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第十話 ユキヒサ、山人の酒を味わう之事

 大きな鉄鍋がぐらぐらと煮え立ち、湯気を立てている。

 木椀によそわれた汁を一口飲むと、濃厚な脂と味噌の味が口中に広がった。

 大きく切られた肉を口に入れると、思いのほか獣臭さはなく、噛むほどに肉の甘味が感じられる。


 鍋を囲んでいるのは山人の少女センと、ユキヒサたち3人である。

 センの家の中で、バンゾクが捕らえた猪を鍋にして食べているのだ。


「それで、先ほどの役人たちは一体何だったのだ」


 ユキヒサの問いに、センは言葉に詰まる。


「普通の役人は山人に関わろうとはせぬ。税も取らぬ代わりに保護もせぬ。互いに不干渉というのがどこの藩でも通例であると思っていたが」

「……あいつらは、税を取るんだ」

「何?」

「この山はあいつらの土地だから、住みたければ税を払えって。そう脅かしやがるんだよ!」


 振り絞るようなセンの声に、ユキヒサは思わず拳を握りしめた。

 誇り高い山人にとって、平地に住むものに税を払うなど耐え難いことだろう。


「そのくせ、今度は一方的にここを出ていけと言いやがるんだ。これだから平地もんは……!」


 そう言いかけて、センは口をつぐんだ。

 目の前の恩人たちがその「平地もん」であることを思い出したからだ。

 ユキヒサは、気にせんよと前置きして言葉を続けた。


「しかし、税を取っているなら代官所としても益となるはず。なぜ追い出そうとしているのだ? 何より、税を収めているならそれは領民扱いとなる。領民を保護せずいたぶるのは御定法(ごじょうほう)(そむ)いておる」

「うーん、たぶん理由はこれっすよね?」


 ユキヒサの疑問に、メガネが答える。

 懐から小石を取り出して皆に見せていた。

 センの表情が固まっている。


「そんな石っころがなんだっつうんだよ?」

「まあまあ、よく見てみるっす」


 小石を鍋を温めている火にかざすと、石の一点がきらりと輝いた。


「それはもしや……」

「金っすねえ。この山には金が眠ってるみたいっす」

「けっ、それでお前は一生懸命石拾いをしてやがったのか!」

「お(あし)はいくらあっても困るものじゃないっすからね」


 飄々(ひょうひょう)としたメガネの態度に、バンゾクが呆れ顔をした。

 それとは対照的に、ユキヒサは腕組みをして何か考え込んでいる。


「……知られちまったらしょうがないね。そうさ、この山からは金が出るのさ。代官所には、どうしても税が払いきれないときにそれを納めたせいでバレたのさ」

「おお、金山たぁすげえな。金を掘って売りゃあ大金持ちじゃねえか」

「銭なんて必要なだけあればいい! 金を掘れば地霊様が怒って山が死ぬ!」


 激しい剣幕で言い返すセンに、バンゾクは思わず目を丸くした。


「いや、悪かったな。ついこっちの物の見方で話しちまった」

「あたいも、急に怒鳴ってごめん……」


 山人は俗世とは異なる世界で生きているのだ。

 平地に住む者たちの価値観を当てはめることはできない。


「地霊様はわかんないっすけど、川が汚れて下流の田んぼなんかも全滅しそうっすね。この金が埋まってる石にはちょっとした鉱毒が含まれてるっす。自然に流れ出すくらいなら問題ないっすけど、大規模に掘ったらやばそうっすねえ」


 メガネが小石をぽんぽんとお手玉のようにして遊んでいる。

 あの短い時間で5、6個ほど金入りの石を拾っていたらしい。


「しかし、それで山人を追い出そうって考えになるのがわかんねえな」

「どうせあたいらが目障りなんだろうよ。サルオニ退治もわざと手を抜いて嫌がらせしてきやがるんだ」

「あー、それであんなにサルオニがいやがったのか」

「やり方が陰湿っすねえ」


 しばらく黙っていたユキヒサが組んでいた腕を解いた。


「藩ぐるみか、代官所の独断かはわからぬが、隠し金山とするつもりなのだろう」


 金山が見つかった場合、幕府に報告して収入の一部を上納する義務があった。

 ユキヒサの考えでは、おそらくそれを嫌って秘密裏に開発を進めようとしているのだろうということだった。


「人目のあるところで金山開発などをすれば秘密が露見すると恐れたのだろう。サルオニを野放しにしているのも、山に人を近寄らせないために違いあるまい」

「かー、なるほどな。考えることがせこくて気に入らねえなあ」

「金の輝きは人の心を惑わせるんすねえ」

「おめえの心が真っ先に惑わされてるじゃねえか」


 とバンゾクがメガネが手遊びに使っていた石を横からかっさらう。


「取っちゃいけねえもんなんだろ? 返しておくぜ」

「えっ、それは小生のっすよ!」

「川で少し拾ったくらいなら地霊様も怒らないよ」

「そうなのか?」


 センの返事を聞いたバンゾクが、石を自分の物入れにしまい込む。


「ちょっ、バンゾク! それは小生の!」

「山を下りるまで預かっとくだけだって。街についたらこいつを売ってパーッと飲もうぜ」

「それは返したことにはならないっす!」


 その様子を見ていたセンが思わずふき出し、釣られてユキヒサも笑い声を上げた。


「ともあれ、それでどうするのだ? 明後日までに立ち退けと言われていたが……」

「変なことに巻き込んじゃって悪かったね。これ以上、あいつらに因縁をつけられ続けるのも面白くないし、もうこの山を出て行こうかって集落のみんなで話してたのさ」

「……そうか。すまぬな」

「あんたが謝ることじゃないよ。おかしな人さね。平地もんでも、あんたらみたいに山人の味方になってくれる人がいるって知れただけでも見っけもんさ。あの役人の逃げっぷりを見てちょっとすっきりしたしね」


 そうセンは笑うと、「そんなことより礼を忘れてた」と部屋の隅にあった壺を持ってきた。


「野草や果実を入れて寝かせた山人特製の酒さ。平地もんでこれを飲んだことがあるやつはめったにいないはずだよ!」


 ユキヒサたちは、その甘く独特の香りのする酒と、滋味(じみ)深い猪鍋を心ゆくまで味わった。

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