第十二話 ユキヒサ、物書きに唸る之事
ユキヒサたちが山人の集落に到着した時、そこに広がっていたのは酸鼻極まる光景であった。
何人もの山人が傷つけられ、倒れ伏している。
生き残りの山人たちは縄を打たれ、集落の一角に集められていた。
中には女子供や老人も含まれている。
周辺を槍や刀で武装した数十人の侍が取り囲んでいた。
少し離れたところで床几に腰を掛けている肥満体の男が代官だろう。
縛り付けた山人の女を手にした鉄鞭で執拗にいたぶっている。
憤激したユキヒサとバンゾクが繁みから飛び出そうとするが、それをメガネが制した。
「あの人たちを人質にされたらたまらないっす。小生が捕まってる人たちの縄を解いてくるっすから、二人は小生の合図の後に飛び込んで、みんなが逃げられる隙を作ってほしいっす」
「……うむ、承知した」
「……ああ、さっさと頼むぜ」
今にも駆け出しそうな二人を尻目に、メガネは繁みを伝って迂回していくようだ。
十数歩も離れぬうちに気配を見失い、その技量にユキヒサは思わずうなった。
「すさまじい隠形だな。物書きというのはあんなことまでできるのか」
「物書きっつうのも侮れねえもんなんだな」
一瞬、怒りを忘れさせるほどの見事な手際を見せたメガネは、すぐに人質たちの背後に姿を見せた。
周辺を固めている代官所の侍たちは誰一人気がついていない。
ユキヒサたちだけにわかるよう姿を現したのだ。
指を三本立て、それを順番に折っていく。
最後の指が折られると同時に、メガネが何かを人質たちの前に放り投げた。
それが地面についた瞬間、破裂して大量の白煙が辺りを覆い尽くした。
「いくぞバンゾク!」
「おうよ!」
これを合図と理解したユキヒサとバンゾクは集落の中へと駆け込んでいく。
「何故あって、かような非道を働いておる!」
斬雪の鯉口を切り、手を添えて進むユキヒサの姿には一分の隙もない。
「そうだそうだ。納得のいく了見を聞かせやがれ!」
轟々と暴風を巻き上げながら戦斧を振るうバンゾクは、おとぎ話に伝わる女夜叉の如くであった。
代官所の侍たちは慌てふためく。
突如として白煙に包まれ、また思いもよらぬ闖入者まで現れたのだ。
一応得物を構えてはみるものの、腰が据わっておらず頼りげがない。
「ええい、貴様らは何者だ! 我々を代官所の者と知っての狼藉か!」
その状況でいち早く立ち直ったのは代官であった。
床几から立ち上がり、一喝して部下たちの混乱を収拾する。
「さては貴様ら。昨日わしの部下に無礼を働いたという素浪人どもだな?」
「は、はい、お代官様。あやつらで間違いございません」
醜く太った代官の隣に歩み出た男は、昨日ユキヒサたちが追い払った役人だ。
「一介の浪人風情になめられるからこんなことになるのだ! 恥を知れ!」
「ひぃぃっ」
役人は代官の鉄鞭に何回も打ち据えられ、その場にうずくまる。
「それで、拙者らの問いに答えておらぬが?」
「ふん、下郎の質問など答える必要もないが、よかろう。こやつらはな、山賊として旅人や近隣の百姓を襲っておったのよ。それでわしが直々に討伐に参ったのだ」
「この者たちはそのようなことはしていない。アキツ人とはほとんど関わらず、山の恵みだけで暮らしておったぞ」
「そうそう、こんなお宝が取れるっすのにねえ」
ユキヒサとバンゾクの背後から、小石を見せびらかせつつメガネが現れる。
いつの間にか白煙は晴れており、囚われていた山人たちの姿は消えていた。
「貴様……どこでそれを……!」
「川で拾っただけっすよ。ずいぶん良質な金山みたいっすねえ」
「わしの金だ! 返せっ!」
黄金色に煌めく点を持つ小石を見た代官が目を剥いて叫ぶ。
「馬脚を現しやがったな。なんのかんのと理由をつけちゃあいたが、金を掘るのに邪魔だってだけなんだろうがよ」
「山人たちは今日にはこの集落を出ると言っていた。それをどうして傷つける必要があった!」
ユキヒサとバンゾクの言葉を、代官は鼻で笑う。
「ふん、下郎の分際で。だがそこまで知られては仕方があるまい。山人たちも貴様らのような流れ者と関わり合いになることがわかったのでな。秘密が洩れてはわしが困る。全員殺すか、捕らえて金山の採掘に使ってやろうとしたまでよ!」
その言葉にユキヒサとバンゾクの眉がつり上がる。
代官に向かって一歩、二歩と距離を詰めていく。
「語るに落ちたな、貴様は武士の風上にもおけぬ!」
「その腐った性根、叩き直してやる!」
「皆のもの、この薄汚い素浪人どもを斬り捨てよ!」
代官が後ずさりながら鉄鞭を振るい、ユキヒサたちへと向けた。
すると我に返った侍たちが三人を取り囲む。
「上役の非道を正すも武士の心得。武士の心を持たぬ外道に加減はできぬぞ」
「見てのとおり機嫌が悪りぃからな。死んでも文句言うんじゃねえぞ」
「さすがに役人を殺すのはマズイっす。ほどほどに痛めつけるっす」
侍たちが一斉に槍や刀で襲いかかるが、三人の表情は冷静なままだ。
ユキヒサが斬雪を振るうたび、一人二人と侍が倒れていく。顎や首の急所を峰打ちし、気絶させているのだ。
バンゾクは戦斧を振り回し、斧の腹で何人もまとめて吹き飛ばしていく。吹き飛ばされたものたちは、体を丸めて苦痛の声を上げている。
そんな得物をどこに隠していたのか、メガネは複数の棒を鎖でつないだ見慣れぬ武器を振るっていた。
襲いかかる侍たちの武器を絡め取り、空いた手で砂のようなものを投げつけて目を潰し、無力化している。
数十人の侍たちが、またたく間に打ち倒された。
その光景を目の当たりにした代官が顔を真っ赤にして怒り狂う。
「ええい! 使えぬ馬鹿どもが! こやつらを斬れば報奨ははずむぞ! 立て、立って戦えい!」
代官の瞳が金色に輝くと、倒れていた侍たちがゆらゆらと立ち上がる。
目には生気がなく、まるで操り人形のようであった。
「ふはははは! 貴様らの武具には大金がかかっているのだ。金の分は働いてもらわねば困るぞ!」
代官が歯を剥いて高笑いをする。
その歯には、黒い炎のような奇怪な紋様が刻まれていた。
「あれは……」
「間違いねえな。大悪の手先だ」
ゆらゆらとにじり寄る侍の群れに目も向けず、ユキヒサとバンゾクの視線は代官に向けられていた。