①北の辺境伯、ルーファス・ブラッドローの憂鬱
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©秋の桜子様
木々が鮮やかな緑を輝かせる頃、王都は俄に活気づく。社交シーズンである。
ここ数年に渡り内政も諸外国との関係も良好で、特に今年は豊作の兆し……
自領の繁栄の為コネクションを求める者、それに付随して生涯の伴侶を探す者、或いは溺れるような熱い恋愛を求める者と思惑は様々だが──毎日の様にそこここで催される夜会には、あらゆる出逢いのチャンスがある。
特に王宮での舞踏会は特別だ。
王家の印璽の捺された招待状を送られること自体が光栄であり、選ばれし特権階級の人々は皆、喜び勇んで王宮へと足を運ぶ。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
そんな招待状を目の前にし、盛大に溜息を吐く男がいた。
北の辺境伯こと、ルーファス・ブラッドロー。
「……行きたくない」
「なに駄々っ子みたいなことを言ってるんです?」
若き優秀な家令、パーシヴァルは、招待状をヒラヒラさせながら呆れた声を発した。
ふたりは、幼馴染で義理の兄弟。
元々公爵家嫡男だったルーファスだが、ある理由からブラッドロー伯爵家に養子に入り、6年前に当主となった。伯爵家には子が居らず、パーシヴァルも養子である。
「だから俺が家令になるって言ったんだ!」
「ああん?! 馬鹿を言えクソ坊っちゃま、家令舐めんなよ!?」
一旦ノリで応戦すると、パーシヴァルは再びいつも通りの軽い感じで正論を返す。
「アンタの方が当主向きだし、なにより体裁ってモンがあるでしょ。 我慢しなさいよ、これくらい。 もう充分過ぎる程、我儘を通してんだ……平和に感謝しな」
「…………」
モーガン公爵家の嫡男だった筈の彼が、防衛の要である北の辺境伯の養子になるのに反対がなかった訳ではない。それが許されたのはパーシヴァルの言う通り、平和だからこそ。
それでも5年近く王への謁見は別に行い、なんだかんだと理由をつけては社交を回避していたのだが……とうとう招待状が届いてしまった。
これはもう、行くよりない。
「エスコートの相手はライラが務めます」
「ライラ……」
「5年前にウチに来た子ですよ。薄情だなぁ、 知らないんですか?」
「知らないわけないだろう!」
「侯爵家には手紙を出してありますから」
「……彼女は、その……了承したのか?」
「…………当たり前でしょ」
「なんだその間は」
「気になるなら自分で聞きなさいって」
「…………」
ライラ・ヘンリソン。22歳。
ヘンリソン侯爵家の次女である彼女は、5年前に侍女としてやってきた。
ブラッドロー伯爵領は北の僻地──夏場は涼しく過ごしやすいが、冬は厳しい寒さで雪も多く、華やかな王都からはかなり離れている。侯爵家のご令嬢が社会勉強として侍女を行うには、間違いなく不向きなこの地に、彼女は5年もいた。
ライラは侍女らしく地味にしてはいるが整った顔立ちで、立ち居振る舞いも美しい。仕事は真面目でそつがなく、学もあるので、主にパーシヴァルの補佐的な役割をこなしている。
そんな彼女をルーファスが知らないわけがない。
ただ、何故ここに来たのか。
そして、何故今もここにいるのか。
その理由がよくわからないだけで。
当初はパーシヴァルとの仲を疑ったが、どうやらそれもないようだ。家には滅多に帰らないが、手紙でのやり取りはそれなりの頻度でしており、関係が悪くて飛び出した感じでもない。
その為ルーファスは、自分と同様に『ライラは社交が苦手なのかもしれない』と結論付けていた。
(だとすると、気の毒だが……)
しかし、聞けない。
聞けるわけがない。
自分と同様の理由であれ、その根本が違うのは明白。
(だが、俺もそれなりの歳だ……彼女を連れて行けば仲を疑われるかもしれない。 ライラももう22……の筈。 連れて行けば、いい縁談が更に遠のくのではないだろうか)
悩めど答えは出ず、項垂れたルーファスは額を机に付けるように突っ伏した。
力なく彼は家令に命ずる。
「……ライラには最大限、彼女のいいようにしてやってくれ……」
優秀な家令ことパーシヴァルは、そんな当主を生温かい目で眺めていた。
ルーファスは女性が苦手だ。
男性も得意ではない。
有り体に言うと、人間が苦手だ。
──しかし、それは相手が彼を苦手とするからである。
彼が社交が嫌で、北の僻地へ移った理由はそこに起因する。
ルーファスはとんでもなく悪人面をしている。
彼は不細工な訳ではない。
むしろ顔立ちは人より整っている。
ただただ悪人面なのだ。
そして、その整い方が悪人面に拍車をかけていた。
美しく艶やかな黒髪は、伸ばすと陰気さを醸し……短くすれば、キリリと上向きの形の良い眉毛が、精悍過ぎて暴力的な印象に。
透き通るようなブルーグレーの切れ長の瞳は、人々に狼を連想させた。
焼けにくい白い肌は、不眠がちな彼の隈を際立たせ、血色のいい薄い唇は、まるでなにかを喰らったかのよう。
チャームポイントになりそうな八重歯も、その『なんか喰った感』を増大させている。
しかも長身痩躯、所謂細マッチョで、広い肩幅に細い腰の恵まれた体躯は、彼にこの上ない威圧感を与えた。
ルーファスは190近くある大男なのだ。
実の両親である公爵夫妻も『仕方ないか……』と彼の我儘を認めてしまうくらいには、この風貌で苦労している。
実のところ彼は曽祖父にソックリなのだが、曽祖父には美しい幼馴染がおり、大恋愛の末早々に結婚していた。妻である幼馴染が横にいることで、上手く立ち回れたのである。
ふたりのいいところを取ったような祖父も父も、美しい伴侶を得て、子を成している。
ちなみにルーファス以外の子は皆、似てはいるけれど普通の美形である。