②公爵夫人、オフィーリア・モーガンの襲来
中継地点のホテルを二回経て、ようやく王都に辿り着いた辺境伯御一行。
まずはヘンリソン侯爵家のタウンハウスに、ライラと彼女の荷物を送り届ける。今年デビュタントの娘がいる侯爵家に余計な負担をかけないよう、形式的な挨拶だけしてその場を辞し、いよいよ伯爵家のタウンハウスへと向かった。
だが着いたところでゆっくりなどできない──そう覚悟はしていたが……
「いらしてたのですか……」
「会いたかったわ、ルーファス♡」
着くなり、既に来客。
玄関ホールのソファに腰掛け、優雅にお茶を飲む年齢不詳の美女──
モーガン公爵夫人、オフィーリア・モーガン。
ルーファスの実の母である。
「何故こんなところで待ってるんだ……」
「応接間にご案内しようとしたのですが」
「ビックリさせたくてここで待ってたの♡」
タウンハウスを任せている前家令、アルフレッドの話を遮り、ルーファスに駆け寄るその姿はあどけなく……まさに年齢不詳。
しかし舐めてはいけない、彼女は今をときめく公爵夫人なのである。
オフィーリアの年齢不詳の美貌は、四方八方からの美容情報と製品でできており、その社交範囲は周辺諸国にまで及んでいる。
社交界の華を隅々まで知っている彼女が、適齢期の息子に会う目的はひとつ。
──嫁の話である。
「貴方……今回のお相手は?」
久方ぶりの愛情表現に代わり、応接間に通した途端にこの発言。身内に割くもってまわった言葉など、時間の無駄という考えらしい。
「……伯爵家で5年程侍女を勤めている、ライラ・ヘンリソン侯爵令嬢が」
「まあ?! あら、そう……ライラ様……! ヘンリソン侯爵家の……あらあらまあまあ……!」
ルーファスは先の部分を強調して言ったつもりだったのだが、通じていないらしく母は嬉しそうな顔をして、少女の様にソワソワと身体を揺らした。
「貴方には滞在を延ばして、公爵家のお茶会に出てもらおうと思っていたのだけれど……そう、ライラ様……あらまぁそう……」
『モーガン公爵家のお茶会』──舞踏会後暫くしてから、モーガン夫人がいいと思った令嬢を集め親交を深めるお茶会であり、ここに呼ばれることで非常に箔がつく。呼ばれた令嬢にはいい縁談がもれなく増えるという、有名な茶会だ。
彼女が将来性を見込んだ男性を呼ぶこともある。この茶会に呼ばれることは対複数の公開見合いも同義。しかも相手は選りすぐりのご令嬢ばかり。
未婚の貴族男性にとって、令嬢以上に有難く光栄な話でもあった。
だが男性の選出基準は厳しい。
その為、男性が呼ばれないこともままあることである。
将来性があり、身持ちが堅く、当然ながら婚約者やそれに近い女性がいない者に限られる。
素晴らしいお茶会ではあるが──
そんな茶会にコネでいくなど、冗談ではない。
大体、そうでなくても女性が恐怖でドン引くと思う。
……と、己をよく知るルーファスは思った。
条件は満たしていないでもないが、公爵家茶会の今後の威光の為にも行く気などは無い。それこそ毛の先程も。
「ライラ嬢とはその様な関係ではありませんが、お断りします。 断固として」
ライラとの関係を黙っていれば、そのまま茶会はスルーされただろう。しかし彼はそうしなかった。
「え、どういう」
「アルフレッド、公爵夫人がお帰りだ」
「はっ」
「ちょっと?! ルーファス!!」
説明を求めるオフィーリアを相手にせず、すげなく追い返すと、彼はそのままソファに身体を預けた。
王都迄の道程──中継地点のホテルに着く前、何度か休憩を行った。
「ライラ、大丈夫か? 外の空気を吸うといい」
ルーファスのその言葉を嬉しくも残念に思いつつ、ライラは惚け気味(結果、いつもより普通)に礼を述べ、身体を起こした。
「もう大丈夫です、ありがとうございました……」
しかしふらつく彼女を心配したルーファスは、ついてきた家人を呼んだり、或いは自分で甲斐甲斐しく世話を焼き……
最初のホテルに着いた時には、未だ具合の悪そうなライラを(※ルーファス視点)
なんと、横抱きにして馬車を降りたのだ。
「はわわわわわ……!?!? だだだだ旦那様ぁ! その様なお気遣いなど余りに分不相応なご褒っ……いえあのそのぉ!!?」
その声は掠れ、熱に浮かされていた。
掠れているのは、食事や水分補給をマトモにできなかったからである。
過分な同情が横滑りした彼は、具合の悪いライラの為に、彼女を寝かせたまま手ずから食事を与えていたのだ。
──食えるわけが無いし、そりゃ熱も上がる。
ルーファスはか弱き者に優しい。
ただし、彼が今まで世話したことがあるのは両腕を負傷した兵とか、御老人とか、傷付いた動物とかである。
面倒を見ているうちに更に情を深めたルーファスは、ライラが淑女であることを忘れて『早くベッドに寝かしつけねば』という義務感に駆られていたのだ。
その結果──
「きゃぁぁぁ! 吸血鬼!?」
「吸血鬼が出たー!!!」
「吸血鬼め! お姉さんを離せ!!」
たまたま敷地内をフラフラしていた、ホテルに宿泊中の貴族の幼い子供達が騒ぎ出し、警備兵まで出てきて大変な騒ぎになった。
子供らと駆けつけたその両親は、同様に王都のタウンハウスに向かう最中の子爵家一団だった。子供らの両親は、相手がブラッドロー伯爵とわかると土下座をせんばかりの勢いで詫び……事態を収めるのにそれなりの時間を要した。
そのこともあり、皆グッタリしている。
特にルーファスは。(自業自得ではあるが)
幼い子供らは『怖い顔の偉いお兄さん』が意外にフランクだったことで調子に乗り、青ざめる両親をよそにルーファスに絡みまくった。
子供に懐かれることに悪い気がしない彼が相手をしてやると、更に調子に乗るという『子供あるある』──子供の体力は恐ろしく、それは延々と続いてしまった。
おそらく、子供の両親も精神的に疲弊しているであろうが……
道中そんなこともあり、彼は非常に疲れていた。
誰かに呼ばれるまでの少しの間、このまま眠ろうとしたルーファスだったが……身体は疲れているのに眠れない。
彼は立ってでも、走る馬上でも寝れる人間だ。本来ならばソファに座っている今、寝れない理由はない──だが
(──どうすべきかな……)
ライラの今後についての懸念。
それが彼の思考を占拠し、睡眠を妨げた。
侯爵家への挨拶は簡易的で済んだものの、明らかに娘の今後を心配していた。
「彼女のことは、私にお任せください!」
……等と啖呵を切ってしまったものの、実は全くのノープランである。だからといって大事なライラにいい加減な男を紹介することなど、できない。
ライラは王都への道中で、『大事なライラ』に昇格していた。
だが残念なことに、その気持ちは完全に保護者的庇護欲からだった。
女性への免疫のなさとそれに対する保身からの無意識の予防線、パーシヴァルへの疑い、そしてルーファスの情の厚いところ……それらが彼の中で、おかしな化学反応を起こしていたのである。
はい、5話で終わらないやつゥ~!