22話 招かれざる客
烏窟城のとある宿屋。どうやら、作戦会議のようだ。
「今作戦で、私、クオリアの所属する班は、この宿を拠点として動きます」
「クオリアさん、ここの座標は?」
ミラが問いかける。
「95-61-3階の地区です。この数字の意は、烏窟城はおおよそ東西南北に並行になっていますが、その北東方面を1-1として、階層を表し、地区番号となっています」
「ありがとう。やっぱり場所がわからないとあたしのオポチュニティの実力は半減と言っても過言じゃあないからね」
ミラは、手元の白い色のシルバーバックチョコバーをかじった。シルバーバックバー特有の硬い食感は、かじった時に鳴る木を砕いたような硬い音で伝わったことだろう。
「あと、クオリアさん、万が一の時は、マルファのこともよろしくお願いします。マルファ、指図されたくないからって独立行動するって言ってたけど、やっぱり心配で、だって! さっきだって近くの競技場で取手矢をに引いてた。すごい殺気だった。この世の全てがどうでもよくなったみたいな死んだ目をして。このままだと、どんな無茶するかわからない。あたしは偵察班として動くけれど、あたしの分まで、心身管理を頼みます」
「承知しました、ミラお嬢様」
クオリアは、足を裏に、スカートの裾を上げ返事した。
「よう、ミラの嬢ちゃん。俺と札舞わせ、闇夜に堕ちようではないか」
一見つむじが真ん中にありそうな前髪を立ち上げた真ん中分けと刈り上げの男が、妙な挨拶をした。
「なにさー、あたしは偵察に向かわなくちゃいけないから忙しいんだけど」
「それは俺の心も凍てつき、永久凍土の元冬眠をしてしまいそうだ。ミラならば、リディと違い、人類の核をオーバーヒートさせやしないと思っていたからな」
そう言いながら、男は手慰めに、プレイングカード、いわゆるトランプをシャッフルし続けていた。
「まあ、一戦くらいならいいかな? 何する、やっぱり、テキサスホールデム?」
「そうだな、ナップを3周でどうだろう。それが刹那の虚を満たすのにふさわしいものではないかな」
「いいんじゃない、それでやりましょうよ」
トランプを手にした男は、ミラを自分の部屋に案内した。その光景は、あまりに危ういように見えるが、この男はミラから危険視されておらず、信頼が伺える。
「あ、クオリアさんじゃん」
別の声が人の去った場に響き渡った。そこには、シドニー・ウェストウッドが、法被を着て、腰上を紐で結んで嬉しそうな顔して立っていた。手元を見ると、そこには血痰よりも赤い丸い塊が串に刺さっていた。
「おや、シドニーお嬢様、それはりんご飴ですね?」
「そ、りんご飴。やっぱこういう場にはこれだよね。ほら、すぐそこは祭りだよ」
よく聞けば、確かに祭りならではの盛り上がる声や笛の音色が聞こえてくる。近くには屋台の準備をする者の姿もあった。
「ほら、クオリアさんもいこうじゃん?」
「申し訳ありませんが、少々お手洗いの暇を頂いてもよろしいでしょうか?」
「ははは、クオリアさんは用が近けぇじゃんね」
シドニーはあくまでも裏も見ないような、朗らかな態度だった。クオリアは少々の間、席を外した。
しかし、ここでクオリアが暇をもらったのは、決してお手洗いなんかの用ではなかった。ただ、本当に暇が欲しかったのだ。セメントの壁しか見えないような部屋の窓のふちに寄りかかり、懐からタバコを取り出す。肘を曲げ、ライターで火をつけ、ひとつ吹かすと、すぐに離し、独り言を話した。
「……嵐が、テンペストが来る」
*
92-61-4階
「おおっすごい、どうなってんのこれ」
赤髪の、トマトでもはめ込んだかのような平坦な色彩の赤目をした女が、普通の同年代はなかなか食いつかないからくりに衝撃を受けている。なんと、ゼンマイで茶菓子を棚から出し運ぶ。
「ゼンマイ仕掛けさ。それにこうすれば……」
店主の男の言葉は英語で、こう言った説明は小慣れているようだ。彼が装置をいじると、なんと今度は違う棚を開け、中身をつまんで持っていったじゃないか。
「こうやって別の棚からも出せる」
「すごいなぁ、ゼンマイでこれは。しかも正確だ」
「それだけじゃない。この掃除をしている平らな機械、これもゼンマイだ」
「すごいなぁ、買ってもいい?」
「生憎、これは売りもんじゃねぇんだ」
「ちぇっ、ケチ」
「まぁ、こう言った妙ちきりんなもんを扱ってる店もあるだろうよ。なにせこの烏窟城だ。探せばやばい葉っぱから臓器まで売ってるんだからよ」
「ああよかった。それなら」
そう言って赤髪の女、キルケー・カンタレッラは、腰から、鉄よりも明らかに軽そうな材質の拳銃に手をかけた。
「これを使わずに済んだみたいだ」
そう言って去っていく影を見て店主は、
「ははっ、あいつもだいぶ無法者じゃねぇか」
と、笑ったという。
*
90-1-1階
「うはぁ! すっごい盛り上がりだなぁ」
見渡す限り、人人人。烏窟城は、ごった返す人混みの場所だ。内部は外装からの想像通り、コンクリの壁で囲われた閉塞感のある道の連続だ。日の光も奥まってくるとろくに当たらず、薄暗い電灯だけが闇を照らしている。
しかし稀に電灯だけでないところもある。ほら、道脇には、屋台がちらほらと並んでいる。このまっすぐの道、大体片側100mにつき4店位の割合で並んでいる。屋台のおじさんが勇ましくうちわを鉄板に向けて仰いだり、気だるそうな青年が店番をしていたり、そんな光景はどこか高揚を覚えるものがある。そう、これはまるであれだ。
「すごいデスよね。祭りみたい」
そう! それだ。ゆかりさんがはっきりと答えてくれた。この光景は祭りだ。えもいえぬ高揚は、その特有の空気に違いなかった。
「これは、夜市だ。まあ、ほぼ毎日行われるから特別感なんてありゃしない。けど、元々この辺は人が多いから、なにせスラム街。気をつけな、レディ?」
エンキュリスの言っていることはもっともだ。しかし、そう言って振り向いた先にいたのはリクだった。明らかに狙っている。わたしの彼女だからフリーじゃないのにな。リクも当然勘づいてたようだ。
「何よ」
「いやぁ、何度見てもべっぴんさんっすね。どう? 一夜限りでも、さ」
「言っておくけど、あたしは恋人いるわよ」
「方便、でしょ?」
今だ。今わたしが恋人だと名乗りを上げれば間違いなく諦めてくれる。しかし、そんなことを考えた刹那の間に、リクは返答をしていた。
「じゃあ、あたしが股に象徴を生やしてるって聞いたらどうするかしら?」
「そりゃ、諦めるよ。同性愛の気はないからな」
「生えてるわ」
「うそだぁ」
「じゃあ、選択肢をあげる。股座を触れば簡単にわかるわ。けど、触ったら、何らかの罰が必要。そうね、ちょうど宿の金が必要だから、奢ってもらおうかしら」
「じゃあ、もし付いてなかったらその宿でパーリィだな! OK!」
エンキュリスの決断は早く、素早く股座に手を伸ばした。しかし、その手は素早く離れた。
「マジか、レディ、いやジェントルマンっすか? すごいな」
手を離した彼は、気持ち的に引きに引いた様子で、残る感触を揉み消そうと、カビもちらほら見えるコンクリ壁にゴリゴリと手を擦り付けていた。
「レディが当たり。ただちょっと違うだけ」
ああ、わたしにはわかる。彼女は間違いなくレディで正解だと。そして、わがままに見えるけど、豪胆で、努力家で、抜け目のない人だってことも、改めてよくわかる。
「じゃあ、精神的苦痛を受けたから、宿代くらいは奢ってもらうわよ。訴えないだけ感謝してもらいたいわね」
「とほほ……。けど、言っとくけど、レディ、あんさん俺が相手でラッキーだったぜ。改めて言うが仮にもここはスラム街。何されたって文句はいえねぇってもんよ」
リクの携帯が鳴る。彼女が取り出してみると、画面いっぱいに灰髪の、アシェン、あのバーチャルスターがいっぱいに映っていた。
「あ、ようやく繋がった。こんにぶー! アシェンルクスです。あれ? 今日はパイパーちゃんはいないんですか?」
「ほら、言われてるぞ、リク」
リクは、あくまでも無視を貫いている。まったく、図星だからって膨れるなよな。
「とにかく、この辺りはわたしも知らなくて、良ければ見せていただけますか?」
「見せるって、こうやって画面を持てばいいのか? ほら、リク、見せてやんなよ」
「なんであたしが……」
リクは不服そうだ。実際、こうやって撮影していたら、不審者と疑われても仕方ないだろう。けど、アシェンは味方だ。少しくらいこの空間の雰囲気を与えてあげたい。
屋台は様々。わたあめのような祭りらしいものや、つみれやドネルケバブのような夕飯になるもの、服を売っている場所もあり、小さな電器屋のようなものや、射的の屋台まであった。
「ちょっと、そこの嬢ちゃん」
屋台から声をかけられた。言ってもわたしはもうそんな歳でもないと思っている。しかし、声をかけられた先を見ると、何か怪しげな雰囲気を感じた。
その店構えには、銀や黒の中の見えないようパックされた何かが、お香と称して売られていた。しかし、それが建前に過ぎないことは、すぐに分かった。
「ほら、例のモノだよ。あの葉っぱ。初回なら50ドルから、大丈夫、安全だよ」
この店の正体はおそらくは見抜けた。こうやって、このスラム街で非合法化はされていても、違法ではある草を販売しているんだ。わたしは、吐き捨てるように、
「汚い奴!」
という言葉が口からこぼれた。怖い裏方だって怖くない。だって、主はこんなふうな葉の悪用を許してはいないだろうから。
そう言い切ったあとは、他の屋台を見回した。正直、わたしは祭りの屋台特有のぼったくりが嫌いだ。場所代、没入感にお金を払ってもろくなことはない。わたしだって一塊の倹約家だ。生半可なことでは財布の紐は緩まない。しかし、リクのとある言葉で、その考えはすぐに改めさせられた。
「ねえケリィ。このりんご飴、食べてみたいのだけど、いいかしら?」
「そんなの自分で買えばいいじゃないか」
「まったくケリィは素晴らしい倹約家ね。けど、たまにはハメを外してもいいんじゃないかしら?」
この一言、ハメを外すと言われた瞬間、脳裏に懐かしいパパとの謝肉祭の記憶が映し出された。
――
「どうしたんだい、キーリー。なんにも買わずに。少しくらいならおねだりをしてもいいんだぞ」
「こういう祭りで物を買うのってどうかと思うんだよね。ちょっと、なんていうか、いつもより余計にお金を使っちゃって、もったいない、と思ってさ」
「キーリーは賢いな。確かに節制は大事だ。この世でも指折りの大事なことだと思う。しかしだな、だからといってそれに囚われて物事を楽しめないんじゃ、節制の意味がない。せっかくの祭りなんだ、思い切り楽しんでみたらどうだい?」
「じゃあ、あのぬいぐるみが欲しい! もふもふしてそう!」
「ははは、あれは着ぐるみだね。流石におねだりにも限度があるよ」
――
そうだ、祭りは、楽しまなくっちゃ!
「……そのりんご飴、わたしの分も合わせて買う!」
「あら、ケリィ、やっぱり欲しくなっちゃった?」
「ああ!」
そう返事をして、りんご飴を購入し、リクに一本手渡した。赤く艶やかなその見た目には、中に向かうにつれ深淵、深淵の暗さを増していく。故郷では、収穫祭の時によく見る見た目だ。
「うん、期待通りね」
先に食べたリクは、これといった喜びの反応を見せなかった。
「それは予想通りのおいしさって意味で?」
「いや、非合理的と思って」
まったく、ひねてるなあ。飴とリンゴを同時に食べる理由がわからないってことか。そんなのいちいち考えなくてもいいのに。わたしも、りんご飴をひと舐め。
アシェンは嬉しそうな調子で、
「いやはや、笑顔が見れて嬉しいです!」
と言った。見ると、こんなにこの非合理的な飴を責めていたリクをじっくりと見ると、意外にも口元が緩んでいた。
*
90-12-1階
夜市も大局の深夜に差し掛かる21時。先程より、多くの人と別れた。これは視察も兼ねている。今、わたしと行動を共にしているのは、行きの車に乗ってきたメンバーにエンキュリスとパリスと小林というあまり知らない、英二さんの部下を加え、インカム男(灰城というらしい)と運転手を除いた8人だ。灰城曰く、ここは性に合わないなんていうくだらない理由で抜けられた。運転手は、わざわざついていくと色々めんどくさい地域だからじっとしている、らしい。結果的に、女性の非常に多いグループになってしまった。
「そろそろ、宿に泊まろうじゃないか。何、この辺りは夜にチェックインでも入れてくれる」
英二さんは、わたしたちを見て問いかける。そろそろ夜市も満喫できたし、床につきたいところだ。
「あ、あれ何?」
パリスの声につられて見た先に、ふと夜市の中のドタバタした祭りを見つけた。荒れ狂い、屋台は壊され、人々は逃げ惑うその最中に、今日見た影を見つけた。なぜ、なぜあいつがこんな所に!
「星蝕者!? どうしよう、火なんてないよ! ライター持ってそうな人もいないし! 逃げよう!」
英二さんは静かに、暗い声で話し始めた。
「桐の字、確かにさっきのは逃げるのが賢い選択だった。逃げるという方法があったからだ。しかし、時には!」
そう言って、まるで物干し竿のように後ろに刺していた串槍を抜き出し、相手の黒い異物に向け、今にも躍動感ある像のような構えをした。
「現実と闘わなくてはならない時もある!」
その声と共に英二さんは素早く前に突き進んだ。その様子は、間をすっぽ抜かしたコマ撮りアニメのごとく一瞬で距離を詰め、槍で奴を貫いていた。
「わあっ、速いデス!」
「そう、あれが英二さんの奥義、田楽刺し(オーデンスピア・グングニル)さ!」
小林は、随分と誇らしげに語った。
しかし、奴は素早く起き上がる、不定形生物に起き上がるなんていうのも変な話だが、とにかくまだ動くようだった。
「英二、まだ動くよ! 気を引き締めて!」
「あーっ、後ろ見てデス! まだ星蝕者がいるデス!」
「わーってるって」
果音さんとゆかりさんの心配も軽く流し、後ろにバックステップを踏み距離をとった槍先は星蝕者をただじっと見つめていた。長く、沈黙が流れた。人通りのなくなった通りとはこんなにも静かなものなのだ。
「大丈夫? お姉ちゃん、危険じゃない?」
「うん、パリスは心配しなくていい」
こそこそ声で妹をなだめているその時、
「そこだ!」
音が空を切り、槍先は敵を突き潰し、ボロボロとその黒色の塊は崩れ落ちた。
「やった!」
拳を突き上げたのも束の間、まだ奴らはわらわらと居る。このままではらちがあかない。どうすればいい。
すると、ほとんど見なかった人影が急に増え始めた。こんなに集まるなんて、死ににいくようなものだ!
「危ない!」
しかし、星蝕者の近くにいたバンダナ巻きの男は、火炎放射器を取り出し、星蝕者に向け、放った。星蝕者はみるみるうちに燃えていく。
「窯に火入れる際についでに買っておいたが、持っててよかったな。さあ、こっからは街の底力だ」
かのバンダナは、拳を床に向けて握り、腕の筋肉と確かな自信を見せた。
おまけ
ミラ「うちのメイドって白髪にしてる人多いね。なんで?」
クオリア「まだ、お話していませんでしたでしょうか。これにはいくつかの合理的な理由があります。1つ目の表向きの理由は、主人より目立たなくするため。2つ目の裏向きの理由は、スパイのように潜入操作をする際、白髪の方が姿を変えやすくて取り入りやすいためです。そして、さらに隠された3つ目の理由があるのですが……聞きますか?」
ミラ「聞きたい……!」
クオリア「実は……」
ミラ「ごくりっ」
クオリア「メイドは仕事柄ストレスを抱えやすく、白髪ができやすい。それなら、いっそ全部白い方が、目立たない、というわけです」
ミラ「確かに……それで隠れてやってたんだね、タバ……」
クオリア「……何かおっしゃりました?」
ミラ「い、いや、何も!」




