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ウェストウッド家に栄光あれ!――君に家督を譲りたいっ!  作者: 青瑪瑙ナマリィ
第3章 烏の目からは逃れられないっ!
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21話 Flame Dance! Dance!

星蝕者キャンサーインザワールド、厄介な奴だ」


 英二さんは、バックステップで下がり、奥歯を噛んだ。そこにいた黒い色の生命体は、禍々しさを湛えて、踊るように蠢いている。少なくとも、それは、人間を襲えば、数十秒でダメにしてしまうほどの恐ろしい殺傷力を持っていることは、そこで全身をぐちゃぐちゃにされ、紫色になって倒れている、先ほどまで生きていた賊の首領を見れば明らかだろう。


 リクは、車の中、遠目にその生物を右手を水平にして、眺めた。


「何? あれは生物かしら? 研究のしがいがありそうね」


 そうか、リクは星蝕者を見たことが無いんだな。


 面白げな反応を見せたリクは、蠢く塊に向かい、ゆっくり、ゆっくりと優雅に近づいていった。わたしには、まだ、リクの意図がわからない。けど、リクならきっと無策ではないと信じられる。


 しかし、それは、英二さんの前を通ると、感づかれ、危ないからと捕まってしまうと考えたのだろう。彼女は、カバンから肉の破片を取り出し、足に熱を取るシートでも貼るように、くっつける。すると、足は一瞬で強靭な凸凹を作り出した。彼女の白万で、筋肉を再構築したのだろう。


 リクは、飛びかかるように星蝕者に向かって駆け出し、その禍々しい闇に右腕を突っ込んだ。


「おい、なんだ、だめだ! よせ!」


 英二さんは慌てて、後ろから羽交い締めにしようとするが、もう遅い。リクは分析に入った。


「あなたの体内、分析した後に分解してあげるわ。あたしの実体験した研究データと化して、死に、生き続けなさい」


 リクの手から、神経の線が伸び、内部に侵蝕する。わたしの隣の果音さんは、声も出ないというように口元を押さえていた。何かに勘づいたのだろうか。


 そう、侵蝕したのは、リクだけではなかった。リクの腕は、前腕からどんどんと紫になっていく。それも、一部、というわけではなく、腕の皮膚一周全面がだ。それは、突っ込んでいない外に見えている部分すら、ミミズが這うような速度で、じわり、じわりと登る。


「やばいやばいやばいやばい!」


 リクは、虫嫌いが虫でも触れたかのようにとっさに腕を星蝕者から引き離す。その時、かろうじて形を保っていた右の前腕が、ボロボロと崩れ落ち、最終的には無くなってしまった。切れた腕の断面も紫になっていたけれど、間欠泉のように、勢いよく紫の液体が出て、染まった色は、もとの白い肌に戻った。そう、星蝕者は、侵蝕されながら、侵蝕していたのだ。その柔肌を。


 悔しげに、英二さんは地を踏みつける。


「くそう、もっと早くに気づいていれば!」


 地を踏んだ彼は振り返り、言い放った。


「賢い選択をする。ここは逃げるしかないようだ。気の毒だが倒れている者は置いていく。走って逃げろ! 荷物も最低限に、振り返らず、全力で、だ!」


 わたしは、リクの分の荷物もまとめ、ドアを開け、車を降りた。他の人たちも、次々に車を降りる。リクもまた、走り出した。しかし、腕を失った割には落ち着きつつも素早く行動したように思える。


 もういかにもわたしの次の行動は走る、そんな時だった。遠くに見える星蝕者に向かい、どこからか、何かが投げられた。それが何かは、よく見えなかったけれど、小さく、朧げな灯りを持ったものだってことだけは分かった。


 その刹那、小さな灯りは大きく、大きく盛り、繁栄の夜景の様と化した。星蝕者は、紫色の蒸気になり、空気と中和された。


 その投げ込まれた元を辿ると、現地人風の髪がぐるぐると巻いた天然パーマの男が歩いてきた。


「いやー、災難だったねぇ、あなた方も。この辺の星蝕者には、ほんと気をつけないと」


 その見た目には、あまり気を使っていないのか、淡く染まった白いTシャツと穴は空いてないけど、ボロボロの、チノパンっていうんだっけ? を履いていた?


「いやいやまさか、火に弱いとはいえライター程度の火で倒せたのか。てっきり火炎瓶くらいは必要かと」

「ああ、そりゃ大きさによるよ。今回は、本当ラッキーだった」


 英二さんにも知らないことはあるらしい。あの鉄家とはいえ、傷ひとつない宝玉でないことを思うと、失礼だけどガッツポーズを心の中でしていた。


 パーマは、まだ元気有り余るというふうなはっきりした足取りで、怪我をしたリクに近づき、かがんだ。


「おっと、あんさん、怪我してるな。何か手伝えることはないか?」

「そうね、なら、塊の生肉をくれないかしら」

「なんだよ、そんなんより応急処置を……」

「それが、応急処置よ。黒子一族には分からないでしょうけど」


 明らかな侮蔑。しかし、パーマは気にも止めず、


「よし! それならそうしよう! 急いで肉屋に向かおう! 俺はエンキュリス、エンキュリス・エーギル・ヘクサ。あんたら、烏窟城への旅行者か?」


とわたしたちに聞く。英二さんは


「ああ」


と答えると、まるで前々から準備していたみたいに間髪入れずに、


「なら烏窟城の入り口で落ち合おうじゃないか!」


と、言って返事も聞かず走っていってしまった。


「あいつ、俺たちのこと信じきってるな」


 一緒に乗っていた、インカムのようなアンテナが付き、赤く反射し真っ直ぐ一本の板で構成されたサングラスをかけた男が、金属製の高そうなライターで、タバコに火をつけた。嘘だろ、ライターって。


「あー! あんたライター持ってるじゃないか! 火に弱いってことはわかってたんだから、それ使えばよかったのに!」

「お前みたいなアマに指図される覚えはねえよ。いくつだ? てめえ」


 その男は、心底不機嫌そうに答え、タバコを咥えた。なんという性差別的な言葉。黙ってはいられない。


「お前さぁ! いくらなんでもそれはないだろ! 年下相手にも礼儀ありだ!」


 腐れサングラスはこちらをきっと睨んだけれど、とにかくタバコをふかすのに夢中だ。きっと自分はあいつのことなんて眼中にないとでも思いたいんだろうな。無駄だ。いくらだって噛み付いてやる! 


 しかし、その状況をよく思ってなさそうな英二さんは、わたしに呼びかけた。


「まあまあ、桐の字。暑いからって心までポカポカしないでいいんだぜ。とにかく、エンキュリスってやつはオレらを信頼しているように思える。それなら、信じ返してやっても、いいんじゃないか?」



「いやはや、スペアタイヤなんてものがあってよかったねぇ」


 果音さんはタイヤを見つめている。日は照らしつけて痛いが、今はちょうど日陰にいるから、多少はマシだ。


 そう、なぜ日陰にいるのか。ここは烏窟城の前、その入り口の一つだ。おそらく、エンキュリスはこの先程の位置から一番近いこの入り口に向かったのだろう。そこに車で向かうまでの間、腐れサングラスには存在だけでイライラさせられたけど、ようやく解放された。帰りも一緒となると、その頃には彼への怒りが収まっているか心配になる。


「壮観デスね。向こうが見えないデス」


 ゆかりさんがそう言うのも無理はない。この耐久性を無視した巨大なコンクリの建物は、横へ横へとずうっと続いている。しかも、見えないだけでこれに奥行きまである。少なく見積もっても、町1個分はあるだろう。


「おっ、なんだリクリッサ、来てたのか」


 その長く伸びた壁に沿う方向で、アイシャが歩いてきた。近くには、猫背のモニー、腕を田中澪に馴れ馴れしく腕を組み、横並びになって。肝心の澪は馴れ馴れしさが嫌そうで、腕を組んでいなかった。


「なんだよ、リクリッサ、腕がないじゃないかあ。これで義手デビューか?」

「ふふ、凡庸なあなたにしちゃ小粋なジョークじゃない。けど、その必要はないわ」


 アイシャは思ったよりも軽く思っているみたいだった。でも、おそらくわたしの方がもっと軽く思っている。だって、リクの能力はこんなことものともしない。


 英二さんは腰をかがめ、アイシャの隣でくすぶっているモニーをじっくりと見つめた。じろじろと見る様は、何か訝しく思っているようにも思えた。モニーの服装は、今までとは違い、ブレザーを改造したようなデザインをしている。モニーは、ろくな反応をせず、ただ、見上げて、ん、と喉を鳴らしただけだった。


「しっかし、こいつどうにもイメージ通りなんだよな。その薄く灰のかかる髪色。左腕は義手になったと聞く話。こいつ、灰髪の悪魔じゃないか?」


 灰髪の悪魔、聞いたことはある。参謀でありつつもエージェントとして任務に臨み、参謀としては天邪鬼、けれど、なぜか外せない存在。エージェントの任務には冷酷、夜にしか舞い降りずその髪に灰がかかった学生のように見える怪物。敵味方問わず悪魔のようとささやかれる存在。それが灰髪の悪魔。そして、その正体は間違いなくわたしの姉妹、モーンレッド・ウェストウッドだ。


「そうだ! モニーはすごいよ! まあ、その様子は詳しくは知らないんだけどさ」


 アイシャはすばやく熱を入れ、鉄を冷やすかの如く冷ました。彼女にとって、モニーとは伝説のような存在なんだろう。空な状態で話したり、画面越し、文章越しに話したことはあっても、目の前にいないから実感が湧かない。けど、今までのそう言った経験や噂から、すごい人物であるという情報だけが彼女にとっての真の相棒、バディの構成要素なんだろうな。


 ぽっかりと空いた入り口は、多くの人が出入りする。その中に、ついさっき見た顔を見つけた。エンキュリスは身長も高いからすぐに分かった。その手に安いファスナービニールに入れた塊肉を抱え、足並み速くリクの方へ向かってきた。そうして、その塊をリクの手にしっかと渡した。


「これで、いいですかい? 切って食べたいっていうならナイフで切るっすよ」

「ええ、有色のわりには気が利くじゃない」


 仮にも恩人にこの発言。わたしは小声で


「ちょっとリク!」


と言わないと気が済まなかった。


 リクは中身の肉を左の手で掴み、取り出すと右の腕があったところに、接着剤でくっつけるように圧着した。するとどうだろう。肉の塊は先がバラバラな方を向き、のたうち回るようにめちゃくちゃになると、みるみる腕の形になっていくじゃないか。わたしはこれが白万によるものという事実を知っているとはいえ、不思議な光景だ。


 最終的に、リクの腕は、元のものとそっくりとは言わずとも、形だけは間違いなく腕そのものと言っていいものになった。ただ、やや歪で、肉に皮膚の布きれを縫って継いだみたいなただれた見た目をしているだけだ。


「おお、すごいっすね」


 エンキュリスのその反応はどうも違和感を覚えた。何か、非日常が日常のような、そんな感触がしたからだ。


「これでよし。まだ器用に扱うことはできないけど、いずれ元に戻るわ。利き腕じゃなくて不幸中の幸いかしら」

「ああ、本当によかった」


 それはそうと、リクのそのただれた腕にわたしはしがみついた。


「みつけた」


 後ろから声が聞こえる。その声はあまりに突然すぎるもので、本来の声以上に不気味に、脳を摩るように聞こえた。


 ドスンと、背中に強い衝撃が走った。強烈なその一撃は、原付が突進してきたかのような威力と感触だった。わたしは、骨でも折れたかのような強い衝撃によろめき、地面に手をついてしまった。日陰で熱くなっていなかったことがこれまた不幸中の幸いか。なんだ、まさかさっきの賊らの復讐? それとも、ウェストウッド家のものが嗅ぎつけてきたか? 恐ろしい気持ちを抑え、わたしは覚悟して振り向いた。


 そこには、とても小さく、わたしよりも小さく、包み込めてしまいそうなこじんまりとした影があった。


「……パリス?」

「うん、お姉ちゃん」


 一気に力が抜けた。けど、正体の判明とともに新たな疑問が生まれた。


「なんで、ここにいるんだ?」

「……伝えておきたいことがあるんだ」

「勿体ぶってないで、言ってくれ」

「ここに来たのは、ウェストウッド家の荷物に紛れてきたから。けど、それはウェストウッド家の人がここに来ているってことでもある。お姉ちゃん、気をつけて。わたしもできる限りのことはするから」


 こんな所には、パリスが一人で来る用事がない。その真剣な目を見るに、最初から心配だからわざわざ来てくれたんだろう。


「わかった」


 わたしは、ただ一言、新たに生まれた覚悟のもと頷いて強く言い放った。


 アイシャは何かを探すように、キョロキョロと見回している。そうして、わたしに問いかけた。


「なあ、キーリー! ミオっちはどこに行ったか知らないか? トイレにでも行ってる?」


 ゆかりさんも探し人が居るようだ。


「そういえば、空実豪士も見かけないデス! せっかくお許し、あわよくば気に入って頂けるかもしれないのにデス!」

「ああ、空実のヤツなら……」


 英二さんは、青く広がる空を見上げて答えた。



とあるオフィスにて。


「なんっ……で、なんでこんな時に限って仕事が溜まってるんだよー!」

「少しずつでも頑張りましょ、空実ちゃん」


 空実豪士は溜まった大量に書類に目を通しては判を押したり、書き加えたり、とにかく山盛りの書類に囲まれ、息も詰まりそうな状態だった。家族揃っての行事と言えば聞こえはいいが、内容は仕事だ。しかも、他の部下も巻き込んで。


 長い旅は共にやすやすと終わることはなさそうだ。



 場所は烏窟城に戻し、キーリーウェストウッドの目の届いていない物陰。


「ええ、間違いありません。急に腕が生えてきました」


 澪は、誰かとこそこそ電話をしていた。そのトーンはいつもとは変わらずはきはきとしていて、公私ともに真面目さが伺える。


「なるほど、本当に間違いはないのか」

「はい。キーリーウェストウッドと共にいた、背の高い黒髪の女。彼女は白万使いです。早急に救済します。over」


 電話は切れた。

おまけ

英二「しっかし、この車で来てよかったなぁ。果音さんが来るんなら」

桐の字「そりゃまたどうして?」

英二「果音さんの能力は知っているだろ? あれの名前は『混沌女』って言うんだけどな……。とにかくあれで肉体を圧縮しているとなると、かなりの重さになるわけだ。その体重約1ト……グギ!(腕の骨が折れる音)」

果音「一斗缶三つ分。女性に体重の話はご法度よ。フフフ」

桐の字「こ、こわー」

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