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第十三話 ユキヒサ、金を斬る之事

「おいおい、こいつはもう()っちまうしかねえぞ」


 轟々(ごうごう)と戦斧を振るい、倒れてはまた向かってくる侍の群れを吹き飛ばしながらバンゾクが言う。


「そういうわけにもいくまい。こやつらは邪妖に操られているだけだ」


 侍たちの得物を切り飛ばし、アイキの技で放り投げながらユキヒサが言う。


「しかし、これじゃあ大陸のおとぎ話に聞くゾンビと変わらないっすねえ。聖水でもかけたら動かなくなるんすかね?」


 鎖棒を振り回しつつ、目潰しの砂や謎の液体、見たことのない色の煙を放つ玉を投げつけながらメガネが言う。


「くくくくく、こやつらを動かしているのは金の力よ。金を欲する心がある限り

こやつらが倒れることはないのだ!」


 何度倒しても立ち上がる侍の群れに手を焼く様子を見ながらにやにやと笑っているのは代官だ。

 人の金銭欲につけ込み、思い通りに操る力、それこそがこの代官――いや、大悪の()の一本である金悪の力だったのである。


 腕を折っても武器を振るい、武器を斬っても掴みかかり、足を折ってもよろよろと立ち上がっては襲ってくる侍たちに、ユキヒサたちはある意味での苦戦を強いられていた。


 当人の意思で代官に従い、この非道に関わっているのであれば遠慮なく切り捨てることもできようが、邪妖に操られているだけなのだ。

 邪妖に心を乗っ取られるなど武士にあるまじき鍛錬不足だとはユキヒサも思うのだが……それが命を奪ってよいほどの悪徳だとも割り切れない。


 そのため、致命傷を与えるわけにもいかず膠着(こうちゃく)に陥っていたのだ。

 侍たちの囲みの外では代官が床几(しょうぎ)に据わって高みの見物をしている。

 全身が黄金色に変じており、まるで醜怪な神像のごとくであった。


「こういう場合は親玉をつぶせばみんな正気に返るのが相場なんすけどねえ……えいっ!」


 隙を見てメガネが短筒を撃つ。

 顔面に命中したそれは、甲高い金属音と共に弾き返された。


「かーはっはっ! そんな豆鉄砲が大悪様からいただいた力に通じるものか!」


 メガネの弾が命中した跡には、小さなくぼみが残るのみである。

 代官は皮膚の色が変わっただけでなく、その硬さまで黄金そのものと化していたのだ。


「あいつの身体、金物(かなもの)に変わってるみたいっすねえ」

「見りゃあわかる。しかし悪趣味なこったぜ」

「飛び道具では(らち)が明かぬな……」


 黄金は柔らかい。

 甲冑をも断ち割るユキヒサの剣術であれば斬ることは容易いが、操られた侍たちのために近寄ることができないのだ。


「ち、しかたねえ。曲芸でも試すか、若様」


 バンゾクがその戦斧を大きく振りかぶる。


「承知した。遠慮なく頼む」


 意図を察したユキヒサが軽く膝を曲げてバンゾクの仕掛けに備える。


「それじゃ行ってこい!」

「おう!」


 バンゾクが全力で振るった戦斧にユキヒサが跳び乗る。

 その勢いで空中に舞い上がり、侍の群れを飛び越え、代官の頭上に迫った。


「な、な、なんだその曲芸は!?」

「マエナガ流、天雷落とし」


 代官の目の前に着地したユキヒサが、斬雪を鞘に納めた。

 鍔鳴りの乾いた音が山中に染み透る。


「ふん、虚仮威(こけおど)しなどしおって。この金悪の身体は普通の黄金よりもはるかに硬い。刀で斬れりゅわれら……りゃりゃ? るらるしゃべれにゃ……?」


 代官の黄金色の顔が驚愕に歪んだ。

 正中線にぴしりと亀裂が走り、身体が左右に分かれていく。

 右半身と左半身が前後に傾き、土煙を立てて、どう、と地に倒れた。


「ひゅー、まさしく一刀両断。やるじゃねえか」

「これにて一件落着、っすかね?」


 代官に操られていた侍たちも次々に地面に倒れていく。

 代官の死体にメガネが歩み寄り、指先でコツコツと叩いた。


「うーん、お宝ゲットかと思ったっすけど、偽金っすねえ」

「邪妖の身体を銭に替えようなどと思うでない」

「ったく、よくそんなことを思いつきやがる」

目端(めはし)がきくのは物書きに必須のスキルなんすよ」


 悪びれもしないメガネの態度に、ユキヒサとバンゾクは思わず呆れて顔を覆うのだった。


 * * *


「お、今回はそこが消えたか。どれくらい消えてる?」

「う、うむ」

「おいおい、ちゃんとなぞってくれよ。オレじゃ見えねえところなんだからよ」

「わ、わかった」


 怪我をした山人と、意識のない侍たちの手当をした後、例によってバンゾクは胴着を脱いで上半身を露わにしていた。

 今回入れ墨が消えたのはうなじの少し下辺り。

 白い頬を赤く染めたユキヒサが恐る恐る指を伸ばして浅黒い肌をなぞっている。


「お、今回も小物のわりにずいぶん消えたな。若様にくっついてるとツキがまわってきやがるなあ」

「そ、そうか」

「むうー、絶対絵になるのに……ひどいっす」


 なお、メガネは筆記具を取り上げた上に目隠しをされている。

 筆を取り上げただけでは一部始終を凝視して記憶に残そうとするため、バンゾクが風呂敷でメガネの頭を乱暴に包んだのだ。


 入れ墨の確認を終えてバンゾクが胴着を羽織ったところでセンがやってきた。


「これで2回も命を助けられちまった。みんなも礼を言っているよ」

「礼などよい。道を違えた武士を正すのもまた武士の役目。それよりも怪我の具合は大丈夫か?」


 ユキヒサが怪我の様子を診ようとすると、今度はセンが頬を赤く染めた。

 大丈夫だよ、とぶっきらぼうに言って、何かを懐から取り出す。


「これ、平地もんには値打ちがねえだろうけど、みんなからの礼だ。迷惑じゃなきゃ受け取ってくれ」


 センが差し出したのは首飾りのようなものだった。

 革紐の先に人形のような焼き物の飾りがついている。

 両目が妙に大きく、全体に丸みを帯びた不思議な形の人形だった。


「これは?」

「山人の神、アラハバキ様をかたどった首飾りだ。これがあればどこの山人もよくしてくれる」

「なるほど、仲間の証みたいなものなんすねー。光神教の御神体とはぜんぜんデザインが違うんすね」


 いつの間にか風呂敷を外したメガネが興味深そうに首飾りを見ている。

 光神教とはもともと将軍家の守り神であり、アキツを統一してからは国教となった教えだった。


「どこの山人もってことは、共通の隠し神なんすね。アキツ中の山人は実はつながってるってことなんすか?」

「あたいらの言い伝えじゃそうなってるね。本当かどうかは知らないけどさ」


 センはメガネとバンゾクにも首飾りを渡す。

 バンゾクは殊の外この贈り物を喜び、さっそく首につけている。


「なかなか愛くるしい見た目だな。オレぁこいつが気に入ったぜ!」

「へえー、バンゾクにもそんな感性があったんすねえ」

「なんだとこの野郎!」


 バンゾクが拳を振り上げると、メガネは首をすくめて逃げ出した。

 バンゾクがそれを追いかけていく。


「あはは、あんたたちは本当におもしれえな」

「拙者まで一緒にするでない」


 ユキヒサが顔をしかめると、センは再び笑った。

 そしてふと思い出したようにユキヒサに尋ねる。


「そういえば、若様はなんて名前なんだい? 恩人の名前も知らないなんて、山人の恥になっちまう」

「そうか、まだ名乗ってなかったな。拙者の名前はユキ……」

「ユキ?」

「ユ、ユキノジョウだ。姓は家を出るときに捨てた」

「そうか、ユキノジョウ。きれいな名前だな!」


 つい本名を名乗りそうになり、ユキヒサは慌てて偽名をひねり出した。

 マエナガ藩を出てからそれなりの日が経っているにも関わらず、これまで名乗る機会がなかったので事前に決めていた偽名がとっさに出てこなかったのだ。


 そのため、真っ先に思いついたゲンノジョウの名前を借り、その場しのぎの偽名を作ったのだった。


「へえ、若様はユキノジョウってのか。やっぱり立派な名前じゃねえか」

「いいとこの若様ってかんじで、ぴったりの名前っすねえ」

「うるさい。そういえばお主たちの名前はなんというのだ? そういえば聞いたことがないぞ」

「オレはバンゾクで十分なんだよ。名乗るほどの名前はねえや」


 バンゾクの言葉に、メガネが早口でかぶせる。


「小生は名乗ってるっすよ! 三代目眼鏡亭幸福的結末保証得多利真千(えたりません)歩隈(ぶくま)飄香管斎(ひょうかください)っす!」

「ああ、わかっておる。メガネ」

「暇があったらおぼえてやるよ、メガネ」

「ああああーーーー! これ絶対おぼえる気がないやつっすよ!」


 センがまた笑い声を上げ、ユキヒサとバンゾクも大声で笑う。

 頬をふくらませるメガネをよそに、3人の笑い声が山中に響いていった。

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[一言] 一件落着〜 ふたりのチームワークいいですねっ メガネ氏の素性が気になる…忍者?
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