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アプリコットは見ている  作者: もずく
教会の女幽霊
4/4

4 教会


 教会はどれだけ人の手が入っていないのだろう、伸びきったツタが壁に絡まり、元は白かったであろう壁は汚れと劣化で色あせている。

 ノスタルジックな夕日は、人気のない廃れた教会には不釣り合いで、いっそう不気味に演出していた。

 なるほどこれは噂になるわけだ――と杏は納得した。幽霊が出ても仕方ないと思わせる雰囲気が充分だったのである。


「……夕暮れから幽霊は出るのだろうか」


 最もな疑問をヨアンは呟いた。


「まぁ、今日一日ですぐ解決するとは思っていないさ。出てこなくても下見に来たと思えばいいだろ」


 ブルースは場に不釣り合いなほど明るい。


「解決するまで付き合わせる気か」

「そりゃあ、もちろん」

「私にも杏にも仕事はあるんだがな」


 責めるような口調のユアンから逃げるように、ブルースは件の墓地へ小走りする。今日、何度目か分からないため息をついて二人は後を追った。


 墓地には誰もいない。

 教会とは違ってやけに小綺麗に見えるその空間は、なんだか妙に浮いてみえた。

 ブルースの言うとおり、誰かしら手入れをしている人はいるらしい。

 元来、幽霊というものは夜と相場が決まっている。日が暮れてきたとはいえ、夜半にはまだまだ程遠い。

 本当に今日は下見になりそうだ……と、辺りを見回す二人の背中を見ながら杏は考えていた。


 プレート型の墓石が規則的に並び、備えられた花々が悲壮感をより引き立てている。

 胸が苦しくなるのを感じて、エプロンを手繰り寄せた。


「旦那様……」


 気づけば、ヨアンが隣に並んでいる。彼ははなにも喋らない。

 怖がっていると勘違いしたのだろう。実際には違うのだが、杏はその優しさに甘えることにした。

 一端の使用人とはいえ、彼女はまだ子供だった。遠い記憶の中の父を思い出す。もう、あまり覚えていないけれど、両親が健在だったころもこうして父の横に並んで歩いていたことがあった。

 今ではどこにいるのか、はては生きているのか、それすらわからないが――貰われた先がヨアンの元で本当によかった、と杏は改めて思う。

 表に出にくいだけでとても優しい人物なのだ。


「いったいいつまでこうしているつもりだ」


 辛抱ならんといった様子でヨアンが口を開く。投げ出した足を小刻みに揺らして、体全体で不満を表している。「おかしいなー。もうそろそろそろ出てもいい頃合いだけど」と、ブルースは気にもとめずひとりごちる。

 二人の間に挟まれて、杏は窮屈そうに身をちぢめていた。


 三人は教会に備え付けられたベンチで時間を潰していた。

 あれから、しばらく待っていたのだが、やはり夕暮れでは幽霊など現れなかった。後日で直せばいいものを「夜まで待ってみてはどうでしょうか」という杏の提案で、三人仲良くベンチに収まることになったのである。

 このベンチからは教会も墓地も容易に見渡せる。目隠しになるようなものはせいぜい、低木ぐらいしかない。

 誰かしら入ってくればすぐに気づく位置なのだ。


 そうして、いよいよ夜も深くなる。周辺に民家などがないから、余計に辺りが暗く感じるのは気のせいではないだろう。

 ――ガサッ。

 不意に三人の背後で、物音がする。滑り落ちる勢いでブルースは振り返り、杏は肩をこわばらせる。ヨアンもほんの少し肩を揺らしたが、物音に驚くというより、二人の反応に思わずといったようだ。


 ブルースたちの後ろは鬱蒼と生い茂る木々のみである。当然だが、他に人は来ていない。

 まさか本当に――緊張感が走り、ブルースは茂みから目が離せないでいた。何度かガサ、ザザ、と葉が擦れる音を鳴らして出てきたのは……。


「ニャア」


 猫である。

 石炭のようにつやつやで真っ黒な毛並みの子猫。親猫は近くにいないのだろうか、まっすぐブルースの足元に擦り寄り、しっぽを絡める。

 ブルースと杏は同時に胸をなでおろした。

 ヨアンだけはそれ見たことか、とため息を吐いていた。


「なあんだ猫かよ、驚かせやがってぇ、この」

「人懐っこい子ですねぇ」


 当初の目的など頭から抜け落ちたように、二人はすっかり子猫の虜である。


 真実はこうだろう。

 人の出入りが滅多にない教会にどこかしらからやってきた猫が住み着いた。その猫は子をこさえていて、たまたまここらで産み落とす。

 そうして墓参りにやってきた誰かが茂みから飛び出してきた猫を幽霊と見間違えたのだろう。鳴き声も、聞きようによっては女のすすり泣く声に聞こえないこともない。


「猫に担がされたんだよ、私たちは」

「俺は最初からそんなことだろうと思ってたけどな」


 ブルースは調子よくヨアンに相づちを打つ。

 杏は苦笑しながら二人を見る。

 猫はそんな三人などお構いなし、といった様子で杏の膝の上で寝転がって喉を鳴らしていた。「もう帰るぞ」と言われ杏は立ち上がって――凍りつく。ヨアンとブルースの間、墓地のほう……墓石の間を震える指先で指をさす。


「だ、旦那様、ブルース卿……」

「なぁに、驚かせようたってそうはいかな――」


 白いシーツを被ったような、線の細い痩せぎすの女がぼうっと月の光に照らされて立っていた。


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