バカップル ベテラン教師が 狂うまで
会議を終え、足早に進路指導室へと向かう。すれ違う生徒達の顔は実に健やかで未来は明るい物だと信じて止まない。指導室の中からは一際明るい声が二つ、私はため息を一つ、ノックを三つ程行い返事を待たずして扉を開いた。
「スマン、待たせたな」
「センセイおそーい」
「もう4時っすよ、マジ勘弁して下さいよ~」
「スマンスマン……」
四人掛けのテーブル。二人に対面するようにパイプ椅子に腰掛け、手にしていた資料の中から問題の紙切れを一枚。
「……で、松川よ。お前さんの進路希望調査についてだがな?」
「へ? 何か問題ッスか?」
「えーっ、私関係無くない!?」
「第一希望【ホモ】 第二希望【ゲイ】 第三希望【BL】 って何なんだ?」
教師を務めて二十年になるが、こんなふざけた進路希望はお初だ。新鮮すぎてどうしたものか未だに分からない。しかも備考欄に『ミキの為に頑張ります!!』とオマケまで書いてあり、私の脳内は一瞬……いや、今の今まで理解することを拒んでいた。
「えー? いやぁ……ミキが「BL好きー♡」って言ったじゃん?」
「んー、好きぃ♡」
「だろぉ? だから俺頑張ってBLするー」
「やだぁ! マジ嬉しい!」
「【BL】は第三希望だろ!! 第一希望と第二希望はどうした!?」
…………違う。私が言いたいのはそこでは無い。脳が理解することを拒んでいるせいか問題として取り上げる所を間違えてしまった。いかん、しっかりしろ近藤春夫!
「もうお前らも高校三年生の夏なんだぞ? 真面目に進路を考えないとだな?」
「愛してる彼女の為に進路を選ぶのがふざけてるんスか?」
「やだぁ、マーくんカッコイイ♡」
「内容によるだろが」
「大丈夫ッス。オレ、ガチムチ鉄工所に就職決まりましたから」
「えー! うそぉ!?」
「ホントホント! この前ふらっと行ったら『いい体してるからいつでもオーケー!』だってさ! 就職なんて楽勝だね。あそこはホモの巣窟だって聞いたからBLくらい余裕ッスよ!」
「マーくんカッコイイ♡」
我が校の風紀を乱すかの如く御バカップルがイチャつきだした。その隙に私はコイツらを何とか説得する方法を探さなくてはいけない。何より第三希望を選んで置きながらさり気なく第一希望に受かっているのは何なんだ?
「あー……いいかな?」
「なんスか?」
「お前、ガチムチ鉄工所の求人票は見たか?」
「見てないッス」
「……(´・ω・`)」
「え、だめっスか?」
進路指導室のパソコンから近年のガチムチ鉄工所の求人票を検索し印刷。経費削減のぺなぺなしたA4紙がプリンターの熱で波打って実に読みにくい。
「ほら」
「うわ、オレ細かい字読めないッス」
胸ポケットから黄色の蛍光ペンを取り出し、基本給と残業と年間休日等の要点を染める。
「基本給は128,000円。ヤバい位低いぞ?」
「マジッスか!? これで低いんスか!?」
「高校生からしたら高いが、社会人としたら激安だ。生活出来ないだろう。隣の【技能手当】を見て見ろ。アーク溶接や玉掛け、移動式クレーン等の資格を持っているとこんなに手当が付く。つまりズブのド素人が行く会社ではないんだよ」
「でもオレ受かりましたッス……」
「何の仕事をするかちゃんと聞いたか?」
「作業補助と簡単な雑務ッス」
「それは正社員としての採用か? それともパートか?」
「え? …………分かんないッス」
「雇用契約書は貰ったか?」
「なんスか……ソレ?」
思い出した。コイツ、進路指導の授業で堂々と寝てたんだったな。何回か起こしたがダメだったから放置してたんだ……しまったなぁ。
「まぁいい、ガチムチ鉄工所は辞退しておけ。まだ間に合うから。それより、ちょっと話は逸れるが、いや、逸れないが……何で彼女の為にBLをする気になったんだ?」
「ミキの喜ぶ顔が見たいからッス」
「マーくん……♡」
「BLするって事は他の男とするってことだろ? それの何処が彼女の為なんだ?」
「ミキがそれで喜ぶなら俺は構わないッス!」
「因みにだがな……佐藤は親が務める会社に就職が決まっている。ワ号製薬って名前……知ってるよな?」
「知らないッス」
「……(´・ω・`)」
彼女の務める会社くらい知っとけよ。と喉まで出かかったが、グッと堪えて今度は今年のワ号製薬の求人票を印刷した。『インクの残量が少ないです』のエラーが鬱陶しい。
「ほら……こんなに基本給や年間休日が違うぞ?」
「…………ミキの会社やべくね?」
「マーくんゴメンね。ミキの為に…………」
「分かったら他の方法で彼女を喜ばせるんだ」
「ミキ! 他に何かあるか!? オレ何でもやるからよ!!」
「…………ない」
「やっぱりガチムチ鉄工所に決めたわwww」
もう俺はどうして良いのか分からず、その日は気が付いたら布団で寝ていた…………。