16話 フェイクチョコレイト
「しっかし空実さんすごいなぁ。バスなんか持っていたのか」
「ある程度豪族として認められると、自分でバスを持ち、移動手段にすることができるんだよ。まあ、ウェストウッドさんと比べたらまだまだだね」
荒野のような風景が、線となって窓を通り過ぎる。わたしは、ついに王宮に赴くことになった。初めてゆかりさんにあった時は、この国の機密に満ちた最重要部に赴くなんて考えもしなかった。
「だから! 砕けすぎデスよ! キーリーちゃん! アウェイデスよ! 申し訳ありません、空実豪士。後でちゃんと言っておくデス。しかし、豪士は素晴らしいセンスの持ち主デス。服装もバッチリ決まっていい靴履いて、キリッとしています。ワタクシは言われれば靴でも舐める覚悟デスから、だから、ちょっと罪状について打診して……」
席を立ってまで手を擦り媚びる言葉を述べるゆかりさんの口に、空実さんは、まっすぐ立てた人差し指をそっと近づけ、真剣な顔つきになった。
「駄目だよ、靴なんか舐めたところで考えを改めたりはしない。ただ、気持ち悪いだけだ」
空実さんは、女性的な高い声質の中では低い声で諭した。しかし、空実さんも冗談の通じない人だ。
「それに、この服装は、すぐ後ろの席のの彼女、妹の真慈が見繕ってくれたんだ。褒めるなら、彼女のセンスを褒めて欲しいな」
ゆかりさんは、それを聞くと、
「そ、そうデスか。なら、その方にもあいさつにいくデス」
といってすぐ後ろの席に回り込み、
「真慈さん、デスか。ワタクシ一というものデス。いやはやあなた様のセンスは世界に轟くデスよ」
ゆかりさんは節操もなしにご機嫌取りばかりしている。まったくもう、そういったところはちゃっかりしてるんだから。
けど、ゆかりさんはそうやって生きてきたんだ。自分の心が壊れないために、卑屈に、頭を下げて。その強さはすばらしいものだ。
「……もったいない」
真慈さんの隣にいる、先と呼ばれる、あの時のわたしの髪をけなした偉丈夫がふと、呟いたと思うと、
「もったいないぞぉぉ!」
と、叫ぶ。遠くからも、両腕を上げ、格闘家のガッツポーズのようなポーズをしている様子がわかる。となりの真慈さんがシッと、掠れ声でささやくと、恥ずかしげな沈黙が流れた。
「いや、本当にもったいないよ。その整えているはずなのにボサボサした感じの残る髪質、油が乗った髪色、もったいない。磨けば光る原石なのにさ」
「へへっ、それなら尽力しますデス」
「こういう濡れ烏な髪色好きだよね、先ちゃんは」
真慈さんが、にやにやした口調でからかいだす。
「やっぱり、姉王とかも好き? あの人、すっごい綺麗な髪してるわよね」
「いやもう、ありゃあ、最&高、だよ」
先は、高い声のトーンになり、興奮を抑えられない様子だ。
「恋煩いよ、情熱よ、愛狂う者その心ライオンよりも凶暴さ。静かに黙る我が心、ひさしく脈動打ち震え、わたしにとって恋しいは、巻いた金髪の彼女。その心は乱された」
中さんは、ハープのような音色をした、小さな懐から出せる楽器を奏でつつ、色っぽい吐息混じりの声で吟じる。そういう、人だったのかと、意外性とピッタリとハマったパズルのような感触を感じた。
空実さんは小声で、ここぞとばかりにわたしにしか聞こえないような声で耳打ちをした。それは、ゆかりさんの話だった。
「正直な話、保釈はしたけれど、私は彼女にいい気持ちを抱いていない。反乱軍にいたような奴は信頼できないからね」
あの後、ゆかりさんはあまり長い間拘束しているのもなんだと2週間で拘束を解かれた。しかし、これは罪がなくなったわけじゃない。今回の謁見に連れて行くのも、わたしの頼みでなんとか連れて行ってもらっただけだ。
ゆかりさんを連れて行きたいのには訳がある。まあ、その時になんとかするから、今は深く考えなくてもいいだろう。
「それでも、わたしは信じたい」
かなり後ろで、やたら騒がしい声が聞こえた。アイシャが誰かを指でついてからかっているようだ。
「ねえ、あなたなんていう名前? むすっとしちゃってさあ」
「……私は、粋世の教えに従ってるんでな。色目で見てくる相手が嫌いだ。それが同性なら尚更な」
その声は……、たしか同室の……、なんだったけ、あっそうだ。たしか田中、田中澪とかいったっけ。彼女は人形のような髪をした、眉の太い人で、メガネは六角形で銀。気難しい雰囲気を湛えた人で、わたし以上に鍛錬に励み、どんな状況にも必死で食らいつく。そしていつ、どんな時も巡回する、真面目で、そつなくこなす人だった。こう見ると、空実さんとも似ているけれど、ただ、違うのが、どうも血の通った様子がない、ということだ。
具体的に言えば、わたしは彼女が食前の挨拶というものをしているところを聞いたことがない。いや、してはいる。しかし、それはあくまで作ってくれた人への直接の感謝であり、食事を目の前にして挨拶、ということは一度としてなかった。そもそも、そのような挨拶が正月にすらないのもおかしな話だ。とにかく、わたしは彼女のどこか底知れぬ不気味さに恐れている。
しかし、アイシャはまるで気にすることもなく絡んでいたけれど、流石にそろそろつまらなくなってきたのか、だんまりと座った。その姿は、やはりレディそのものだった。本当、軟派でなけりゃ優しげな品があるのに。
*
「空実、ここが正念場だもし。気合入れておけもし」
老齢にさしかかりだしたと思われる、薄い髪の男は、そういって空実さんを勇気づけた。空実さんはグーサインをして、勇気を見せつけた。
「そうだよ、気合入れなきゃ、ね?」
なんだ……この違和感は、その違和感の正体はすぐ白日の元に晒されることになった。
「あ、あなた! リリーフリーフの店員さんじゃないデスか! 何しにきたんデス!」
「いやぁ、ちょっと王宮ってのを見てみたくてね。ついて行っちゃだめ?」
そこにいたのは、リリーフリーフで会計をしていた、東洋の面影のある、トランジスタグラマーな女性だった。この人がこんなところにいるなんて、全くもって、予想外だ。
空実さんは、渋った顔して、
「だめだ」
と断言した。
「なんて心の狭い人」
かの店員は、こっそり、コケにしたような調子でつぶやいた。
「心が狭い?」
空実さんに、その言葉は聞こえていたようだ。いや、わざと聞こえるようにしたのか。
「わかった、君、名前を聞かせてくれ」
「姚腓紡です」
「腓紡さん、これからは部下のふりをしていてくれ。おそらくは、ごまかせるだろう」
あの言葉はきっと煽りだったのだろう。まんまと乗った空実さんに、平然と約束をこぎつけてしまった。優しそうに見えて、姚さんも抜け目ない人だ。
わたしたちは王宮の門をくぐるための手続きをした。この門は見た目の小ささからわかるように正門ではない。正門を使うのは、他国からの食客、世界栄鎮などの社会的影響力のある人物のみだ。
「空実豪士か。なんのために戻ってきたんだ。あなたの居場所はここじゃありません」
門番は空実さんに冷たかった。それも人の暖かみを感じないという冷たさというよりは、わざと、キンキンに冷やしたといった感じのする、作為的な冷たさだ。
「おい、空実さんだって頑張ってんだぞ」
口の前に手がふさがない形でかざされた。
「そこまでにしてよ、ウェストウッドさん」
「とにかく、ここは通したくない。私の独断でな」
なんてひどい奴。空実さんに言われていなければ、一発殴ってやりたいくらいだ。
しかし、空実さんはうろたえない。かすかな声から声量をあげ、はっきりとした口調で、
「申し訳ありません、私の同伴者の粗相ですから、あとで厳重注意します。つきまして、今回の目的ですが、私は、国の危機を伝えに来たのです。お望みとあれば、この場で具体的な説明もいたします。ですからどうか、謁見の許可を」
と、硬めた言葉で述べた。その自然な硬さは折り紙つきなのか、門番は、
「ああ、もういい。お前の話は死ぬほど長いから。通れ。通っていい」
と吐き捨てるように言って、正門ではない、裏口の門を開けた。
*
やはり、この王宮は今まで見たこともないほどに美しく、煌びやかなものだった。壁は白い石でできていて、しかも、こっそり叩いてみたら、その強度も確かなものだった。その壁の赤い垂れ幕には、王家の紋様が描かれている。床は、赤いカーペットの敷かれた正統派なものだった。
しかし、わたしは正直少し失望した。日本人が多数を占める国なのだから、洋風の内装ではなく、和風の内装の城であって欲しかったという、わがままな幻想を持っていたためだ。わたしは、和風な侘び寂びな文化が好きだ。だからこそ、この派手な内装は、わたしが思うには、気に入らない。
「お待ちしておりました。白岩空実様御一行。王の御前へ案内をいたします」
どうやら、城に使える役人のようだった。黒い手袋をしていて、格好も絢爛とはしていないが、灰色を基調とした上品な雰囲気を漂わせていた。
役人である彼女の顔は、普段はマスクやマフラーをしていてわかりづらいけど、いざ見ると荒れ気味なゆかりさんの素顔と比べても、なんというか、一重で下ぶくれで、ほくろが鼻のあたりに大きくあり、目つき、口元までむすっとしていて、その独特というか、
「ねえキーリーちゃん、あの人、あんまり美人じゃないデスね」
ゆかりさんは、こっそりと話していた。
「ちょっと、そんなこと」
「かまいません。そう思われることは不思議には思いませんから」
心ない失言にも、無表情だけど、誠実で優しい対応をしてくれた。その優しさには、逆に申し訳ない気分だ。
「それじゃあ、向かいましょう」
空実さんは、豪士としてのやわらかくも強く威厳ある口調で告げる。
「じゃあ、アタシは城の中見てるね」
姚さんは、そういってうきうきで、城の中を駆けていった。走らないでとは思うけどね。
「その前に、よろしいでしょうか」
かの役人は、そう言うと、黒い手袋のつけた手でゆかりさんの細腕を握って、
「あなたは、こちらです!」
引きずりながら、廊下の曲がり角へ連れて行ってしまった。
「わあああ、なんでデスか!」
「勘違いしないでください。あなたは、あくまでも罪人ですから。城の自由な探索なんて許されません」
わあわあ叫びながら連れていかれるゆかりさんに、どこかデジャヴを感じた。
*
絢爛な椅子の据えられた広間。その椅子に座すは、この鉄芯華国の国王その人だ。陛下はまだ王というには若年であり、とはいえ、若すぎもしない年齢と聞いてきた。側近として、2人の男が立っている。その二人は、片方はやや背は低く、もう片方はこの高い天井の広間でなければ、頭が天井にくっついてしまうのではというほどに高い背をしていた。腕を耳のあたりに握ったまま当てられ、まさに、わずかな一言が命取りとなる雰囲気だ。
「俺に謁見したいと者は白岩空実、おぬしか」
どうやら、空実さんは、王が名前を覚えられている程度には知名度があるようだった。
「はい、私は陛下に伝言を申し立てたいと思い、今、この場に参りました」
鋭い目つきをし、分けられた髪をした陛下は、むっとした表情になられた。それも、本当に誤差くらい。これを見分けないとまずいけど、見分けるのは難しいほどの変化だった。まあ、わたしの実家にはもっと表情のわかりにくい人もいるけどね。慣れたもんだ。
「そうだな、おぬしの父、白岩衛巳には随分と世話になったからな。衛巳よ、礼を言おう」
「ありがたきお言葉でございますもし」
そうなんだ、さっきの薄毛の男、彼が空実さんのお父さんだったんだ。
「しかし、白岩家よ」
陛下は、先程よりかは緩めた表情をされた。
「土産が欲しい」
それは、まるで、旅行に行った友人に催促するような口調で、そうおっしゃった。
「それでは、こちらを献上いたしますもし」
そういうと、衛巳さんは、重そうな発泡スチロールの白い箱を、掲げた。見ると、他の部下数人も、大なり小なりの箱を持っている。
側近の大きな男が、その献上品を取り、中身をチラリと見た。なにやら、納得したかのような表情を見せると、陛下の前に行き、献上品の蓋を開ける。
中に入っていたものは、エビだった。内陸であるこの地域では取れない、輸入した貴重なものだ。身は遠くから見ても新鮮で、しめてから1週間と経っていないだろう。まっすぐに伸ばした時の長さは、手のひらほどといったところ。これが、箱一面に詰められている。
「なかなか、理解しているじゃないか。まめな一族だ。皆のもの、冷蔵の準備を」
陛下はお顔を見てもわかるほどに満足げで、冷蔵のために周りの役人を使わせた。好みまで把握するほどの知識。衛巳さんも、隅におけない人物だろう。
「して、伝言とはなんだ、答えてみよ、空実よ」
空実さんは、ここぞとばかりに息を飲み、
「国難、でございます」
と、強い語尾で言い放った。
陛下は、その突然の申し出に訝しげな表情をなされた。
「国難、だと? 具体的に言われんと分からん。どのようなものだ」
しかし、空実さんはひるまなかった。
「ウェストウッド家です。世界栄鎮であるウェストウッド家は、おそろしいまでの白万と呼ばれる生物の研究をしています。これに、ウェストウッド家の地力を加え、本国に牙を向けばどうなるか、察するに余り有ります」
「白万か、確かに我が国の優勢宗教である粋世教の教えに反する存在だ。しかし、なぜウェストウッド家が白万を?」
「存じ上げません。しかし、それは間違いなく脅威でしょう」
「脅威、というが、先程から気になっていたが、そもそもウェストウッド家と敵対するようなことはないはずだ。なぜ、敵対しているとわかった?」
ここで、初めて会話が途切れた。そうだ、まさかウェストウッド家のものがここにいて、帰らないと側から見ればわがままをこいてるから、争いのタネになるなんて、口に出して言えるはずもない。無論、わたしが反抗するのは正当な主張で、ウェストウッド家の方が間違っているのだけど、一眼見てわかるものじゃないだろう。
少しの空虚なる間。その間で、空実さんは、口に何かを含み、それを飲み込んだ。
「私は、独断でウェストウッド家と取引をいたしました。その際、契約を破ってしまい、その結果、ウェストウッド家の怒りを買ったものと思われます」
その一言が嘘であることは、周知の事実だ。被害を拡大させないため、自己犠牲で穏便に済まそうとしたんだろう。その心は美しいけど、実際はどうだ。わたしは、陛下の顔色を伺った。
まずい。明らかに陛下の怒りも買っている。顔色の陛下にも関わらず右大臣なところとか、もうまさに怒声が飛ぶ寸前といったところ。
「契約書は?」
たった一言だった、その一言は、異様に重みを感じた。
「申し訳ございません。焦って破棄をしてしまいました」
もうだめだ、追い詰めすぎた。陛下はむしろ笑顔になっている。しかし、その不自然な突然の笑いは、言い表せないような悪寒を覚える。なんだかわからないけど、これは非常にまずい。
「はっはっは、お前には2択を与えてやろう。一つはこの国の追放。もう一つは豪族としての立場を失うことを約束し、俺の指定した部屋に来ることだ。どちらがいい」
この話ですぐにわかった。陛下は一見、とても明るく聡明かつ快活で、仁君に見える。しかし、この2択には仁君とは思えない理不尽さを覚えた。国民を追放する、身分を奪い、国王権限の元部屋に連れていく。無論、この連れて行った部屋でどうなるかはわからないけど、何も起きないはずもない。どちらにせよ、ろくなことにならないのは確かだ。そして、この国の王は、明るく聡明快活な仁君なんかではない片鱗を見せつけられた。
「どうした、さあ、選べ」
おまけ
陛下「カニ食いてぇ……」
陛下「だが獲れなーい!(悲)」
空実「あいつら海の生物ですからね……」




