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第十四話 ゲンノジョウ、山人の茶屋で休む

 ユキヒサ一行がタカシマ藩を去った後、山中の街道を歩く二人の旅人がいた。

 ひとりは長身の若侍で名をゲンノジョウ、もうひとりは可憐な少女で名をスイレンといった。


「あ、お兄様。あそこに茶屋がありますよ」

「こんな山奥に茶屋とは。お前も歩き疲れたろうし、少し休んでいくか」


 二人は見かけた茶屋に寄って縁台に腰を掛けた。


「お客さん、いらっしゃい。茶は2文、団子は5文だ」

「2つずつください!」

「あいよ!」


 スイレンが断りも入れずに注文をするが、ゲンノジョウはとくに気にもしない。

 この手の茶屋で茶と団子を頼むのは半ば礼儀のようなものであるし、間食の注文はスレインに丸投げしていたからだ。


「しかし、茶が2文とは安いな。薄めてあるのか?」

「ちょっとお兄様、そんなことを言ったら失礼ですよ」


 何の気なしに漏らした一言を妹にたしなめられ、ゲンノジョウが咳払いをする。

 この手の茶屋では茶と団子は5文ずつで同じ値というのが普通であったため、うっかり疑問を口にしてしまったのだ。


「ははは! 薄めてなんかないさ。でもちょっと変わってるよ」


 盆を持った女給が茶と団子を縁台に置く。

 慌ててごまかしたが、小さな茶屋では声の通りもよいようで、しっかり聞こえてしまっていたようだ。

 ゲンノジョウは思わず赤面し、照れ隠しに茶をすする。


「ほう、これはなかなか。薄めているなど、無礼を言ってすまなかった」

「森の奥にいるような爽やかな香りがしますね! 甘いお団子にぴったりです」


 茶を飲んで頬をほころばせる二人に、女給もにっこりほほえみ返した。


「お客さんたち、なかなかわかってるね。これは山人特製の茶で、平地もん……あ、いや、町じゃあなかなか味わえないよ」

「おお、これは山人の茶か。これは珍しいものをいただいた」

「お兄様、山人とはなんですか?」


 スイレンの疑問に、ゲンノジョウが簡単に答える。

 一生を山中で暮らし、平地で暮らすアキツ人とはほぼ交流がない。

 山とともに生きており、幕府の支配をよしとせず、孤高に暮らす誇り高い人々であると。


「とまあ、かいつまんだところだがな」

「とっても浪漫がありますね。まるでお話に聞く大陸のドワーフみたいです」

「へへ、そんな風に言われると照れちまうよ」


 鼻をこする女給に、ゲンノジョウが尋ねる。


「ひょっとすると、お主は山人なのか?」

「そうさ。このへんの山で暮らしてる」

「山人が茶屋とはますます珍しいな」


 気になったゲンノジョウが事情を聞いてみると、最近までは他の山人の例にもれず、平地の民とはほとんど関わらずに暮らしていたらしい。

 しかし、とある事件で旅の浪人に助けられ、これからは平地に住む者たちとも多少の交流を図ろうということになったのだそうだ。


 山人たちは、平地の常識を知らなかったために、代官の言いなりになってしまったことを悔やんだのだ。

 ユキヒサによって斬られた代官は表向き、不正によって私腹を肥やしていたかどで切腹させられたことになっている。


 後任の代官は清廉(せいれん)な人物であり、山人たちに詫びを入れ、金山には手を出さないことを約束した。

 金悪の呪縛が解けた代官の部下たちが自分たちの所業を恥じ、連名で新たな代官に願い出たのだ。


 もっとも温情による判断だけではなく、幕府の金山方(きんざんがた)を呼んで調べたところ、掘り出せる金の利益よりも下流の田畑に与える被害の方がずっと大きくなりそうだという理由もあったようだが。


 女給の少女――セン――は口止めをされているため真相のすべてを話しはしないが、ユキヒサたちの活躍を身振り手振りを交えて大げさにまくしたてた。


「まさか……その浪人」

「ええ、きっと間違いないです!」


 一部始終を聞いたゲンノジョウとスイレンは互いにうなずき合う。


「つかぬことを聞くが、その浪人は若様と名乗らなかったか?」

「ええ!? お侍さん、若様の知り合いかい?」

「知り合いどころかこんやく……もがもが」

「すまぬ、こんにゃくは品書きにあるか?」

「こんにゃく? 悪いけど、こんにゃくはないさ」


 口を滑らしそうになったスイレンの口をゲンノジョウがさっと押さえる。

 この旅路で幾度も同じことをしているため、すっかり手慣れたものだ。


「それにしても、ユキノジョウ様のお知り合いが来るとはたまげたね。もしかしてこれも地霊様のお導き……」


 センは胸に手を当て、ぽっと頬を染める。

 その様子に何かを察したスイレンがするどい視線を向けるが、これも手慣れた様子でゲンノジョウが視線を遮る。


「ユキノジョウ……ユキノジョウと名乗ったのか?」

「ああ、そうだよ。なんだい、知り合いじゃなかったのかい」

「知り合いですー! 知り合いどころかこんやく……もがもが」

「落ち着けスイレン。こんにゃくは宿場町についたら食べよう」

「ははは、お嬢ちゃんはよっぽどこんにゃくが好きなんだねえ。今度うちでも田楽でもはじめようか」


 腕の中で暴れるスイレンを抑えつつ、ゲンノジョウは考える。


(そうか、ユキヒサは『ユキノジョウ』と名乗ったのか)


 それはあらかじめ用意していた偽名とは異なるものだ。

 嘘の下手なユキヒサのために、ゲンノジョウが別の名を考えて伝えていたのである。


 ユキヒサがユキノジョウと名乗ってしまった情景が、ユキヒサを知り尽くしているゲンノジョウには目の前で起きた出来事のようにくっきり浮かぶ。

 つい本名を言いかけて、咄嗟に思いついた名前をつなげたのだろう。


(俺の名が真っ先に思い浮かんだか。なるほど、なるほどな)


 突然にやにやと含み笑いをはじめたゲンノジョウを、スイレンとセンが気味悪そうな目で見つめる。

 ゲンノジョウが妹のスイレンをよく理解しているように、スイレンもまた兄の思考をよく理解している。

 考える内容は想像がついたので、話を変えようとセンに水を向けた。


「ところで、一緒に旅をしてたっていう二人はどんな人なんですか?」

「バンゾクとメガネのことかい? どっちも旅の道連れって言ってたよ」


 スイレンがセンから奇妙なあだ名の二人の話を聞いている最中も、ゲンノジョウはひとり「ユキノジョウ」という名の響きをかみしめていた。

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