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第二十三話 ユキヒサ、同心の事情を聞く之事

「それで、話は戻るがそもそも拙者らは何を疑われておったのだ?」


 メガネたちの話が一段落したところで、ユキヒサは同心に改めて尋ねた。

 もはや疑いは晴れたとはいえ、どんな事件の下手人と疑われていたのかわからないままでは据わりが悪かったのだ。


「はあ、実を申しますと……」


 同心――オニガワラ・ヒョウゾウ――の話によれば、以下のような次第だった。

 最近シンジュクの宿場町を中心に、辻斬りや押し込み(強盗)が立て続けに起きている。


 目撃者によれば下手人は小柄な侍風の男が一人、大男が一人という二人組。

 覆面をしていたため人相は不明であるが、体格はちょうどユキヒサとバンゾクに近かったらしい。


 人数こそ合わないが、他に仲間がいる可能性も十分にある。

 そこでユキヒサたち一行が怪しいと疑い、取り調べたとのことだった。


「おいこら、つまりオレが大男に見えたっつーことかよ?」


 バンゾクがこめかみに血管を浮かせてすごむと、オニガワラは平伏した。


「いやいやいやいや、滅相もない。まさか男と見間違うことなどありませんが、なにしろ目撃証言というのはとかく曖昧なことが多く……」

「うむ、これだけの美貌を男と間違えることはなかろう。上背だけを見て勘違いをしたのだな」

「あ、ま、またてめぇはいい加減なことを!」


 したり顔でうなずくユキヒサに、バンゾクがしどろもどろで食ってかかる。

 いい加減このやり取りに慣れてきたメガネがこれを無視し、オニガワラに質問を続けた。


「バンゾクが美人かどうかはおいておいて、普段からあんないい加減な詮議をしてたらさすがに怒られるんじゃないっすか?」

「いやはや、言い返す言葉もありません。実は手柄を焦る事情がありまして……」


 というと、オニガワラは横に座る若女将に視線を送る。

 若女将がぽっと頬を赤く染めた。


「ははーん、そういうことなんすねえ」

「おい、どういうことだかわかんねえぞ」


 混乱から回復したバンゾクが話に加わった。

 女として褒められることに慣れていなかったバンゾクだが、これまでの旅で多少は免疫がついてきたのだ。


「たぶん女将さんといい仲なんだけど、大旦那が貧乏同心との結婚を認めてくれなくて、大手柄を挙げて出世しようって腹なんじゃないっすかねえ」

「さすがは眼鏡亭先生。まさしくそのとおりの事情でして……」


 聞けば、若女将はこの料亭の主である大旦那の娘で、オニガワラとは幼なじみなのだそうだった。

 一度は結婚して他の商家へ嫁入りしたが、子宝を授かる前に死別。

 実家へ帰ってきて商売の手伝いをしているというわけだった。


 オニガワラは若女将のことをずっと好いていた。

 そのため、出戻りでもかまわないと大旦那に婚姻を申し出た。


 しかし、いかに侍とはいえ木っ端役人ではこの立派な料亭から嫁を取るのは格が釣り合わなすぎる。

 むしろ後家であるからと見くびっているのではないか、あるいは財産を狙っているのではないか疑われ、話がこじれてしまったそうなのだ。


 ここでひとつ大手柄を挙げれば大旦那もオニガワラを見直すだろう……という目論見があり、つい功を焦って強引な取り調べに至ったとのことだった。


「なんつーか、勝手にやっててくれってかんじだよなあ」

「そう申すな。惚れた腫れたは人の常。それこそ人情というものではないか」

「へえ、若様もそういうのがわかるんすねえ」

「侮るでない。色恋の絡んだ故事は枚挙にいとまがないのだぞ」

「「ああ、やっぱりそういう……」」


 真顔のユキヒサに、バンゾクとメガネは揃って呆れ顔になった。

 旅の中で、ユキヒサの朴念仁ぶりに二人はすっかり気づいていたのだ。


 茶屋で休めば女給が手を握り、酒屋に入れば頼んでもないのに酌をされる。

 宿に泊まれば部屋を間違えたふりをした女中が忍び込んでくるというのに、ユキヒサときたらまるで相手にしない。


 ……というか、相手の想いにまるで気がついていない。

 寝所に忍んできた女中などは、本気で疲れ過ぎを心配して宿の主人に苦言を伝えるほどだったのだ。


「しかし、辻斬りも押し込みも天下の大罪だが、それだけを捕まえるだけで出世ができるほどの大手柄になるのか?」


 ユキヒサの疑問は当然であった。

 役人の出世には血筋家柄がもっとも物を言う。

 多少の手柄を挙げたところで、その序列を覆すほどのことは武士社会ではそうそう起き得ない。

 辻斬りや押し込みを繰り返しているのは確かに凶賊だが、それを逆転できるほどの手柄になるかといえばかなり怪しいところだった。


「これは探索上の機密というもので、他言無用に願いたいのですが……」


 オニガワラが声を潜めるので、ユキヒサたちは思わず体を前に傾ける。


「あろうことか、賊は旗本の次男や三男も何人か手にかけておるのです。宿場町の飯盛女を目当てに遊んでいるような部屋住みばかりなので表向きには大事になっていませんが……」


 なるほど、とユキヒサは得心がいった。

 旗本とは、名目上は将軍直属の武士団である。

 そのすべてがエドに住まい、いざというときの備えとなるという建前だ。


 エド幕府数百年の平和のために、戦力としての実効性は失われて久しいが、武士である以上、その見栄と建前は捨てることができない。

 旗本が凶賊に殺されたなどあってはならないことだが、その凶賊が放置されることなどさらにあってはならないことだ。


 そんな事情で、くだんの賊の首の()が跳ね上がったということなのだ。

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