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18話 君に家督を譲りたいっ!

「この話は、わたし、果音がまだ生まれる前から始まるの。たしか、年にして新天地暦200年ちょうど、その年の9月24日、それがわたしの誕生日。母から聞いた話によると、前王である父は長らく子供が出来なかったこともあって、その時、とても喜んだそうよ。これで将来も安泰だって」


 新天地暦200年。今年が新天地暦233年と考えるとだいぶ昔だ。しかし、あっさり年齢を教えてくれる人だ。陛下の誕生が202年度の203年であると考えると、2歳差があるらしい。そして、ちょうどその話になった。


「けれど、父は本当は息子を望んでいたみたい。2年と少し後、マサが生まれると、そちらに王を継がせようとし、とたんにわたしには冷たくなったって母から聞いたわ。聞いた話によるとそこらに捨てようとしたとか」


 ずいぶんと男系が強いようだ。いくらなんでもそこまでしなくてもと前王に憤りを感じた。わたしは、外道の子に生まれる痛みを知っている。子に罪はなくとも生まれてくるところは選べないんだ。


「けれど、そんな時も母が守ってくれた。そんなのあまりにひどいんじゃないかってわたしを連れて国を出て行くといったの。父は勝手にしろって許した。だって、王の立場なら選び放題だもんね」


 なんて強い人なんだろう。この人の娘に生まれたかったと、強く思うほどだ。こういう、下剋上の心は、今のわたしに重なるものがある。


「そうして、長い間、本国の日本で暮らしていた。基本的にわたしはそこから記憶が始まっているわ。あの国は、本当に平和だった。そこで母と2人で、何も知らず、日常を過ごしていたのよ。そう、あの日までは」


 そう言って果音さんは溜めたけれど、その顔に辛い様子は見られない。むしろ、この話はいい話かのような晴れやかな顔をしている。


「あれは、確かわたしが20歳の時、家の戸棚に隠してある手紙があったことに気がついたんだ。手紙の表紙を見てみると、あまり綺麗とは言えない字で、わたし宛に届いている。お母さんも人が悪いなぁ人宛ての手紙を隠すなんて、そう思いながら、差出人を調べると、知らない苗字の人だった。正典ってのは、名前としてあるのは知っているけれど、深華。しんげ? ふかばな? 不親切なことにふりがなも振ってなかったんだよ」


 確かに不思議な苗字だとは思う。しかし、それも今の彼女の境遇を考えればおのずと理由が分かる。わたしなんて、ウェストウッドだ。特別な家の生まれだなんて、言われなきゃわからない。まぁ、それで逆に正体がバレずに助かってるんだけどね。


「そうして、中身を開けると、中はね、なんと! ラブレターだったんだよ! マサもいい趣味してるよねぇ!」


 そう言って、今までの清楚なイメージとは異なった、大笑いで、手をこまねいた。よっぽどこのことが気に入っているらしい。


 わたしは、ちょっと疑問に思ったことを言った。


「そのさ、果音さん、それって、家族宛てのラブレターだよね?」

「いや? 恋人宛てのラブレターだったと思うよ」


 ドン引きだ。そんなのはウェストウッド家でも奇異な目で見られる。いや、きっと実際は愛しているって言っても姉弟愛で、そんな目で見てないってのはわかる。けど、もし、もしだよ、そんな目で見ている視点のものに見える文を陛下が書かれたとしたら……、だめだ、それ以上考えちゃいけない。


「そうしてラブレターに書かれた場所、それは地元のお偉いさんの屋敷だったのよ。けどね、そんなのありえないと思った。だって、そんな偉い人の屋敷を間借りできる人なんてそうそういない、いたとしてもそれをして利がある人はいないと思っていたから」


 しかし、彼女は想像もしていなかったんだろう。相手がどんな大物か。


「日も沈み、月が空に浮かんだころ、わたしはその屋敷に歩みをすすめた。この時は、ラブレターを渡す相手なんて浮かれたやつだと思ってた。けど、本当はもっと浮かれたようなことを言う人だって、想像もつかなかったの。屋敷の中は和風な装いで、それでいてひどく静かだった。このためだけに厄介払いをしたようだったわ。電気もろくにつけられていなくて、暗がりが空間を満たしていた。けれど、満月の夜だから、月の光がかすかに空間を照らしていたの」


 果音さんは、この時あちゃーというかのように大袈裟に手を頭に添えた。


「この時、わたしは騙されたって思ったわね。だって、暗がりの中なら、いくらだって不意打ちができる。乱暴なことする時だって暗くて人のいないところの方がばれにくいし。これはもう恋じゃなくて欲情の押し付け、わたしはウツボカズラに誘われた虫になってしまったと考えて、ぞっとしていたわ。そんな時に、マサ、手紙を出した張本人が、よく来たね、って声をかけてくれた」


 果音さんはここで一呼吸置いた。


「このよく来たという言葉に、害意がないことは簡単に理解できた。だから、安心して、縁側のある部屋に足を踏み入れたの。そこには和服をした、まだ若々しい青年が、座布団を敷き、あぐらをかいて座っていた。そこだけ、間違いなく古風な空間だったわ。わたしは、不思議に思って、その服装を問うと、この国の伝統的な服装の方が、腹を据えて会話できるから、って言ったのよ。思わず含み笑いしちゃった」


 伝統的な服装、か。確かに和装は、侘びを感じる美しさがある。派手すぎない格好の方が、心を開いた会話ができるというのはなるほどその通りだ。わたしも、そういったものは好きで、その服装には敬愛の感情がある。実際に着てみたりもしたけど、やっぱり、ちょっと違う。わたしの着たそれはコスプレに過ぎないんだ。妹たちは似合ってると褒めてくれたけど、やっぱり、似合うのは日本人から始まった一族ならではだろう。


「マサはその時、自己紹介をした。私は、そう、この時はかしこまっちゃって私なんか言ったわね、マサは、とにかく私は、鉄芯華国の王位継承予定の深華正典です、って言ってきた。けど、鉄芯華国なんて、てんでわからない。どこにあるのかすら、なんなら国なのかすら知らなかった。地図にも載ってないから。だから、冗談でも言ってるじゃないかと思ってからかった。けどね、彼は本気だった。国連新天地って場所がアフリカに存在して、そこには多くの国がひしめいている。そして、その中の国のひとつに鉄芯華国というものが存在して、そこの王位を継承する予定って言ってた。そして、貴方は私の姉で、父である王の傲慢で捨てられそうになり、母とともにたまらず逃げてきて今に至る。貴方を探すのにはとても苦労して、2年前からずっと探して、つい1週間前この街にそんな名前の人物がいることがわかって、ようやく見つけたって。妄想にしちゃあ具体的だったから、わたしはちょっと信じてみることにした。けれど、なんで来たのか、もうわたしは関係ないただの一般人じゃないかと思っていた。それを聞くと、彼は、その目的はただ一つ、そう言って跪いてわたしの手を優しく握り、彼が見上げるような体勢になると、月に見守られる部屋でこう答えたのよ」


 果音さんは、先程と同じく、いや先程より緊張感の走る溜めをした。あたりに静寂が走った。


「君に家督を譲りたい、ってね」


 それを自分で言ったと思うと、果音さんはいきなり盛り上がった。


「ねえ! ロマンチックじゃない? すごいロマンチックじゃない!?」


 彼女は、盛り上がりをなんとか抑えた口調に戻った。


「マサは、そのためにわたしを連れて行きたいらしい。そして、マサはあと一週間しか滞在できず、一ヶ月で王位を継承するらしい。そうして、マサとは別れて、家に帰り、母に相談することにした。今までのことを全部話してみると、母は怪訝になり、わたしを諭したの。やめて、そんなことしないで。何をわざわざ死地に戻ろうとするの。あそこに戻っても何一ついいことはない、と。その声には、絶対に離すまいという固い意志が見えたわ」


 その時の果音さんの顔は、まるで、今でも葛藤しているかのようだった。


「確かに、あそこで母と共に幸せな生活を暮らすのが絶対いいに決まっている。けれど、それと共に、実の弟の思いも無視したくなかった。未だにあの時の選択が正しいとは思っていないよ。とにかく、わたしは弟を信じて、こっそりとこの国を抜け出した」


 この選択があまりに残酷なことは、立場の違うわたしにもわかる。自分の慕う、いや、普通そうでなくても親のもとを離れるのは勇気がいる。一人暮らしするという会える可能性のある事柄ですら少しの勇気が必要なんだ。二度と会えなくなるかもしれないことなんて尚更だ。それも、果音さんの母は知っていた。かの王の理不尽さ、男尊女卑社会を。だから、なおさらそんな場所には戻したくなかっただろう。そこまで思ってくれるなら、これ以上のことはないだろう。


 しかし、なぜそんな思いを振り切ってまでこの国に来たんだろう。謎が心に残った。


「そうして、この国に来たんだけど、生憎父、前王がなんとしてもマサが王であって欲しいらしくて、未だに王にはなれてないのよ。けれど、それでいいって思ってる」

「そ、それは何故です?」


 空実さんは、どうもその気持ちがわからないようで質問をした。


「なぜって、わたしはあくまでも支える立場でいいの。一番につくなんて荷が重いわ。だから、今はこの国を支えるために、少しずつ学んでいるの。この国のことも、この国連新天地のことも!」

「だってよ、さすがだよな、なぁ、空実」


 英二さんは、いたずらに空実さんを肘で小突いた。空実さんは、バカにされたように聞こえたのか、少しだけ不機嫌にふくれていた。


「これで、昔話はおしまい。長らくのご静聴ありがとうございました」


 果音さんは、拍手の後、手を横に軽く広げた。その姿は、気品がありながらも、はつらつとした雰囲気を醸していた。


「あまり長居してもいけませんね。それでは、これで失礼いたします」

「そうだな、レディだもんな」

「もっと居てもいいけどねぇ」


 空実さんや英二さん達が次々に部屋を退出する。最後に残ったのがわたしだ。しかし、わたしにはまだやることがある! 今までは知らないふりをしていた。けど、今なら! 


「最後に! 果音さん! いいですか!」

「なぁに?」

「わたしの友人に、今度裁判にかけられる一ゆかりって人がいるんです。なんでも殺人および死体損壊罪らしくて。そして彼女に付いている白万っていう生物のせいで人の肉を食べなくちゃいけないらしくて。けど! ゆかりさんはそんな悪い人じゃないんです! お調子者で、だけど根は優しくて、ちょっと上にはヘーコラするけど、何があっても自ら殺人なんてする人じゃないんです! だから! 情状酌量の余地をいただけないでしょうか! 弁護だってします、できるだけは尽くします! だから!」


 そういうわたしの視線は、塩の入った水でぼやけた。頼み込むと同時に、涙を隠すように頭を下げても、床にはしたたったシミが見えた。


「彼女を、助けてあげてください。そして、彼女が苦しまないで済む方法を考えてあげてください」

「悪いけど、それはマサに聞いてみないとわからないかなぁ。わたし一人でどうにかできるものじゃないし」


 しかし、これを聞いた彼女の返答は冷たかった。けど、その目はそれとは関係なしに興味深げに輝かせていた。


「けど白万ってさ、それって、これのこと?」

 妙に影がわたしを頭上を覆う。彼女を見るために目を上げると、その目を疑った。なんと、果音さんの腕にグロテスクに膨らんだ肉の塊がついていたからだ。


「ひゃあっ!」


 もっと大きな声で叫んでしまいそうだったけれど、周りに聞こえるとまずいから、なんとか尻すぼみに抑える。それは、リクが自身の白万で腕にくっつけた肉ともまた違う、血管のような器官が絡みつき、皮膚のない筋肉とも異なる、ミンチにして固めましたみたいな、ひどく歪なものだった。よく、グロテスクな肉の塊が、漫画とかには出てくるけれど、それが思い浮かぶ人はそれを思い浮かべてもらいたい。


「びっくりした?」

「そ、それ、どこにしまってたのさ!」


 我ながら、なんとも訳のわからないことを口走っている。けれど、確かに不思議な話だ。質量保存の法則を無視している。


「ああ、これは圧縮していたのよ。ほら、パソコンとかでもファイルを圧縮するでしょう? そして、圧縮すると、一部のデータが切り捨てられたりするじゃない? そういうことよ」

「そういうもんかなぁ」


 何がそういうことなのかはよくわからない。つまり、肉の形をあいまいにすることで、小さく圧縮できるとでも言いたいのだろうか。だとしても、何か伸ばすためのものがあってもおかしくなさそうだけど。


「とにかく、これは秘密。バレると怖いから。ゆかりさんって人の白万もできればあまり言わないで弁護したほうがいいよ」


 果音さんは小指を立てて、自分の両手で指切りをした。なんていうか、最初のイメージとはちょっと違う人だったな。おしとやかというかもっと活動的でさ。



「おかえり、ケリィ。何か伝えたいこととかあるかしら?」


 王宮を去り、元の街に戻ったバスを降りると、リクが出迎えてくれた。仕事も終わったし、ちょうどいい時間があるから来てくれたんだろう。


「ああ、そうだな、新しい仕事の依頼がある。なんでも烏窟城の様子を視察してきて欲しいって頼まれた。それも、大勢の人に頼んでいるらしくて、一大調査になるらしい。それと、東佐官の遺族にも会わなくてはいけない。彼にはお世話になったからな。確か、烏窟城にいらっしゃるらしい。まあ、依頼曰く休暇も兼ねてって感じで、多少は楽しんでもいいってさ」

「ふぅん、楽しみね」

「リク、まさかついて行く気じゃないだろうな」

「聞くまでもないわ。あなたの行くところにあたしは居たいもの」

「だーめーだ。あくまで仕事なんだから」


 まぁ、実を言うと、ゆかりさんも仕事の補佐として、今は罪人扱いされながらもついて行くんだけど、沈黙は金だろう。


「それに、パイパーもいるだろ? 彼女はどうするんだ?」


 リクは顔をしかめてしまった。ちょっと強引だったかな。けど、烏窟城はスラム街でもあるんだ。白万によって能力や筋力は強くても、単体の運動神経ではか弱い乙女でしかなく、実践経験のないリクには荷の重い話だろう。


 見上げてみるとすっかり夜になっていた。ああ、綺麗な星が照らしつける。


「そういえばさ、今日行った城で、陛下の姉、姉王って立場の方が、この国に来た理由を話してくれたのだけど、なぜ、危険を冒して、平和で満足な環境を捨ててまで来たかがわからなかったんだ。けど、今ならわかる気がする」

「それは、なに?」

「運命だよ。2人が会えた奇跡が、導いて、わざわざ危険な場所にまで導いたんだ」

「非科学的ね」

「けどさ、わたしとリクが逢えたのも運命だと思わないか?」

「運命なんかじゃない。あらかじめ綿密に練り上げられた必然よ」


 その時、星々の境から、黒い生物が勢いよくこちらに向かって突進してきた。


「わぁっ、こうもりだ!」


 驚く間もなく、わたしの腕にこうもりが噛みつき、ちうちうと血を吸う。わたしは、絞り出す声でうめいた。血の気の引く気がしたのは、貧血か、はたまた恐怖か。そのまま勝ち逃げしてこうもりは飛び去ってしまった。手首は出血し、ズキズキと痛む。


「ケリィ、大丈夫かしら?」

「いや、ちょっとだけ心配だ。感染症とかにならなきゃいいけど」

おまけ

果音「タイトル回収完了ッ! キーリーさんの物語完ッ!」

桐の字「まだまだ続くよッ!」

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