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第二十一話 ゲンノジョウ、怪人を断つ

 ――ざざあ

  ――ざざあ


 潮騒(しおさい)が響く白い砂浜。

 空からはまばゆいばかりの陽光が降り注いでいる。

 稀なことだが、太陰のみを厚い雲が覆い、太陽のみが輝くとこのような天気となる。


「マエナガ流、飛龍天割(ひりゅうてんかつ)!」

「ぐわぁぁぁーー」


 天に飛び立たんばかりの勢いで刀を振り上げ、半透明の怪人を両断する剣士がいた。

 精悍な顔つきに、引き締まった筋肉を持つその男の名をゲンノジョウという。


「さすがお兄様ですわー!」


 それに声援を送っている人形のような美少女がスイレンだ。

 この兄妹は、ユキヒサの足跡を追ってサガミ藩は印州升(いんすます)村までやってきていた。


 印州升村は良質の水産に恵まれた活気のある漁村だった。

 だがこのところ特定の網元に属する漁師しかまともに魚が獲れなくなっており、多くの漁師が困り果てていたのだ。


 事情を聞いたゲンノジョウが調べてみると、網元の正体は大悪(たいあく)に取り憑かれて邪妖と化していることがわかった。

 大悪より得た力を使って他の漁師を妨害していたのだ。

 真相を知ったゲンノジョウは証拠を揃えて悪事を暴き、苦し紛れに襲いかかってきた網元――水悪――を斬り伏せたのである。


 ゲンノジョウはユキヒサを指して「生真面目な理想家肌」と評するが、ゲンノジョウはゲンノジョウで「お人好しの正義漢」なのである。


「しかしスイレンも少しは手伝え。思いの(ほか)、骨が折れたぞ」


 水悪を斬り捨てたゲンノジョウがスイレンに向かって不満をこぼす。

 水悪は身体を自在に液体に変える力を持っており、浅手程度では無効だったのだ。

 そこでマエナガ流刀術の奥義のひとつを使い、一刀のもとに両断しなければならなかったのである。


「ええー、こんな砂浜じゃ術を練るのも大変なんですよ」


 ゲンノジョウに文句を言われたスイレンが唇を尖らせる。

 術を放つためには全身を使って正確に魔導回路を描き、そこに魔力を通す必要がある。

 その様子は(はた)から見れば優雅に舞を踊っているようであるが、実際には極度の集中と精緻な身体操作を必要とする技なのだ。

 砂浜のような足場ではその難度と負荷は大幅に高まる。


「それにユキヒサ様ならもっとあっさりやっつけたはずです!」

「む……それはそうやもしれん」


 マエナガ藩で「技のユキヒサ、力のゲンノジョウ」と言われていたのは伊達ではない。

 ユキヒサが精妙な刀法で炎や水を斬るのを得意としたのに対し、ゲンノジョウは力技で大木や岩を斬り砕くのを得意としていた。

 ゲンノジョウにとって、水悪は相性の悪い相手だったのである。


「だがスイレン、このところ修練を怠け過ぎではないか? いくら才能に恵まれても、それにあぐらをかいていては大成せぬぞ」

「あーもう、またお兄様のお説教。旅の間くらいいいじゃないですかー」


 スイレンもただ愛らしいだけの少女ではない。

 マエナガ藩史上、最高の術士と謳われたユキヒサの母に並ぶ才能の持ち主として、幼少より大陸由来の魔術と、精霊術の修練を続けてきたのである。


 その腕前はいまではアキツ全土で見ても上位に入るはずだ。

 だが、それを知る者は数少ない。

 スイレンは争いごとを好む性格ではなく、また力を見せびらかすような性質でもなかったためである。


「ま、俺はかまわぬがな。ユキヒサが怠け者のスイレンを嫌わなければいいが」

「お兄様ひどい! ユキヒサ様はそんな狭量じゃないですー!」


 頬を膨らませたスイレンがゲンノジョウに背を向けて歩き出す。

 ゲンノジョウはため息をひとつついてそのあとを追うのだった。


 * * *


「――という次第だ。これでまた以前と同じように漁ができるだろう」

「おお、おお、そりゃありがたいねえ」


 漁村の一角にある家で、ゲンノジョウは今回の件の発端となった老婆に一部始終の説明をしていた。

 老婆は、しゃしゃしゃと蛇が鳴くような笑い声を上げてゲンノジョウの報告を喜んだ。


「それにしてもこの村は変わってますねえ。あの甲羅がこの村の祭神ですか?」


 話に飽きていたスイレンが神棚に目を向けて老婆に尋ねる。

 そこには小さな亀の甲羅が祀られていた。

 網元の悪事を調べるにあたって訪れた他の家でも同様に甲羅が祀られていたので気になっていたのである。


「サガミ藩は事実上、幕府の直轄であろう。光神を祀らなくてお咎めはないのか?」

「光神様は光神様で村外れの神社できちんと祀っておるよ。お役人だって、漁師の家が勝手に拝んでる神様にまでどうこうは言わないさ」


 そういうものか、と二人は納得をする。

 信仰というものは形だけ押し付けてもなかなか根付くものではない。

 その上、光神信仰で得られる加護は将軍家、引いては幕府の安泰という庶民には直接関係のないものだ。

 信仰しても直接的な利益のない神は軽んじられても仕方がないだろう。


「そうすると、この亀さんは豊漁の加護でもあるんですか?」

「いや、そんなご利益じゃないよ」

「漁の安全か」

「まあ、そんなようなものだねえ」


 老婆の話によると、この亀を神体とする神の本尊ははるか南方のニライカナイにあり、この村には分祀された神霊が宿っているのだそうだ。

 海流の関係で魔が侵入しやすく、それを防ぐための塞神(さいしん)としての役割を担っているのだそうだった。


「なるほどー、防ぐから亀さんの甲羅なんですね」

「そういうことじゃのう」


 神が得る力は信心するものの想像力によって定義される。

 いつから発生した神なのかは知る由もないが、ひょっとすると魔に対抗するために古代人が計算づくで生み出した神なのかもしれない。


「もしかするとアキツ中にこのような役割を負った神々がいるのかもしれないな」

「そうかもしれないですねえ」


 アキツは大陸に比べ、強力な邪妖や瘴気の発生が少ないとされている。

 一般には水霊の力が強い土地柄のためだと言われているが、本当はこの村の祭神のような塞の神が防いでくれているおかげなのかもしれない。

 そんな想像に至り、二人は神棚の甲羅に向かってそっと手を合わせた。


「ありがたいねえ、ありがたいねえ」


 老婆はそんな二人の姿を見て、しゃしゃしゃと上機嫌で笑った。

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