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第十九話 ユキヒサ、朽ちた神社を訪う之事

 ユキヒサたちは、濃厚な霧の中を再び歩いていた。

 すぐ前を行くメガネの背中さえぼんやりと霞む霧に、いまでは不吉な気配さえ感じる。

 こんな視界にあってさえメガネの足取りは軽やかで、時折振り返ってはぐれた者がいないか確認までしているのだから大したものだった。


「あの魚野郎からは何もわからなかったな」

「ああ、だがあれでは仕方があるまい」


 後ろを歩くバンゾクがこぼした愚痴にユキヒサが応じる。

 結局のところ、捕らえた異形からは何も聞き出せなかったのだ。


 異形の意識を回復させ、様々に問いを浴びせたのだが、意味のわかる言葉が返ってこなかったのだ。

 まるで狭い筒の中を水が通るような鳴き声を発するばかりで、仮にそれが言葉だったとして、ユキヒサたちに理解できようはずがない。


「きっと喉の作りが人間と違いすぎるんすね。せめて字がわかればよかったんすけど」


 筆談ができれば問題はなかった。

 しかし、もともとこの村で読み書きができる者はほんのわずかだったのだ。


「……っと、ここがおばあちゃんの言ってた神社みたいっす」


 ユキヒサたちの目の前に、朽ちかけた建物があった。

 あらかじめ知っていなければ、社殿であったことすら気が付かなかったかもしれない。

 誰も手入れをしないまま潮風を浴び続け、すっかり風化してしまったのだろう。


「だが、このあたりの霧はわずかに薄い気がするな」

「お、若様もそう思うか。オレも同感だぜ」

「右に同じっす」


 社殿の周辺はほんのわずかではあるが白い霧が薄くなり、清浄な雰囲気が漂っていた。

 怪異との関わりを確信し、ユキヒサたちは一礼して社殿へと入っていく。


 朽ちた社殿の奥には、埃を被った丸い何かが祀られていた。

 ユキヒサが手ぬぐいで埃を払うと六角形の模様が見えてくる。


「へえ、このへんでタイマイを祀るなんて珍しいじゃねえか」

「タイマイとは何だ?」

「ウミガメの親戚だよ。南方の海にしかいねえもんだ」

「南から流れ着いたんすかねえ」


 バンゾクは水筒を取り出し、中の酒を甲羅に振りかけ、手を合わせた。

 ユキヒサとメガネも遅れて手を合わせる。


「お主、意外に信心深いのだな」

「そんなんじゃねえよ。どうせこの神様も将軍家の()り神にいじめられたんだろう? サツマっぽにしてみりゃ他人事じゃねえのさ」

「なるほど、そういうことか」


 この村があるサガミ藩はもう何代も前に後継が絶え、将軍家の血筋に乗っ取られてしまっているのだ。

 将軍家に乗っ取られた藩では、それまで祀っていた神が(ないがし)ろにされ、代わりに光神(こうしん)を祀ることを強要される。

 そうして守り神の力を強めることで、幕府はますますその体制を盤石としているのだ。


 酒を吸って水気を得たおかげか、タイマイの甲羅にわずかに光沢が戻った。

 メガネが顔を近づけて、じろじろと表面を観察する。


「なんか文字が刻まれてるっすねえ。古いくずし字で読みづらいっすけど……。ええっと、『我ニライカナイより来たりし……偽り……フダラク……守る塞の神(さいのかみ)也』。うーん、すり減っちゃっててぜんぶは読めないっすね」


「ニライカナイはサツマの南にある島国だな。いくら海がつながってるつっても、こんなところまで付き合いがあったとは驚いたぜ」

塞神(さいしん)ということは、魔の通り道を(ふさ)ぐ神であったのか」

「フダラクがちょっとわかんないっすけど、なんかつながってきたっすね」


 光神信仰が強要され、この塞神の力が弱ったことで、それまでは影響のなかった海魔が数十年をかけて徐々に侵入してきた、ということなのだろう。

 水霊の力が強いアキツであっても、抜け道のように守りの薄い場所はある。

 そういった場所のひとつがこの印州升(いんすます)村だったのだ。


 ――ざざあ


「む、なんだ、この音は?」


  ――ざざあ


「波の音? いや、海まで遠すぎんだろ」


   ――ざざあ


「なんか近づいてきてないっすか……?」


      ――ざざあ

     ――ざざあ

        ――ざざあ

            ――ざざあ

           ――ざざあ

             ――ざざあ

                ――ざざあ


「外に出るぞ!」


 社殿の扉を跳ね開けたユキヒサの目に映っていたのは、一面に広がる海だった。

 社殿の床のすぐ下まで、たゆたう波が覆っている。

 これまで以上に濃密な霧が立ち込め、周囲の木々も黒い影としか映らない。

 風に流される霧に合わせて、木の影がゆらゆらと揺らめいている。


 否。


 林などではない。

 巨大な生物だ。

 霧の隙間から垣間見える姿は、蛸の触手を思わせた。

 無数のそれが海中から突き出し、社殿を囲んで(うごめ)いていたのだ。


「おい、若様。これはマズくねえか?」

「囲まれておるな」

「秘密に気づいたのを察知して、ボス自らお出ましになったってとこっすかね」


 1本でも樹木と見紛える大きさの足を無数に持つ怪物など、全体ではどれほどの大きさになるのか想像もつかない。

 ユキヒサもバンゾクも、自らよりもずっと大きな邪妖や獣を狩った経験があるが、さすがにこれほどの巨体を誇る怪物など相対したことがなかった。


 だが、戦う前から諦めるような者たちではない。

 三人は得物を抜いて身構える。


 そのとき、周囲の海面が突如ブクブクと泡立ちはじめた。

 海面を突き破り、鱗に覆われた人型の異形が次々と姿を表す。

 手に手に錆びた(もり)を握っており、社殿へと押し寄せてくる。


「けっ、逃げるばかりが能かと思えば戦えるのかよ。一丁揉んでやる!」

短筒(たんづつ)はギリギリまで温存するっすよ」


 バンゾクがメガネが得物を振り回して牽制する。

 異形たちはその射程寸前まで近寄ってくる。

 そして、足を止め、背中を向けた。


「ああン? 何をしてやがる?」

「逃げるわけでもなさそうっすね」

「まさかこれは……」


 ユキヒサは異形たちが手にする得物が向かう先を見て事態を理解した。


「こやつら、あの巨大な海魔と戦うつもりだ! こやつらは敵ではない!」


 その叫びとともに、ユキヒサたちと異形に向かって巨大な触手が振り下ろされた。

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― 新着の感想 ―
[一言] んん?このメガネ氏のチートっぷり…まさか転生者? ぐるぐるめがね自体がチートアイテムとか? もしかしてカタカナ語もメガネ氏しか使ってないかな? とすると、雅号はメタギャグではなかった?! ……
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