
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28話 無責任な主人

79-44-6階


 セメントで固められた、あまりに人工的な街、烏窟城。人通りは多く、ごった返すという言葉がふさわしい。その中でも人気のないパイプのそばで、この場所に似つかわしくない、胸元の脇を開け、実用性に優れた狩人服を着た、大人っぽい女性にも、少年のようにも見える淑女がりんごをかじっていた。


「すっぱい……」


 文句を言いながらも、決して残そうとする素振りも見せず、かじり続けていた。冬眠前の蓄えのように。


 そこに、白衣を着た魔女が来る。キルケー・カンタレッラだ。マルファを見つけるまでは、かばんの中身を見ては悦に浸っていたが、知り合いをめざとく見つけると、スキップで近寄った。


「ああ、マルファじゃないか! ちょうどよかった。はい、これお土産の漬物。田舎漬けっていうんだってさ!」


 マルファは、顔を歪ませる。


「臭いな。これを作るような奴の気を知りたい」

「ああ、これはこの辺りの特産品って、酒場の店主が教えてくれて、買ってきたんだよ。あ、そうそう、その酒場でキーリーにもあったなあ」

「どうした?」

「どうしたって……、見逃したよ。どっちの味方ってわけでもないしさ」


 マルファは軽くため息をつき、キルケーの白衣が絡まる手を握る。


「やはり人並みだな」


 その発言はキルケーにとって聞き捨てならなかった。


「人並みとは失礼な。ワタシは種族は遷白万、あだ名は魔女、職はエンジニアで博士として悪逆のかぎりを尽くしている天・才だよ。今回だって、実験のために逃がしたんだから、それを人並みだなんて」

「もういい、底が知れた」


 マルファは、早々と去っていった。その際、独り言を呟いた。


「もうすぐ、逢えるな。キーリー・ウェストウッド!」


 まもなく察したキルケーは、吐息をつき、マルファを見送った。


「もうっ、マルファったら本当に口下手なんだから」



70-40-6階


「なんていうか、本当に薄暗いところだな」


「ここは烏の心臓って言われてて、スラム街中のスラム街だからっすね。この烏窟城は光の入るようにいくつかの大穴が開けられてっけど、そのどれからも遠いからろくでなしの住処で、それゆえ、街も手を出したくないし、住んでる奴らも金を出さねぇ。だから、ろくに明かりもなく薄暗いんすよ」


 わたしのぼやきを解説したエンキュリスも、口は達者だが、足はそろりそろりとした慎重な歩みだった。


 乞食や宿なしもたくさんいて、碌でもなく酒を酌み交わしたり、トランプをしたり、その様子は、楽しくも見えるが虚しくも見える。


 乞食の中の一人、腰の曲がった、家ネズミのような汚い色をした布を被った乞食が、手で器を作り、こちらににじり寄ってきた。


「貴方達、旅行者でしょう? この、哀れな私に何か恵む金に困ってないはずです。ほら、ほらぁ!」


 まずいな、こういうのは無限に続く。今、施したところですぐ無くなり、また施しを要求する。根本を直さねばまったくの無駄だ。しかも、先日のことを考えると、英二さんはこういう人物に甘い。何か施して、無駄骨を踏むと考えると、さぶいぼがたった。


 しかし、英二さんは高い位置から見下ろした目をして、わたしたちを連れ、無視して去る様子だった。


 振り返ると、乞食は怒っている。わたしだけが見ているのかもしれないが、ガラスの破片を手に持っていた。


 まずいっ! そう思った頃には、乞食は英二さんの手元まで来ていたが、その次の瞬間には槍の柄で殴られ、ノビてしまっていた。


「悪いが、今のあんたはただの乞食だ。見ろ、仲間にすら混ざれない。けどな! もし、仲間が自然とついてくるようなでっかい男になったら、その時はオレの元へ来い! 鉄芯華国で待っているぞ!」


 現実を突きつけ、希望を与える一喝を英二さんは与えた。言葉には巧さを感じるが、本人はそれを考えているのか、英二さんのカリスマはそれなんだろう。


 しばらく歩み、皆で視察に回った。火事や喧嘩もあったが、恐ろしい大規模な乱の問題はおそらくないだろう。


 今日1日も終わりかと、気を抜いて伸びなんかして、烏の心臓を出ようとすると、ふと、呼び込みに会った。手に持てるような小さな太鼓を叩いて、大ぶりに手を蝶のように動かしている。


「さあ、さあ、見せ物小屋だよ。誰も見たことないような奇怪な出会いが出来るかも! さあ、どうぞ10ドル!」


 その声を聞いた途端、ふとリクの顔が変わった。それも、笑いなんかじゃない。睨むように見つめ、真剣に興味を示している顔に見えた。


「行きましょう、ケリィ」

「行くって、烏の心臓の外へ?」

「違うわ、見せ物小屋よ」


 確かに、リクリッサにとって、見せ物小屋の奇怪な存在は、自身の白万の糧になるだろう。わたしとしては不服だが、リクにとってその行動には理がある。


「じゃあ、オレもついて行こうかな」


 英二さんは手を上げたが、


「駄目よ。あたしとケリィだけ。恋人同士、その方がロマンチックじゃない?」


と、断られる。


「ふぅん、恋人、ねぇ。いいぜ! ドーンと言ってこい! オレはエンキュリスといつまでも待つ!」


 断られても、英二さんは応援してくれているのかグーサインだ。エンキュリスも、納得した。


 二人で、見せ物小屋に10ドル払い、黒いカーテンをのける。表記があったので、仕方なく携帯端末の電源は落とす。小屋の中は外よりは明るいが、なお薄暗く、ランタンだけが頼りだった。見渡すと、棚にあるマンドラゴラのように顔の形になった乾燥人参やテレビのように透過する石のような、探せばあるようなジャブ程度のものから、三つ目のヤギや一つ目のサメの剥製、脳がなく、亡くなった赤子のホルマリン漬けなどの重い物もあった。近くにある箱を覗いてみると、暗いところで蓄光する小魚が泳いでいた。しかも、大きいものと小さいもの、子孫代々光っているようで、下で死んでいたものでさえ、未だ光を失っていない。


「なんていうか、不気味なとこだな。気味が悪い」

「それだけじゃあないはずよ。赤子の漬け物があるなら、間違いなくあるはず……」


 木でフローリングされているも、もうガタが来ているのかギシギシとなる床を、工場の紡績機のような早い足並みでリクは、隣の部屋のカーテンを開けた。


 絶句する光景がそこにはあった。それはあまりに残酷で、普通の人なら、嘘だと信じたい光景だ。わたしやリクは、ウェストヒッポのトップ、イクスマグナの残酷さを知っているからまだマシに見えるが、一般人には理解を拒む光景だろう。そこにあるのは、ずらりと並ぶ牢屋。その中には、奇怪な見た目をした人たちが個室で入れられていた。牢は裏方に繋がる扉と、机すらもない最低限の生活必需品、一応は隠され、プライベートを保った小部屋で構成されている。その様は、さながら動物園のようだった。


 リクは、自分の興味のためだけに実験をする程度には残酷だ。しかし、それは純粋な残酷さだ。営利の残酷さの黒には敵わない。


「何よ、何よこれ……」


 事実、リクは口を抑えて、恐怖の声を漏らした。

 そこにいた人も、それぞれだった。膨らんだ顔を持つ少年、顔の二割を失いなお生きる老人、足を失った少女や、青い肌の男、他諸々が過ごしている。その侘しさは、少し、わたしでも堪えるものがある。


 深い絶句の中、牢の扉の鍵を開け、ここの管理人がずけずけと入ってきた。手には、あまりにお粗末で、犬用の方がまだ豪華な皿を持って。


「オラッ、飯だぞ。ありがたく食え」


 弱者への粗暴な態度に、苛立ちを覚えたわたしとは裏腹に、渡された少年はありがたそうにその適当に盛られ、混ぜられたよくわからない食物を、手でかきこんで食べた。他の人にも、牢に入り、次々に、食事を渡す。最後の人物に食事を渡した後、


「ああーっ、今日も仕事終わりかー!」


と、大きな伸びをして、さっさと去っていってしまった。もう一人、警備の男がいたが、その男も、


「ほら、残念ながらもうすぐ店仕舞いだよ。十分に楽しんだら帰ってね」


と言うとさっさと帰って行ってしまう、あまりにズサンな管理体制だ。


 リクは、その様子に寒気がするのか震えていた。そして、リクの我が思いを強く、発した。


「あなた達、自分が恥ずかしくないの!? こんな所に押し込められて、臭い飯食べて、悔しいって思わないの!?」


 すぐに、顔の欠けた老人から返事があった。


「臭くねぇ。これは俺らにとってすげぇうめぇ飯で、居心地の良い場所だ。それに、悔しいって思いもあるが、別に引きずったこともねぇ。誰だか知れねえが、喋るってんならまずは人の気持ちを考えるんだな」


 それは、諦めにも似た、偽りの楽園を肯定する姿だった。しかし、その気持ちは理解のできないもんじゃない。彼らにとって、それは最良なんだろう。実際、言葉の後の静寂は、異論のないということに他ならない。


「……ふぬけ!」


 リクは地を踏み鳴らし悔しがった。絶対に皆はここから出たいという思いがあったんだろう。その様は、まるで自分と違う存在を認識できない幼児のようだった。


 そんな中、とある牢の中で、


「でも……、外に出て安心できるっていうのなら……、外の世界に住んでみたいなぁ」


か細い、透き通った声が、ふとつぶやいた。3つほど奥の牢の足を失った混血のラテン系の少女だった。よく見ると、手も火傷でくっついてしまったようだ。そんな手でも、編み途中とセーターや知恵の輪が側にあることから、随分と努力しているらしい。


 リクは、その希望を頼る声に緩んだか、笑い声が溢れる。


「気に入ったわ。あなたを外の世界に連れて行ってあげる」


 裏口は、思ったより早く見つかった。本当に、すぐ裏の道に、金属の扉が威厳を持って立っている。進入禁止と書かれていて、関係者口であることは事実だ。見た限り、複雑な機構の鍵はない。事実、ノブを掴み、引いたら簡単に開いた。


 部屋をずんずんと進むと、牢の裏と思われし扉に着いた。番号は、あの少女の前に書いてあったものと一致している。無論、鍵がしてあって、動かしてもうんともすんとも言わない。逆に言えば、電子ロックの類はここにもないということだ。


 しかし、リクは慌てない。鍵穴を触り、何かを注入したかと思うと、以前、再生させた肉肉しい見た目の拳をぐるりとひねる。すると、鍵はあっさりと開いたんだ。


「猿知恵の鍵なら簡単に開けられるわ。この、樹脂を使えばね」


 彼女のグロテスクな指に触ってみると、なにやらベタベタとする。どうやら、液体で、その一部が揮発することにより固まり、なかなか壊れないプラスチックのようなものになるらしい。


「そ、そんな樹脂を出す植物があるのか!」

「完全に同じものはないわよ。多少、アレンジを加えてる」


 牢に入ると、少女が面食らった顔をした。あまりに突然、与えられた希望に、そして、きっと絶望に。


「な、なんで入れたの!?」

「ほら、出してあげるわ。手を出して」


 しゃがんだリクに対し、少女は言われるがままに手を出すと、リクはふっとその手の甲を撫でた。すると、彼女の顔は、また開いた口が塞がらないようだった。その手の指は、きれいに分かれ、健常な人と変わりのないようになったんだ。


「ほら、足の付け根も出しなさいな」


 そうやって、リクは無理矢理腰を掴むと、少女は何かを気張るような、唇噛んだ悔しい顔をすると、その根本からは、木の根が巡るように、つるが複数、まとまって足のように生えてきた。


「大丈夫、後でちゃんとした足を作ってあげるわ。ほら、外の世界が待ってるわよ」


 牢を出て、わたしを先頭に小走りで、足音を消しながら部屋の隅をゆく。しかし、わたしは察していた。だいぶ遠く、最初の扉を開けた音がしたことを。それも知らないであろう少女は、箒で掃いたような足音を出しながら、臆病に歩く。そんな中、彼女は希望をかすかに感じる笑顔で、


「ねぇ、あなた、名前はなんていうの?」


そう、問いかけた。


「リクリッサ、リクリッサ・シャハトよ」

「もし、もしさ、外の世界に出られたら、リクリッサと一緒に暮らせるかなぁ!」

「馬鹿言わないで。わたしは、あなたみたいな混血と暮らすのはまっぴらよ。あなたは一人で歩いて行くのよ。誰にも邪魔させずに、ね」


 少女は不満げに、目を遠くに焦点を合わせ、下唇を噛んだ。


 ふと、何かにぶつかった。後ろを向いていたからかな。何か障害物に当たり……、


「な、なんだお前らぁ!」


 ま、まずい、恐れていたことが起きた。誰か、ここの関係者に見つかってしまった。これでは、警察ではなく、個人的に捕まるのも時間の問題……。


「忘れ物して帰ってみたら、牢から大事な商売道具を盗みやがって。商売に影響出たらどうしてくれんだ!」

「道具……?」


 イクスマグナが脳裏をよぎった。何もかもが実験動物のように、近所の犬や、人、我が子すら、実験の糧としか思っていない……。その脳裏に焼きついた怪物に、怒りがこみ上げてきた。彼女は、こうなることは仕方なくても、道具と見られる筋合いはないはずだ。こいつは……、〆る! 

おまけ

マルファ「もういい、底が知れた」

キルケー「なんだって!?」

ラミエリ「お困りのようだね、わたしが翻訳するよ! 多分これは言うほどキツく言ってないね!」

キルケー「おっ、脳内のラミエリー」

ラミエリ「具体的にはこう!」

『臭いな、これを作る奴の気が知りたい』=『臭いと味とを分けて作れるなんて。ボクには作れない素晴らしい技だ』

『やはり、人並みだな』=『マッドサイエンティストに見えて、人情があって優しいんだな。今のボクにはそんな余裕も持てない』

『もういい、底が知れた』=『この話はそんなに続かないと思う。だから、これでおしまい』

キルケー「もうっ、本当に口下手なんだから」

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