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第八話 ユキヒサ、山人と出会う之事

 領のほとんどを山が占める小藩、タカシマの山中にユキヒサたちはいた。


「お主、道はわかっているのか?」

「んんー? 山なんか下ればそのうちどっかに着くだろうが。そんなことよりヤマクジラだ、ヤマクジラ」

「猪なんか本当に見つけられるんすかねえ」


 ヌノイチでの騒動の後、お互いの行き先がエドであると知ったバンゾクは一人旅では退屈だからとユキヒサの道連れとなったのだ。

 目的も同じで、アキツ中から人の集まるエドであれば大悪(たいあく)の情報も手に入りやすいだろうという狙いである。


 メガネについては、「なんか面白そうだし、そろそろ版元に原稿を納めたいっす」という理由だ。

 器用なもので、いまも紙片になにやらを書き付けながら獣道を歩いている。


「このまま山の中で遭難など、冗談にもならぬぞ」

「心配すんなって。街道をちまちま歩いてるだけじゃつまらねえだろうよ」

「ふむふむ、遭難……遭難ものとか当たるかもしれないっすねえ」


 噛み合わない会話にユキヒサは思わずため息をついた。

 バンゾクが街道脇に(ヤマクジラ)を見たと言って、道を外れて山中に分け入ってしまったのについてきてしまったのだ。


 はずみで付き合ってしまったが、冷静に考えてみればそんな義理は欠片もない。

 自分ひとりで次の宿場町まで進んでもまったく問題なかったのである。


 ――がさり


 脇の茂みがゆれた音を聞き、ユキヒサは腰の斬雪に手をかけた。

 飛び出してきた異形を一刀で斬り伏せ、血を払って鞘に納める。


「ちっ、またサルオニかよ。お呼びじゃねえっつーんだ」


 倒れた異形を一瞥して、バンゾクが悪態をつく。

 猿から全身の毛を引き抜き、赤黒い漆を塗ったようにてらてらとした皮膚をした生き物だった。


「お主も気づいておったろうに。たまには手伝え」

「オレがやるとひき肉になっちまうからな。斧の手入れが大変なんだよ」


 言い訳にもならない言い訳をして、バンゾクが大声で笑う。

 こんな騒がしくては猪も逃げてしまうと思うのだが、気にしないのだろうか。

 と、考えてユキヒサはまたため息をつく。

 猪が穫れるかどうかは自分が心配することではないではないか。


「それにしてもサルオニが妙に多いっすねえ。藩のお役人は何してるんすかね?」

「まったくだな。邪妖狩りを怠っているとしか思えぬ数だ」


 夜中に踏み入って何刻もしないというのに、斬ったサルオニはこれで(とお)を数えるのだ。


「こうサルオニが多くては地元の民も困るだろうに……」

「お、水の匂いがするぞ。こっちだ!」


 ユキヒサが思わず為政者への嘆きを口にしようとすると、バンゾクが駆け出していってしまった。

 後をついて坂を下ると、そこには浅いがそこそこの幅のある川が流れていた。


「水場にゃ獣が集まるからな。ここにいりゃ獲物の方から寄ってくるだろうぜ」

「おい、バンゾク。いかに先を急ぐ旅ではないと言ってもな……」

「お、この川の水、冷えてて気持ちいいっすよ!」


 草鞋(わらじ)を脱いで川に入ったメガネを見て、ユキヒサは再びため息をつく。

 どういうわけかこの二人といると普段の調子が狂ってしまうのだ。


 マエナガ藩ではこんな強引にユキヒサを振り回す者はほとんどいなかった。

 唯一の例外が、仮初の婚約者であるスイレンである。

 新しもの好きのあの少女は、しばしばユキヒサを城下の甘味屋などに付き合わせていたのだ。


(城下の甘味屋と山中の河原では大違いだが……まあ、かまわぬか)


 ユキヒサも諦めてその場に腰を下ろし、水筒に口をつけた。

 バンゾクは気の早いことに石を積んでかまどを作りはじめている。

 メガネは川の中に手を入れては、小石を拾ってはしげしげと眺めていた。


(今日はもう、ここで野宿をする覚悟をするしかあるまい)


 もしこれから猪を狩り、さばいていたら北の雷鳴の刻までに宿場町につくのは不可能だろう。

 それならばとユキヒサもバンゾクのかまど作りを手伝いはじめる。


「お、意外に手付きがいいじゃねえか」

「野営の(すべ)も武士の嗜みだからな」

「へえ、そりゃ若様のくせにいい心がけだぜ」


 よほどの温室育ちと思われているのか、とユキヒサは苦笑する。

 バンゾクはユキヒサが名家の育ちであると信じ切っており、それらしくない振る舞いをするとこの調子でいちいち驚くのだ。


 名家の育ちであることには間違いないのだが、マエナガの家は平和ぼけした他藩とは気風がまるで異なる。

 時には上級武士であっても山に分け入り、邪妖を退治するような土地柄なのだ。


 そろそろかまども出来上がろう、というときだった。

 遠くから風に乗って甲高い声が聞こえた気がした。

 その音の正体を確かめるべく耳を澄ませると、その前にメガネが答えを言った。


「女の人の悲鳴っすねえ。あっちから聞こえてきたっすよ」

「なんと!」


 ユキヒサは立ち上がり、メガネが指差す方へ矢のように駆け出した。

 藪を突っ切って進んでいくとだんだん悲鳴がはっきりしてくる。

 たどり着いた先には、数匹のサルオニに囲まれた少女がいた。


「助けるぞ! 伏せていろ」

「サルオニ風情が人間様を襲おうなんざ天が千回灰に染まっても早いぜ」


 いつの間にか追いついていたバンゾクと共に、少女を挟んで前後に立つ。

 突然増えた人間に驚いたのか、サルオニたちはわずかの間、動きを止めた。

 だが、数で勝っていることに力を得たのか、一斉に飛びかかってくる。


 一匹、二匹。

 斬閃が走り、サルオニの首が落ちる。


 (ごう)と風がうなる。

 鈍い音とともに、数匹のサルオニが吹き飛ばされて動かなくなる。


 ユキヒサの斬雪と、バンゾクの戦斧が生み出した結果である。

 残ったサルオニはきぃきぃと耳障りな悲鳴を上げて逃げていった。


「お嬢ちゃん、大丈夫っすかあ?」


 それを尻目に少女に声をかけたのはメガネであった。

 少女の擦り傷を水筒の水で洗い、軟膏を塗ろうとしてやっている。


「助かった。ありがとう。村は近くにあるからもう大丈夫だ」


 助けられたにも関わらず、少女の態度は少々不満げだった。

 よくよく見れば、少女の格好は普通とは異なっている。

 独特の刺繍が施された毛皮の衣装はそうそう見かけることはないものだ。


「お主、山人(さんじん)か? 迷惑ならば拙者らはこれで去るが」

「いかにも、山のもんだ。恩を受けたら返さねばならね。たとえそれが平地もんでもだ。筋を通せないものは、地霊様の怒りを買う」


 礼をするからついてこい、と言う少女の後をついて、ユキヒサたちはさらに山の奥へと分け入っていった。

 本日より第二章スタートです!

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