第十一話 ユキヒサ、山中を駆ける之事
「しかしよう、金ってのは高く売れるもんだなあ。あ、おねえちゃん酒をもう一本! いや、がんがん持ってきてくんな!」
「だからそれは小生の銭っすよう」
「降ってわいたような銭なのだ。悪銭は邪妖を呼ぶ、と言ってな。バンゾクに調子を合わせるわけではないが、こういう銭金はさっさと使ってしまった方がよい」
「そんなぁ……若様までひどいっす……」
涙目のメガネをよそに、ユキヒサとバンゾクは次々と料理や酒を平らげていく。
「えーい、もうこうなればやけっぱちっす! おねえさん、この店で一番高い酒と料理を店内のお客さんに振る舞ってくれっす!」
「おお、それでこそアキツ撫子の心意気ぞ」
「メガネもやるときゃあやるじゃねえか」
「こんなことで見直されたくないっす」
ユキヒサたちは山人の集落に一泊し、最寄りの宿場町までやってきていた。
両替商でメガネが拾った金鉱石を換金し、それを軍資金に煮売り酒屋で飲み食いをしていたのだ。
「しかし、センちゃんたちはどこに行ったんすかねえ……」
「山人はもともと数年ごとに棲み家を変えると聞く。別の拠点へと渡るのだろう」
「いけすかねえ話だが、オレらがこれ以上できることもねえしなあ」
先ほどから繰り返し話題に上るのはセンたち山人たちの行く末だ。
ユキヒサたちが出立する際にも集落の人々は忙しそうに荷物をまとめていた。
きっと今ごろはもう集落から離れていて、今後一生会うことはないのだろう。
そう思うと、ユキヒサの胸には一抹の寂しさが去来するのだった。
「まあ、一期一会というものだな。よい出会いであったと信じるしかあるまい」
「アキツ人があの代官所の連中みたいに嫌な野郎ばっかりだと思われなかったのは救いだぜ」
「まったくっすねえ」
「おや、お客さんたち代官所の連中に行き会ったのかい?」
追加の料理を届けに来た女給に声をかけられ、ユキヒサは思わず言葉を濁した。
たしかに行き会ったが、役人を脅しつけて追い払ったなどとても口にできない。
「なにかイジワルはされなかったかね? ここの代官所の連中はえらぶってばっかりで、事あるごとにあたしら町民をいじめやがるからねえ……。まったく胸くそが悪くなるよ」
こんな大っぴらに役人の悪口を言って大丈夫なのかと心配になるが、店内を見渡してみると何人もの客がうんうんと頷いている。
どうやらここの代官所の評判は相当に悪いようだ。
「サルオニの退治もろくにやらないもんだから、旅のお客さんも百姓もだいぶやられちまってるみたいでさ。今日になってようやく本腰上げたんだよ」
「本腰とは?」
「おや、行き会ったわけじゃないのかね? お代官様が何十人も引き連れて山に入ってね。やっと真面目にサルオニを退治するつもりになったんだってみんなで話してたのさ」
「それが今日だと……?」
よくよく話を聞いてみると、代官たちは今日早くに物々しい装備で山に向かったのだそうだ。
「どうにも嫌な予感がするな……」
「あの役人が仕返しのために上司に泣きついた、とかありそうっすねえ」
「あの小心な野郎だったらありえるな」
3人は顔を見合わせうなずき合うと、勘定を済ませて煮売り酒屋を後にした。
向かった先はエドへ向かう街道ではなく、その真逆。
もと来た道を戻るのだった。
しばらく街道を進んでから、途中で道を外れて山の中に踏み入っていく。
先頭を行くのはメガネだ。藪も苦にせず、張り出した横枝もひょいひょいとよけながら進んでいく。
「どこもおんなじように見えるんだけどよ、本当にこっちであってんのかあ?」
「道をおぼえるのは得意なんすよ。物書きをなめないでほしいっす!」
「物書きは関係あるのか、それは……」
軽口を叩きつつも、急ぎ足で獣道を進む。
すると途中で行き先の藪ががさりと揺れ、何かが転び出てきた。
「ちっ、こんなときにまたサルオニか!」
「待てバンゾク、これは違うぞ」
戦斧を構えたバンゾクを止め、ユキヒサは転び出てきた者に駆け寄る。
それは昨日世話になったばかりのセンだった。
体中が泥だらけで、あちこちに傷も負っている。
「おい、セン! だいじょうぶか、気をしっかり持て!」
「う……うん……あれ、なんで若様がこんなところに……?」
「心配事があって戻ってきたのだ。まずは傷の手当をするぞ」
ユキヒサたちはセンの介抱をしながら、事情を聞き出した。
「若様たちが出ていってしばらくしてから、代官所の連中が大勢で押しかけてきやがったのさ……」
センによると、数十人の侍を連れて山人の集落にやってきた代官は、「これから出ていく」と説明する村長を問答無用で斬り捨て、他の者達も縄を打って捕縛しはじめたそうなのだ。
山人たちも必死で抵抗したが、しょせんは多勢に無勢。
何人もが斬られ、また捕らえられたらしい。
センはその中を必死に逃げ、やっとここまで来たということだった。
「なんとむごいことを……」
「昨日の意趣返しにしちゃやりすぎだぜ!」
ユキヒサとバンゾクが怒りに体を震わせる。
怒気に当てられた山鳥が、ぱっと辺りから飛び立った。
「センちゃんはこの近くで隠れててくれっす」
いつも飄々としているメガネさえ、その眼鏡の奥の目つきが据わっている。
「全力で走るから遅れないでくれっす!」
「当然だ!」
「おう!」
三人は風を切って走るメガネを先頭に木々の隙間を縫って全力で駆け出した。