⑮北の辺境伯と侍女、その顛末
3日後の舞踏会。
ライラはルーファスと共に王宮へと赴いた。
件のドレス一式を身に纏って。
──ルーファスはドレス一式を持って侯爵家へと現れた。
ライラがバタバタしていたのは知っているが、ドレス一式を返した事など知らない侯爵夫妻は、再び運び込まれる沢山の箱に困惑した。
「こちらは一体……?」
「お嬢様に差し上げたドレスです。 もう一度、お渡ししに参りました」
「?! と、とにかくこちらへ……!」
なんだかとんでもないことになっている……そう焦りながら、既にライラを待たせている応接間へと案内する。本来ライラにも出迎えさせるべきだが、逃げ出しかねないので閉じ込めておいたのだ。
『ドレス一式を返す』の後の『舞踏会には出る』。これがフラグであるというのは、前回も述べた通り。
ライラは他に『奥方になる女性にあげるように』とルーファスに言っていた。
つまりこれは『自分にドレスを着させる気があるか』──『妻として迎える気があるかを、舞踏会迄に決めろ』の意。
もう少し軽めに言うなら『好意を示せ』、である。
応接間の扉から様子を窺っていたライラは、ドレス一式が持ち込まれたことに胸を高鳴らせた。
──だが実のところ、ルーファスはフラグを理解していなかった。
馬車の中、パーシヴァルは主から話を聞いてすぐにそれを理解し、よくよく考えるようルーファスに促した。しかし彼は心理的な面でそんな判断を出来ない状況下にあった。
普段の彼の判断の早さはメンタルの強さに比例している。社交が嫌いだなんだと言ってもその場に立てばこなすし、対人スキルも決して低くはない。
だが恋愛に関してはポンコツ。
今までにハニートラップなどが無かった訳では無いが、それはなんなく看破している。だがルーファスは、女性から裏のない好意を向けられたこともなければ、自分が好意を抱いたこともなかったのだ。
考えても考えても感情が邪魔をしてどうにもならなかった彼の、出した結論。
「──パーシヴァル」
「はい? なにかわかりました?」
「いや、全くわからない。 だから今すぐ侯爵家に先触れを出せ。 出掛ける用意をする」
「えっ……全くわからないのに?!」
「ああ、直接聞く。 そして直接伝える」
「……っ! 畏まりました!」
腹の探り合いは、やめた。──これはそういう類のものではない。
互いを思い遣り、慮ることは大事だとしても……まだ何ひとつ大事なことを伝えていないのだから。
──そして今に至る。
名を呼ばれ、ファンファーレと共に王宮ホールへと足を踏み入れた北の辺境伯、ルーファス・ブラッドローに、場が凍りつくことは無い。
相変わらず顔は怖いが、彼の表情には、今までに無かった柔らかさが加わっていたから。
懸念していたダンスも、概ね上手く踊れた。
ルーファスが二度ほどリードを失敗し、ライラに足を踏まれたこと以外。
その一度目は、ダンス中に彼女から受けたこの告白の際。
「旦那様……今まで隠していたのですが、私は6年前、ここである方に恋をしました」
「!!!」
「……あっ、ごめんなさい」
「いや、今のは俺が…………」
「……」
「……」
「その……相手が誰だか聞いても?」
「うふふ……」
そして二度目はその人が誰であるかを知った時である。
北の辺境伯は滞在を延長し、公爵家の件の茶会にも途中から参加した。
婚約者であるライラ・ヘンリソン侯爵令嬢が呼ばれてしまった為だ。
『余興』に怒り心頭し『本気の決闘』を行ったエピソードは既に広まっていた。舞踏会でのふたりの仲睦まじい様子もあって、ライラは頬を薔薇色に染めた令嬢達に色々聞かれたが……一番興奮していたのは、他ならぬ公爵夫人であった。
過保護なルーファスが、不安から茶会に参加したことで余計に盛り上がり、彼が後悔したのは言うまでもない。
先の結婚に備えてライラを王都に残し、ルーファスは北へと戻って行った。
その間中、「何故舞踏会(※王の御前)で結婚を宣言してしまわなかったんだろうか……」という主の言葉を、耳にタコができる程パーシヴァルは聞かされた。
長い冬を迎える前の短い季節。
気持ちの上での長い冬を経て、ブラッドロー伯爵領にようやく春がやってきた。
早い北の初雪よりも早く、真っ白なドレスを身に纏い控え室のソファに座るライラに、ルーファスは言葉も出ない。
「……」
「………旦那様?」
「……」
「……」
真っ赤になって口を開けたまま、固まってしまった旦那様に、ライラも悶えてしまいそうになったが……なんとか我慢した。
これからは妻。
ときめきつつも、慣れなければならない。
そう気合を入れると、まだ固まったままのルーファスに手袋を投げつけた。
「……!?」
「──ブラッドロー伯爵とお見受けする」
「ら……ライラ?」
「決闘を申し込みます」
「そ……それはどういう……」
オロオロとするルーファスに、真面目な顔をしていたライラははにかんで続ける。
「……我が生涯を賭けて」
「──それは…………」
落ちた手袋を拾い跪いて彼女に渡すと、ルーファスは困った顔ではにかんだ。
「勝たなくてはならないな……だが、一生勝てる気がしないんだが?」
「あら、それでは困りますわ。 ……一言頂ければ私なんてすぐに負けてしまいますのに」
「……! ……それはっ……」
ルーファスは滅茶苦茶赤くなりながら、蚊の鳴くような声で「綺麗だ……」と言う。
結局それに悶えたライラも、仔犬のようにプルプルしながらソファに両手をついた。
その状態が終わったのは、いつまでも戻らないルーファスを呼びに行った家令、パーシヴァルのお陰である。
北の辺境伯婚姻の式典が始まる。
相変わらずのふたりに呆れながら、再び準備に追われつつ彼は漠然と思った。
(今年の冬は、暑くなりそうだなぁ……)
──と。
★パーシヴァルの苦労はまだ始まったばかり──!
ご愛読ありがとうございました!!(漫画風)
☆☆☆☆☆(´・ω・`)ショボーン
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★★★★★ヾ(*´∀`*)ノわーい!