26話 Kill"K"
matai、その暗号の謎は未だ分からずじまいだ。ただ、その暗号に基づくと思われる所で爆破事件が起こった。つまり、この暗号が事件性のあるものということは事実だった。
英二さんは何かに勘づいたようで、走り、何としてでも現場に駆けつけたいがのごとく、火事場へと向かった。わたしたちも、それについて行こうとするが、前日の星蝕者退治を見て察した。彼は相当鍛えている。一兵卒ですら、もしかしたら彼の鍛え方には足らないかもしれない。そもそも、体格的にも恵まれているようだ。そんな相手が全力で走ったら
、どうなるかは明白。追いつくどころか、離されないことすら不可能だった。かろうじて大きな足音を追うことで、なんとか大体の場所を予想できる、それで何とか追いつこうとした。
ついに、追いついた。しかし、それも英二さんが止まってくれていたからに過ぎなかった。爆発の現場は、ひどく崩れ落ち、セメントにすら大穴が空いていた。
「なあ、ここはどこだ? 店の中はもうめちゃくちゃだけど」
「ああ、ここは確かマッブって言う居酒屋だったかな。けど、ここは酩酊じゃないですぜ、英二の兄貴」
エンキュリスは、食い気味に非常に早い返答をした。本当にこの国のことには詳しいようだ。というか、いつの間に兄貴なんて呼ぶ関係になったんだろう。
「ああ、この店の名前は確かにマッブだ。マッブ、妖精の名前で、西洋ではケルトの女王メイヴと同一視される。そして、このメイヴの意味、それが酩酊というわけだ。そうなれば、この暗号をローマ字、アルファベットで書いた意味もある上、酩酊単独の意味、他に混じる言葉のないこの店が浮かぶのも頷ける。また、遅れをとった!」
悔しそうに拳を握りしめる様がはっきりと見える。それと共に、店の床下に空いている大穴もはっきりとわかる。しかし、それには妙なところがあった。
「英二さん、この穴、梯子がかかってる」
こんな大爆発が起きたら、仮に最初から梯子がかかっていたとしても爆発で損壊してしまう筈だ。
「梯子、か。誰かが中に入ったことは間違いない。となると、この穴の奥には爆発させてまで見たかった物がある可能性がある。よし、突入するぞ桐の字!」
彼の言葉の行間を読むと、この大穴の奥には爆破の犯人が居ることもまた事実だろう。わたしたちは、中にいる犯人にバレないよう、ゆっくりと梯子を降りた。
中は薄明かりが灯る暗い部屋だった。その薄明かりっぷりは、近づかなければ目の前数メートルですらろくに分からず、視力が1を越える人でも、0.1くらいしか見えないだろう。静寂も深いその暗い部屋をコツコツと足音だけが彩っている。英二さんは、携帯端末を使い、薄い明かりを灯した。
すると、何やら黒いフードをかぶった怪しい者が、コソコソと鉄の扉の隅、すり足で陰に隠れようとしている。あまりに怪しいやつだ。
「何奴ッ!」
英二さんの余りにも鋭いタックルが、奴のフードを剥がす程の威力で襲いかかる。奴は倒れ、覆い被さられた体制になる。あの体格での筋肉を活かした鋭い一撃。正直、パリスのタックルと同じくらいに受けたくない。
フードは剥がれた。さあ、正体はどんな人物だろうか。身体の横から覗いてみると、その顔は薄味で、目立たない顔ではあるものの、鼻筋はしっかりしていて端正な顔立ちをしてた男だった。とはいえ、わたしの好みとしては、やはり甘すぎる顔だ。体型もよろしくない。鍛え上げられてはいるものの、英二さんなんかと比べたら歴然。下手したらあまり軍の訓練について来れていない伊藤以下かもしれない。その雰囲気は、いぶし銀な主役にはなれない役者というのがわかりやすいかな。
「何すんだよっ!」
そう言って下に敷かれた男は、上に乗る偉丈夫をを払い除けようとするも、到底及ばない。
「単刀直入に言おう。なぜここにいる。なんのためにここに来た!」
「俺はたまたま運良く入れただけだよ! まあ、目的はあるんだけど」
「……詳しく聞こうか」
「俺は影賽って言う名前だ。偽名だって思うなら思ってもらっていいぜ。俺はアルケーズから、極秘の任務の為に来た。この中に眠っている白万の回収のためにな」
「その為に爆破をしたのか?」
「爆破? なんの話だ?」
影賽という男は、しらばっくれているのだろうか。本当に知らないのか、微妙な反応をした。英二さんは、暗号の書かれていたチラシを突きつける。
「このチラシに見覚えはないか? このチラシには暗号が隠されていて、解いてみたところここを発破するとの答えが出た。本当に見覚えないか?」
しかしこれを聞いて影賽は不敵だった。
「じゃあ、逆に聞くぜ。本当に、国からの、直々の任務で、こんな万が一にもバレるかもしれない暗号を使って連絡するか?」
「……なるほど、そう言うことか!」
何がそう言うことなんだろう。わたしには到底理解もできない。
「あたしも何となくわかったわ」
リクも分かってるのか! ああ、もうこれじゃ自分だけ分かってないみたいで恥ずかしいじゃないか。決めた、もうわかってるフリをしよう。そう、決めた時、また強い爆発が起きた。
「今度は何だー!」
本当に影賽は知らないようで、こちらにも伝わる強い爆風をわたしたちと共に耐えていた。
するとどうだろう、何か小さな蠢く液状でありながら個体を保つ、原生生物のような生物を抱えた鼻の縦に長い無気力そうな黒服黒帽子の男がこちらに向かってくる。
「なんだぁ、先客が居たのか。面倒なことになったなぁ」
気怠そうに、また皮肉を言うような声をした黒服は、右の黒いコートのポケットから注射器を取り出し、暴れて今にも手を離れそうな原生生物に突き刺した。内部の液体がじわりじわりとその生物に侵入している。やがて、その生物は先程までの暴れ具合が嘘のように鎮まってしまった。その手に持った液体には、もう、寝ているかのような生気も感じられなかった。影賽は、悔しそうに歯の奥を噛む。
「てめぇ、白万を何だと思ってやがる!」
そうだった、あれは白万。久しく見ていなかった存在だった。稀に脱走した白万を保護区ゼノン支部で見たけど、じっくり見たことはないから頭の片隅に存在していなかった。そして、おそらく、その命の灯火は今消されたのだった。灯火を消した冷や水は、熱く燃える灯火に冷たく返した。
「私はこんなものに興味はないが、依頼人が異端だって言うんでなぁ、処分させてもらったよ」
そうだ、異端って言葉、誰かが口癖だった気がする。そうそう、澪だ、わたしの旧同室の澪の口癖だ。そう言えば澪は粋世とかいうものを信仰する異教徒だったよな。そして少し前、わたしたちを襲った奴らも異端という言葉は使わなかったが粋世を名乗っていた。そして、依頼人の一言。断定はできないけど、もしかしたら。
「とにかく、見つかったんじゃタダじゃ置けないな」
何かを取り出した。形をよく見ると、丸い、金属で出来た形をしている。何やら凹凸があり、パイナップルのような……。
「そらぁっ!」
「危ない! 伏せろ!」
爆弾と思わしきものが投げられる。それに合わせて皆で伏せる。伏せたところで助からない可能性もあるがしないよりマシだ。体をかがめ、床が目の前に見える。耳をつんざく爆発音が聞こえた。しかし、その破片一つさえわたしのそばには来ない。そのかわり飛んできたのは竹のカケラだった。顔を上げて見てみると、リクは全く伏せず真っ直ぐ起立していて、破壊された竹の防壁がそこにはあった。
「なるほど、白万使いか。じゃあ尚更処分の必要がありそうだな」
「馬鹿っ。リク! こんなことしたら狙われるのは当然のことじゃないか!」
「それも承知よ。けど、わたしたちなら奴らを捕らえられる。戦力は十分でしょう? それに、あそこにものすごい怒ってる人がいるもの」
手を指す先を見ると、そこには研究員のような服を着た長くうねった赤髪の女が居る。目は赤く、涙は血のよう。白衣は低くはない程度の身長に対しなおダボダボ。恋愛運のない雰囲気を湛えているが、実力は本物。そう、彼女は、キルケー・カンタレッラ。昔からお世話になった、ウェストウッド家の顧問のおば……お姉さんじゃないか! いやまあ多分もう見た目こそ若々しいけれど40はとうに回る年齢だと思うけどね!
「あんたら……、随分と無駄なことをしているみたいじゃないか……。捕らえられた白万が異端だから殺す? 馬鹿らしいなぁ。こういうのは」
キルケーさんは素早く名前らしからぬ銃を抜き、右腕で肩より上に持ち言い放つ。
「徹底的に実験し潰してこそだよ。死ぬまでさぁ! あんたはワタシの研究対象の邪魔をした。慰謝料の準備くらいしておけよ?」
しかし、それでもまだ黒服は平然としている。ようには見えるが、冷や汗は出ているみたい。
「おいおい、小娘なんの冗談だぁ? 銃で撃ち抜いてしまったら慰謝料の請求は出来」
つらつらと戯言を話している間に、キルケーさんは左の腕でもう一つの銃を引き抜き、相手めがけて2丁拳銃で交互に連射をしだした。無論、そんなことは無茶がすぎる。敵に当てる前に腕がイカれてしまうだろう。しかし、それがもし可能なら、あまりに容赦がないと言わざるをえないだろうな。
しかし、撃ち込まれた黒服は、弾が刺さって痛々しいものの、平然としているようだった。
「なんだぁ、おもちゃの拳銃じゃないかぁ。しかもよぉ、こんなチキチキ撃ってたら……」
スカスカと引き金は、明らかに空を舞っている。引いても、弾の一つと出やしない。
「すぐ、弾切れしちまう。戦略のかけらもないなぁ」
「それはどうかな?」
キルケーさんはにやりと口角を上げると、懐からパソコンに使う保存メモリのような物体を取り出した。そうして、これを握りしめて床のセメントに触れる。
「生成! 魔弾!」
そう言って、手を戻すと、何かをジャラジャラと音を立てて手の上で弾ませる。よくわからないけど、多分それは、弾丸。それも、魔弾と言うからには何か特別な力のある弾。キルケーの白万は、メモリを使い、そのデータ内にあるものを作り出す力!
しかし、余裕そうに見えたキルケーは、後ろで呆然としていたわたしたちに向かって叱咤した。
「あんたら! 何ぼーっと突っ立ってんだよ! 奴を捕まえるのに協力してくれ! 特に影賽! たまたま同じとこに来ていて、たまたまわたしがあんたの任務の現場に入れたから連れて行ってやったのになさけない奴だな!」
「わかった、微力ながら手伝おう!」
影賽は、快諾した。
「粋世教はあんまり好きじゃないもんでね、ひと暴れしてやろうか!」
英二さんも本気だ。槍を相手に向けて腰を低くしている。わたしも弾の中を突き進むのには慣れている。
「わたしもだ! 異教の使い……、容認しているが、迷惑かけるなら容赦しないぞ!」
前に足を踏み出し、しっかりビシッとまっすぐ黒服向かい指差してやった。彼の立場はなんとなく理解している。金で雇われたエージェント、嫌いじゃない。むしろ大好きな部類だけど、立場上敵対するなら容赦はしない。
リクは後ろに下がって竹を展開し直し、要塞を作った。エンキュリスはこれに純粋に感動したようで、
「おおっ、やっぱ、あんたすごいっすね! こんな大掛かりなことまでできるなんて!」
子供が面白い昆虫を見つけたかのような純粋な目で見ていた。自分は入れてもらえてないけど。この要塞の中で、愚痴を言っているのが画面の中のアシェンだ。
「ちえー、面白そうなのにこれじゃよく見えないじゃないですかー」
アシェンの腑抜けた発言に相反するような緊迫した環境。槍の一閃が音を立てまっすぐ貫いた。風圧は凄まじく、人間業とは思えない。わたしも、それに続き、トンファーを取り出して応戦に向かう。
「ずいぶんな殺意だなぁ。串の者、お前はやりがいがあるぞぉ!」
わたしの存在なんて歯牙にもかけず、黒服は戦いに悦を感じているようだった。黒服は英二さんに拳の間にナイフを挟み一撃入れる。しかし、その一撃は浅く、血が数滴垂れる程度だった。その間に、キルケーさんの魔弾がしばしばと撃ち込まれるが、それも英二さんと黒服は華麗に躱す。わかっていれば、当たることもまずないのだろう。エンキュリスの方に流れ弾が飛び、
「おっと、あぶねぇ!」
足をふらふらと動かしている。
また、槍の一閃だ。その瞬間、わたしは役に立たないとわかるやトンファーを投げつけ、足払いをした。黒服は体制を崩し、槍はしっかりと黒服の腕をとらえた。その表情は痛みより先に不可解な現象への恐怖がまざまざと見えた。
「なぜだっ、気づいてはいた。なぜ、避けられなかった」
「薬が効いてきたみたいだね」
キルケーは含み笑いが止まらないようで、口元がひくひくと動いていた。
「魔弾がまだ刺さりっぱなしだろう。これは貫くために撃ったんじゃない、刺すために撃ったのさ!」
気づいた時には、もう遅かった。彼は痺れたように全身を細動させ、思うように体を動かせないようでなんとか固定した槍を抜こうとしても、すぐに手が落ちてしまうようだった。器用な動きはもう出来ないだろう。英二さんも串槍を刺したまま下がり、捕まえてもらうため携帯端末で連絡を取ろうとする。
「もうこれで、決着だな。しっかし、影賽はあんまり役に立ってなかったなぁ」
「悪かったなあ。役立たずで!」
不貞腐れる影賽を尻目に、キルケーは黒服に近づいて、近くにあった鉄で手錠を作ると、槍で突かれてない片腕に取り付けた。
その時だった。なんと、九死の黒服は、槍の刺さった腕をそれ自体を強く動かして引きちぎった。あまりにグロテスクで、目を覆いたくなるような光景。わたしはそのような恐ろしい光景に慣れてしまった恐怖を強く覚えながらも、それを眺めていた。
「くっ、しっかりと突いたのに。しぶとい奴!」
「私は、仕事人だ。同業の誰にも負けはしない。 ウェストヒッポに肩入れする灰髪の悪魔にも、ビアンコアクィラにも!」
往生際の悪い奴だ。まだ、動くというのか。
奴の言う灰髪の悪魔は、モーンレッド、モニーのことだろう。それと、ビアンコアクィラ、その正体は、わたしもよく知る人物だ。彼女はウェストウッド家の幹部使用人なのだから。
彼女らのことに思いを耽っている間にも、黒服は手元から巨大、複雑な機械を持ち出してきた。導線があることを考えると、これは、間違いなく爆弾。それも、憲兵をしてきたから知っている。この大きさともなるととんでもない威力、この隠し部屋すべてを消し飛ばすことすら可能だろう。手には起爆のためのボタンが握られている。見てわかった限りだと、キーを入れた後にパスワードを入れて爆発させる類のもので、奴の力の抜けている今の状態でも爆発させることが可能だ。
「これが、爆発すればここは木っ端微塵だぁ。すでに目的は達成した。ここに私が居た証拠ごとまとめて吹き飛ばしてやろう」
リクは、ガラガラと音を立て、要塞を崩す。
「なになに、おっ、爆弾! 面白いですねぇ。でも安直でもあるなぁ」
「笑い事じゃないの、ケリィが危ない」
アシェンの人ごとな態度にリクは声を荒げた。まったく、リクはいつもこうだ。わたしが危ない場所にいれば、自分だけ安全なんて許さないタチだ。たしかに愛し合ってはいるけど、行きすぎな気もする。
くそう、しかし奴の手元には握られているそれのパスワード入力は、慣れていれば1秒とかからないだろう。少しでも刺激すれば、奴は間違いなく身も省みることなく起爆する。いや、もしかしたら持っているもう一つのトンファーを投げつければいけるか?
すると、何やら奇妙な声がわたしの後ろから聞こえてきた。振り返ると影賽が、手の平を上に、劇のように大袈裟に振る舞っていた。
「人生所謂演舞なり。戯曲の元の、喜劇なり。喜劇の側に、悲劇あり。楽しもうぞ、今宵の舞。歴史は踊ってきたのだよ!」
影賽は、両手を握って上げ、パッと放して降参のような姿を取った。
「ははは、どうしたぁ、降参かぁ。だがもう遅い。あの世で私に詫び続けるんだなぁ!」
黒服はバレーボールのスパイクのように振り上げてそのままパスワードを入力し、投げつけようとする。リクは、伸ばしていたツルを縄のように扱い、ピンと張るまでに伸びるが、間に合わない。一度は終わりを覚悟した。
しかし、その爆弾はパスワードを入力するまもなく、手からぽろりと落ちた。振動を起こしながらも、安全性が功を成したか爆発することはなかった。黒服は爆弾を拾おうとしたが、いかんせんしびれが抜けないのか、かがみきれないようだ。
「な、なんだかよくわからんけど、今が好機だ! いったれオラー!」
全員で、周りを取り囲む。その中で英二さんは特殊な手錠を素早く掴むと、キルケーさんからカギをもらい、先のちぎれた二の腕にもキツめにはめた。
その様子を見て影賽は取り囲まれた塊の外周でボソリとつぶやいた。
「少々早いですがこれにて終幕」
おまけ
マルファのひみつ
実は、キルケーとは思った以上に相性がいい。
6年前
キルケー「いやはや、髪を染めるなんてねぇ。いろいろ気が早いんじゃない? まぁ、ワタシの白万があれば、造作もないけどさ」
マルファ「素晴らしい魔女と聞いた。できないわけがない」
キルケー「信頼、ってことだな! 色は?」
マルファ「赤」




