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1 出会い

 自由奔放に伸びた鬣のような赤い髪と、美しく整った顔を引き立たせるサファイアを思わせる瞳が目を引く。

 着ているものは、柔らかいが耐久性もある最高級のサベトン牛の革でできた栗色のチュニックに、腰に回した細工模様の美しい黒のベルト。ベルトには小物を入れる小さなバッグとナイフが付いている。長くて形のいい足を包む白いグランジ綿のスパッツに、やはり、サベトン牛のブーツという、シンプルな装いが彼女の美しさをさらに引き立てていた。

 見た目からは20歳を超えた大人の色香が感じられた。


「さて、どこに行こうか。ここからだとアドレイナ姐さんのギルドが一番近いか」


 割と大きめの広場にある、簡単な食事を出す店先でつぶやいた。

 広場は中央に噴水というか水場があるありきたりのもので、囲むように仕立て屋、宿屋、鍛冶屋などの店舗が連なっている一般的な町並みに、そこから住宅地へ伸びる路地が続いている。

 路は市場になっており、両脇には色とりどりの帆布のような屋根をつけた屋台から、ただ、品物を並べただけの簡素な屋台まで所狭しと並んでいる。

 今は市場の一番忙しい時間は過ぎ、夕方の商いに向けて休みを取ったり、仕込みをしている人々しかいない閑散としたものだった。

『自領の市場とあまり変わらないな』

 売っているものもそうだが、人の往来は異国でもない限り、然う然う変わるはずもない。


 グレイスは、婚約解消を破棄したその日のうちに王都を離れた。

 宿場とも言えるこの街に差し掛かる頃には日も陰り始めたのもあり、ここで宿を取ることにしたのだ。


『それにしても、書類を破り捨てた時のテディ(セオドア)の顔』


 その時の彼の顔を思い出すと、一人でに笑みがこぼれてしまう。


『あれだけ、婚約破棄を訴えてた私が拒否したのだから、驚くのも無理はないけど。全てが遅すぎたのよ』


 前日は、王国を出るまで1日馬を駆ったこともあり、疲れ切って何を食べたのかも覚えていないほどだった。

 なんとか気力を振り絞り、風呂を用意してもらい汚れを落とすと、それこそ泥のように眠った。


『寝る前に忘れずに結界を張ったのは偉かったわ』


 疲れのせいか、いつもより遅い時間に目が覚めた。普段とは違う簡素な部屋の景色に始め少し戸惑ったが、それでも、窓から見えた晴れ渡る春の空には気分が高揚した。


 青空のせいか、この先の冒険者としての自分への高揚感からか、宿を早々に引払い先を急ぐ。はずだった。

 が、いざとなると目的地はなかなか決まらず、ただ時間だけが過ぎていくばかりであった。

 目の前の果実水を意味もなくかき回すのも、さすがに飽きてきた。


『あ~、ヘタレな婚約者は、問題ないとしても、お父様がなぁ』


 『赤い閃光』(ベタな二つ名だと思うけど)と呼ばれる辺境伯の父が本気で動き出せば、当日中に連れ戻されるのは必至だ。その前に、どこかのギルドの庇護下に入りたいと考えていたのに。


 転移魔法を使えば早いのだが、今のグレイスの実力では、魔力を消費しすぎるのと、痕跡で居場所がばれるので、できれば今は使いたくない。


『置手紙を読んでくれれば、お父様にもわかってもらえると思うんだけど』 

『かといって、一人で街道を行くのはなぁ』


 昨日は先に進むことだけに気を取られて、一人で街道を行く危険性は二の次であった。

 しかもこの先、こういった宿場町にうまくたどり着けるかもわからない。

 考えがまとまらず、ぼんやりと前方を見ていると首輪につながれた人のようなものが目に入った。

 黒髪に簡素なベージュのワンピースを着た10才前後くらいの少女と思われる。

 今ではどこの国でも、罪人ですらつけることは許されない首輪をつけている。ということは―――。


「もしや……」


 魔眼を凝らして見てみると、大型のネコかイヌ科の獣人と思われる黒っぽいグレイの耳が見えた。

 少しつり上がった獣人特有の瞳は、美しい翡翠のような色でエキゾチックだった。

 やはり10歳前後の少女で拘束魔法のかかった首輪をしている。


『あんなに幼い仔を』


 獣人であれ、人であれ、奴隷はどの国でも今はご法度である。しかも、仔供だ。

 なおさら許されることではない。


『許しがたい』


 考えるより先に、体が動いていた。


「この仔は売り物(うりもん)かい?」


 奴隷商人と思われる40歳代のイタチのような顔つきの男に聞いた。

 目の前に金貨の袋をぶら下げてやる。

 そんな私らのやり取りを伺う用心棒らしき男の気配が二人(いや、三人か)する。


「いや、姐さん、悪いがそいつは届けもんなんだよ」

「そうかい、残念だな。こんないい奴隷は久しぶりに見るよ」


 そう言って、獣人の子を舐め回すように見た。

 首輪につながっている鎖は普通のものだった。


「まいったなぁ、姐さん。声を落としてくんねぇ。その言葉(奴隷)はどこでも禁句だぜ」

「おっと、ごめんよ。売りもんだったら、私が買いたくてさ」


 そう言ってニヤリと笑うと腰につけたナイフで鎖を断ち切った。

 辺境で魔物相手に使う刃物は、たとえ小物(ナイフ)であっても鎖の一つや二つ楽に切れるのだ。


「な、何を」

「何をって、奴隷はどこの国でもご法度だよ」


 どの程度の実力かわからないが、このクラスの奴隷商人の用心棒であれば、このまま獣人の子を抱いて逃げることは不可能ではない。

 それよりも、騒ぎが起きれば、警ら隊もすぐ来るだろう。そうなれば、私の身元がばれて拘束される方が不利だと判断した。


婚約者(セオドア)に連絡でもされたら......』


 こうなれば、父に発見される前に何としてもギルドについておきたかった。

 用心棒達が現れる前に、どこか安全なところまで転移しなければ。

『だが、二人一緒に転移できるだろうか』


「侭よ」


 かなり無謀だと思ったが、心を決め、少女を抱いたまま、アドレイナのいるギルドまで転移魔法をかけた。あとは姐さんが、よしなにし取り計らってくれると踏んでのことだった。


 複数での転移魔法。

 初めての試みだったが、なんとかギルドまで無事に転移することができたようだった。

 ギルド内はダンジョンや依頼に向かう人の群れがひと段落した時間らしく、まばらにしか人がいなかった。そうでなければ大惨事になっていただろう。

 少女を抱いたグレイスの魔力はほとんど残っておらず、立っているのがやっとの状態で、ポーションを飲む気力もない。

 魔力欠乏でフラフラする今、ここにグレイスの父親が現れれば万事休すといったところだ。

 

『人が、少ない、時で……助かった。この、子を……姐さんに、託して、からで、ないと……』


「グレーシー‼︎」


 派手な物音を聞いて、受付の奥からアドレイナが飛び出してきた。


「姐さん――」


 最後の力を振り絞って少女をアドレイナに託す。

 安心したせいか、急に目の前が暗くなり意識はグレイスの元から離れていった。


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