⑦侯爵家夫人、マルグリット・ヘンリソンの価値観
ローズマリーはどこぞに行ってしまったが、それはとりあえず置いておき、ライラは母との再会を果たした。
「お母様、久しぶりなのにご挨拶が遅くなってしまって……」
「いいのよ、他のところなら兎も角、ここでは気にしなくて。 あちらからここまでは長いのだから、疲れていて当然だわ。 もう大丈夫なの?」
母マルグリットはライラが「ええ」と是の意を示すと、期待を込めてすかさず尋ねる。
「じゃあ……アレを開けてみせてくれないかしら?」
彼女が指し示した先には、伯爵家の従者が運び込んだ荷物の山。その箱の形状からして、ドレスやアクセサリー類が入っているのは容易に想像がつく。
「伯爵様から、よね?」
「ええ。 旦那様は全て私の良いように、と」
「まあ……!」
マルグリットは美しい物が大好きで、時に自分でもデザインを行う。
「伯爵家の財を惜しみなく注ぎ、自分好みのドレスやアクセサリーを名工に作らせるなんて、まるで夢のようね!」
彼女は商家の出身であることもあり、物への拘りが非常に強い。
いくら気持ちが入っていようが、金をかけようが、明らかに相手の好みを押し付けてくるような物や不似合いな物には価値などない。
相手を思うなら相手の好みを踏まえた上で相手の魅力を引き出す物でなければならない。物に価値を与えてこそ誠意が見えるというものだ。それができない男なら、その分の金を寄越す方が正しい。
──普段は柔和な彼女だが、物に対してはそういう価値観を持っている女性である。
大体にして社交界を勝負の場としている貴族女性は、身に付ける物に敏感なのだ。それが理解出来ない男は無価値と言っていい。(※マルグリット談)
彼女が昔吐いた『お金がないならセンスを磨きなさい、センスがないならお金を寄越しなさい』という言葉は男性への苦言として今も使われている。
思わぬところで母の辺境伯への好感度は上昇した。
侍女を呼び付け箱をライラの部屋へと運び、次々と開ける。素晴らしいドレスとアクセサリー類に感嘆の息が漏れた。
「こちらでの流行りとは違うけれど、上品で素敵だわ……これは話題になるでしょうね」
「うふふ、お母様……このドレスには秘密があるのです。 なんと分離するのですわ! 外側のレース部分の取り外しが可能なのです」
「まぁ?!」
「シンプルでラインが美しく、いい生地を使う地の部分を活かし、年齢や場に合わせて多彩に変化するのがこのドレスの特徴ですのよ!」
これは、冬が長く家具に拘る、ブラッドロー領の平民と接していて思いついた案。
美しく飽きのこない、シンプルで長持ちする家具とはいえ、やはり時に変化は欲しい。彼等はカバーリングを変えることでお金をあまり掛けずに変化を楽しんでいた。
「平和な今、財政の安定した方々には必要無いでしょうが、そうでない方達は毎年の社交の度に新しいドレスを作るのは大変……それにタウンハウスは然して大きくありませんものね」
「確かにこれなら同じ生地を押さえておけば流行りに対応できるわね……こちらのアクセサリーにもなにか?」
「うふふ、実はそちらがメインですのよ! そちらは地の金の加工を武器職人に任せました。 剣の装飾部の型に、金を流し込むのです。 伯爵領には軍人が多くおりますから……王宮の騎士様はお金もあるし、華美な装飾を好まれます。 剣から型を取るのは勿論、剣と共に発注いただければ最高ですわね!」
「あらあらまあまあ…………ライラったら、なんて立派に……!」
僻地で社交も碌にせず、貴族淑女としての手腕も身に付けることなく、奉仕活動くらいしかできない無能な娘になったかと心配していた母は、ライラの成長を涙ながらに喜んだ。
「いい経験をさせて頂いていたのね……」
「はい!」
確かにいい経験はさせてもらっていたが、主にパーシヴァルにである。
だが母の中で、ルーファスの好感度は更に上がった。
一方その頃の伯爵邸──
椅子にダラリと座ったままのルーファスの、部屋の扉を叩く者。パーシヴァルである。
居住まいを正し、入るように指示をする。
「──旦那様、ライラをどうするおつもりです?」
ほらきた、とルーファスは思った。
「侯爵家でも言ったろう……『私に全て任せろ』。 お前は気にしなくていいぞ!」
「気にしない訳にはいきませんよ! 大体どういう意味なんですかそれ?!」
「無論、言葉通りだ。 お前は何もしなくていい」
後半強めた語気に明らかな牽制が感じられ、パーシヴァルは眉を寄せる。
ルーファスの中でパーシヴァルは非情な男と化していた。ローズマリーの妄想と違い、実際彼にはそういう面がある。完全に誤解とも言えないところがまたややこしい。
「さっきだってモーガン夫人に捕まった俺が、彼女を上手く宥めすかすのにどれだけ苦労を強いられたと思ってるんですか!」
奴は口が上手いのだ、言いくるめられて違う方向へ話を持っていかれては困る……パーシヴァルに不信感を抱いているルーファスはそう思い、言うことを聞く気はない。「それもお前の仕事だろう」と言うルーファスの言葉にイラっとしながらも、パーシヴァルは冷静にそれを感じ取った。
(なんだかよくわからんが……二人きりにしたのが失敗だったのかもしれない……あれからなんかおかしくなったし)
慣れない事はするものでは無い、そう反省しながらなるべく口調を抑える。同時に数々の不満も抑え、彼の気持ちを探ることにした。
「わかりました。 まあいいでしょう……親交は深まったようですし。(若干気持ちが悪い感じで) これで舞踏会は安心ですね?(以前よりは)」
「ああ」
「ライラのドレスの確認はしておりませんが、彼女は優秀ですから大丈夫でしょう。 『最大限良いように』というお言葉に感激しておりました」
「そうか」
「彼女はそもそも美人ですから、きっと言い寄る男も多く出てくるでしょうね……」
「……なにが言いたい」
「そうそう、公爵家のお茶会の件ですが……」
「行かないと言ったろう!」
「いえ、ライラが呼ばれた場合……こちらの予定はどう致します? 残して帰るのか、滞在を延ばすのか」
「!!」
「おそらく彼女は呼ばれるでしょう。 夫人はライラに興味を持たれましたし、彼女は優秀ですから」
「…………」
──黙る主に、パーシヴァルはある結論に達した。
本当は『全て任せろ』と侯爵に言った以上、その気持ちがどういう類のもので、どういう意味なのかということなど関係なく、選択肢はひとつしかない。
(多分この人、自分でもよくわかってないんだろうな……)
よくわからない気持ちがどう転ぶのか。
意外といいアシストが出来たと満足したパーシヴァルは、後のことは今度こそ、本人達に任せる事にした。
実際貴族がドレスをどうしてるかなんて、私は知りません。(無責任発言)




