17話 カノンウィズシルバーバレット
「どうした、なぜ黙る」
わたし含む白岩家一行は、陛下のお怒りを買ってしまった。理由は空実さんの失態だけど、これが嘘で責任の一端はわたしにあることもわかっている。本当に悪いのは実家のウェストウッド家だけど、わたしをかばってこうなっているのだから、心が痛い。
中さんも、こんな時にふざけた行動は取れないらしく、震えながらも伏せている。アイシャは、呆けて、口を開けようとするモニーを抑え込むので必死だ。一体、どうすれば。
「そこまでにしておきな、正典」
低く、熱いこぶしの入った声がした。正典というのは、状況から考えるに、陛下の本名だろう。しかし、そのような大層な方の名前を軽々しく口にできる存在なんて、間違いなくこの声の主は世界栄鎮だ。
この声をあげたのは、側近の背の高い方だった。腕を組みつつ、長い串のような槍を背中に持つ、近衛兵のような前方向に流し固めた髪を持つ彼は、二の句を告げる。
「空実も、空実なりに頑張っているんだ。これも、頑張りが空回りした結果と思えば、責める方が酷だと思わないか?」
「しかし、だな」
陛下のお言葉に割り込むように、ずけずけとその側近は話す。
「しかし、なんだ? 正典は、世界栄鎮相手に全くビビらないとでも言うのか? 正直、オレは立場だけなら同等だ。けど、奴らは怖い。平静を装っても心ん中じゃ震えが止まんねぇんだ」
陛下は、この後、黙り込んでしまった。世界栄鎮の力というものは、一国の主すら黙らせる、ここまでのものなんだ。
串持つ彼は、空実さんにカツカツと早歩きで近づき、空実さんの小さな背を、その大きな背で覆うように横から覗いて、手を肩に置き、
「本気を発揮できないのはしょうがない、気を落とさないでくれ」
と、優しい調子で慰めた。
陛下は、
「まあ、仕方ないものとしよう。ただ、責任は自分で取ってもらうぞ」
と、かろうじて口を開いた。まあ、これくらいが落としどころだろう。
串持つ彼はまた、陛下のもとに近づき、
「そういえば、これを忘れていたな」
と、懐から紙と印を出す。間違いない。あれは牛耳印だ!
「あいつがこの城下町から左遷された時、ライバルがいなくなって楽になったと思っていた。けど、違う。ライバルとは切磋琢磨しなくてはならねぇんだ。だから」
彼は、その紙に印を力強く押した。それは、まるで過去との決別にも見える。
そうして、印を押した紙を陛下にピシッと歪みない動きで見せつける。
「オレは空実について行く。文句は言わないでくれよ」
その声、動きには、すこしどもるとか、紙を見直すとか、そういった迷いは一切なかった。しかし、こういった友情、それは紛れもなく素晴らしいものだ。友のために、城勤務という安全かつ花形な職すら手放す。美しく、強く、揺るがない絆を感じる。
それを考えると、わたしはゆかりさんに何をしてあげたんだろう。彼女は自らの白万で、人肉を喰らわねばならないことに苦しんで、その挙句捕まってしまったのに、友としてのわたしはなんだ。こうやって、安全なところから見物しているだけじゃないか。わたしは自分を恥じた。
「ところで、鉄芯華王」
突然、英語で口を開いたのはアイシャだった。どうしたんだろう、彼女に用事なんてあったっけ?
「私はウェストウッド家のものです」
空気がざわめき出した。無理もない、ウェストウッド家の話をして、恐れていた時に限ってそんな話題が出ればそうもなる。
「私、アイスミッドと隣のモーンレッドは豪族としての活動もしていますが、この国でも活動の許可をお願いできないでしょうか」
背の低い側近なんかは、まだ訝しいと見て、
「ならん、ならんぞ、こんな癌を入れてはならん」
と納得いかずの首を振った。
「そうだな、よく今この話題にふれたものだ」
陛下も、流石に怪しんでいる。しかし、そんな中、かの串の世界栄鎮は、
「おっ、あいつも世界栄鎮か。若いの、がんばるねえ」
そう言って、手を上に振りかざし、
「オレは鉄脈重工の鉄英二っていうんだ、以後、よろしく」
と挨拶をした。
「よろしく頼みます、英二さん」
「そちらの、ウェストヒッポは日常の便利な品を作るアイデアメーカーで、また、薬品の実験なども幅広く行なっていると聞くけど」
そう、話が弾みそうな雰囲気を漂わせ、ぬるりと、アイシャの隣に寄ると、何かを耳打ちした。
その瞬間、アイシャの顔はひどく青ざめ、鳥肌がたったことを遠目でも理解できた。モニーは、まだ呆けているので、不思議そうな目できょろきょろとアイシャを見ている。
「まあ、いいだろう。鉄家に免じてだ。許可しよう。では、これにて用はしまいとしよう。許可された範囲なら好きにするといい」
陛下はそう仰ったけれど、アイシャは先程から反応がない。それはまるで、立ち往生のような、死と生の間をさまようような雰囲気を醸していた。
「空実、やりおったなもし」
「どんなにやっても、虚しいだけだけどね」
空実さんたちも話している。虚しい、本当にそうなんだろうか。空実さんは自分の評価に対する厳しさが垣間見える。
そうだ。わたしは、アイシャを心配に思い、駆け寄った。
「どうしたアイシャ!酷いこととか言われたか!」
「キーリー、あんまり大声にならないで」
アイシャからの返事は普段のレディだけどお調子者の彼女からは想像もつかない落ち込み具合だった。そのままお互い声を小さくし、アイシャが告げる。
「あいつはやばい。敵にしても味方にしてもやっかいだ」
「そりゃまたどうしてさ」
「あの後、なんて続いたと思う? 表向きは、だろ? だって。会合の場でニンニクとかショコラとか食べないことでなんとなく察したぜ。白万、研究してんだろ? それも、裏ルートにすら回さない、人には言えないようなな、って」
この瞬間、わたしはむしろ興味が湧いた。鉄家、鉄家の鉄脈重工、実は、あいつらが白万を秘密裏に研究していることは知っていた。けど、それも遠い昔の話だ。今の奴らは、どこまで知っているんだ?
「ちょっといいか」
うわっ、びっくりした。ぬっと後ろに立っていたのは、先程八面六臂の活躍をした鉄英二だった。その背は近づくとより高く、はっきりとわかる。背はわたしよりだいたい40cm前後は高いだろう。
「さっきの話からするとよ、国難ってことを伝えたいんだろ?」
空実さんも先程必死だっただけに、この話を聞いてタダで帰るわけにはいかなそうに口を開く。
「そうだよ。しかし今更どうしたって……」
「空実、お前は兄貴に色々電話で教えてもらってんだろ? ならオレも頼ってくれよ。ちょうど、いいツテがあるんだ……」
*
私たちは、数人に人数を絞り、歩いていた。衛巳さんがいない以外は、本日、話したメンバーだ。
「どこに向かうんだい?」
空実さんは、何気なく問う。
「すぐにわかるぜ。まあ、ヒントは与えよう。昔の騎兵ってやつの正体はなんだと思う?」
「正体? よくわからないけれど、どういう存在かっていったら兵士だ。それ以外に何がある」
「うーん、ちょっと分かりづらかったか。じゃあ、騎兵はどこを狙うべきだ?」
これに、空実さんは即答した。
「兵士だ。兵士がいなくなれば、残るのは武器と動物だけだ」
しかし、それを見た英二さんは笑い、
「違うな」
その反応を見てわたしは答えを確信した。これだ、これ以外ない!
「じゃあ馬! 馬ですよ!」
すかさず声に出した。それはもう、むずむずして我慢のできないかゆみのようだから。
「ウェストウッドさんには聞いてないでしょ」
空実さんは、なんの動作もせず、ただ、呆れたような声だ。
「いや、馬ってのはいい線いってる。戦場ならそれで当たりだろうな。ただ、オレはこれが出来るのが理想だと思っている。もっとも多くの騎兵を挫き、お互いの被害を最小限にする方法だ」
全く、英二さんの事が読めない。もしかして、意地悪しているんじゃないか。自分が偉いことをひけらかし、馬鹿にするためだけにいなす話をして、最後はひっかけのような答えを用意して、あざ笑おうとしているんじゃないのか。そう思うと、無性に腹が立ってきた。
ついに、とある扉の前に着いた。それは、この城にしてはあまり豪勢とは言えない、質素な扉だった。しかし、立地は内部にあってすばらしく、万一にもこの城がクーデターで崩されても、最後まで安全そうな場所にあった。
英二さんが3回、ゆったりとした間隔を空けノックをする。
「誰なの?」
「オレです。鉄英二です」
「そ、その声は、間違いなくあのお方!」
先が興奮しているのは、中から聞こえた声の主にだろう。その声質はおっとりとしていて、優しげな声だった。わたしの母、いや、もうそうとも認めたくないイクスマグナという奴が親をしているからわからないけれど、ウェストヒッポの運営する学校の授業参観に来ていた他の母を見ているから何となくはわかる。母親っていうのは本来こういう要素を持っているんだろう、そんな、包み込む優しさが伝わってきた。
「その方法は単純」
英二さんが扉を開ける。その瞬間、廊下までの絢爛な雰囲気とは異なる、たおやかな空気が流れ出した。英二さんは、先程の分からんとなった問題のアンサーを出す。
「大義名分を攻める!」
「なぁに? 何の話をしているの?」
「いや、何でもありません。こちらの話です」
英二さんは、目の前のソファーに座っていた女性にはぐらかした。この話も最初から聞いていなければ、わけのわからない話だ。はぐらかした方がお互い楽だろう。
「おお、やはり、最高だよ姉王は」
彼女、彼女が姉王か! 話には聞いていたけれど、こんな人なんだ。
実際、先が見惚れる理由もよくわかる。髪は濡鴉ともいえる綺麗な黒髪をしていて、それを前も後ろも綺麗に切り揃えている。しかし、後ろ髪は決して短い訳ではなく、むしろ、とても長い。おそらくはリクよりも長く、手入れが大変そうだ。
目は、細長いけれど、ゆかりさんのように睨んでいるように見えるわけではなく、柄の悪い細さではない。空実さんは、その身長とは裏腹に涼やかで美人よりな目元をしているけれど、姉王もまたそんな目をしていた。
鼻はあまり大きくなく、口元は色気を湛えていて、全体のバランスも良い。もし、日本の昔話で姫様が出てくるなら、それはきっとこんな見た目をしているんだろう。
彼女はわたし達にもにっこりと微笑みかけた。その笑顔に動悸が止まらなくなる人がいてもおかしくはないと思う。
「はじめましての人も居るかな。深華果音。一応姉王っていう仮の役職についているわ。それで、空実、ご用事はなに? 会いたいって思って来てくれたの?」
姉王の受けの準備に、英二さんは空実さんを小突いて、ほら、言ってみろ、と進言した。空実さんは、気恥ずかしそうにしている。それは、女慣れしていないというわけでじゃないことはわかった。近い感情? それはおそらく、たまの休みに近所のお店に寄ったら、バイトをしている友人を見つけてしまった、そんな身近すぎるゆえの気恥ずかしさだと思った。
「その、果音さん、実はウェストウッド家と敵対してしまいまして、もしかしたら国難になるかもしれないと報告をしておこうかと」
「なるほど、ウェストウッド家は凄いからねぇ。それでどうして敵対してるの?」
「契約の破棄です。契約書も慌てて燃やしてしまい、残っていません」
「ははぁ、空実は焦りやすいからなぁ。でも、首の皮は繋がっているわ」
空実さんはありがとうございますと感謝の言葉を述べたけど、それは口だけ態度だけだろう。本当は嘘なんだから。
「いやー、なんとお美しい。私、アイスミッド・ウェストウッドと言いまして豪族として認められております。姉王果音さん、どうです、私にエスコート、任せてみては?」
「あ、おい、ずるいぞ。おれだって豪族ですから! おれに任せてください!」
果音さんに惚れた人たちは、気を引こうと必死だ。しかし、
「本当? いやー、ボディーガードが増えるのはうれしいよ」
肝心の果音さんは、分かってか分からずか、エスコートしたがり達の本心から外れた反応をした。そうして、アイシャに近づいて、じっと見た。
「似てる、似てるよ、アイスミッドさんと、モーンレッドさんだっけ? モーンレッドさんは聞いたことあるよ!」
天然たらしのような反応だ。その後、体を回転させた彼女は、わたしの方を見た。
「あなたも。姉妹かしら? いかんせんウェストウッド家の人ってなかなか会えないからよくわからないの」
的確だ。やっぱり一緒に過ごしていると顔つきとか似るんだろうか。
虚ろなモニーは、うつらうつらとしたまま久々にアイシャに対して話し、果音さんに指差す。
「ねえ、このひと、だれ? えらいの?」
「ああ、偉いぞ」
「そう。わすれちゃうから……」
すると、果音さんが、手を招くように動かして、謙遜の意を示した。
「偉いって、そんなそんな。わたしに実権なんかないわよ。ただちょっと、弟のマサの傘に入ってるってだけ」
果音さんは姿勢を直しながら立ち上がり、会釈程度な前屈みになり、顔を真っ直ぐ空実さんに向けた。
「それで、国難について詳しく聞かせて欲しいわね。要注意なこととかさ」
*
「なるほど、本当はそこのキーリーさんが家のことを気に入らなくて、家の体制を変えたいけど家督には就きたくなくて、向こうは家督に就かせるために躍起になっている、ってことかしら?」
「その通りです。そして、ウェストウッド家のものは、白万を使ってきます」
「なるほどね、白万」
「げに恐ろしいは、金の巻き髪の女です。彼女は、洗脳に近い力を持っていると考えられます。現に、私の部下は大多数が連れ去られてしまいました」
わたしと空実さんと果音さんで、対策を練るためにも顔を見合わせ、対策のための話をしていた。
「そう、その金髪の彼女こそ、私の恋した相手」
口を挟むようにして、中さんも話す。こんな色恋話もわたしが思うにすごく重要だ。能力の解明の糸口になる。
実は、恥ずかしいことにわたしは姉妹や使用人の白万を全て完璧に覚えているわけじゃない。白万の詳細がわからない相手もいるし、どういうことができるかが大まかにわかっていても、もしかしたら、わたしの知らないことができるかもしれない。
しかも、相手はウェストウッド家だ。単に財力だけでも恐ろしいものがある。これが全力で向けられる、そんなことがあればどんなに足掻いても絶望の未来しか見えない。
だから、相手を舐めてかかることはできない。それでありながら、危険視されてもいけない。わたし達は、難しい立場にいるんだ。
「なるほど、詳しくは後で聞くとして、その、子、名前は何ていうの、キーリーさん。見た目は、見た目はどんな感じ? 巻き髪ってのもいろいろあるし、変えられちゃうかも」
「いや、彼女、エウリュディケウェストウッドは、あの髪型を気に入っています。そうそう変えないでしょう。巻き髪は、縦に巻いた横髪と、上に巻いた後ろ髪をしています。顔つきは、実の姉妹である私に似ていますが、背や顔つきに少し大人びた雰囲気があります」
「じゃあさ、スケッチに描いてもらえるかしら? その方がわかりやすいかもしれないわ」
「え゛」
*
「違う。こんなんじゃあ、全然彼女の美しさを表現できていない!」
中さんは、完成したわたしの鉛筆スケッチの出来栄えに文句を言った。
「しょうがないだろ、15分でそんなうまく描けるわけないじゃないか!」
そりゃあ、怒りたくもなる。だって15分だ、プロの絵描きだってそんな短時間で綺麗に描くのは難しい。
「これじゃ、ちょっとわからないわね」
「ウェストウッドさん、それ、本気?」
「まあ、味があっていいんじゃないか?」
「ああ、これは、かみのけがながいアイスミッドだね」
周りは口々に文句を言う。確かに、線はちょっと曲がっているけど、頑張って描いたつもりだ。そんなこと言うなら自分で描いてみろってんだ。特に空実さんは見てたんだから。ああ、こんな時わたしの姉妹を呼べれば。絵が上手い妹は何人かいるのに。
「わかってないなぁ、キーリーは」
見ると、実はアイシャも絵を描いていた。その手の動きは、わたしより明らかに素早く、サッと今描き上げた。そうしてわたし達に見せた絵は、模写として見るといまひとつだ。けれど、わたしより少しだけきっとした目や、艶っぽい唇までわかり、一目でリディとわかるだろう。
「こういうのは特徴を捉えるんだよ」
「これは、まあ、及第点ではないですか」
「ま、かわいこちゃんを褒めるにはこういった観察が大事なんだよ」
中さんも一目置いた腕前。アイシャにこんな特技があったなんて。まだ生まれてそんなに経ってないのに、かわいこちゃんなんて年上相手に言い回って。なんもいえない悔しさが込み上げてきた。
「なるほど、こんな子ね。要注意する。ところで」
果音さんは、話を転換した。
「この際だから話しておこうかしら。わたしとマサがどういう関係か」
おまけ
英二「おっす! オラ英二! 隣にあるのはエイブラエイジ!」
油あげ「」




