⑩侯爵家令嬢、ローズマリー・ヘンリソンの謀略と侯爵家令息、ヴィクトル・ターナーの暴走
かくしてお隣のターナー侯爵らの協力の下、パーティは行われる事となった。
北に仕官するつもりのヴィクトルの友人の他に、北ではないが同様に仕官するつもりの者、ルーファスに憧れを抱く者など10数人程が参加したいと言い、ローズマリーが場に華を添える為そんな男子に憧れを抱く女子等に声を掛けた。
学生に拘った訳では無いが、学生が多くなった事もあり彼等には制服で来させる事にした。それ以外は平服。時間帯は昼間の1時から4時。軽食の立食形式と、気軽なパーティだ。
広間の窓は開放し、中庭の花々が美しく輝く端に、小規模の楽団がのどかな音楽を奏でる。
ルーファスの登場に女子等が恐怖で固まる中、その恐怖すら憧れに変えた男子達のお陰で、パーティは概ね和やかに進行している。
もっとも、そういう態度に慣れているルーファスが、挨拶時に感謝の意と共に『無理に有意義な時間を過ごそうと思わずに、気楽に楽しんでくれ。 それがいい思い出になり、有意義な時間になる』等と発言した部分も大きかった。
気軽な会合に参加し、丁寧に対応する、意外と気さくな辺境伯。
話し掛けられるハードルは通常の夜会よりずっと低い。この機会を逃したくはない、まだ青年と言うにはあどけない彼等は、積極的にルーファスに話し掛けた。
それを複雑な気持ちで眺める数名。
(人気がありすぎるわ……これでは近付けないじゃない。 ……ああそんなっ!? 旦那様の召し上がるものまで取って来るだなんて! ……しかも席に案内したわ!! なんて気が利いているの!? 割って入る口実が!)
──とライラ。
(いやあぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 思ってたより怖いわ! 大体なにあのデカさ!! お姉様と並んだら美女と……野獣? ではないわね……何かしら? 悪魔? とにかく妙に洗練されているのが更に怖いわ!! やはり処女の生き血を狙っているに違いないわ! 備蓄よ備蓄!!)
──とローズマリー。
(ライラは何をやっているんだ?! 折角機会を作ったというのに話もせず……! 閣下が楽しんでくださっているご様子なのは幸いだが、さっきから若者らと武術や剣術の話とかしかしていないではないか! ……はっ!? もしやそちらのご趣味なのか? 軍は女性が少なく、そういう趣味に走る方も多いと聞くが……まさか!)
──と、ダナン。
事態は静かにだが、更に混迷しつつあった。
この場にヴィクトルがいないということも、また。
ヴィクトルは学園でもとりわけ武に秀でており、彼に敵う者はいない。ただし、彼の性格上『真正面の正々堂々とした勝負のみ』ではあるのだが。そんな弱点を克服したいこともあり、仕官することにしていた。
武のことをよくわかっていないローズマリーは『真正面からの勝負なら、ヴィクトルは誰にも負けない』と彼に絶対の信頼を寄せている。
事実、彼女の狭い世界の中で、彼はいつもそうだったから。なのに──
彼はこの場に、いない。
(ヴィクトル、逃げやがったわね!)
ローズマリーにとってヴィクトルは、いけ好かない幼馴染ではあるが、その分気の置けない相手とも言える。
なにより大切な姉を北の僻地にやってしまうより、ヴィクトルを説得し初めから騎士として王都に残してしまえば一緒にいれるのだ。(※自分も王都に残る気でいる)
ヴィクトルはアホだが真面目。変な男にやるよりも、大分マシ──そう思ったローズマリーは彼に辺境伯への決闘をけしかけていた。
昨今の決闘で人が死ぬことは滅多にないが、『命を賭ける』、その覚悟を示す行為である事には変わらない。
ローズマリーの考えは思い付きだが、正直なところ姉の為に命を賭けられないヴィクトルにガッカリしている。
(私が大好きな姉様を譲ると言っているのに……ダメだわ! あの男にもやれない! ──でも……ちょっと良かったかも……)
ガッカリした反面、少しだけ安堵もしていた。
それは気付かなかった自身の想いに気付いてしまったから──
…… な ど で は な く 。
(あんな凶悪そうな大男に敵うワケないわ!! きっと奴がブイーンと一振りしたらドスグチャーみたいな……! ヒィィ……スプラッタ!! 乙女の見るものではないわ! 私のせいで幼馴染が凄惨な死を遂げるとか、冗談じゃないもの!!)
という理由から。
(……なんだか微妙な事になっている)
もう迂闊に手を出すまいと決めていたパーシヴァルだが、ルーファスがおかしくなった経緯の直接的な原因が自分であるだけに、少し居た堪れなくなった。
「ヘンリソン嬢、ご機嫌麗しゅう」
「あらパーシヴァル様、いつもの様にライラで結構ですのに」
「いいえ、こちらにいる間は。 ──それよりも約束、覚えてらっしゃいますね?」
「ええ……ですが、その……旦那さ、いえ、ブラッドロー伯爵様のお気持ちが、なんというか……犬猫や子供に対するような情愛の気がして些か焦ってはおります……」
「ああ……」
ライラのことを認めた上で仕事を振っていたパーシヴァルだが、気持ちの上では恋愛に溺れていても意外と冷静に分析していることには少し驚いた。
パーシヴァルは暫しライラを眺め、男子達に囲まれているルーファスの方に視線を向けると、軽く溜息を吐くようにはにかむ。
「そうですね……ならばこの後少し、お時間頂けますか? この場の空気ではなかなか難しいでしょう」
「!」
『ありがとうございます』──ライラがそう言おうとした矢先の事であった。
──バーンッ!!
激しく扉が開かれ、皆の視線がそちらに集中する。最初に声を上げたのは、ローズマリーだった。
「ヴィクトル!?」
駆け寄るローズマリーを払うように一心不乱に彼が向かった先──それはライラの隣。
「ブラッドロー伯爵とお見受けする!」
言うや否や、ヴィクトルは自身の手袋を目の前の相手に投げ付けた。
自身の手袋を投げ付ける……それは決闘の申し込み。
──彼は悩んでいた。
花を渡したライラは、以前よりも更に美しく、魅力的になっていた。
しかしその彼女が最も美しく見えた瞬間……それは『旦那様』こと、ブラッドロー伯爵についての話を振った時だった。
(ローズマリーは『誑かされている』と言うが、それは事実なのだろうか……あんな可愛らしいライラ様の表情を見てしまったら俄には信じられん……)
それからずっと悩んでいた。
(ライラ様が幸福ならば……悔しいが俺は……だが、もし本当に誑かされているなら……)
そしてヴィクトルはギリギリまで悩み、決断した。
──確かめる、命を賭して。と。
「そこにいるライラ・ヘンリソン嬢を賭け、いざ尋常に!!」
「!!」
それは非常に男らしく、決意と覚悟を決めた凛々しい姿。
だが──
残念なことに、相手が間違っていた。
★当て馬の暴走──!!