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⑪侯爵家令息、ヴィクトル・ターナーの奮闘と有能な家令、パーシヴァル・ブラッドローの災難

 ヴィクトルの暴挙に場は一瞬静まったあと、ザワついた。

 男子生徒が小声で言う。


「『ブラッドロー伯爵』って言ったような……?」


 そう、ヴィクトルが手袋を投げ付けた相手は、ブラッドローはブラッドローでも『パーシヴァル・ブラッドロー』である。


 ブラッドロー『伯爵』ではない。


 だが伯爵は今しがたまでずっと男子生徒と喋っており、ご指名のライラ・ヘンリソン嬢と仲睦まじく話していた(小声で話していた為そう見えた)のはパーシヴァル。しかも彼はイケメン。


((((どっちなんだろう……))))


 ヴィクトルの気持ちは知っていても、ライラの気持ちなど当然知らない学生達にしてみれば、彼が()()()()()()()のか、()()()()()()()のかすらわからず……まずその事に困惑した。




 ヴィクトルはルーファスの顔を見たことが無かった。パーシヴァルはルーファス程では無いが身長も高い。


 死を覚悟し、勢いで行った彼の脳内にチラリと過ぎった(あれ? イケメンじゃね?)は、敢え無く霧散していた。──こういうところが『真正面からの勝負じゃなければ勝てない』ひとつの原因だろう。


「なにやら勘違いしているようだが……」

「私はターナー侯爵家次男、ヴィクトル・ターナー! 我が名を賭けて貴殿に決闘を申し込む!」

「うわ、名乗られた……」


 パーシヴァルがチラリと主とライラの方をそれぞれ見ると、ルーファスは鬼の様な形相で驚いており、ライラは固まっている。

 次に周りを見ると、皆訳がわからずオロオロしているか呆然としているか。



 そしてヴィクトルは、覚悟を決めた実に男らしい瞳をして自分を待っている。

 ……話になりそうもない。


 ターナー侯爵は他に外せない用事があった為、この場にいないことが唯一の救い。



「──まあいいや、余興ということにしておこう。 来なさい」


 そう言うと、パーシヴァルは中庭の方へヴィクトルを促した。



 主の手は煩わせない……というよりも、ルーファスは手加減があまり上手くない。ローズマリーの想像通り『ドスグチャー』とまではいかなくても、余興で済まなくなる可能性は大いにある。



 剣を抜き、構えるヴィクトルにパーシヴァルはヒュウ、と口笛を吹いた。


「へぇ……なかなかできそうだ。 君、(ウチ)に来るんだっけ? 楽しみだなぁ」

「……」


 集中しているヴィクトルは、それには応えない。


「──アイツ……!」

「ああ、マジだ」


 ヴィクトルはここにいる男子達の誰より強く、そして止めるにはあまりに遅かった。集中している彼に迂闊に手を出したら──斬られる。

 周囲は始まってしまった決闘を、固唾を飲んで見守るしか無かった。


(馬鹿……! どうせ殺るなら伯爵にしなさいよ!! あの伯爵なら殺られるとも思えないし! ……ああどうしよう! このままじゃ勘違いでヴィクトルは人斬りになっちゃう!!)


 ローズマリーは相手が変わったことでヴィクトルの勝利を疑ってはいないが、その分、別の不安に頭を抱えた。


 なんせ、決闘。

 相手が姉を誑かしている伯爵だからいい(※あくまでローズマリーの身勝手な理屈であり、駄目に決まっているが)わけで……


 怪我を負わせて『勘違いでした』じゃ済まされない。


 ──だが、それは杞憂に終わる。





「どうしたの? 来なよ」


 剣を抜くこともなく、パーシヴァルは挑発とも取れる言葉を発する。

 その口調も表情もよもや決闘の場とは思えぬものだが……ヴィクトルの手にはじっとりと汗が滲んでいた。



 パーシヴァルのナリは優男風だが、彼が養子として伯爵家に入ったのは幼少時から。ルーファスと幼馴染なのも、経験を積むため、公爵家嫡男だったルーファスの護衛の役割を任されていたからである。


 ルーファスが剛ならパーシヴァルは柔。

 彼はルーファスが伯爵家に入ったことで、役割的にも有効であると、その太刀筋に磨きをかけていた。


 ──『不殺(ころさず)のパーシヴァル』……それが彼の軍部でのふたつ名であることは、あまり知られていない。



 ちなみにパーシヴァルには『影中の影』だの『微笑みの悪魔』だの、なんだかよくわからないふたつ名がいっぱいある。




(養子とはいえ……流石に『北の総司令』というわけか……)


 いや、それは違う。

 惜しいけど違う。


(だが……ライラ様への気持ちは……!!)


 確かに、勝っている。

 その点では絶対勝っている。(※パーシヴァルなので)



 相手(パーシヴァル)の圧に額から落ちた一雫──その瞬間にヴィクトルは大きく踏み込んだ。


 懐よりも向かって左側。

 未だ剣を抜いていないパーシヴァルの対応しにくい位置を目掛けて。

 相手を格上と看做(みな)したヴィクトルに、躊躇はない。



 しかし次の瞬間──

 ふっ、と軽く息を吐いたパーシヴァルは、右足を半歩だけ斜め後ろへと下げる。

 身体を捻りつつ剣を抜き、逆腕でヴィクトルの背中を軽く押した。

 前のめりになった彼が体勢を素早く立て直すも、既に喉元には──切っ先。


「……これで満足かな?」

「……!」


 ヴィクトルの太刀筋は鋭く、 踏み込みや動作も早かった。

 それをものともしない、パーシヴァルの圧倒的な勝利──



 静まり返る会場の方を向き、パーシヴァルはゆっくりと優雅に礼をし、微笑んだ。


「皆様……北のこれからとパーティの盛り上げに一役買ってくれた、ヴィクトル・ターナー様の余興に盛大な拍手を!」


「余興……」

「余興……?」

「余興……!」


『余興』……ということにする。貴族子息とはいえ、脳筋達の多い男子達は飲み込むのが若干遅かったが、場を当たり障りなくまとめる『貴族あるある』が発動され、場は拍手喝采に包まれた。


 呆然としているヴィクトルに、パーシヴァルはゆっくりと手を差し伸べる。


「──参りました……」


 項垂れながら手を取るヴィクトルが顔を上げ、泣きそうな顔でそう言うと、パーシヴァルはふっと笑って小声で告げた。


「言っとくけど、()()()()()()()よ?」

「……え?」


「ヴィクトルうぅぅぅ!!!!」


 そこにローズマリーが勢い良く走ってきた。ヴィクトルの腹に激突する形で。


「ゴメン! 流石にゴメン!! 私、考え無しだったわ!! でも馬鹿! アンタ馬鹿!!」

「は? えっ!?」


 初めて生で見た真剣による勝負に、『決闘』の重みをようやく感じたローズマリーは、泣きながらヴィクトルに謝った。

 ──ただし、それをわかっていながら決闘をしたことと、あまつさえ相手を間違えたことに対して責めるのもわすれない。


 ローズマリーが泣くのも謝るのも最早遠い記憶の彼方にしかない。ヴィクトルは、パーシヴァルの台詞が気になりつつも、ローズマリーを放ることはできず……ただオタオタしながら、交互にせわしなく視線を動かすことしか出来なかった。




 そんなこんなで、ヴィクトルの勘違いとパーシヴァルの機転により終わったかに見えた『余興』だったが……


「パーシヴァル」

「え」


 ──パサリ。


 再び彼の元に、手袋が投げられる事になるとは……誰も予測していなかったのである。


当事者(ライラ)、ずっと置いてけぼり──!

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― 新着の感想 ―
[良い点] パーシヴァル…… この章で確実に主喰ったなww しなやか強いとか最高か! とすると、手袋の主は当然…… いや益々面白くなってきました!!!
[良い点] パパパパパパパーシヴァルーーーーーー!! やっぱり良い!! 色々良いーーーー最高かーーーー!! そしてまた手袋を叩きつけられ!!!! ルーさん!!(だよね) あんた!!コノ!!アレだ…
[良い点] おお……パーシヴァル強えな! でもゴメンよ、しなやかな家令ってことでなんとなく、どこぞのラーメン悪魔が脳内を過ぎっちまうんだ……! ヤツよりもずっと忠誠心高いのにね! とんだとばっちりだ!…
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