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第四話 ユキヒサ、酒宴を楽しむ之事

「ここのメシはなかなかうまいな! おい、酒の追加だ!」

「はいはい、ただいまー」


 追加の注文をするバンゾクに、たしかに美味い、とユキヒサはうなずく。

 ヌノイチはマエナガの隣藩だが、半島を挟んで反対にあるために穫れる魚介の種類が異なるのである。

 ヌノイチの漁場は主に近海の湾であり、緩やかな海流の中で豊富に脂を蓄えた魚介が多く、マエナガのそれと比べて全体的に柔らかく濃厚だ。


「おう、オメェらも遠慮はいらねえからガンガン食えよ」

「遠慮っていうか……、もともと俺らの金で……」

「ああン?」

「い、いえ! ごちそうになりやす!」


 バンゾクは、6人のごろつきの懐から財布を抜き取り、それをすべて煮売り酒屋に渡していた。この金であるだけ酒と料理を出せというわけだ。

 居合わせた客たちにも迷惑料としてそれらを振る舞っている。


 ごろつきたちは存外に大金を持っており、自分たちだけでは食い尽くせないという理由もあった。

 なお、意識のあった3人のごろつきもこれに巻き込まれており、意識を失った残りの3人は往来の邪魔にならないよう店の軒先に転がしている。

 気を失ったヤクザものが店先に倒れているなど評判が落ちそうなものだが、活気を聞きつけた酒好きの通行人が次々にこの宴に加わっている。


「旦那さん方、本当にお強いっすねえ。どこか名のある流派の剣客さんっすか?」

「誇るような名などない。未だ腕を磨く旅の最中だ」

「なるほど、武者修行中なんスね。ストイックで絵になるっすねえ」


 いまユキヒサに話しかけてきたのもそうした通行人の一人だ。

 紙束を持ち、ユキヒサやバンゾクの話を聞いてはしきりに何か書き付けている。

 眼鏡をかけ、当世風のくだけた袴に潰れた帽子をかぶった垢抜けているのか垢抜けていないのかよくわからない少女だった。


「それにしても、あのオニビ一家を相手に喧嘩を仕掛けて大丈夫なんスか?」

「オニビ一家とはなんだ?」

「ヤクザもんなんて何十人来ようがひねってやるだけよ!」


 ユキヒサとバンゾクは、棒手振り(ぼてふり)が売りに来たばかりのコオリエビをつまみながら聞き返す。

 干さずに海水でさっと煮たもので、このあたりでしか食べられない珍味らしい。


「あー、ぶっちゃけ小生もこの宿場には来たばっかりでよくわかんないんスけどね。なにやらこのへんのヤクザを仕切ってる大親分だとか」

「親分なんて立派なもんじゃないよ、あれはごろつき以下、ただの(けもの)さ」


 思うところがあったのか、女給が口を挟む。


「このあたりは元々ゴンキチさんっていう立派な親分さんが仕切ってくれていたのさ。それを何年か前にやってきたあのオニビの野郎がぶっ殺しちまって、いまじゃこの宿場町はヤクザもんのやりたい放題なのさ」


 こんな風にゴンキチ親分の恩義も忘れてオニビについちまった連中もいるしね、と3人のごろつきを睨みつける。


「でもよぉ、おたえちゃん。オニビの親分はマジでおっかねえんだよ」

「気に入らねえ奴はすぐに焼いちまうしな。逆らったらどうなることか……」

「タネガシマもきかねえって言ってるしよう。おいらたち三下じゃどうにもなんねえよ」

「そのオニビとやらの威を借りて好き放題やっていたように見えたがな」


 片眉を釣り上げたユキヒサが視線をやると、ごろつきたちはたちまち肩身を狭そうにした。


「だってよう、親分がなるべく町衆をビビらせろって言うんだよ。おいらたちだってゴンキチ親分の任侠にあこがれて極道になったんだ。ホントならよう、あんな鬼畜生の下でなんて働いてたくなんかねえんだよ」

「だったら逃げりゃいいんだよ。逃げるのが嫌なら戦え」

「そんな……ぶっ殺されちまうよ……」


 額に血管を浮かべたバンゾクが突き放すように言い放つ。


「サツマっぽなら自分が(しん)からやりたくないことは死んでもやらねえ。逃げるか、正面からぶった斬るか、なんなら腹切ったってかまわねえ。嫌々生きてるなんてのはなあ、死んでんのと一緒なんだよ!」


 バンゾクが一喝すると、3人のごろつきがピンと背筋を伸ばした。


「死んでんのと一緒か……」

「ゴンキチ親分がオニビの野郎に殺されたときにおいらたちも死んでたのかな?」

「死んでたまるか馬鹿野郎! おいらたちだって、おいらたちだって……」


 ごろつきたちの伸びた背筋がぐずぐずと崩れる。

 それを見たバンゾクがすっくと椅子から立ち上がった。


「何をやる前からビビってんだ! いま勝てねえなら勝てるようになるまで鍛えろ! 最初から諦めて勝てるやつがいるわけねえだろ! なんならオレが鍛えてやる!」


 再びバンゾクが一喝。ごろつきたちの背筋が伸びる。


「そうは言っても陰陽が一度や二度入れ替わった程度では到底技は身につかぬ。どうやって鍛えるつもりだ?」


 ユキヒサが真顔で言うと、バンゾクがやはり真顔で答える。


「なぁに、やるこたぁ簡単さ。強さの土台は筋肉だ。そいつを鍛えるついでにトンボの型でもやらせときゃあいいんだから、細かく教える手間もねえ」

「なるほど、一理あるな。生兵法は怪我の元だ。あれこれと手を出して半端になるのなら、いっそ一芸に集中した方がよい」

「ああ、そういうこった。っつーわけで、さっそく明日から鍛え直してやらあ」

「へ、へい!」


 ごろつきたちの顔つきが変わったのを見てバンゾクが満足げに笑う。


「おう、そういうことならいまは飲め! 食え! たっぷり食って五臓六腑を鍛えるのも修行のうちだ」

「うむ、イエヒサ様の教えにも(かな)うな。食は身体を作る基本だ。それにこのように美しい女性(にょしょう)に稽古をつけてもらえる機会などそうそうないぞ」

「はぁ!?」


 唐突に美しいと言われ、バンゾクの顔が真っ赤に染まる。


「お、おま、おまえ! オレをバカにしてんのか!?」

「ん? 馬鹿になどするものか」

「こんな入れ墨だらけの大女が、う、美しいとか目がイカれてんじゃねえか!?」

「目には自信があるぞ。弓があれば100歩先の小鳥も射てみせよう」

「そういう意味じゃねえよ!」


 バンゾクが真っ赤な顔のままユキヒサに食ってかかるが、どうにも話が噛み合わない。

 トモエ御前を理想の女性とするユキヒサにしてみればその賞賛の言葉に嘘はない。

 そして、世辞のたぐいと決めてかかったバンゾクもユキヒサの態度に嘘がないことを感じて噛みつきようもなくなってしまったのだ。


 そのうちに話が有耶無耶(うやむや)になり、バンゾクが銚子を空ける間隔だけが早まった。

 それから大いに飲み、食い、北の雷鳴が聞こえても延々と酒宴は続くのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 時代劇テイストもいいですね! [気になる点] 江戸「風」だからカタカナ語もあり、な方向なのでしょうか? [一言] ユキヒサ様とバンゾクさんの噛み合わなさがかわいい (つい、様づけで呼びたく…
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